ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

 トモナリが目を覚ますとそこはアカデミーにある保健室だった。
 保健室といっても普通の学校のものとは違う。

 覚醒者がいるためにいざという時もちゃんとした医療を行える小さい病院のようなものである。

「体が重いと思ったら……」

 目を覚ましたトモナリは起きあがろうとして体の重さを感じた。
 結構な重傷だったしそのせいかなと思ってお腹を見るとヒカリがトモナリの上で丸まって寝ていた。

「その子ずっとあなたのそばにいるのよ」

「あっ……」

 横を見たら白衣を着た女性が立っていた。
 年の頃は二十代後半に見えるおっとりとした顔立ちの優しそうな人だった。

「宍戸恵子(シシドケイコ)よ。アカデミーの保険医、一応現役のヒーラーなの」

 シシドはニッコリと笑顔を浮かべる。
 まさか保健室にヒーラーまで備えているなんてとトモナリは驚いた。

 人の怪我を治したりするヒーラーは戦いにおける安定性を向上させてくれる。
 ヒーラーとしての能力が覚醒する人も少なくどこでもヒーラーは欲しい人である。

 そんなヒーラーを学校に在中させておくなんてさすがはアカデミーだと感心してしまう。

「あなた意外と危ない状況だったのよ?」

「みんなは……大丈夫だったんですか?」

「あらぁ、こんな時にも人の心配? みんなは大丈夫。転んで足擦りむいた子がいたけどそれぐらいよ。あなたのおかげね」

「よかったです」

 途中でゴブリンに襲われるなどの可能性があった。
 そんなこともなく逃げ切れたのならよかったとトモナリは胸を撫で下ろした。

「よくないわよ。あんな無茶して。あなたはまだまだ子供なのよ?」

 骨折や全身の打ち身などトモナリのダメージは大きかった。
 アカデミー近くのゲートでシシドがいたからいいものの、そうでなければ危ないところだった。

「仕方なかったんです。逃げるつもりだったけど……逃げられなくて」

「まあイレギュラーな状況だったらしいしね。あなたの勇気のおかげでみんなが無事だったことは確かだし」

「あっ、トモナリ! 無事でよかったぞ!」

「むぎゅ! ヒカリ……いだい……!」

 ヒカリが目を覚ました。
 トモナリの顔に抱きついて頬を擦り付ける。

 硬いウロコで激しくすりすりされるものだからゴリゴリして意外と痛い。

「心配したぞ〜」

「分かった……分かったから……!」

 思いの外力が強くて引き剥がせない。
 痛いけど悪い気はしない。

「またトモナリを失うのは嫌だぞ」

「俺も死ぬ気はない……あれは危なかったけど」

「ふふ、仲良しね。アイゼン君の体はヒールで治してあるからあと1日ぐらい様子を見てから退院してもいいわよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「それじゃあアイゼン君も起きたことだし」

 ちゃんと受け答えもできているし後遺症もなさそうだとシシドは判断した。

「みんないいわよ」

 シシドが病室のドアを開けて外に声をかける。

「トモナリ君!」

「トモナリ!」

 みんなとはなんだと思っているとミズキを始めとした8班のみんなが病室に飛び込んできた。
 少し遅れて一緒だった4班の子たちも病室に入ってくる。

「体大丈夫?」

「トモナリ君、心配したよ」

「ああ、みんな悪かったな」

 頬にヒカリをくっつけたままトモナリは体を起こした。

「謝ることじゃないよ」

「いーや、みんなに心配かけたんだから謝ることだ! 次なんてないんじゃないかと心配だったんだからさ……」

「残念ながら次はありそうだぞ、ユウト」

「残念じゃないさ。次ありそうで嬉しいよ」

 トモナリとユウトは視線を合わせてニヤリと笑う。
 男臭い感じはあるけれどこうした友情関係も悪くはない。

「まだあんたには勝ち越してないんだから死なないでよね」

「そうだな。まだお願い一つも聞いてもらってないしな」

「そうね、約束果たさないままじゃ私も嫌」

 ここでお願い聞かなくてもよくなるならなんて考えないところにミズキの性格が出ている。

「大人気だな」

「が、学長!?」

 ワイワイとしているとマサヨシが病室に入ってきた。
 アカデミーの学長が急に現れたのだからみんな驚く。

「そのままでいい。少し様子を見に来ただけだからな」

 マサヨシは優しく微笑むと手に持っていたフルーツの盛り合わせをサイドテーブルに置いた。
 学生にこんなもの持ってくるか? とトモナリが思うほどの豪華な盛り合わせである。

