ドアを開けると、風がふわりと髪を揺らした。
 ちょっと強めの春風。目を細めながら、いつもの場所――フェンスの前に歩み寄る。
 高い場所が少しだけ怖いくせに、ここに立つと、どうしてだろう。心が軽くなる。

 空が広くて、まるで世界にわたししかいないみたいだと思った。
 たまに、全部の音が遠くなって、自分の存在がふわっと消えてしまいそうになるときがある。

 でも、それが怖いと思えなくなるくらい、ここにいると静かで心地いい。

 カバンを足元に置いて、フェンスにもたれる。
 さっきまで一緒にいた藍ちゃんの声も、教室に響く笑い声も、ここには届かない。
 今は、誰にも気を遣わなくていい、無理に笑わなくてもいい、わたしだけの時間。

 ただただ、目の前の空を見上げていると、ふと気づく。

 目のあたりがほんのりと濡れている。
 何気なく頬を触れると、涙が流れていることにやっと気づいた。

 風がふわりと吹いて、涙を頬から流していく。
 その風に乗るように、自然と口からこぼれた言葉。

「……無理だよ」

 ポツリとこぼれてしまった本音が、風にさらわれて消えていく。
 わたしは空から目を離して、動くことのないドアを見つめる。
 

「……なんてね、バカみたい」


 誰かが聞いているはずもないのに。
 この声が届くはずもないのに。
 
 空だけが知っている。それでいい。
 
 また風がふわりと髪を揺らした。
 
 色を無くした真っ白な心に、肌寒い風が染みるようだった。
 静かにコンクリートに落ちた涙は、太陽の光を吸収して、きらりと光った。