「そう緊張するなって」
「ででで、でも……」
「ほら、少し食っとけ。良いもんだからな」
放課後にトモナリとマコトはマサヨシに呼び出されて学長室にいた。
少し待っていてくれとお菓子と飲み物を用意されてソファーに座って待っている。
トモナリとヒカリはお菓子でもつまみながらリラックスしているけれど、マコトは緊張して膝に手を乗せて背筋を伸ばして座ったまま動かない。
このままじゃマサヨシが来る前に気疲れしてしまう。
トモナリはマコトの口にクッキーを押し当てた。
チョコチップが入った甘いクッキーの香りがマコトの嗅覚を刺激する。
「もう口つけたんだから食えよ?」
「き、君が押し付けたのに……むぐ……」
無理矢理とはいえ口に触れてしまった。
仕方ないのでマコトが口を開けるとトモナリは素早くクッキーを押し込んだ。
「ん……美味しい」
「だろ? あの人いいもん食ってんだよな」
トモナリは用意されていた中にある羊羹を手に取って食べる。
どのお菓子も美味しい。
ちょっとだけ餌付けされている気分になる。
けれどゲートから現れるモンスターが激しさを増して経済もままならなくなるとまともなお菓子を食べる機会なんて無くなった。
そのことを思えば今のうちに食べておこうと思う。
「マコトはしっかり働いてくれたからな! これが僕のおすすめだ!」
ヒカリがマコトにお菓子を差し出した。
それは銘菓と呼ばれるお土産なんかでも有名なお菓子だった。
「あ、ありがとう」
「食べるといいぞ」
「うん」
マコトは手渡されたお菓子を大人しく食べる。
少し緊張がほぐれたようだ。
「遅れてすまないな」
お菓子をもぐもぐしているとマサヨシとミクが入ってきた。
「ん! あっ、むぐ……!」
「そう急がずともいい。落ち着いて食べなさい」
口いっぱいにお菓子を頬張っていたマコトは慌てて飲み込もうとする。
「んぐ……」
「全く……これ飲め」
トモナリは喉を詰まらせて涙目になるマコトに飲み物を差し出してやる。
「プハッ……助かったよ」
「危ないところだったな」
「ふふふ、仲が良いな」
二人の様子を見てマサヨシは思わず笑みを浮かべる。
「では早速行くとするか」
「……どこにですか?」
マコトのみならずトモナリもどこへ行くのだと不思議そうな顔をする。
「行けば分かる」
ーーーーー
マサヨシに連れられてやってきたのは予約トレーニング棟だった。
奥にある秘密のエレベーターのある部屋に入って、トモナリは課外活動部にでも向かうのかと思った。
「こ、こんなところが……」
マコトはあまり知らない予約トレーニング棟の奥に秘密のエレベーターがあることに驚いている。
「えっ……」
エレベーターに乗り込むとマサヨシは鍵を取り出して、一階と六階しかないボタンの下にある鍵穴に鍵を挿し込んで開くとそこにもまたボタンがあった。
トモナリも秘密のボタンに驚いてしまう。
「ふふ、これのことは誰にも秘密だぞ」
マサヨシが秘密のボタンを押すとエレベーターが動き出す。
下に向かっているなとエレベーターの感じからトモナリは思った。
最上階は課外活動部の部室でそれ以上、上はないので後は下だろうということは予想できていた。
思いの外長く降りていってエレベーターが止まった。
エレベーターの扉が開いて正面に金庫のような金属の大きな扉が見えた。
マサヨシがまた別の鍵を取り出して壁の鍵を開けると中からテンキーのついた機械が出てきた。
マサヨシが素早く暗証番号を入力すると金属の扉がゆっくりと開いていく。
暗い部屋の中に入っていくとパッと天井のライトがついていく。
「なんだここ……?」
扉の中は大きな部屋になっていた。
壁にはラックがあって武器や防具がかけられていたり、棚があって薬のようものがあったり、指輪やネックレスなどの宝飾品のようなものを置いているところもあった。
「……武器庫? いや宝物庫……なんて言ったらいいのかな? ここはなんですか?」
武器庫というには武器以外のものも多く置いてある。
この場所をなんて言ったらいいのかトモナリにも分からなかった。
「武器庫で構わない。俺はそう呼んでいるからな」
「武器庫……なぜここに?」
秘密の場所でありそうなことは明らかである。
どうしてここに連れてこられたのかマコトは全く分かっていない。
逆にトモナリはなんとなく何の用で呼ばれたのか察している。
「先日約束したからな」
「約束ですか?」
「そうだ」
マサヨシは笑う。
「この中から好きなものを一つ持っていくといい。ミナミ君、君もな」
「えっ!? 僕も……ええっ!?」
「太っ腹ですね……」
マコトは何が何だか分からないという感じで驚いているけれどトモナリはまた別の意味で驚いていた。
先日課外活動部の初顔合わせで集まった時にトモナリはマサヨシにお願いのようなものをしていた。
「終末教を捕らえたら褒美はあるかと聞かれたのでな。見事に終末教を捕らえた。約束は守らねばならないからな」
トモナリは終末教を捕まえたら何かもらえたりしますかとマサヨシに聞いていた。
もし仮にアカデミー内の終末教を炙り出して捕らえることができたのならマサヨシとしてはありがたいことである。
もちろんご褒美も用意しようと約束してくれていたのである。
「色々あるな……」
トモナリは武器が欲しいと要求していた。
回帰前は多くの覚醒者がなくなった影響で武器なんかも良いものがトモナリに回ってきたことがあった。
使っていたのは元はトモナリが手に入れたものではなく、他の覚醒者が持っていたものを使っていた覚醒者が死んでトモナリに回ってきたという縁もゆかりもない武器だったと記憶している。
結構良い武器であったのだが自分のものではないという感覚がトモナリの中では強かった。
トモナリにはこれからは覚醒者として活動していくつもりがある。
ちゃんとした自分の武器が欲しいなとずっと思っていたのだ。
マサヨシならば良い武器の一つや二つぐらい持っていそうだと思ったので終末教を捕まえたら武器が欲しいなんて言ってみたのである。
「ちょ……ちょちょちょ!」
「どうした?」
「ア、アイゼン君が終末教を捕まえたから何かもらえるっていうのは分かるけど僕はどうして?」
