家に帰るとすぐに私服に着替えてから家を出た。
 お姉ちゃんはまだ帰ってきていなかったけれど、机に買い物リストがあったのでそれをポケットに入れていく。

 ぼんやりとした気分のまま、わたしは明るい音楽のするスーパーに足を踏み入れる。
 明るさに一瞬目が眩んだ。

 
 今日のメニューはハンバーグ。
 買いものリストにあるのは、その材料と、昨日切れてしまった洗濯用の洗剤。

 洗剤は今日安かった気がする。ちょうどいい。
 
 てきぱきと買い物を済ませ、数分でスーパーを後にする。
 春だというのになんだか寒くて、薄着で来てしまったことを後悔した。
 
 今日は重い洗剤が二つも袋に入っているので、なるべく早く帰りたい。
 すると、正面にあるコンビニから見慣れた人影が出てくるのが見えた。

 黒いパーカーに、黒いキャップを被った彼――広瀬くんだ。
 遠目から見てもわかった。

 前に見かけた広瀬くんがフラッシュバックし、つい歩道で立ち止まってしまった。

 そういえば、前に見かけたときもこの時間帯だったっけ。
 このまま彼はあの公園に向かうのだろうか。

 家の人は心配していないのかな……。

 前は話しかけられなかった。けど、今なら。
 あの時出せなかった勇気を、いま出さなければ。

 そう思っても、やっぱり足は動かなかった。

 その時ふと思い出す。
 今日の道徳の授業で扱ったある題材のこと。とある曲の歌詞の一部だったっけ。

 「たった一歩で未来が変わる」って、そんな歌詞。
 「たった一歩で自分が変わる」って、嘘のような言葉。

 そんなの、綺麗ごとだ。

 そんな無責任な言葉を、まるでハッピーエンドを迎える本のようなセリフを信じられるほど、単純ではなかった。

 現実はもっとぐちゃぐちゃで、未来なんか誰も知らない。
 たった一歩で変わるほど、現実は優しくも甘くもないって、ずっとそう思ってた。

 でも――
 あの日の帰り道、何もできずに俯いていた自分を思い浮かべる。
 あの時、ただ見ていることしかできなかった自分を。

 たしかに、未来は変わらないかもしれない。

 けど。

 誰かを、誰かの今日を、ほんの少しでも救えるなら。

 わたしの一歩は、無意味じゃないって思いたい。

 その瞬間だけでもいい。
 誰かの苦しみを、ひとしずくでも減らせたなら。

 ……それが、たとえ自己満足だったとしても。