ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「いぇーい!」

「ナイス〜!」

 ブルーホーンカウが死んだことをしっかりと確認してミズキとユウトがハイタッチする。

「さすがだな。みんなに経験を積ませながら上手くブルーホーンカウを弱らせて戦った。こうすることでみんなのモンスターと戦う苦手意識もだいぶ薄れたようだな」

 うまく攻撃をかわせたり倒せたりすれば自信につながる。
 戦うことに緊張していた生徒たちも一度ブルーホーンカウを倒したことで明るい雰囲気になっている。

「アイゼン君はよかったのかな?」

「何がですか?」

「モンスターを倒すことに参加しなくて、だ」

 トモナリはブルーホーンカウを攻撃しなかった。
 レベルを上げるための経験値のようなものは覚醒者ならばモンスターを倒す場にいるだけでももらえる。

 しかしその量は微々たるものでありレベルを期待することはほとんどできないのである。
 一度でも攻撃しておけばそれなりに経験値は入るのによかったのかとマサヨシは聞いているのだ。

「ええ、俺はみんなよりレベル高いですしね」

 ゴブリンダンジョンに挑む時点ではみんなレベル5だった。
 そのあと事件があってあまり討伐できなかったがみんなレベル6には上がっていた。

 トモナリはゴブリンキングと戦っていて、自分では倒せなかったもののその時の経験値を得られたためにレベル7になっていた。

『力:42
 素早さ:46
 体力:41
 魔力:30
 器用さ:44
 運:20』

 現在の能力値はもはやレベル一桁といっても信じてもらえないほどに伸びている。
 日々のトレーニングや課外活動部で先輩たちと戦った時に伸びた能力値も結構大きい。

 自分が強くなることも必要ではあるけれど、今のうちからみんなのレベルもしっかり上げておけばトモナリも後々楽になる。

「はっはっ! さすがだな!」

 トモナリの考えにマサヨシは満足そうに笑った。
 皆自分が強くなることしか考えていない。

 生き残るため、お金を稼ぐためには強くなることが必要で非難されることでもない。
 だが誰しも一人では戦えない。

 みんなで強くなることは最終的に自分の生存率を高めてくれるのだ。
 まだ覚醒者としてかけ出したばかりなのにそうしたことを理解しているとは素晴らしいとマサヨシは感心していた。

「まあ俺にも計画ありますからね」

 ーーーーー

 ゲートダンジョンの中を進んでブルーホーンカウを倒してレベルを上げていった。

「レベルはどうだ?」

「えと……7になったよ」

「ステータス見せてもらってもいいか?」

「うーん、まあトモナリ君ならいいか」

 まだまだレベルは低いので少し戦うだけでも簡単に上がっていく。
 次から4班と交代で、トモナリもちょいちょい参加しながらブルーホーンカウを倒していた。

 ミズキにレベルを聞いてみたらいつの間にか7にまで上がっていた。
 あまり人にステータスを尋ねるものではないが他の人はどうなっているのだろうと気になって聞いてみた。

 ミズキも人にむやみにステータスを開示するものではないと授業で習っていたので一瞬ためらったけれどトモナリならいいかと見せてくれた。

『力:22
 素早さ:30
 体力:15
 魔力:12
 器用さ:35
 運:14』

「中々だな」

 ミズキのステータスを見てトモナリは感心する。
 トモナリのステータスと比べてしまうとやや見劣りしてしまう感じは否めないがそれはトモナリが特殊なだけである。

 世の中一般のステータスと比べた時にミズキの能力は高い方だといえる。
 レベル10では各能力値が20もあればいいところなのだけどもう既に20を超えている能力値が三つもある。

 ミズキの職業は剣豪で魔法職ではないので魔力が伸びにくく低いのは仕方ない。
 体力値がやや低めなのは職業によって伸びやすい能力値があるのでこちらもある程度はしょうがないのだ。

 総合的には高めなので低いところを見て嘆くより高いところを見て素直にすごいと思った方がいい。
 テッサイとの修行のためか器用さは非常に高い。

 素早さも高いのでこのまま成長すれば剣姫と呼ばれる日もすぐだろう。

「超感覚……良いもん持ってんな」

 能力値よりもスキルを見てトモナリは驚いた。
 超感覚というスキルは直接能力値に影響を及ぼすようなものではない。

 けれど感覚を研ぎ澄ませてくれるもので超感覚スキルを鍛えていけば周りのことを感覚で捉えられるようになる。
 自分の動き、相手の動きを細かく分かるようになればまるで未来でも見ているかのように先読みして動くことができる。

 剣姫と呼ばれていたのは伊達でなかったのだなと思った。

「ふふん、ほんと?」

 トモナリに褒められてミズキは嬉しそうに胸を張っている。

「ああ、お前は強くなるよ」

 スキルも使えば慣れてくるし、一部のものは使っていると強くなる。
 超感覚もそうしたスキルなのでガンガン使っていけばいい。

「とーぜんでしょ! トモナリ君には負けないから」

「俺も負けないように頑張るよ」

 ミズキはずっとトモナリのことをライバル視している。
 けれど嫉妬に塗れるようなことはなくてカラッとしていて普段はいい友達である。

「みんなはどうだ?」

「僕もレベル7」

「私も」

「俺は……まだ6だ」

「じゃあ次はユウトがトドメを刺すようにしよう」

 みんなの状況も確認しながら攻略を進めていく。
「そっちはどうだ?」

 トモナリは4班の方も気にかけている。
 一緒にトレーニングする仲であるしマコトのことも気になっている。

 4班の子たちも順当にレベルアップしている

「えっと……僕はレベル5かな」

 元々一般クラスでレベルが低めだったマコトは少しレベルが低い。
 けれどもまだまだ追いつけるぐらいのレベル差なのでマコトにモンスターのトドメを刺させるようにしてレベルを上げている。