トモナリが何かもらえるということはマコトにも理解できる。
相手が終末教だったことは驚きだけど、本当に終末教を倒したのだとしたら褒められることである。
ただマコトは何もしていないので何かをもらうような権利はないと思っている。
終末教となんて戦っていないのに何かもらうなんてできない。
「君も協力してくれたではないか」
「でも……僕がやったのは学長を呼んだぐらいで……」
「アイゼン君を見捨てることもできた。逃げることも見なかったことにすることも、あるいは元々アイゼン君に協力しないこともできた。でも君はそうしなかった。正しい行動を取ったんだ」
「そんな、こと……」
「そこまで差し迫った状況ではなかったのかもしれない。だが君が俺を呼んできてくれるということはアイゼン君にとって落ち着いて戦える要因だったかもしれない。あの場にいなくとも君は戦ったのだ」
「キトウ学長……」
「どうせここにあるものは飾ってあるだけで使い道のないものだ。誰かが使ってくれるならその方がいい」
「アイゼン君……」
トモナリはマコトの肩に手を乗せて一度頷いてみせる。
本当にいいのかなという思いがないわけではないけれど、ここまで言われて断るのもなんだか悪い気がしてきた。
「もらえるもんもらっとけ」
「じゃあ……そうするよ」
マコトも自分の装備など持っていない。
大量にある武器を前にして心躍らないわけもない。
この中の一つを持っていってもいい。
いつの間にかマコトの中では決められるだろうかなんて思いが出てきていた。
「アイゼン君は武器だったな」
「これだけあると迷いますけど……そうですね」
武器だけでなく盾や防具類、アーティファクトなどの魔道具類、霊薬もありそうだ。
多少そうしたものに後ろ髪引かれる思いはあるものの今は武器を優先する。
「アイゼン君は何が好みかな? ベーシックなのは剣。それ以外もあるぞ」
「じゃあ、剣か刀で」
本来の計画だったらテッサイが持っている神切を武器にするつもりだったのだが、今のところまだもらえていないので何か代わりの武器が必要となる。
実際のところトモナリにはあまり武器のこだわりはない。
回帰前はなんでも使った。
質の悪い武器を取っ替え引っ替え使っていた時期もあるのでなんでも使おうと思えば使えるのだ。
ただやはり剣は基本的で使っていた時期も長いので扱いやすい。
テッサイのところで習っていたのも剣術だし剣か刀が持っておく武器としてふさわしい。
「ならばこっちだな」
「うわっ、すごい!」
通路一面に剣がかけられている。
「刀は数が少ないが剣は色々あるぞ」
「どうだ、トモナリ!」
「おいおい……」
ヒカリは壁にかけられていた短めの剣を手に取っていた。
器用に柄を掴んでトモナリの真似をして構えている。
「お前には自分の爪があるだろ?」
「むむ……そうだな!」
ドラゴンの爪や牙は強力な武器の素材にもなる。
今はまだ小さい爪かもしれないけれどヒカリの爪はそこらへんの剣なんかよりもよほど強力な武器になる。
人の形になるというのなら武器ぐらいあってもいいかもしれないが、ドラゴンの姿のヒカリには武器はいらないだろう。
「こ、こんなにたくさんあるとどれが良いものなのか分からないですね」
マサヨシが持っているものなのだから悪いものなどないのだろうが、自分に合ったものを探すだけでも苦労しそうだ。
「好きなものを選ぶといい。ミナミ君もだ」
「あっ、はい!」
トモナリはキョロキョロと剣を軽く見回しながら通路を歩いていく。
本当にいろんなものがある。
抜き身のものもあれば鞘に収まっているものもある。
片刃のものもあれば両刃のものもある。
形や長さも様々で見ているだけでも面白い。
剣の中には少ないけれど刀も混じっている。
気になったものを手に取って鞘から抜いてみる。
やや青みを帯びた刃の剣で見た目にも美しい。
「ステータスオープン」
トモナリはステータス画面を開く。
するといつものトモナリのステータスの横にもう一つ画面が現れていた。
「青玉混合剣……ただ混ぜ物みたいだな」
それは武器のステータス画面である。
武器などの装備に意識を集中させながらステータスを開くと武器の簡易的な説明を見ることができる。
トモナリが手に取った剣は青玉と呼ばれる魔力の伝導率が高い特殊な鉱石を金属に混ぜ込んで作った剣だった。
実は悪くないけれど良いものというのにも及ばない代物である。
本当にいいものだったら青玉そのもので剣を作ってしまう。
トモナリは剣を壁にかけて武器探しに戻る。
できることなら全部手に取って確かめていきたいぐらいの気分になる。
トモナリの戦い方はやや速度を重視したものになる。
そのために剣は重たいものや長いものよりも通常の長さや重さのものがいい。
重そうなもの、長いもの、形状が特殊なものは除外して考える。
「ん? なんでこれだけ床に?」
剣や刀が並べられた通路は一本だけではない。
まだ他の通路にも剣や刀は置いてあるので次の通路に行こうとした。
すると通路と通路の間の細い壁に剣が一本立てかけられていた。
全て壁にかけられていてディスプレイされているのにどうしてこれだけ床に置いてあるのだろうと気になって手に取った。
赤い鞘に触れるとグッと手に吸い付いてくるような感覚があった。
なぜか不思議とずっと持っていたかのような奇妙な懐かしさすら覚える。
「む? いかん……なぜあれがここに! アイゼン、待つのだ!」
柄に手をかけて剣を抜こうとしているトモナリにマサヨシが気がついた。
トモナリが持っている剣を見てマサヨシの顔色が変わる。
剣を抜くことを止めようとしたけれど時すでに遅くてトモナリは剣を抜いてしまっていた。
「えっ……これ、ダメだったんですか?」
「う……ぬ……? なんともないのか?」
止めにきたマサヨシをトモナリは引きつった笑顔で見ている。
逆にマサヨシは驚愕したような顔でトモナリのことを見ていた。
「ええと……」
「いや、なんともないのならいいのだ」
「これ何かあるんですか?」
トモナリはそっと剣を鞘に戻した。
「それは曰く付きの剣なのだ」
「曰く付き? 何があるんですか?」