「みんなで食べるといい」

 マサヨシは盛り合わせの中のリンゴを手に取るとトモナリに投げ渡す。

「よくあの困難の中、生き延びた。アイゼン君の力は大きいと思うが他の子たちも冷静になって行動をした。逃げることは恥ではない。生きていれば明日がある。今回のことで悔しいと思ったのなら強くなれ」

 ヒカリはそっとトモナリの手からリンゴを取ってシャクシャクと食べている。

「経験が、そして思いが君たちを強くする」

 これはトモナリだけでなく病室にいるみんなに向けての言葉でもあった。
 ゴブリンキングに追い詰められてトモナリは悔しい思いをした。

 一方でみんなもトモナリに任せるしかない、共に戦うことができなかったという悔しさがあった。
 そうした思いを忘れずに糧にして努力をするようにとマサヨシは言うのだ。

 良い目をしている。
 そうマサヨシは思った。

 危険な出来事だった。
 誰か生徒が死んでもおかしくないような状況だったのだが、そうした事故を乗り越えてそれぞれの中に生まれた思いはまたそれぞれを成長させてくれる。

 図らずもそのような思いを生み出してくれたのはトモナリである。
「突発的な事故であったといえ、アカデミーに責任がないとは言い切れない。今回アイゼン君が頑張ってくれたということでアカデミーが保有する霊薬を君にお礼代わりにあげようと考えている」

「霊薬を!?」

「トモナリすごいじゃん!」

 みんながざわつく。
 霊薬とはレベルやトレーニング関係なく能力値を上げてくれる効果を持つ秘薬のことである。

 魔法職でなければ上がりにくい魔力も上げてくれたりするもので、ゲート攻略の報酬や貴重な素材を錬金術師などの職業の人が加工してようやく作れるとても貴重なものになる。
 覚醒者の間では高値で取引されていてトモナリも回帰前に霊薬を口にしたことなんてない。

 そんなものをアカデミーで保有していて生徒であるトモナリにくれるなんて太っ腹もいいところだ。
 霊薬をもらえるのはありがたい。

 レベルアップとトレーニングだけでは能力値を上げ切ることはできない。
 一個の霊薬で上げられる量など高が知れているけれど能力値一つの差が戦いを分ける場面だってあり得るかもしれない。

