思わず口角が上がって、彼の方を見てしまった。
 広瀬くんは少し驚いたような顔をして、にっと笑った。

「お前、笑えるじゃん」

 笑えてる……。

 そうなのかな……?
 わたし、心から笑えているのかな……。

 彼がボールをキャッチして、わたしの方に歩み寄ってくる。

「ど? できそ?」

「……う、ん!」

 うつむきかけていた顔を上げると、彼と目が合った。
 
「ならよかったわ。あ、これ霜月にあげる」

 ほい、と手渡されたのはちっちゃな飴玉。ブドウ味だ。
 彼はもう一つ制服のポケットから取り出すと、自分の口に放り込んだ。

「こんなのしかないけどごめんねー? 古いやつじゃないから安心して食べていーよ」

「あ、ありがと……」

「じゃ、俺帰るわ。お前もこれで帰れよ?」

「う、うん!」

 バッグを無造作に肩にかけると、そのまま体育館の入り口を目指して歩きだしてしまう。
 わたしは慌ててその背中に向かって声をかけた。

「ひ、広瀬くん!」

 自分でも驚くほど大きい声が出て、その声は彼を引き留めるのに十分だった。

「れ、練習手伝ってくれてありがと……! すっごく助かりました……!」

 体育館が広いとはいえ、わたしたち二人しかいないので声がよく響いた。
 彼の耳には届いていただろか。彼は背を向けたまま片手をあげて応えてくれた。

 ひとりになった体育館はものすごく寂しく感じられて、人の温かさを知ってしまった今のわたしには、耐えられない空間となっていた。