「声が聞こえる」
「こ、声ですか?」
そんなオバケみたいな話と思ったけれどこんな時にマサヨシは冗談を言う人ではない。
「そうだ。そしてふさわしくないと言われた後その剣は持ち主を燃やしてしまうのだ」
「え……」
「そのために別の場所で厳重に保管されていたのだが……なぜこんなところにあるのか……」
とんだ代物だったとトモナリは改めて剣を見た。
剣も鞘も赤いというのはやや特殊かなと思うけれどそんな危ないものだとは思いもしなかった。
「あっ……」
「どうかしたか?」
「声が……」
「むっ、アイゼン君、それを」
トモナリが危ないかもしれない。
マサヨシが手を伸ばすけれどトモナリは剣を見つめたまま動かない。
「ぐっ!?」
無理矢理にでも取り上げよう。
剣の鞘に触れた瞬間炎が上がってマサヨシは手を引っ込める。
剣の鞘に真っ赤な炎が蛇のように巻き付いている。
しかしその炎はトモナリを傷つけることがない。
「どどど、どうしたんですか!?」
「……分からん」
その様子を見てマコトは大きく動揺しているけれどマサヨシも何が起きているのか理解できない。
「トモナリを傷つけちゃダメだぞ」
トモナリの肩に乗ったヒカリが鞘の炎を爪でつつこうとすると炎は爪を避けるように動く。
「クロサキ、いつでもアイゼン君を治療できるように用意しておくんだ」
「分かりました」
剣の鞘に巻きつく炎がトモナリの腕を伝い始める。
けれどトモナリは剣を見つめたまま動かず、炎はトモナリを焼いているようにも見えない。
「炎が……消えた」
「アイゼン君、大丈夫なのか?」
剣に巻き付いていた炎が消えて、トモナリがハッとしたように剣から視線を外した。
「あ、はい……大丈夫です」
「それをゆっくりと床に置くんだ」
「……学長、これをもらってもいいですか?」
「なんだと?」
「この剣……俺がもらってもいいですかね?」
トモナリはニヤッと笑うと剣を抜く。
「なんともないですから」
「うーむ……」
マサヨシは悩ましげに眉をひそめた。
曰く付きどころではなく剣を抜いたことがある覚醒者には全身火だるまになって死んだ者もいる。
そんな危険なものをトモナリに渡すわけにはいかないのだがトモナリはなぜか剣に燃やされることがない。
所有者を選ぶ道具が存在しているというのは一部の人に伝わっている話で、マサヨシもそのことを知っていた。
もしかしたら赤い剣はそうした所有者を選ぶ武器であるかもしれないとは考えていた。
トモナリは剣に選ばれたのかもしれない。
「大丈夫です。この剣が俺を傷つけることはありません」
「本当なのだな?」
「はい」
剣がトモナリを傷つけることはない。
その言葉を聞いてマサヨシは目を細めた。
「ここにあるものを好きに持っていけと言った。それがここにあったのは何かの縁だろう。好きにしろ」
「ありがとうございます!」
「何か異変があったらすぐに言うのだぞ?」
「ええ、分かりました」
トモナリは一度赤い剣に視線を向けると鞘に収めた。
呆然としていたマコトもあまり遅くなってはならないと武器を探して、最終的にはトモナリのアドバイスもあってナイフを選んだ。
影を走り、速度が高いマコトには取り回しのしやすいナイフがいいだろうと思ったのだ。
「アイゼン君ありがとうございます!」
トモナリに選んでもらってマコトはウキウキでナイフを抱きかかえている。
「そうだ、ミナミ君」
「なんですか?」
「一つ聞きたいことがある」
武器庫を出て予約トレーニング棟の前で解散する前にマコトはマサヨシに呼び止められた。
「えっ、僕が特進クラスに!?」
それは特進クラスへの誘いだった。
マコトはトモナリのことを見る。
特進クラスで待っているなんてトモナリは言っていた。
声でもかけに来いという意味だとマコトはその時の言葉を解釈していたのだけどまさか特進クラスに誘われるだなんて思ってもいなかった。
「無理にとは言わない。考える時間が必要なら」
「い、行かせてください!」
「ほう」
「特進クラス……頑張ってみたいです!」
マコトはその場で決断した。
きっとこの話をしてくれたのはトモナリだろうとマコトでもわかる。
トモナリはマコトに期待してくれている。
なら頑張ってみようと思った。
「さすがだな、マコト」
ヒカリもマコトの決断に感心したように頷いていたのである。
「すっかり遅くなっちまったな」
武器庫から出てきた時には夕方だった空もすっかり暗くなっていた。
部活動をしている生徒もおらずアカデミーの中は静まり返っている。
マサヨシは寮まで送ってくれると言っていたけれどつい先日襲われたばかりで終末教もまた人を送ってくるとは考え難い。
だから大丈夫だろうと断って急足で寮まで帰ってきた。
「なんか食いたいもんはあるか?」
「お肉食べる」
「肉ねぇ……ハンバーグにでもするか」
「ん! ハンバーグいいぞ!」
アカデミーはかなり便利で生徒のために結構遅い時間まで食堂がやっていたりする。
さらには部屋まで届けてくれる宅配サービスまであって部屋から出ずとも温かい料理を食べることが可能なのである。
トモナリはスマホを使って食堂に料理を注文する。
大きめなハンバーグに大盛りご飯と食べ盛りな注文であるが、ヒカリのためにハンバーグ三つ、大盛りご飯も二つとさらに食べ盛りな注文もする。
ついでにデザートも頼んでトモナリはベッドに腰掛ける。
「んで……これだよな」
トモナリは手元の剣を見た。
マサヨシからもらった曰く付きの赤い剣である。
剣を抜いてみると炎を思わせるような真っ赤な刃が現れる。
「出てこいよ、少し話そうぜ」
トモナリがこの剣を選んだのには理由があった。
本来なら怪しい曰く付きの剣など選びはしない。
だが赤い剣をトモナリは選んだのである。
「お前が俺を選んだんだからな」
もっと言えばトモナリが選んだのではなくトモナリは選ばれたのである。
赤い剣が赤い光を放ち始めた。
その瞬間トモナリの意識はふっと遠くなったのであった。
ーーーーー
「ほぅ……」
トモナリは思わず声を漏らした。
気づけばそこはベッドの上ではなく草原であった。
柔らかな風が吹いていて揺れる草がサワサワと耳心地の良い音を立てている。
