手首を掴まれたまま、ひたすら廊下を歩いていく。

 急に緊張が解けたからか、その分余計に頭痛がひどくなった気がした。

 立ち止まったわたしを見て、彼の足音も止まった。
 頭を押さえてしゃがみ込み、その場でうずくまった。

「保健室行こ」

「……やだ」

 はあ、とため息をつく彼からわたしは視線を背けた。
 
「立てる?」

「……うん」

 彼の手を借りて立ち上がると、またずんずんと迷うことなく歩き始めた広瀬くん。

「……本当に保健室行くの?」

「いやなんだろ? 行かねぇよ」

 広瀬くんは肩をすくめ、歩く速度を少し緩めた。
 階段をひたすら上って、見慣れた扉が見えてきた。屋上の扉だ。

 一番上まであと一歩、というところで、くらりと眩暈がした。

「ッ!」

 足を滑らせ、わたしの身体が宙に浮く。
 けど、痛みが襲うことはなくて、代わりに、手首を握る力が強まった。

「あぶねーなぁ……」

 わたしをゆっくりと階段に座らせて、「ケガは?」と聞いた。

「な、い……」

 そっか、と言って彼はわたしのとなりに座った。
 しばらく沈黙がわたしたちを包み、冷たい風が間に吹いた。

 
「あのさあ、お前が無理しすぎても意味ねぇんだわ。こっちがイライラすんの」

「そ、そんなつもりじゃ……!」

 
 まるでわたしの言葉など聞いていないように、彼は話をつづけた。
 

「いつまで我慢すんの? もう限界でしょ」


「別に……わたしは我慢なんかしてな、」

「はい嘘」

 わたしの言葉を遮るように軽く言い放った広瀬くんは、ポケットから小さめのペットボトルを取り出し、わたしの前に突き出した。

「とりあえず、これ飲め。落ち着け」

「……どこで買ったの?」

「さっきの休み時間」
 
「広瀬くんの分は……」

「俺のはあるから。それはお前の」

 その言葉が、遠慮するなと言われているみたいで、彼の優しさが胸の奥に染みた。

 なんでこんなに優しくしてくれるの?
 わたしが具合悪そうだったから?


 ねえ、教えてよ……。


 わたしは黙ってペットボトルを受け取り、その冷たさをぎゅっと握りしめた。