世界でいちばん優しい嘘を、嘘つきの君に贈りたい

 一週間が経って、四月も後半に突入している。
 広瀬くんは相変わらず毎日登校して、クラスのみんなとすっかり馴染んでいた。

「あのさあ、きみ……霜月 昴だっけ」

 広瀬くんから話しかけられたのは、ある日の放課後。
 クラスメイトからゴミ捨てを頼まれていて、ちょうど教室に戻ったころだった。

 みんな帰って静かになった教室の中、わたしと広瀬くんだけがまだ教室に残っていた。
 いつ帰るのかな、と思っていたけれど、まさかわたしに用事があったとは。

 そして、まさか広瀬くんに名前を覚えてもらっているなんて思ってなくて、わたしは驚きを隠せない。

「あ、今失礼なこと考えてるだろ。俺そういうのわかるんだよなあー」

 にやり、と笑う彼はクラスメイトの「広瀬朔」で、屋上で会ったあの時の広瀬くんじゃない。
 どう反応すればいいかわからなくて、わたしはその場で立ちすくむ。

 何となくだけど、嫌な予感がする。
 こういう時の嫌な予感って、当たるものだ。

 わたしは次の言葉に身構えて、そっと彼を盗み見る。
 広瀬くんはわたしの方を見ないまま、淡々と話を進める。

「ねー、いっつもいっつも、疲れない? そうやってご機嫌取りすんの」

 一瞬、何を言われたのかわからなくて頭が混乱する。
 意味を理解したときは、目の前が真っ暗になったかのようだった。
 
 雷に打たれたような、というのはこういう時に使う言葉なのか、とわたしはそう思った。

 それだけ、彼にそう言われたことが衝撃的だった。

「頼まれて引き受けて、自分のことは後回し?」

 何も言えない。事実だったから。
 ゴミ箱を持つ手にぎゅっと力が入る。 

 下を向く。耳をふさぎたい。

「霜月、みんなのために生きてんの? すげーな」

「……普通のことだよ。みんなそうだし」

 唇を持ち上げて笑う。
 これで会話が終われ、と願いながら。
 
「すげぇ正義感。俺には真似できねぇわ」

 終われ、終われ、おわれ……。


「人の頼みを断れないって、逆にかわいそ」

 
 もう無理だった。
 聞きたくない。

 わたしのことなんか、何も知らないくせに……。

 バン、と大きな音がする。
 わたしが床に打ち付けるようにしてゴミ箱を置いたからだ。


「あなたには、関係ないじゃんっ……!」


 もう限界だ、居たくない。ここには、居られない。


「あー、ごめん。余計なこと言ったわ」


 へらへらと謝る彼は、ちっとも反省していなそうで。
 
 わたしは自分のカバンを引っ掴んで、強くドアを閉めてやった。


「でもさあ、やっぱり無理は禁物だと思うんだわ……」


 教室に残された彼が、ポツリとそんなことをつぶやいたのも、知らなかった。