少し離れたところに柱と屋根しかない東屋が見える。
東屋の下には赤い髪の女性が座っている。
「あんたが声の主か?」
トモナリが東屋に近づいて女性に声をかける。
「……いかにも。立ち話もなんだ、座るといい」
女性はカップの紅茶を一口ゆったりと飲み込むと赤い瞳をトモナリに向けた。
トモナリは女性の正面に座る。
「お主は何者だ? ドラゴンではないが、ドラゴンの気配を感じる」
「人に何かを尋ねるならまず自分が名前ぐらいいうものだぜ」
「小生意気だな。まあいい、私の名前はルビウス。偉大なるレッドドラゴンだ」
「……レッドドラゴン、だと?」
トモナリは眉をひそめた。
レッドドラゴンはトモナリでも見たことがある。
八十番代の試練ゲートに現れるボスモンスターがレッドドラゴンであった。
ゲートは攻略されずにレッドドラゴンは外に出てきて色々なところに甚大な被害をもたらした。
結局レッドドラゴンは他のドラゴンと縄張り争いをして人間ではなくドラゴンに倒されてしまった。
「そう警戒せずともよい。今のところ妾はお主を攻撃するつもりはないからな」
今のところはなんて言葉に引っ掛かりを覚えるが今のところは流しておこうとトモナリは思った。
「お主が持っている剣は妾の牙、そして心臓からできているのだ。だから妾は死んだけれど妾の意志が剣に宿っているのだ」
それならばゲートから出てきたレッドドラゴンはまた別なのだろう。
「これでよいか? ならばこちらからも質問しよう。お主は何者だ?」
「……俺は愛染寅成。何者と聞かれてもな」
ドラゴンに語れるような身分なんて持ち合わせていない。
トモナリはトモナリなだけだ。
「ドラゴンの気配がする。あの黒い子竜との関係は?」
「ヒカリか? あいつは俺のパートナーだ」
ヒカリのことが分かっていたのかと驚く。
「パートナー? 人間が、ドラゴンと?」
「そうだよ。何か問題でもあるか?」
「ドラゴンと契約しているのか?」
「ああそうだ」
それがどうしたのだとトモナリは怪訝そうな顔をする。
「……お主はやはり何者なのか」
「だから何者ったって……俺はドラゴンナイトなだけだよ」
「ドラゴンナイト! ほほぅ……」
ルビウスは驚きで目を見開いた。
「ドラゴンが守ると誓い、ドラゴンを守ると誓った者か……なるほど。だからお主からドラゴンの気配がするのだな」
ルビウスは一人うんうんと頷いている。
「何を一人で納得してるんだ?」
「ふふふ、ドラゴンナイトはドラゴンと共に歩む者、ドラゴンの友である。妾がお主に惹かれるのも当然というわけだ」
見るものを魅了する妖艶な笑顔をルビウスは浮かべる。
「気に入らぬものに妾は使われる気はない」
「だから他の人を燃やしたのか?」
「その通り。ふさわしくないものが妾を使うなど言語道断だからな。お主ならば妾を使うのによさそうだ」
なんだか分からないけど気に入られているようだ。
「お主、妾と契約してみるつもりはないか?」
「なに?」
「妾もお主の力になってやろう。妾と契約すれば剣もお主にのみ帰属することになる」
予想外の提案であった。
驚くトモナリの顔を見てルビウスはクスリと笑う。
「俺にはヒカリがいる」
契約できるのかもしれないけれどトモナリにはすでにヒカリというパートナーがいる。
力を手に入れられるのかもしれないけれどヒカリの承諾なくして勝手に新しくドラゴンと契約するつもりはなかった。
「なんだと? あんなちんちくりんよりも妾の方が良いとは思わぬか?」
ルビウスは少し胸を強調して、扇情的にトモナリに視線を送る。
ルビウスは綺麗な容姿をしている。
普通の男ならば多少の反応を見せるだろうと思っていたのにトモナリはムッとしたような表情を浮かべた。
「この話は無しだ。あんたのことは返してまたどっかに保管しててもらう。たとえ別の武器がもらえなくてもだ」
「なっ、待て待て! 何でだ!」
相手を誘惑して怒らせることになるとは予想外でルビウスが慌てる。
契約拒否どころではなく剣まで返す理由が分からない。
「言ったろ。ヒカリは俺のパートナーだ。大事な友達だ。そんなヒカリのことを悪く言って押し退けようとするならお前のことなんていらない」
「なっ……」
確かにヒカリには抜けたところがあるかもしれない。
けれどヒカリはトモナリの友達である。
約束した。
こうして回帰したのだってヒカリのおかげである。
そんな相棒のことを悪様に言って契約しろというようなやつとトモナリは契約するするつもりなんてないのである。
むしろそんな奴が宿った剣なんていらない。
「この話は終わりだ。俺を戻してくれ。明日にはあの武器庫に戻るんだな」
「ま……待ってくれ!」
「なんだよ?」
東屋を離れようとするトモナリにルビウスがしがみつく。
「あそこは嫌だ! 暗くて狭くて魔力が遮断されていて嫌いだ!」
「だからなんだよ。俺の知ったことじゃない」
「謝る! 意地悪なこと言ったの謝るから!」
トモナリの腰に手を回してすがりつくルビウスには先程までの余裕が一切ない。
「ヒカリを捨ててあんたと契約するつもりはない!」
「わ、わざわざヒカリとやらの契約を切る必要もない! それにちゃんと許可を取る! ならばよいだろう?」
トモナリがルビウスを振り払おうとするけどルビウスは必死にしがみついて離れない。
「許可だと? それにヒカリとの契約はそのままなのか?」
「ヒカリとやらがよいのならよいのだろう? ドラゴンナイトの契約は何も一体だけに囚われることもないのだ」
ルビウスはうるうるとお願いだという目をしてトモナリを見上げる。
「……ヒカリの許可が得られるなら」
ドラゴンの素材で作られた剣など滅多にあるものじゃない。
ましてドラゴンの意思が宿っているなど他にはない貴重品である。
正直なところ手放すのは惜しく感じる。
もし仮にヒカリの許可が得られてちゃんと従うというのなら許してやらないこともない。
「ほ、本当か! ならば……」
「にょ!?」
トモナリから離れたルビウスがパチンと指を鳴らすといきなりヒカリが現れた。
「あ、トモナリ!」
「話をするために呼んだ」
「ハンバーグきてたぞ! 僕が受け取っておいた!」