「良い調子だな」

 あまり急激にレベルを上げすぎても経験が追いつかなくなる。
 まだまだアカデミー一年生なのだから焦ることなくレベルを上げていけばいいのである。

 教員やスイセンギルドの手助けもなくゲートの攻略は進んでいった。
 途中ユウトがブルーホーンカウの攻撃を引きつけすぎて轢かれるということがあった。

 けれどもアカデミーから支給されている防具はちゃんと優秀なものでブルーホーンカウのツノは刺さらずユウトが軽く跳ね上げられるだけで済んだ。
 失敗から得られる経験もある。

 死なない間にこうした失敗するのもいいだろう。
 トモナリやヒカリも戦いに参加して、いつの間にかトモナリのレベルも8に上がっていた。

「次の部屋がボス部屋となる」

 進んでくると別の道を行った3班と7班の子たちと合流した。
 ボス部屋は一つ前の部屋と隣接していて覗き込んでみると通常のブルーホーンカウよりも一回りほど体もツノも大きなボスブルーホーンカウが地面の草を食べていた。

「今日はここで切り上げて一度ゲートを出る」

 ボスには手を出さないでトモナリたちは外に出た。
 先に攻略を済ませた生徒たちもテントを張っていて、そこで一晩を過ごすことになった。

 これはゲートを最大限有効活用する可能性を残すためである。
 ゲートの中のモンスターは時間が経つと再出現するものがある。

 再出現までの時間の長さも様々なのであるけれど早いものでは1日経てば中が元通りになってしまうこともあるのだ。
 攻略するということだけを考えるとモンスターが再出現することは厄介な要素となりうるのだけど、レベルアップやモンスターを倒してお金を稼ごうとする上では再出現が早いことは利点になりうる。

 実際どのぐらいの早さで再出現するかは待ってみないと分からない。
 ブルーホーンカウのゲートもどれぐらいで再出現するのか不明なので1日待ってみるのだ。

 仮に再出現していたらもう一度攻略してレベル上げをするのである。

「ヒカリ、油取ってくれ」

「はいなのだ〜」

 ゲートの攻略だけがゲート攻略の全てではない。
 テントを張ったように身の回りのことも攻略のためにはやれるようにする必要がある。

 スイセンギルドがゲートから倒したブルーホーンカウを運び出してトラックに積み込む横でトモナリたちは晩ごはんの準備をしていた。
 近くに食べ物を買えるようなところがない時事前に買って持ってきておくこともある。

 調理の必要ないもので簡単に済ませることもあれば料理を作ることもある。
 今回はアカデミーがキャンプ用品や食材を用意してくれていた。

 攻略に入った班で分かれて料理を作ることとなった。
 作るのはカレー。

「なんで料理までできんの!?」

 ここで良いところをなんて思っていたミズキであったがトモナリは手際良く食材の下ごしらえを進めていて驚いた。

「母子家庭だからな。少しぐらいはできるんだよ」

「あっ……そなんだ」

「別にそんな顔すんなよ。俺はなんとも思ってないから」

 聞いちゃいけないことを引き出してしまったかもしれないとミズキは申し訳なさそうな顔をするけれど、トモナリはゆかりと二人であったことをなんとも思っていない。
 触れられて申し訳なさそうな顔をされることではないのだ。

「それよりもコウだろ?」

「えっ、僕?」

「一番手際がいい」

 コウは思いの外上手く下ごしらえを進めていた。
 サラサラと食材の皮を剥いたりなんかして意外だとトモナリは思っていた。

「ははっ、両親は忙しくて、姉さんが料理できない人だからね。自然と僕が料理するようになったんだ」

「へぇ」

 トモナリはマサヨシの横にいるミクのことをチラリと見た。
 教員たちは教員たちで料理を作っている。

 マサヨシも手伝っていてミクはその横で大人しく様子を見ている。
 なぜ何もしないのだと思っていたけれど料理ができないのだなと納得した。

 なんでもできそうな雰囲気があるけれど料理がダメだという可愛らしい一面があって少し面白いなと思った。

「クドウは指切んなよ?」

「うん、気をつける」

 サーシャは不器用なタイプだった。
 ジャガイモの皮もざっくりと剥いていて指でも切りそうで少しヒヤヒヤする。

「トモナリがんばれ!」

「お前は少し手伝えよ」

「できるやつに任せたほうが効率的ってもんだろ?」

 そしてユウトは手伝いの手伝い、応援役に徹している。
 ユウトは一切料理をやったことがないのでトモナリたちに全てを任せていた。

 曰く味見は任せておけとのことである。

「ヒカリの方が役に立つな」

「ふふん、僕の方が優秀なのだぁ〜」

「うっ! 確かに……」

「今のところユウト君が勝ってるところないもんね」

「ひっでえ!」

 ワイワイとしながら料理を進めてミスなくカレーを完成させて晩ごはんを食べ、ヒカリのお菓子なんか食べて少しだべってから眠りについた。

 ーーーーー
 次の日先行してスイセンギルドがゲートに入って中の状況を調査した。
 結果一日ではモンスターの再出現は起きていなかった。

 ゲートの前で長く待ってはいられない。
 モンスターが再出現していなかったのでボスを倒すことにした。

 今度はみんなでゲートの中に入る。
 まだ通っていないルートもあるのでそこを通り、残っていたモンスターを生徒たちで倒す。

「前に出ないのか?」

「今はいいんだよ」

 いつものトモナリなら積極的に行くのにと思ったヒカリはトモナリの頬に自分の頬をくっつけながら不思議そうな顔をしている。
 何人かの生徒がヒカリの密着に羨ましいなんて視線を向けているがトモナリは涼しい顔をして生徒の後ろの方にいた。

「ならいいのだ。それより早くお風呂入りたいのだ……」
 
「すっかり綺麗好きだな」

 たった一日お風呂入っていないだけだがヒカリはお風呂が恋しいなんて思っていた。
 一番最初にお風呂入れようとした時には猫かというぐらいに嫌がったのにいつしかお風呂が気に入っていた。

