「な、なんでもない……! た、たまたま……!」

 言ってから、「たまたま」ってどういうこと?と自分で考えてしまった。

 彼は「ふーん」と興味なさそうに返事をして、わたしのほうに向きなおる。

「それならさ、少し時間ある?」

「っえ、いいけど……? わたしでいいの……?」

「そ、霜月じゃないとダメなの」

 なにそれ、わたしじゃないとダメってどういうこと?
 
 その意味は数秒後に明らかになった。
 

「あのさ、屋上(ここ)を知っているってことは、あの時のコだよね?」

 
 ほらほら、雨が降っていた時の、と彼が付け加える。

 忘れるはずもない、目の前にいる彼が雨に打たれながら空を見上げていた、あの日のこと。

 広瀬くんもわかっているのなら、わたしが嘘をつく理由もない。

「そうだけど……」

「あれ、驚かないってことは、霜月も気づいてた?」

「うん」

 そっかー、と彼は抑揚のない声で相槌を打つ。
 
「あとさ、一週間前のことだけど。さすがに俺も言い過ぎたわ、ごめん」

「あ……別にいいよ、気にしてないし」

 まあ、それは少し嘘だけれど。
 ずっと気にしていても、気まずいだけだ。

 つっかえていたものがなくなり、なんだかホッと安心した。

「じゃ、寝るわ。霜月も好きなようにしてなー?」

 ね、寝るの?
 突然だな……。にしても、よく寝る。

 寝れてないのか、とそう聞こうとしたけれど、彼がもうすでに目を閉じていたので、しっかり聞くことはできなかった。