「おう、ありがとな」
トモナリはヒカリの頭を撫でる。
「ヒカリとやら、ちょっと話があるのだがよいか?」
「なんだ?」
「妾もトモナリと契約したいのだ」
「ダメだ!」
ヒカリはトモナリの頭にしがみついて威嚇するように牙を剥き出す。
ある程度予想していた通りの反応である。
「トモナリは僕の友達だ!」
「まあ待て。別にお主との契約に影響は及ぼさないから」
「それでもダメだ」
「うぅ……見たところお主はまだ子供だろう? 親から何も知識を得てないと見える」
「むむ?」
「無知なことは罪だ。でも知識を得てより力を使えるようになればトモナリの助けになれる」
「……何が言いたいのだ?」
「妾がお主の先生になってあげよう」
ルビウスは胸を張ってわずかに微笑みを浮かべる。
「お主がトモナリの力になれるように妾が知識を教えてあげよう。それに妾と契約すれば剣の力も自由に使わせてあげるしトモナリのためになるのだ」
なんかいつの間にかルビウスにも呼び捨てにされてるなとトモナリは思った。
「むむむ?」
「妾がトモナリと契約することによってトモナリにもお主にも良いことがある。それに……」
「それに?」
「お主がトモナリの一番なことは妾が契約しても変わらん。ヒカリがトモナリの一番なのだ」
「……そーか! ならばしょうがないな!」
チョロインヒカリ。
ルビウスの安い褒め言葉に一転してヒカリの機嫌が良くなる。
トモナリやヒカリのためになるというところよりもヒカリがトモナリにとっての一番であるというところにすこぶるご機嫌になった。
「トモナリのためだもんな! 許してやろう」
「ふふ、ありがとう」
若干言いくるめられた感はあるような気がするもののすっかりご機嫌になったヒカリはルビウスに契約の許可を出した。
「僕は〜トモナリの一番〜」
トモナリの頭にしがみついたままヒカリは陽気にご一曲。
「まあヒカリの許可は得られたし契約しようか」
「よろしくね、トモナリ。損はさせない。このルビウス、ドラゴンの友のために力を尽くそう」
ルビウスが手を差し出してきたのでトモナリは応じる。
トモナリとルビウスの胸から不思議な光が伸びて絡み合うようにして一つに繋がる。
「よろしくな」
「妾も人と契約するのは初めてだ。お手柔らかに頼むぞ」
ぐにゃりと世界が歪んだ。
「そろそろ話を終わりにしよう」
東屋が消えて風が吹き荒ぶ。
トモナリから手を離したルビウスが飛び上がる。
ルビウスが真っ赤な炎に包まれ、巨大な火の玉となる。
「ドラゴンの友よ! 誇り高きレッドドラゴン・ルビウスはお主と共にある!」
トモナリの意識が黒く塗りつぶされる直前、火の玉が弾け飛んで中から赤いドラゴンが姿を見せた。
ルビウスの真の姿、それは人の姿とはまた違った美しさがあった。
「はっ……」
気づくとベッドの上で剣を抜いたままの体勢だった。
ルビウスと話したことは覚えているけれどなぜか不思議な夢でも見たような気分であった。
「なんか……ちょっと疲れたな」
ルビウスとの会話による精神的な疲労か、それともルビウスの精神世界に呼ばれたことで何か影響があるのか知らないけれどちょっとした疲労がある。
「トモナリ、ハンバーグだぞ!」
見るとテーブルの上にハンバーグやご飯が乗った皿が運ばれていた。
トモナリがルビウスと話している間にヒカリが運んでくれていたのだ。
「ヌヘヘ……」
やはりヒカリは優秀だとトモナリはヒカリの頭を撫でるとヒカリは嬉しそうに笑う。
『それはなんだ!』
「あっ?」
「えっ? どうしたのだ?」
「……ルビウスだ」
急に頭の中で声が聞こえてトモナリは驚いた。
ルビウスの声だと分かるのだが多少大声だったのでびっくりしてしまったのである。
『それはなんなのだと聞いているのだ』
「それ? ハンバーグだよ」
『はんばーぐ? 美味そうだな』
「美味いもんだよ」
『食べたい!』
「食べたい?」
剣のくせに何をいっているんだとトモナリは顔をしかめる。
剣がどうやってハンバーグを食べるのか。
「お前食えやしないだろ」
『召喚してくれ!』
「…………召喚?」
『契約するとはただ繋がるだけではない。互いにその存在を呼び出すこともできるのだ。妾のこともトモナリが望むなら呼び出すことができる』
「そうなのか?」
『知らんのか?』
「知らん」
初めて聞いたとトモナリは思った。
魂の契約の説明にそんなことは書かれていなかった。
もしかしたら相互作用があるなんて言葉に無理矢理集約されていたのかもしれない。
『妾のことを呼び出そうと意識すればいい』
「……やってみよう」
ついでだしルビウスの召喚を試してみることにした。
目を閉じてルビウスの姿を思い起こしながら呼び出そうと試みる。
最初は変化がなかったのだけど意識をルビウスの剣に向けてみると剣から赤い光が飛び出してきた。
「おっ……おっ?」
「……な、なんだこれはー!」
ルビウスの言う通りルビウスを召喚することができた。
けれど大きな問題が一つ。
「な、なんと言うことだ……高貴な妾の姿が……」
落ち込んでベッドに横たわるルビウスはドラゴンの姿だった。
ただしルビウスは自分がちんちくりんなどと言っていたヒカリと同じようなミニ竜姿なのであった。
トモナリとしては可愛いからいいじゃないかと思うのだけどルビウスはショックを受けていた。
「ええい! どれもこれもお主が……ぶえっ!」
「トモナリに近づくな!」
トモナリにかかっていこうとしたルビウスにヒカリの蹴りが炸裂した。
「何をする! このちんちくりん!」
「なんだと! お前も変わらないだろ!」
巨大な竜の姿のルビウスなら敵わないだろうけど、今はどちらもちっちゃい竜の姿である。
回帰前の記憶にもある巨大な竜の姿で争ったならアカデミーが消し飛んでいただろうけど、今の姿ならベッドの上で争っても壊れるものはない。
いや、ちょっと枕が危ないかもしれない。
「うにー!」
「このー!」
互いに口を引っ張り合うレベルの低いケンカを繰り広げている。
「こらこら、やめろ!」
特進クラス用の寮は一部屋が大きく壁は厚めになっている。
だからといって夜にバタバタと暴れていいわけではない。