「まあこれが終わったら……すぐでもないか」

 また帰るのにバスで丸一日かかる。
 すぐに帰れるというわけにはいかないなとトモナリは思った。

「早く倒すのだー!」

 早く倒せばそれだけ早く帰れる。
 ヒカリはトモナリの肩にぶら下がったまま尻尾を揺らして戦う生徒たちを応援している。

「触っちゃダメだぞ」

「……触ってないよ」

 揺れる尻尾にそっと手を伸ばしたサーシャだったがヒカリはお見通しであった。
 見ていないのにバレてサーシャは手を引っ込めた。

『妾もお風呂に入りたいねぇ』

「お前は静かにしてろ」

 トモナリの持つルビウスもお風呂は好きらしく時々呼び出して風呂に入れろと彼に要求したりする。
 ちっちゃい竜二匹でお風呂に入っている様子はなかなか面白かったりもする。

「トモナリもみんなで入るのだ」

 ルビウスの声は剣を持っているトモナリにしか聞こえていなかったのだけど、ルビウスと契約した後は剣に触れていなくてもヒカリにも声が聞こえるようになっていた。

『トモナリは意外と良い体してるからな』

「そんな目で見ると二度とお風呂入れないぞ」

『なっ! トモナリはヒカリにだけ甘いぞ』

「当然なのだ。僕はトモナリの友達だからな!」

『むむむ……』

「ヒカリは俺の体マジマジ見たりしないからな」

「……誰と話してるの?」


 ルビウスの声は他の人に聞こえていない。
 トモナリとヒカリの会話だけでは微妙に噛み合っていないとサーシャは思った。

 まるでもう一人誰かいるみたいに会話している。

「なんでもない」

「……そう?」

 平然と笑って答えるトモナリにサーシャは不思議そうに首を傾げた。

「さて次はボスだが……挑戦したいものはいるか?」

 サクサクとブルーホーンカウを倒してボス部屋の前までやってきた。
 ボスである大きなブルーホーンカウはボス部屋から出てくることはなく、今は足をたたんで地面に伏せてジッとしている。

「……やりたいのか?」

 ユウトやミズキがトモナリのことを見た。
 やらないのか? という視線である。

 積極的に自分がとはいかないけれどトモナリが行くというのならやるつもりはあるという感じだ。

「まあ……大丈夫か」

 トモナリは自分のステータスを確認する。
 別に前に出るつもりはなかったけれどまだ大丈夫かと小さく頷く。

 トモナリがステータス画面から視線を戻すとコウとサーシャもトモナリを見ていた。
 ついでにイリヤマとも目があった。

 やはり8班は他の班と比べても頭一つ飛び抜けた感じがある。
 トモナリの能力の高さを抜きにして考えてみてもミズキたちの能力は高く編成のバランスも良い。

 イリヤマとしてもトモナリたちが行ってくれれば安心できるのだ。

「じゃあうちの班が」

 行くぞとみんなに視線を送るとみんながトモナリに頷き返す。
 スッとトモナリが手を上げるとイリヤマもホッとしたような笑みを浮かべる。

「じゃあ8班にお願いしよう」

 周りの生徒たちもトモナリたちがやるのだろうなと考えていたので反対はない。
 他の生徒が少し下がり8班のみんながボス部屋の前で準備を整える。

「ちょ、ちょっと緊張するね」

 やるならやるとは思っていたけど実際やることになると緊張してくる。
 ミズキは胸に手を当てて緊張を収めようと深呼吸を繰り返している。

「緊張することはない。見た感じ少しデカいだけのブルーホーンカウだから」

 中には特殊な能力を持つボスなんてものもいるけれど、ランクの低いゲートであるし見たところただのブルーホーンカウのデッカい個体である。

「他のブルーホーンカウと変わらない感じで戦えばいい。ただしデカい分攻撃も素早く、ツノも長いから思いの外早く攻撃が届いてくるからそこだけ気をつけよう」

 デカいというだけでも少し感覚が狂うところはある。
 トモナリのアドバイスをみんな真剣な顔をして聞き入れる。

「危なくなったら学長も先生もいる。それに俺もいる」

「僕もいるぞ!」

「頼もしい」

「そーだろぅ!」

 えっへんとヒカリが胸を張る。
 順当に戦えればボスも問題ない。

 いざとなれば助けに入れる人も多いので安心して戦えばいいのである。
「さっさと倒してさっさと帰ろう」

「行くのだ!」

 ヒカリほどでないにしてもトモナリだってまだ平和な今のうちに毎日テントに泊まっていたいわけじゃない。
 ボス部屋に一歩足を踏み入れるとボスブルーホーンカウが顔を上げてトモナリのことを見た。

 ボス部屋の外にいる時はいくら騒いでも興味も示さなかったのに入った途端に動き始めた。
 ボスブルーホーンカウが立ち上がる。

 間近で見てみると思っていたよりも大きく見える。
 ボスブルーホーンカウがトモナリのことを睨みつけて前足で地面を蹴って突撃する仕草を見せる。

「クドウ!」

「うん!」

 ボスブルーホーンカウが走り出した瞬間サーシャがトモナリの前に飛び出す。

「ふっ!」

 ただ待ち構えるでも正面から受けるでもない。
 サーシャは前に足を踏み出しながらボスブルーホーンカウのツノに斜めに盾を当てた。

 ボスブルーホーンカウのツノは盾の表面をガリガリ削りながらも滑ってしまい十分な力を伝えない。
 サーシャはグッと腰を落として力を受け流し、ボスブルーホーンカウは軌道を斜めに変えられて攻撃の対象を失った。

「おりゃああああっ!」

 急ブレーキをかけて止まったボスブルーホーンカウにユウトが横から切りかかる。
 ズバッと剣で胴体を切り裂くがボスブルーホーンカウは怯む様子もなくユウトの方を振り返った。

 普通のブルーホーンカウならば怯んでいたような一撃だったが、体の大きなボスブルーホーンカウは耐久度も高く体も大きいためにユウトの一撃も相対的に軽くなってしまった。

「くらえ!」

 頭を下げてユウトに向かって突進しようとしたけれどコウがフォローするように魔法を放った。
 火の玉が頭に当たって小さく爆発し、ボスブルーホーンカウは頭を振って怯む。

