そいえば、とふと思い出したかのように藍ちゃんが口を開いた。 
 
(さく)くん、今日も欠席だって。そろそろ学校来てもいいのにねえぇ」

 そうだね、とわたしは呟いてとなりの席を盗み見る。

 広瀬(ひろせ) 朔。

 彼の名前はよく聞く。なぜなら、彼を心配する声が毎日のように教室を飛びかっているからだ。
 彼とはまだ、話したことがない。
 高校一年生のときは、ほとんど不登校状態だったらしい。

 違うクラスだったから、そこまで広瀬くんについては詳しくない。

 高校二年生のクラス替えで、たまたま同じクラスになったのだ。
 
 一週間ほど前に行われた、高校二年生の一回目の席替え。
 もちろん彼は出席していなくて、代わりに先生が引いてたっけ。

 となりの席に誰もいなくて、机の前に張ってあるネームプレートを見たら、ああ、と納得した。

 この綺麗な名前を持つ子が、始業式から顔を見せていない男の子か、と。

 誰もいないその席は妙に寂しくて、笑い声があふれる教室の中でもぽつんと取り残されたように動かない。

 窓から降り注ぐ日差しがその席を照らしている。
 そこだけスポットライトが当たったかのように明るくて、その温かな日差しは、その席に人が座るのを待っているような気がした。
 
 待ってるよ。きっとみんな待ってるよ。
 あなたのことは知らないことだらけだけど、待ってるよ。

 この椅子も、あなたが座るのを待っているはずだよ。

 何もない空間を見つめて、そんなことを思った。