トモナリがヒカリとルビウスを引っ掴んで引き剥がす。
「そもそもお主が悪い!」
一瞬見た真っ赤で美しさすら感じさせるドラゴンの姿はなんだったのかと思うほど短い前足をビシッと伸ばしてトモナリに向ける。
「俺が?」
「お主の力が足りないから契約している妾もこんなになってしまったのだ!」
「……んなこと言ったってな」
そもそもトモナリはまだレベルが二桁にすら達していない。
力不足なんて言われても仕方ないのである。
「くぅ……こんなのは予想外だ」
ルビウスはしょんぼりと項垂れる。
まさかちんちくりんなどと馬鹿にしていた姿になるなんて思いもしなかった。
「まあそういうなよ。可愛いぞ」
トモナリはヒカリを下ろしてルビウスの頭を撫で回す。
同じようなドラゴンの姿ではあるのだけれど意外に触ってみた感触は違っていて面白い。
「なっ、触っ……まあ悪くないな……」
「ずるいぞ!」
一瞬触られることを拒否しようとしたルビウスだったが思いの外に撫でられるのも悪くなくて大人しく受け入れた。
嫉妬したようなヒカリがトモナリの体にしがみつく。
「はいはい」
今度はヒカリのことを撫でてやる。
「ハンバーグ冷めちゃうから食べんぞ」
「あっ、忘れてたのだ」
「ふむ、仕方ない」
ちび竜二匹とトモナリは席に着く。
「僕のだぞ!」
「まあまあ、ちょっとあげなよ」
「そうだ、これからお前に色々教えてやるのだから少しぐらいいいだろ」
当然のことながらルビウスの分のハンバーグなんて頼んでいない。
だからヒカリの分を一つルビウスに分けてあげる。
ヒカリはだいぶ不満そうであるが今からまたハンバーグを頼んで持ってきてもらうのも申し訳ないので今日は我慢してもらう。
「ぶぅ〜」
「明日はもっと食べよう」
「……しょうがないのだ」
トモナリに撫でられてなんとかヒカリの機嫌も持ち直す。
「ウッマッ!」
ルビウスはハンバーグを一口食べて目を輝かせている。
「なんだこれは! こんなもの食べたことないぞ!」
アカデミーの食堂のレベルは非常に高い。
ハンバーグも肉肉しくルビウスも一口で気に入ってしまった。
「もう一個……」
「あ、あげないぞ!」
あっという間にハンバーグを食べ尽くしてしまったルビウスはヒカリが食べているハンバーグを穴が空くほど見つめる。
「……はぁ、まだギリギリ時間あるし頼むから」
このままではまたケンカになってしまう。
トモナリは仕方なくまたハンバーグを注文したのだった。
再びバスでアカデミーから遠征する。
ほとんど丸一日ほどバスで移動したところにゲートが発生していた。
今回はそこでモンスターを倒してレベルアップを図ることになっていた。
「んー! 流石にバスの中で一日中座ってると体辛いな」
バスから降りたユウトがグッと体を伸ばす。
途中に泊まれるところもなく、授業などのスケジュールもあるので夜もバスで走り通しだった。
滅びる前の世界ではより過酷な環境で寝ていたこともあるトモナリはバスの座席ぐらい良い方だと思う。
ただ生徒たちにとってバスで寝るなんてなかなか経験がなく、大変だったようである。
「改めて今回の遠征について確認するぞ」
生徒たちが思い思いに体を伸ばしている中でイリヤマがゲートの攻略について説明する。
「今回はスイセンギルドにご協力いただくことになっている。ゲートの中はダンジョン型となっていて道が複数あるのでスイセンギルドに同行してもらいながら二班一組となって二組ずつ入っていくことにする」
ゲートの中にも色々と種類がある。
フィールド型と呼ばれるダンジョンは前回入ったゲートのようにある程度の広さを持った一定の環境があってモンスターがその中に点在している。
ダンジョン型とはいくつかの部屋に分かれている形をしたダンジョンで部屋や部屋を繋ぐ通路にモンスターがいる。
フィールド型では攻略だけしたいなら他のモンスターを避けてボスを狙うことができるけれど、ダンジョン型ではモンスターとの戦闘を避けることはほとんどできない。
レベルアップをしたいというのならモンスターを探し回らなくてもいいダンジョン型のゲートは好都合である。
「ボスは攻略せず、その手前までで終わりだ。モンスターはブルーホーンカウというモンスターで、攻撃は突撃してきてツノで突いてくるという行動を多用する。もちろんそれ以外の行動もとるので気をつけるように」
今回の攻略は一般の覚醒者ギルドと共同で行う。
生徒に同行してもらい安全確保などを手伝ってもらう代わりに倒したモンスターの素材などはギルドの方が引き取る条件になっている。
「まずは1班と5班、2班と6班でゲートに入ってもらう」
装備を身につけて呼ばれた班の生徒たちがスイセンギルドの覚醒者と一緒にゲートに入っていく。
「おい、トモナリ!」
「なんだよ?」
「そのちょーかっこいい剣どうしたんだよ!」
ユウトはトモナリが腰に差している赤い剣を指差した。
「ああ、ルビウスのことか」
「ルビウス!? なんだよ、それ! いつの間にそんなもん手に入れたんだよ?」
赤い剣とはもちろんルビウスが宿った剣のことである。
今回はゲートに入る実戦であるし、剣の性能を確かめたかったので持ってきたのである。
剣に新しく名前を付けるのも変なのでルビウスの名前のまま剣の名前もそう呼ぶことにした。
ユウトは目をキラキラとさせてルビウスのことを見ている。
言われてみれば赤い剣なんて男子心を刺激する。
それにまだまだ自分用装備を持っている生徒も少ないので赤い剣を持っていたら余計に目立つのも仕方ない。
「おじいちゃんから刀もらうんじゃないの?」
羨ましい。
そんな風に目を細めながらミズキもルビウスを見ている。
ただトモナリは刀をもらうのだとミズキはテッサイからチラリと聞いていた。
「もらえるのか?」
「……これ言っちゃいけなかった?」
未だにトモナリは神切をもらえるかどうかテッサイから聞いていない。
力をつけて認めたらくれてやるとテッサイはトモナリに言っていた。
アカデミーに入る前もまだまだだ、なんて言われたことをトモナリは覚えている。
本当にくれる気があるのかと疑ってすらしまうぐらいだったけれど、くれるつもりはあったようである。
