「どうしたの」

 ぐい、とあおったペットボトルにキャップを閉めながら、彼はわたしに尋ねた。
 
「なんにも、ない……」

 唇を噛みしめて、わたしは彼に言った。
 うつむいて自分の上履きを見つめていると、彼の声が降ってきた。

「あのさあ、俺、嘘大っ嫌いなのね。正直に言ってもらえると助かるんだけどなー」

 その言葉に、ぎゅっと拳を握る。
 爪が食い込み、少し痛んだ。

 唇が開こうとして、寸前で言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……放っておいて……」

 きっと呆れられている。ただのクラスメイトのわたしにこんなにも親切にしてくれているのに、そっけない態度で返してしまった。
 顔を背けようとしたとき、彼の手がわたしの顔に近づいてきて、無理やり目線を合わせられた。

 その目が少し怒っているようにも見えて、わたしはハッと息をのんだ。

「お前、ほんっとに……」

 続きを何か言いかけたけど、すぐに口を閉ざした。
 目線を逸らそうとするけれど、彼はそれを許さずわたしの頬に手をあてた。

 眉をひそめて、少し困ったような顔をして、一言。

「無理してんのわかってんだから」

 そんなこと言われても、今は……言いたくない。

「……や、めて」

 わたしは彼の手を振り払う。
 自分でさえ誤魔化せなさそうなほどに取り繕った声だった。

「なーんでそんないじっぱりなのかね、霜月サン」

 わざとらしくため息をついて、ペットボトルを振る。
 小さいペットボトルはもう空になっていた。

「しょーがない。じゃあ何も問わないよ」

 そう言った後、彼は独り言のようにつぶやいた。

「……何も無いって言うやつはさ、大体何かを抱え込んでるんだよなぁ」

 朔の視線が、わたしの指先に向けられる。
 いつの間にか、あまりにも力を入れすぎたせいか、少し血がにじんでいた。
 ボールを触り続けて、練習し続けた手はボロボロだった。

「……ずっと練習してたんだろ?」

 はっとする。
 気づかれていた?
 誰にも言わずに、放課後や朝早くにこっそりと体育館の片隅で練習していたことを。

「理由は聞かねーけど、一人では限界あるっしょ?」

 な?と優しくわたしに笑いかけた彼は、わたしの手を取って続けた。

「明日から一緒に練習しよ?」

 なんで、と呟いた声は、きっと小さくて聞こえていなかったのだろう。
 ひんやりとした空気が、ただわたしたちを見守ていた。いつの間にか頭痛は治まり、どこかふわふわとしているようだった。