「はっ!」

 その隙に近づいたミズキが刀を振る。
 ボスブルーホーンカウの左目が切り裂かれて悲鳴のような声を上げる。

「ぬふふ! 僕もやるのだよ!」

 ヒカリがボスブルーホーンカウのツノをむんずと掴む。

「うわぁ……」

 見ていた生徒たちから思わず声が漏れた。
 ツノを掴んだままグルンと体を縦に回転させたヒカリはボスブルーホーンカウをそのまま高く持ち上げて地面に叩きつけたのである。

 未だにマスコット的にヒカリのことを見ていたみんなはヒカリの力に驚いていた。
 トモナリも若干驚くぐらいの力強さである。

「はははっ、ヒカリいいじゃないか!」

「ふふーん!」

 嬉しい誤算の強さ。
 トモナリは笑いながら倒れるボスブルーホーンカウに近づく。

 ルビウスに魔力を込めると赤い刃から炎が上がる。

「終わりだ!」

 ボスブルーホーンカウは頭を上げてツノでトモナリの剣を防ごうとした。
 けれどトモナリはそのまま剣を振った。

「ほほぅ……強いな」

 ルビウスはボスブルーホーンカウのツノごと首を切り落とした。
 ブルーホーンカウよりも強いはずのボスだったのに8班は巧みな連携と圧倒的な力を見せて簡単に倒してしまった。

 みんなが呆然とする中トモナリはルビウスにより魔力を込めて剣についた血を燃やして払う。

「やったのだ、トモナリ〜」

「レベル9……ギリギリだったな」

 褒めて! と飛びついてくるヒカリの頭を撫でながらトモナリは自分のステータスを確認する。
 ボスを倒したせいなのかレベルは9になっていた。

「終わりました!」

 トモナリがイリヤマに向けて手を振る。

「あ、ああ……」

 イリヤマですらトモナリたちの力に驚いていた。

「あの赤い剣の子すごいですね」

「ダメだぞ? あの子は自分で翼を広げられる子だ」

「あんな才能見せつけられて声もかけるなと?」

 スイセンギルドのギルドマスター山崎正輝(ヤマザキマサキ)がマサヨシに声をかけた。
 トモナリの力は凄まじい。

 おそらくまだ本気でもないとヤマザキは見ている。
 現段階でもかなりの実力であった。

 是非とも卒業後はギルドに来てほしいと思った。
 しかしマサヨシは声をかけるなとヤマザキに釘を刺す。

「アイゼンにちょっかいを出すならスイセンギルドとの関係は終わりだ」

「それは……困りますね」

 アカデミーからの仕事はリスクが低く割がいい。
 アカデミーを手伝うことで周りからの印象も良く利点の大きな仕事なのである。

 ここでアカデミーから切られると今度は周りからどんな目で見られるか分かったものではない。

「仕方ない……諦めます」

「ふっ、ただ注目しておくといい。アイゼンはきっと今後を担う覚醒者になる」

「キトウ先生がそこまでいうのなら凄い才能なのですね」

「覚醒者としての才能だけじゃない。アイディアもあるし、常に努力を重ねている」

「……ミズハラみたいですね」

「その名前を出すな」

「……すいません」

 ボスを倒すとゲートは閉じてしまう。
 すぐに閉じるものではないが閉じたゲートの中にいると帰ってこられなくなるので素早く撤収しなければならない。

 スイセンギルドがボスブルーホーンカウを運び出し、ゲートから出たトモナリたちはテントなどを片付けて帰路についたのであった。
「最後の一つは妾のものだと言っておるだろう!」

「僕のお菓子なのだ!」

 二回目のゲート攻略も終わりアカデミーでの生活ものんびりとしたものになっていた。
 日中は学校で勉強して、それが終わると基本的にはトレーニングという毎日を過ごしている。

 マサヨシが声をかけてくれてユウトとマコトも加わった課外活動部で土日に遠征することもあったけれど、一年生のトモナリたちはゲートに入らずその周りの準備を手伝うだけだった。
 休みの日にトモナリは珍しく机に向かっていた。

 アカデミーの中間考査が迫っているためだった。
 回帰前は覚醒者ではなく真面目に勉強していたので特に勉強に困ることはないけれど、余裕をかましてひどい成績ではゆかりに合わす顔もない。

 軽く復習ぐらいはしておこうと朝にランニングをした後勉強をしているのである。

 ヒカリはお菓子を食べている。
 こんな時は試験もないヒカリが羨ましく思える。

 ついでにルビウスも出している。
 暇を持て余すとルビウスの声が頭の中で響いてうるさいのだ。

 それにルビウスを出しておくことで利点もある。
 今は二人してお菓子の取り合いでケンカしている。

 ルビウスの精神世界で会った時には年上の美人お姉さんだったのに、チビ竜姿だと何故かヒカリとそんなに変わらない感じになってしまう。
 姿に精神的な影響を受けるのだろうかとトモナリは少し思った。

「はーい!」

 ドアがインターホンが鳴らされてトモナリはインターホンのモニターを使って応答する。

「愛染寅成さんのお部屋ですね?」

「そうです」

 知らない声だったのでトモナリはドアを開けずそのまま続ける。
 アカデミーに変な人が入るとは思えないけれど終末教という危険な存在もあることだし警戒しておいて損はない。