「師匠もツンデレだな」
「人のおじいちゃん捕まえてツンデレって言わないで」
「孫のお前には激甘だったからな」
トモナリがミズキに連勝していると上手く負けてやれなんて言う人だった。
他の門下生にも厳しいことでも有名だったのにミズキに対してはデレデレとしたおじいちゃんになってしまう。
「トモナリ君にも優しかったよ?」
「どーだか」
結構厳しく指導されていたような記憶しかない。
おかげで短期間で強くなったので文句はないけれどミズキに対する態度とは全然違っていた。
「きっとおじいちゃんが聞いたら拗ねるよ」
「それは怖いな」
いい歳した人がそんなことで拗ねていたら怖い。
「ほんと、トモナリ君は色々と驚かせてくれるよね」
「そう言いながらもコウだって支給された武器じゃないだろ?」
「うん、これは姉さんにもらったんだ」
コウが持っている武器もアカデミーから支給されているものではなく自分用の装備であった。
魔法使いであるコウの武器は杖である。
短めのワンド、大きなスタッフ、その中間に当たるロッドと杖にもさまざまな種類がある。
コウが使っているのは三十センチほどの大きさのワンドと呼ばれる分類の杖で、黒い本体の先端に青い大きな石がつけられている。
安い杖の類ではないことは確実だ。
ミクが用意したのならきっといいものなのだろうなとトモナリは思った。
「姉さんに愛されてるんだな」
「や、やめろよ……まあ……可愛がってはくれてるけど」
いつもクールな無表情のミクであるがコウを見る目は優しいとトモナリは気づいていた。
コウは恥ずかしそうに頬を赤らめるけれど実際ミクがコウに対して良くしてくれていることは感じていた。
トモナリには兄弟はいないのでどんな感じなのか完全には分からないけれど良い関係性だとは思う。
「それでは残ったみんなで休憩用のテントを張るぞ」
ゲートの中から戻ってきたイリヤマが次の指示を出す。
ゲートに入らないからと言ってただ暇を持て余していていいというわけではない。
実際のゲートでも1日で終わらず継続的に攻略を続ける場合がある。
そうした時に近くに町があるなら泊まりに戻ることもあるのだけど、そうでない場合はテントなどで対応することもある。
アカデミーではモンスターを倒してレベル上げするだけではない。
こうしたゲート攻略周りでの技能についても教えてくれるのだ。
回帰前でもテントすら立てられない奴がいたなとトモナリは思い出して目を細めていた。
「クドウ、そっち支ててくれ」
「分かった」
各班に分かれてテントを立てる。
8班はトモナリが中心になって手際よくテント設営を進めていた。
「ヒカリ、それとってくれ」
「ほーい」
ヒカリも手伝ってくれて8班は中でも素早くテントを立てることができた。
「うむ、早かったな」
「学長」
「見ていたぞ。良い手際だった」
「ありがとうございます」
今回の遠征にはマサヨシも同行していた。
他の班は勝手が分からずに苦労しているのにトモナリはまるでやったことがあるかのようにテントを立ててしまった。
「キャンプなんか経験があるのか?」
「ないですよ。テント立てたのも初めてです」
ただし今回はという言葉がつく。
回帰前はテントぐらいよく立てたものだ。
本当の最後らへんではテントすら立てることもなかったけれどそれなりには設営の経験がある。
「だとしたらテントを立てる天才だな」
「あんまり嬉しくないですね」
トモナリとマサヨシはにこやかに会話する。
ミズキたち他の子はマサヨシに少し緊張したような様子であった。
「例のアレ、試験段階に入ったそうだ」
「早いですね」
「オウルグループが興味を持ってくれてな」
「フクロウ先輩がですか?」
「彼女の口添えがあったかは知らないが……その可能性もある。もしかしたら将来的に商品化するのにお前さんに話があるかもしれない」
「俺になんの話が……」
「アイデアの元はお前さんだ。人の考えだろうと平気で奪ってしまう会社もあるがオウルグループはそうではない。特に俺を介しての話であるしな。ほぼ原案通りに制作は進んでいる。不要な問題を避けるためにもお前さんに話をしておくのが筋というものだ」
「なかなか面倒ですね」
「世の中そんなものだ」
マサヨシは軽く笑ってみせる。
「剣の調子はどうだ? 変わったことはないか?」
マサヨシがトモナリの腰に差してあるルビウスに目を向ける。
誰にも持つことを許さなかった燃える剣がトモナリ相手では大人しくしている。
燃えだしてすぐに手を離し生き残った人に話を聞いてみたところ頭の中で聞いたこともない言葉が聞こえて、次の瞬間には剣を持つ手が燃えていたのだという。
剣を持ってぼんやりとした様子を見せたということは剣から何かの反応があったのだろうとマサヨシは考えていた
けれどトモナリの身には何も起きていない。
「変わったこと……どころじゃないことがありました」
「ほぅ?」
トモナリがニヤリと笑ってみせる。
何か良いことがあったようだとトモナリの顔を見れば分かる。
「今度教えてあげますよ」
「ふふ、ぜひとも聞かせてほしいな」
今すぐではないということはそれなりのことなのだろう。
トモナリがどのような奇縁を手に入れたのかマサヨシは楽しみであった。
「他のみんなもよくやっているようだな。8班には特に期待している。頑張ってくれたまえよ」
みんなにも一言かけるとマサヨシはゲートの中に入っていった。
「8班、なーんていうけどトモナリ君だよね」
「そうだね。トモナリ君凄いから」
学長とあんなに仲良く話せる生徒などいない。
トモナリがいるから8班に注目しているのだろうとミズキとサーシャは話している。
「お弁当が到着した。早めにお昼にするぞ」
他の班も苦労しながらテントを立てた。
近くの町まで昼食を買いに行っていたバスが戻ってきてお弁当でお昼にすることになった。
攻略によっては自分たちで食事を作ることもある。
最近のキャンプ用品は優秀なのでそうしたものを活用して作ったり、覚醒者の中にはキャンピングカーなんてもので来て調理や休憩をすることもあった。
便利だからキャンピングカー欲しいなんてトモナリも思ったことはある。