 いつもは冷静なトモナリの目が輝いているのを見てマサヨシは笑う。

「みなもアイゼン君にあまり迷惑をかけないうちに戻るのだぞ」

 マサヨシは最後にヒカリの頭にポンと手を乗せて部屋を出ていった。

「霊薬があるともっとお前と差がついちゃうな……なあ、なんか秘訣あんのか?」

「あるよ」

「そーだよなぁ、そんな都合よく……ってあるのか!?」

 何気なくした質問だった。
 強くなるのにレベルアップ以外の方法が基本的にはないとみんなは思っている。

 ただトモナリは少しなら強くなれる方法を知っている。
 病室にいたみんなが目の色を変えてトモナリを見る。

「教えてやってもいいけど結構大変だぞ?」

「……教えてくれ。大変でもなんでもやってみせるから」

 悔しい思いを忘れない。
 誰かを守るために覚醒者になったのに誰かに守られてばかりでは嫌だとユウトは思った。

「みんなは……」

「そんな秘訣あるなんてずるい! 私も強くなりたい!」

「やる」

「……まあ、強くなれるなら僕も興味あるよ」

 ミズキたちもやる気に満ち溢れている。

「んじゃ俺が退院したらやってみようか」

「アレをやるのだな?」

「そうだよ」

 ヒカリはリンゴの芯のところまでボリボリと食べてしまった。
 トモナリが何をしようとしているのか、ヒカリには分かっている。

「ふっふっふっ〜、このヒカリが手取り足取り教えてやるのだ!」

 ーーーーー

 次の日マサヨシが霊薬を持ってきた。
 手のひらサイズの小さい箱をトモナリの手に乗せて、忙しいからとマサヨシはさっさと行ってしまった。

 トモナリが箱を開けてみると中には霊薬が入っていた。

「肉団子みたいだな」

 ヒカリが霊薬を爪でツンツンとつつく。
 大きめな肉団子ぐらいの大きさの丸い形をしていて見た目には黒っぽくて美味しそうとは言えない。

 霊薬にも種類がある。
 そのまま食べられるような植物タイプのものもあれば人工的に加工した薬タイプのものもある。

 薬タイプも錠剤のようなものや液体、今トモナリが持っている丸薬のようなものまで様々なのだ。

「トモナリ? 何するのだ?」

 トモナリはサイドテーブルに置いてあった小刀に手を伸ばした。

「ト、トモナリ!?」
 
 ゴブリンキングとの戦いでも命を救ってくれた小刀をスラリと抜くとトモナリは霊薬を真っ二つに切断した。

「な、何してるのだ!?」

 トモナリのことを全部わかっているヒカリでもトモナリがどうしてこんなことをしているのか理解できなかった。

「ほらよ、ヒカリ」

「トモナリ……」

 トモナリは半分に割った霊薬の片割れをヒカリに渡した。

「お前のおかげで生き残れたからな」

 今回ゴブリンキングから生き残れたのはヒカリのおかげも大きい。
 ヒカリがいなかったらゴブリンキングに捻り潰されてしまっていたことだろう。

 トモナリが頑張ったからと霊薬をもらったけれどそれならばヒカリも霊薬をもらう権利がある。
 だから半分こ。

 効果は半分になってしまうけどヒカリもこれで強くなれるのなら結局効果は変わらない。

「トモナリィ」

 ヒカリは感動して目をウルウルとさせている。

「ほら、食べるぞ」

「うん!」

 トモナリとヒカリは同時に霊薬を口の中に放り込んだ。
 効果を得るために口の中でしっかりと霊薬を噛み締める。

 あんまり美味しいものではない。
 なんというか体に良さそうな草を固めたような味だった。

 青臭くて苦味がある。

「むぐぐ……」

 ヒカリもあまりお味が好きでないようで手で口を押さえてなんとか食べている。

「これでも食え」

 なんとか霊薬を飲み込んだトモナリはフルーツの盛り合わせの中からブドウを手に取る。
 何粒か適当にもいでヒカリに渡す。

「不味かったのだ……」

 ちょっと涙目のヒカリはブドウの力を借りて霊薬を飲み切った。

『魔力が2増えました!
 スキル魂の契約の効果で相互作用を得られました。魔力が2増えました!』

「おっ?」

 霊薬の効果はすぐに現れた。
 魔力を上げてくれる効果があるものだったようで魔力が上がった。

 しかもそれだけではなくスキルによって繋がっているヒカリが霊薬を飲んで効果を得たのでトモナリにもその効果が得られたのである。

「そういえば相互作用があるなんて書いてあったな」

 魂の契約というスキルにはヒカリとの間に相互作用があるとも表示があった。
 どういうことなのかいまいち分からなかったけれどこういうことかと納得した。

「ふふふ、トモナリが強くなると僕も強くなった気がするんだ」

 ヒカリは口に手を当ててクスクスと笑う。
 なんだか一緒に強くなれているようでヒカリは嬉しかった。

 だけど相互作用がある以上きっとトモナリが強くなればヒカリも強くなっているのだと思った。

「そうだな……もっと強くなろう。一緒に、どこまでも」

 トモナリが頭を撫でてやるとヒカリは目を細めて気持ちよさそうにしながらブンブンと尻尾を振る。
 小さくなってもデカくても感情表現は変わらないのだなとトモナリは思う。

