「え? 今井んとこにも旅人来たの?」
朝の教室。そんな声を拾ってしまったのは、今朝からずっと疑問に思っていたからだろう。
「なんだよ、俺んとこに来ちゃ悪いかよ」
「いやー、お前にも人並みにストレスとかあったんだなあって、お母さん感動しちゃって」
「誰がお母さんだよ!」
今井くんたちは楽しそうに笑い合っている。そんな様子をそっと文庫本の影から覗き見た。
意外。私も今井くんは旅人なんか来ないタイプだと思っていた。いつも、言いたいことを言ってやりたいことをやって楽しく過ごしているものだと思っていた。
そこではたと気付いた。そうか。
言いたいことを言えない。
やりたいことをできない。
それが私のストレスだったのか。今井くんの所にさえ来るくらいなら、私の夢の中は緑だらけに違いない。
私はうんうんと一人で納得した。小さな頃から人の顔色を窺いながら過ごしてきた。もうそれがすっかり身についていたから気付かなかった。きっとそれが大きなストレスになっていたんだ。
文庫本から顔を上げ、今井くんたちを見つめた。たまたま今井くんと目があってしまい気まずかったが。
いいなあ。あんなふうに自由に自分らしく過ごせたらなあ。
私は顔を文庫本に戻し、ぼんやりと考えた。