「私、覚醒者協会の篠崎と申します」

 シノザキは懐から手帳のようなものを取り出し、開いてインターホンのカメラに見せた。
 覚醒者協会では警察手帳のような身分証がある。

 確かにインターホンに映っている男と手帳の写真は一致する。

「なんのご用ですか?」

 とりあえず怪しい人ではなさそうなので話を続ける。

「できればご対面してお話ししたいのですが」

「対面でですか?」

「……警戒心がお強いのですね」

「アイゼン君」

「あっ、学長」

 あまりドアを開けたくなさそうなトモナリの様子に苦笑いを浮かべたシノザキが下がると今度はマサヨシがインターホンに現れた。

「大丈夫だから開けてほしい」

「分かりました」

 トモナリはインターホンのモニターを切る。

「ルビウス」

「はい、トモナリ」

 振り返ってルビウスに声をかける。
 隠れろということも言いたいのだけどその前にやってほしいことがあるのをルビウスは先に察していた。

 剣の方のルビウスをルビウスが持ってきてトモナリに渡す。
 マサヨシがいるから安心ともいかない。

 終末教は狡猾で中には徹底的に姿を隠している人もいる。
 警戒はいくらしてもしすぎることはない。

 ルビウスがポワッと赤い光になって剣の中に戻って行く。

「どうぞ」

 トモナリがドアを開けると正面に非常に背の高い男性がいて、その後ろにマサヨシが立っていた。

「どうもシノザキです」

 改めて手帳を見せるシノザキはトモナリが剣を手に持っていることをチラリと見ていた。

「中にどうぞ」

 このまま玄関でと行きたいところだがマサヨシまでいてはそうもいかない。
 マサヨシとシノザキを中に招き入れる。

「ん、マサヨシ!」

 テーブルでお菓子を食べていたヒカリがマサヨシに手を振る。

「ヒカリ君は元気そうだな」

 マサヨシは微笑みを浮かべてヒカリに手を上げて応える。

「席失礼してもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「向かいに」

 部屋に元々あったテーブルには二脚のイスもついている。
 シノザキが一脚のイスに座りトモナリがその向かいに座る。

「よっけるのだ〜」

 ヒカリはお菓子を抱えてベッドに避難する。
 普段は汚れるのでベッドでお菓子はダメだと言われているけれど今はしょうがない。

「それで……本日のご用は?」

 トモナリはニコリと笑顔をシノザキに向ける。

「こちらを見ていただきたいのです」

 シノザキは自分のカバンから紙の束を取り出した。
 紙の束を受け取ったトモナリはその中身を見る。

 それはネットの掲示板をコピーしたもののようだった。
 覚醒者やゲートなどの話を中心にする掲示板でパラパラと見ていくと色々な書き込みがある。

「このハンドルネーム“ブラックドラゴンなのだ”という人の書き込みを中心に集めてあります」

 確かによく見てみると同じハンドルネームの書き込みが見られる。
 そのハンドルネームの書き込みがなくても、そのハンドルネームの書き込みに対する反応だったり中心はブラックドラゴンなのだのようである。

「こちらの書き込みは一部で非常に話題になっております。まるで……未来を予言しているようであると」

 シノザキは真っ直ぐにトモナリの目を見た。
 しかしトモナリは動じることもなくシノザキの目を見返す。

「なんの予兆もなくこちらの方の書き込みは始まりました。最初はゲートの攻略が失敗するだろうと書き込みました。それなりの中堅ギルドが挑むので周りはそんなわけないだろと笑っていましたが、結果ゲートの攻略は失敗しました」

 一番上になっている書類はその時の書き込みのコピーである。
「未発見ゲートの位置、覚醒者犯罪、果ては試練ゲートの発生まで未来でも分かっているような書き込みがこちらのハンドルネームから行われています」

 ネット界隈を騒がせている預言者ブラックドラゴンなのだはネットを飛び出して覚醒者協会の耳にも話が聞こえてきていた。

「未来を見ている預言者とも言われますが未来人だったりウチの職員のリークなんていう話もあるんですよ」

 覚醒者協会は覚醒者やゲートに関する情報が集まっている。
 まるで予言のような書き込みもそうして集めた情報を元にした推測や一般公開されていない情報であり、覚醒者協会の誰かがネットに話をリークしているのではないかと予想する人もいたのだ。

 流石に覚醒者協会内部を疑われては覚醒者協会も黙っていられなかった。

「我々の中にリーク者はいませんでした。そこでこの預言者が何者なのか予想を立てました。我々の見立てでは未来予知系スキルの持ち主なのではないかと思っております」

「どうして俺だと?」

「書き込みはパソコンからされていました。そこから追跡を始め、鬼頭アカデミー、この寮、そしてこの部屋のパソコンだということを突き止めたのです」

 シノザキはトモナリが預言者であると言わんばかりの目をしている。

「……じゃあ俺のスキルをお見せしましょう」

 観念したようにトモナリが自分のステータスを開示した。

「…………そんな馬鹿な」

 シノザキは驚いたような表情を浮かべた。
 能力値の高さには当然驚いたのだが今見るべきはスキルの方である。

 もちろんトモナリのスキルは交感力と魂の契約の二つだ。
 第二のスキルスロットが開くのがレベル20になる。

 トモナリはまだレベル9なので最初のスキルスロットしか空いていない。
 交感力にも魂の契約にも未来を予知する能力はない。

 てっきりトモナリだと思っていたのに外れたかとシノザキは苦い顔を浮かべる。
 マサヨシもトモナリがそんなスキルを持っていないことは知っているので違うだろうとは思いながらも、また何か秘密でもあるのだろうかと疑ってはいる。

 トモナリなら何でもやりそうだとマサヨシも思っているのだ。

「誰かにパソコンを使わせていることはありませんか?」

 こうなったらトモナリが犯人ではなく、預言者がトモナリのパソコンを使って書き込みをしているのだろうとシノザキは次の可能性に目を向けた。
 トモナリが使っているパソコンはアカデミーからの支給品で他の生徒にも同様にパソコンが与えられている。

「俺しか使ってません」
 
 当然の答えである。
 自分に与えられているパソコンがあるのに他の生徒がトモナリのパソコンを使いたいというのは少しおかしな話になるのだ。

「でしたら誰かがアイゼンさんのパソコンを遠隔操作で利用している可能性があります」

 同じアカデミーの生徒が忍び込んでトモナリのパソコンを使っているなんて可能性もあるけれど現実的とは言い難い。
 それならばハッキングでもされていると考えたほうが自然である。

