「大丈夫! こんなのすぐに終わるよ」

「でもさぁ……。もうやらずに帰っちゃってもいいんじゃない?」

「さすがにそれは……」

「じゃああたしも手伝う!」

 藍ちゃんは手に持っていた荷物をおろし、ごみ箱を持とうとする。

「いいよ、わたしが全部やるよ」

 そう言ってわたしが笑おうとすると、振り返った藍ちゃんに思いっきり頬を叩かれた。

 じぃん、と響く痛みを受け止めることができずに、呆然と目の前の藍ちゃんを見つめていた。


「もうやめてよ!」


 藍ちゃんが怒鳴るようにそう言って、わたしの両手を掬い上げた。

「どうしていつも自分を犠牲にしようとするの? そんなのおかしいよ……」

 腫れて赤くなったわたしの頬を、そっと撫でて「ごめんね」とわたしに囁いた。

「もっと自分を大事にしてよ! 自分を大事にしないと、誰も大事になんかできないよ……⁉」

「でも、」

「でもじゃない! あたしがいるんだから無理しないでよ。たまには頼ってよ! なんで一人で全部背負い込んじゃうの? 半分こすれば軽くなるじゃん。嘘つかないでよ……!」

 声を荒げる藍ちゃんを瞳に映したまま、わたしはぎゅっと手を握りしめた。

「わたしだってそんなことしたくてしてるんじゃない!」

 前を向いて、思いっきり歯を食いしばった。

 心配してくれたのに、ごめん。
 この言葉が、藍ちゃんを傷つけるとわかっていて、わたしは選んだ。
 息を吸って、静かに告げた。

「もう、放っておいてよ……」

 目の前にいる大好きな人の顔が、クシャッと歪む。
 藍ちゃんの瞳から、涙がこぼれたのが分かった。

 ごめん。ごめんね。
 もう何も考えられない。

「ごめん」

 藍ちゃんが一言残して教室を去った。
 無造作に置かれたごみ箱はさっきまでの出来事を物語っているようで。
 
 静けさに包まれた教室は、どこか寂しく感じられた。