緑を食む


「相原、逃げ足速いな……」
 先日二人で行こうとしていたカフェで、今井くんはためいきをついた。
 今井くんには教室を出て玄関までは逃げ切ったが校庭で捕まってしまった。「なんで逃げるのかよくわかんねえけど、今日おごるぞ!」と言われ、私のほうこそよくわからないまま、今井くんにカフェに連れられてきた。カフェに着くまでの間、今井くんはずっと何かを考えるように無言だった。今、お互いの注文したドリンクを前に、やっと今井くんは口を開いてくれた。
「私、体育は苦手だけど、走るのは得意なの」
 真面目にそう答えると、今井くんは一瞬目を見開いたあと、ぷはっと楽しそうに笑った。私はなんで笑われたのかわからないながらもほっとした。
 窓に向かったカウンターに隣り合って座った私たちは、お互いの顔を見ることなくしばらくドリンクを味わっていた。
 窓の外の空はもう真っ暗だ。冬だから当然だ。でも、冬だから街にはイルミネーションがたくさん点いていて明るかった。
 きれいだなあとぼうっと窓の外を見ていると、今井くんがこちらに顔を向けた。
「で。さっきなんで逃げたんだ?」
「あー……」
 私は口ごもった。なんと伝えたらいいのだろう。
「えっと、勝手に」
 なんと伝えたら今井くんを不快にさせないだろう。なんと伝えたら今井くんに嫌われないだろう。
 勝手に、のあとが続かなくなってしまった私を、今井くんはしばらく見ていた。その視線に耐えきれなくなり、私は白状した。
「今井くん、悩みとかなさそうだし、いつも自分らしく生きてるのに、『旅人』が夢に来たって言ってた時がちょうど進路希望調査の提出の頃だったから、それで悩んでストレスがたまってたのかなって、そう思って」
 たどたどしくそう説明する。今井くんはわずかに頬を赤らめた。そして、「いや、別にそこまで悩んでねえし」と小さな声で呟いた。
「てか、なんでそれで相原が逃げるわけ?」
 今井くんはストローをくわえた。ずるっと音がして、もう空っぽだったことに気付いたようで顔を顰めた。
「えーと。嫌だろうなって思ったから」
「何が?」
 私はドリンクの中の氷を見つめた。
「えっと。他人に勝手に自分の心を決めつけられたら嫌かなってこと、かな?」
「いや、別に嫌じゃねえよ」
「そうなんだ」
 私はほっとして顔を上げて今井くんの顔を見た。その顔がわずかにしかめられる。
「あ、でも、悩みとかなさそうって思われてたのは心外だな」
「ごめんなさい。でも今井くんのそういうところ、なんというか、憧れてたから」
 すると今井くんはずるりとテーブルに突っ伏した。
「今井くん?」
 私は首を傾げた。しばらく待つと、今井くんは突っ伏したまま横顔だけ見せた。
「悩みとか、俺にもあるんだけど」
 私は顔の前で手を合わせた。
「そうだよね、ごめんね、でも悪い意味じゃ」
「相原にいつ告白しようかな、とかさ」