「それもないですよ」

「どうしてでしょうか?」

「だってこの書き込みしてるの俺ですから」

「はっ……?」

 シノザキの顔が驚きすぎて固まった。
 後ろで立っているマサヨシも目を見開いて驚いている。

「しかし……」

「俺には未来を予知するスキルはありません」

「ならばどうやってあのような書き込みを?」

「俺じゃなくあいつなんです」

「あいつ……」

 トモナリは親指でベッドの上にいるヒカリを指差した。
 お腹が満たされたのかまったりモードになっているヒカリはいつの間にかトモナリの枕を抱きかかえていた。

 シノザキもヒカリを見てなるほどと思った。

「話は聞いています。ドラゴンと契約する力を持っていて、実際にドラゴンと契約していると」

 トモナリのことは覚醒者協会でも多少話題になっていた。
 ドラゴンと契約するスキルを持っていて、実際にドラゴンと契約した覚醒者がいる。

 一歩間違えればメディアに追われていたことになろうがマサヨシが強力な規制を出したのでトモナリのことは一部の人しか知らない存在であった。
 調査を進めてトモナリのことに突き当たったシノザキは当然トモナリのことを調べた。

 将来を期待される覚醒者なのでもしかしたらそうしたスキルを発現した可能性もあると考えていたのである。

「あちらのドラゴンの力……ということですか?」

「そうです」

 笑顔で答えるトモナリだがこれは真っ赤なウソである。
 ヒカリにも未来を予知する力なんてものはない。

 ならばトモナリは一体どこから情報を引き出しているのか。
 それはもちろんトモナリの頭の中からである。

 トモナリには回帰前の記憶がある。
 回帰前のトモナリはこの時期あまりパッとしない生活を送っていた。

 母であるゆかりに負担もかけられなくて地元にある進学校に通うことになったのだけど、友達もおらず暗い日々を過ごしていた。
 そんな中で覚醒者の活躍というのはトモナリの心を少し明るくしてくれた。

 だからニュースやネットの掲示板など覚醒者やゲートに関わる情報には多く触れていた。
 その時の記憶を呼び起こしてネットにあたかも未来が分かっているかのように書き込んでいたのだ。
「どうしてこのようなことを?」

「目立ちたくはない。けれど未来が判るのにただ放ってもおけないでしょう?」

「もっとやり方もあったでしょう」

「ヒカリの能力は覚醒者のように見せることはできないので証明もできません。ヒカリのこともあまり表に出したくなかったですし……」

「なるほど……ひとまず方法は置いておくとしてそちらのドラゴン……ヒカリというのが未来を見ることができるのですか?」

「そうですが……自在に見れるものでもありません」

「と言いますと?」

「ヒカリが意図して未来を見ているのではなく時々断片的に未来が見えるそうなんです」

 ヒカリの能力ではなくトモナリの記憶によるものなので覚えていないことも多く間違いがあったりもする。
 トモナリが介入することによって変わってしまうこともあるかもしれない。

 予言が間違っていると言われても困るので保険をかけた言い方をしておく。

「そのようなことが……」

 実際細かく精査していくと預言者の書き込みでちょっとだけ違っていることもあった。
 断片的で確実な情報ばかりでないのなら納得だとシノザキも思った。

「それに……きてくださってよかったです」

「それはどうしてですか?」

「No.10」

 トモナリの言葉にシノザキがピクンと反応した。

「中国は失敗します」

「……なぜそれを?」

「重要なのはそこじゃないでしょう?」

「……失敗するというのは本当ですか?」

「……未来は確実じゃありません。どんなものを見たとしても変わる可能性はあります。ですが失敗する可能性は高いでしょうね」

「No.10とは十個目の試練ゲートのことか」

 人類は99個の試練ゲートをクリアせねば滅亡する。
 世界各地に試練ゲートは出現していて現在30個まで出現していて多くがクリアされている。

 一方でクリアされていない試練ゲートもあった。
 日本には一つクリアされていない試練ゲートがある。

 それが通称No.10と呼ばれるゲートである。
 名前は単純なことで世界で十個目に出現した試練ゲートなのだ。

 No.10は覚醒者協会としては頭の痛い問題となっている。
 もうすでに30個も試練ゲートが出ているということはNo.10はかなり前に出た試練ゲートなのである。

 それなのに攻略されていない。
 全人類で攻略すべき試練ゲートを攻略できていないことは恥ずべきことだと感じているのだ。

 ただ日本の覚醒者協会も試練ゲートを放置しているのではなく、何度も攻略に挑んでいる。
 加えて他の国の覚醒者でも攻略したい人がいれば費用を負担して攻略に挑んでもらったりしていた。

 それでも攻略は失敗した。
 しばらく攻略は及び腰になっていたのだけどつい先日、中国がNo.10を攻略することが決まった。

 ただしまだ中国の攻略も公表はされていないのでシノザキは驚いた。

「……しかしどうしようもない」

 シノザキは深いため息をついた。
 仮に失敗するとしてどうしたらいい。

 失敗するので攻略はやめておきましょうなんて他国の覚醒者に言えるはずがない。

「まあ俺が言いたいのはそこじゃないです」

「なんだと?」

 まだ何かあるのかとシノザキは思わず怪訝そうな顔をしてしまう。

「そんな顔しなくてもいいですよ。No.10、俺が攻略してあげましょうか?」

「はっ……?」

 今度はシノザキの顔に驚きが広がる。
 トモナリが切り出したかった話はこれだった。

「アイゼン君……それは流石に」

 マサヨシですら困惑を隠せない。

「No.10がどんなゲートが知っているのですか?」

「知っていますよ。別名ワンスキルゲートですよね」

 なぜNo.10が攻略されないのか。
 それはNo.10の入場制限や人数制限のためであった。

「攻略人数十人以下、入場制限レベル19以下ですもんね」

 No.10は入るための条件がやや特殊なものとなる。
 人数制限が少ないということはあり得るし、入場制限としてレベルの上限があるゲートも少なくない。

 しかし試練ゲートは難易度が高いものであり、そこに低いレベルでの制限をかけられているゲートはこれまでなかったのである。
 レベル19以下ということは第二のスキルスロットが解放される前のレベルということになる。