「おっべんとぉ〜おっべんとぉ〜」
ちゃんとヒカリの分もお弁当が用意してあった。
しかも二つ。
トモナリはマサヨシが注目しているのはトモナリではなくヒカリなのではないかと思ったりもした。
自分で設営したテントの中でお弁当をいただく。
「ニンジン苦手、ヒカリちゃん食べる?」
「あーん」
「はい、ありがとう」
「むふふ、任せるのだ」
サーシャが自身の苦手なニンジンをヒカリに食べさせる。
ヒカリは基本的に好き嫌いなくなんでも食べるし互いにウィンウィンな取引である。
小うるさくニンジン食べなさいなんてトモナリも言わない。
「アイ……トモナリ君」
「ん? おう、マコトじゃないか」
「僕も一緒にいいかな?」
「ああ、なんなら4班も一緒に」
トモナリたちのところにお弁当を持ったマコトが近づいてきた。
笑顔でマコトを受け入れたトモナリはマコトの後ろに見える4班の子たちも手招きする。
無事特進クラスに編入となったマコトは空いた4班にそのまま入ることになった。
4班は別班ではあるものの以前のゴブリンキングのゲートで一緒に行動を共にした班であり、今ではトレーニングも8班とやっている。
だからクラス内で見れば仲のいい連中であるといえる。
そこにマコトが入ったのはトモナリにとってもマコトにとっても運が良かった。
本当に運だけかは怪しいところもあるけれど空いた席は二つだけだったので運でも半分の確率で4班には入ることにはなっていた。
「最近編入してきたミナミ君だよね? 私、清水瑞姫、よろしくね」
「よろしくお願いします」
マコトは編入したばかりでまだクラスにも馴染めていないタイミングでゲート攻略となった。
4班の奴らも悪い奴らではないけどやはり知り合いの方が安心するとトモナリのところに来た。
「トモナリ君とは友達なの?」
一般クラスに友達がいるとは意外だとミズキは思った。
中学は結局教室にほとんどいなかった。
微妙な距離感もあるし入学前からの友達には見えない。
でもだからといってあまり一般クラスの方とも交流は少ないのでミズキもまだ友達といえるような子もいない。
「あっ、その……」
「おう、友達なんだ」
トモナリはマコトの肩に手を回す。
多少特殊な出会いだったことは否めないがもう友達と言ってもいいだろう。
「と、友達? 僕たち……友達?」
「なんだ? 嫌か?」
「う、ううん!」
キョトンとした顔のマコトは嬉しそうに首を振った。
未だにトモナリはマコトの憧れである。
そんなトモナリと友達だと言われて嬉しくないはずがない。
「ふぅーん」
「むっ! トモナリの友達は僕もだぞ!」
「もがっ!?」
マコトに嫉妬したヒカリがトモナリの顔面にしがみつく。
「ふふっ、分かってるよ。ヒカリさんがアイ……トモナリ君の一番だって」
マコトは前はアイゼン君呼びだった。
終末教の件で協力してくれたしトモナリでもいいと言ったら少しずつトモナリと呼ぶ努力をしている。
「よくわかってるな、マコト!」
一番だと言われてヒカリは鼻息荒く笑顔を浮かべる。
「しがみつくのはいいが、鼻はやめてくれ」
トモナリがヒカリの頭を両手で挟んで顔から引き剥がす。
流石に顔を覆われては息が苦しい。
ちゃんとお風呂に入っているのでヒカリはボディソープの良い匂いはするけれど。
「ぬうぅ〜トモナリィ〜」
トモナリはそのままヒカリの頬をムニムニと揉む。
「羨ましい」
ヒカリの頬を揉むトモナリをサーシャはいいなという目で見ている。
「ふふん、ほほなりははらいいのは」
トモナリだからいいのだ。
頬を揉まれてもヒカリはなお嬉しそうにしている。
「もうすぐ先に入った班が戻ってくるぞ。次に入る3班と7班、4班と8班は準備しろ」
イリヤマがゲートの中から出てきた。
トモナリたちはテントの中から出て装備の最終チェックをする。
自分のものだけでなくお互いに装備の不備がないか確かめ合う。
「マコト君も自分の装備持ってるんだ」
「う、うん。トモナリ君のおかげで」
装備を身につけたマコトの腰にはナイフが差してある。
支給品のナイフでないことにミズキが気がついた。
先日ルビウスをもらった時にマコトもマサヨシに伝えた功績としてナイフをもらっていた。
トモナリも手伝って選んだのでマコトにとってはかなり大事なものとなっている。
「トモナリ君が? またなんかしてるんだね?」
「またとはなんだ?」
「いっつもなんかしてるでしょ」
「いつもじゃないさ」
そんなにいつも行動しているわけじゃない。
休む時は休んでいるとトモナリは思う。
「マコト」
「な、なに?」
「これ食っとけ」
「チョコ……?」
「顔が青いぞ」
マコトは緊張で顔色が悪い。
トモナリはマコトの手を取ると小袋に入ったチョコを渡した。
「あまり気負いすぎるな。大人もいるし、俺もいる。今回のゲートは学長までいるんだ」
「……う、うん」
マコトはチョコを口に入れて転がすように溶かして食べる。
甘みが口に広がり、同時にトモナリの言葉を頭で反すうして心を落ち着かせようとする。
トモナリがいる。
そう考えると少し気分が楽になった。
「無理をすることはないんだ。気を抜きすぎず、気負いすぎず戦えばいい」
「それが難しいですよ」
「いつか慣れるさ。今は周りにみんないるから緊張しすぎるな」
「……ありがとう」
「なーんかやさしーねー」
「当然だろ? 図太いお前とは違うんだよ」
「にゃんだと!」
優しくマコトをフォローするとトモナリにミズキが渋い顔を向ける。
トモナリが優しくないとは思わないけどマコトへのフォローはいつもよりも優しい感じがある。
「まあいざとなれば俺を頼ってくれ!」
ユウトもマコトに白い歯を見せて笑いかける。
「他のならともかくミズキも含めて8班は強いからな」
「褒めたり貶したり……」
「図太いってのも褒め言葉だ」
「褒められてる感じがしない……」
血を見るような戦いの世界で神経的な図太さがあるのはいいことである。
繊細すぎる人はこの先の戦いに耐えられない。
だから一般クラスに移るような人も出てきてしまうのだ。
その点でミズキは良い性格をしている。
だからある意味図太いというのも褒め言葉なのだ。