「しも、今日一緒にご飯食べれる?」

「うん、もちろん!」

 球技大会が終わってからというもの、特に大きなイベントもなく、平凡な日常が続いていた。
 いつものように藍ちゃんと教室の机を向かい合わせにして、弁当箱を広げる。
 
「いただきますっ」
「いただきます」

 二人で同時に手を合わせて箸を手にとる。
 わたしはお母さんに作ってもらっているのだけれど、藍ちゃんは自分の手作りらしい。
 
 料理もできるって、羨ましいことこの上ない。

「ねぇ、しもってさぁ~、この頃放課後居残ってるよね? なにしてるの?」

 思わぬ質問にぎくりと体が強張った。
 箸を持つ手が止まった。

 きっと何も意図していない質問なんだろうけど、わたしにとっては答えを渋る質問だった。

「あはは……。ここ数日、学級長会があって忙しいんだよねー……」

 わたしが笑って顔を上げると、藍ちゃんは不安そうに「それならいいけど……」と呟いた。
 


 ごめんね、藍ちゃん。
 
 今のは嘘なの。
 藍ちゃんがわたしを疑うことを知らないって、それをわかってて嘘をついた。

 でも許してね。これは藍ちゃんを、周りを安心させるための自己犠牲だから。

 ほんとは、学級長会なんて数週間に一回だ。
 
 でも言えなかった。言ったら、藍ちゃんが余計な心配をするから。

 居残りという口実で一人で屋上に行っていた。
 家に帰っても、勉強をするしかないので、帰りたくなかった。

 特に最近は、一昨日返ってきたテストの結果が悪すぎてお母さんに怒られたので、勉強に関して厳しくなっている。
 わたしだってあんな点数取りたくて取っているわけじゃない。

 でも、大人は勝手だ。

 低い点数を取ったら「もっと頑張れ」と言う。
 高い点数を取っても「そんなの当り前でしょう」と言う。

 どっちにしたって、結局わたしは責められる。
 だったらもう、何点取っても変わらないじゃない。
 努力が報われないって、こういうことを言うんだと思う。

 ――だから、わたしは屋上にいる。誰にも怒られない場所。
 空だけが、黙って全部を受け入れてくれる。

 今日もきっと、放課後になれば足が自然とそっちに向かってしまうんだろうな、と思いながら、わたしは冷めかけたお弁当の卵焼きを口に運んだ。

 藍ちゃんが心配そうにわたしを見ていることに気づき、急いで笑顔を作ってみせた。

「大丈夫」

 ……何が大丈夫なんだろう。
 ちっとも大丈夫なんかじゃないよ。

 自分でも自分がどんな顔をしているのかわからなくなってくる。
 笑っているのに、胸の奥が苦しい。

 藍ちゃんはわたしと目が合うと、二コリ、と笑って言った。


「無理しないでね」

 
 偽りのない藍ちゃんのその言葉が、深く心に刺さったのだった。