 最初のスキルのみで挑むことになるゲートということでNo.10はワンスキルゲートなんて呼び方もされているのだ。

 低レベル、少人数、スキルは一つだけ。
 このせいで未だにNo.10は攻略されないのである。

「……本気で挑むつもりですか?」

「未来予知でゲートを攻略するための秘密を俺は知ったんです」

「ならばそれを中国に……」

「中国はもう手遅れです」

「まだ攻略もしていないんだぞ?」

「ゲートに入る前からもうすでに攻略は始まっているんですよ」

「……一度話を持ち帰らせてもらって、改めて場を設けさせてもらってもいいかな?」

 これはより上の判断が必要となる。
 シノザキは渋い顔をして考え込んだ後に改めて話し合いの機会を設けるように提案した。

「いいですよ。俺もテスト勉強あるんで」

 トモナリは爽やかにニコリと笑った。
 この分なら上手くいきそうだ。

 わざわざネットで目立つように書き込んだ甲斐があったものだと内心でガッツポーズしたい気分であった。
「終わった〜そして……終わった…………」

 一度グーッと体を伸ばしたユウトは机に突っ伏した。

「問七あれどうだった?」

「んと……四にした」

「あー……やっぱりかぁ」

 ミズキがうなだれる。

「なんでもないけど疲れるもんは疲れるな」

「お疲れ様なのだ、トモナリ」

 今は中間考査、つまりはテストが終わったところだった。

「にしてもずるいよなー」

「何が?」

「テストの直前になってあんなこと言うなんて」

「前々から言っててもお前は変わらないだろ?」

「うっ、それは言うなよ……」

 テスト前にあることがイリヤマから告げられた。
 それはテストの成績で優秀なものには霊薬が与えられるというものだった。

 テスト数日前なんかに言わないでもっと早く言ってくれていたらもうちょっと勉強にやる気出したのにとユウトはボヤく。
 一部やる気を出した生徒はいたけれど、ユウトの場合最初から知っていても何も変わらなかったとトモナリは思う。

 ちなみにトモナリもやる気を出した方の一人である。
 テストを乗り越えたみんなの様子はそれぞれ。

 ユウトのようにテストで玉砕して落ち込んでいる人もいるけれど教室全体の雰囲気は比較的明るい。

「まあ後ちょっとで夏休みだから忘れよう!」

 雰囲気が明るい理由は夏休みが近いから。
 中間考査が終われば次に待ち受けているのは夏休みなのでみんなテストの結果を心配するよりもそちらが楽しみなのである。

「なーあー?」

「なんだよ?」

「夏休み、家に帰るのか?」

「ああ、帰るつもりだよ」

 夏休みの間どうするかは生徒たちに任されている。
 帰省する人もいれば寮に留まる人も一定数存在している。

 トレーニングすることを考えれば夏休みで人の少なくなるアカデミーは絶好の場所である。
 しかし今回は母親であるゆかりのこともちゃんと大切にするんだと心に決めているので帰省するつもりだ。

「お前ん家ってどこか聞いてもいいか?」

「ああいいけど」

 トモナリが家の住所を教えてやるとユウトはすぐさまスマホを取り出してトモナリの家の位置を調べ始めた。
 何してるんだと思いながらトモナリはスマホの画面を覗き込む。

「へぇ……お前ん家からなら海にも行けそうだな」

「まあ、行けないこともないな」

 海側の家というわけでないけれど電車に乗って行けば海水浴ができる海に行くこともできるところではあった。

「俺ん家はさぁ……海近くにないんだよぅ」

「……そうか」

 なんだか嫌な予感がするなとトモナリは思った。

「夏ならさぁ、海、行きたいじゃん?」

「言いたいことあるならはっきり言え」

「お前ん家、泊まってもいい?」

「……それは」

「私も泊まりたい」

「おい、クドウ……」

「私も!」

「お前の家は歩いて行けんだろ!」

 トモナリとユウトの話に聞き耳を立てていたサーシャとミズキも会話に入ってくる。
 せっかく同じ班にもなったのだし夏休み遊びに行きたいなんてことを話していた。

 ユウトの家は海が近くになく、行こうと思うと泊まりがけになってしまう。
 対してトモナリの家は日帰りで海にも行けるところにあった。

 ちなみにサーシャの家も海は近くないらしい。
 なのでトモナリの家に泊まらせてもらえば海に行けるのではないかとユウトは考えた。

「別に布団とかなくてもいいしさ! なっ!」

「ミズキの家にしろよ。あっちならデカいし」

 手を合わせてお願いするユウトにトモナリは困った顔をする。
 遊びに来るぐらいならなんとかなるかもしれないけれど泊まりに来るとなると少しハードルが高い。

 別に広い家でもないしゆかりの負担を考えると抵抗があった。

「うーん、まあそっちの方がいいかもね」

 お願いポーズのままユウトがミズキの方を見る。
 ミズキの家は大きい。

 道場部分だけでなく普通の家のところもしっかり立派なのである。
 ミズキも自分の家ならばいいかもしれないとは思う。

「まあまずはスケジュールを決めた方がいい」

「お前も来るつもりか?」

「僕だけ仲間外れにするのはダメだよ」

 コウも近くにいることは分かっていた。
 こうしたことには興味なさそうなクールな感じ出しておいてコウも行く気満々なのであった。

 どこに泊まるにしてもスケジュールが分からないと泊めてほしいとお願いもできない。
 先に予定をある程度決めてしまうのがいいだろうとコウは提案した。

「そこから考えるか……」

 夏休みも振り返れば短いけれど日数を考えれば割と長い。
 どこでどう遊ぶのか今のうちから計画立てておくのがいい。

「ただまずは部活だな」

 計画を考えるのはいいけれどもテスト終わりで課外活動部の集まりがあった。

「マコト、行こうぜ」

「あ、うん!」

 トモナリたちは教室を出て課外活動部の部室に向かう。

「お前も行くか?」

「え?」

「話聞いてただろ? 夏休みに海に行こうって話だよ」

 トモナリはマコトも聞き耳を立てているのを察していた。
 どうせならマコトを誘っても悪くはない。

「そういえば家遠いのか?」

「ちょっとね。でも夏休みは帰るつもりないんだ」

「そうなのか?」

「両親は海外にいていないから……」

「なら一緒に遊びに行っても構わないな」

「そ、そうかな」

 トモナリが笑顔を向けるとマコトも少し前向きになったようだった。
 予約トレーニング棟の奥にあるエレベーターに乗って最上階に向かう。
 課外活動部の部室に入るとまだ二、三年生は来ていなかった。

「オレンジジュースがいいぞ!」

「はいはーい」

 ならば先輩たちが来るまでお菓子とジュースでも飲み食いしながら夏休みについて話そうということになった。
 冷蔵庫に入っているジュースからミズキがオレンジジュースをヒカリに出してくれる。

「それでミズキの家に泊まらせてもらうってことでいいのか?」

「聞いてみないと分かんないけどね」

「俺としてはトモナリの家に泊まってみたいけどな〜」

「なんでだよ?」

「何でもできる完璧超人のお前の家気になるじゃん?」

「私も気になる。というか私は知られてるのに私は知らないって不公平じゃない?」

「別に不公平でも何でもないだろう」

 最悪一日ぐらいならいいかもしれないとは思う。
 どの道スケジュールが決まってゆかりに聞かねば何ともならない。

「やっぱり真ん中ぐらいかな?」

「それぐらいかもしれないね」

 一応マコト以外は帰省するようなので一度家に帰って落ち着いてから集まろうということになった。
 みんなでカレンダーを眺めながらいつぐらいの日にどれぐらいの期間泊まるか考える。

「ねっ、トモナリ君!」

「なんだ?」

 トモナリはヒカリが食べさせてくれというのでお菓子を食べさせていた。
 トモナリの膝の上に乗ってお菓子を食べさせてもらってヒカリは幸せそうな顔をしている。

「夏祭り、あったよね?」

「ああ……そんなもんあるな」

 トモナリとミズキの地元にはそこそこ大きな夏祭りがあった。
 しっかりと覚醒者の警護も雇って不足の事態にも対応できるようにした立派なお祭りである。

 トモナリは回帰前友達もいなかったし人に会いたくなかったのであまり夏祭りには行かなかったので思い出は薄い。
 母親のゆかりが焼きそばを買ってくれたことはうっすら覚えている。

「あれ、いつだっけ?」

「お祭り? ……分かんないな。調べた方が早いだろ」

 トモナリはお祭りを楽しみにしていた人じゃなかったので夏祭りがあることは覚えていても日程まで知らなかった。
 ミズキがスマホで夏祭りの日程を調べる。

「ええと……この日から三日間だね」

 夏祭りはちょうど夏祭りの中頃の週末に行われていた。

「最終日には花火もあるって」

「花火か。それもいいかもな」

「じゃあお祭りは行くとして、お祭りの日程を組み込んでいこう」

 夏祭りの最終日を中心にしてお泊まり計画を立てていくことにした。
 結果的に最終日を含めて前三日か、後三日がいいだろうとなった。

「じゃあ家に聞いといてみるね」

「おう、頼むぜ。トモナリも……一応さ」

 ユウトはトモナリにウィンクする。

「聞くだけな」

 なんだかんだ1日ならいいだろうと思わされてしまった。

「おっ、一年は早いな」

 そうしているうちに二年や三年の先輩たちも部室に集まってきた。

「みんな揃っているようだな」

 最後にマサヨシとミクがやってきて課外活動部勢揃いとなった。

「これから夏休みとなるけれど課外活動部としても活動を計画している」

 寮生が多く、夏休みに帰省する生徒も多いアカデミーでは夏休み期間部活はやっていない。
 しかし授業がなく自由にできる夏休みこそ課外活動部はチャンスである。

 遠くまで遠征することもできるので広くゲートを探して都合がいいものがあれば攻略するつもりであった。

「多くて二回、少なくとも一回はゲートの攻略を予定している」

 ただゲートの発生は突発的で確実なスケジュールを組むことはできない。
 いつ連絡があるのか分からないのである。

「そのためにいつでも動けるように荷物などは準備しておくように」

 前日にいきなり行くぞとはならないが一度は行くつもりなのである程度準備しておけば楽である。

「それともう一つ。夏休みに入ってすぐゲート攻略に挑む」

 二、三年生がおっという顔をする。

「攻略するのはNo.10。十個目の試練ゲートで挑むのは一年生だ」

「えっ!?」

「学長、それは本当ですか!」

 トモナリ以外の全員が大きく驚いた。
 トモナリの予見した通り中国の覚醒者はゲートの攻略に失敗して全滅した。

 そのために結局トモナリが提案した通りに話が進んだのであった。
 アカデミーの課外活動部一年生のみでNo.10ゲートを攻略するということでマサヨシ、覚醒者協会とも話がまとまっていた。

 だが攻略に参加する一年生にとっても参加しない二、三年生にとっても驚きの話であることに変わりはない。

「攻略隊のリーダーは愛染寅成だ」

 みんなの視線がトモナリに向けられる。
 膝の上にお菓子で満足したヒカリを乗せているトモナリは不敵な笑みを浮かべている。

「No.10とは未だにクリアされていない試練ゲートじゃないですか! 一年生では危険です!」

 テルがマサヨシに抗議する。
 少し前に授業でも触れたので一年生でもNo.10のことは知っている。

 二年生が攻略するならともかく一年生を送るというのはかなり無茶であるとテルは思っていた。
 他の二、三年生も同じ考えのようである。

「せめてまだ今ではなくもう少しレベルを上げるべきです!」

 夏休み前ならレベルは二桁に行くか行かないかだろうとテルは分かっている。
 No.10の性質を考えた時にもっとレベルを上げてから挑むべき。

「みんなは何も思わないのか?」

 テルは一年生から抗議の声が上がらないことに不思議そうな顔をした。