 焦ることはない。
 まだまだ覚醒者として始まったばかりで、トモナリには回帰前にはなかった可能性がある。

 ヒカリとなら強くなれる。
 トモナリは青臭くなった口の中をリセットしようと一つブドウを食べた。

「あーん」

「はいはい」

 食べさせてと口を大きく開けるヒカリ。
 トモナリはフッと笑ってヒカリにもブドウを食べさせてあげたのだった。

 ーーー第一章完ーーー
「部活動ですか?」

「そうだ。君は何もやっていないようだね?」

 ある日マサヨシがトモナリの部屋を訪ねてきた。
 学校が休みの日でトレーニングにでも行こうと思っていたところだった。

 話があるというので部屋に入れるとピクニックでも行くようなバスケットを持ってきていた。
 なんだと思ったら中にはお菓子がぎっしり。

 もちろんそれはヒカリにあげるためのものだった。
 モンスターであるということからヒカリのことをみんな怖がるかもしれないとトモナリは思っていた。

 けれど実際堂々とヒカリが表に出てみるとみんなは意外とヒカリのことを受け入れてくれた。
 モンスターだからとドン引きして距離を置いている人もいるけれどクラスのみんなやマサヨシはヒカリのことを可愛がってくれている。

 マサヨシが壁になってくれているのかヒカリのことは騒ぎにもなっておらず、ヒカリ周りに関しては想像よりも穏やかに過ごせていた。
 マサヨシは部活動はやらないのかとトモナリに尋ねた。

 鬼頭アカデミーも高校であるので部活動なんてものがある。
 運動部から文化系の部活まで様々でそうした部活用の設備も充実している。

 覚醒者は一般の人よりも身体能力が高いために一般的な大会に出場することはできない。
 それでも部活動は意外と盛んでアカデミー内での競い合いは激しい。

 近年では他のアカデミーや国外のアカデミーを含めた覚醒者大会を開いている競技もあったりするのだ。

「まあそうですね。今のところは特に考えてません」

 色々な部活はあるけれどトモナリはどこにも所属していなかった。
 普段はトレーニングしているし部活に入ろうかなと思ったこともない。

 なんか誘われたりしたこともあったけど興味もなかった。

「一つ入ってみるつもりはないか?」

「部活にですか?」

「そうだ」

「うーん、なんの部活でしょうか?」

 あまり部活に入るつもりはないけれどマサヨシがわざわざ話に来たということは何かがあるのかもしれない。
 ひとまず話だけでも聞いてみることにした。

「君にはもう話したがこの世界には終末教という危険な存在がいる。だが多くの生徒はその存在を知らない。二年になれば細かく習うが……実際にその危険性を理解出来る人は少ない」

 いきなり終末教という組織がいてゲート攻略を邪魔していると聞かされても実感として危機感を覚える人はなかなかいない。
 実際に目の前で邪魔をされてみれば一瞬にして危険な連中だと分かるのだけど、話だけではどうしても難しいのはトモナリも理解している。

「特進クラスではそうした終末教にも対抗できるように力をつけていってもらいたいが……主な目的はやはりゲートの攻略となる」

 後ろで手を組んだマサヨシはお菓子を食べるヒカリをじっと見ている。

「そこでより信頼できる人を集めて、より少数で終末教と戦うための覚醒者を育成しようと私は考えている。それが課外活動部だ」

「課外活動部……」

 トモナリでも初めて聞く部活だった。

「知らないのも無理はない。表立っては活動していないからな。勧誘などもしないし表にポスターなんかもない。だがアカデミーの中では部活として存在しているのだ」

「そうなんですね」

「一般的なクラスではレベル20、特進クラスでは40、そして課外活動部ではレベル50を目標としている。部活としてのより多くのゲートの攻略を目指し、対人戦闘の訓練も行って切磋琢磨してもらう」

「レベル50ですか?」

 レベル40だってあげるのはなかなか大変になる。
 あくまでも目標なので絶対的なものではないが、レベル50となると目標とするのにもかなり高い壁に感じられた。

「そのための支援は惜しまない。以前君にあげた霊薬や魔道具、装備、スキル石だって支援しよう」

「……一つだけ教えてください」

「なんだ? なんでも聞いてくれ」

「どうしてそこまでしてくれるんですか? どうして……そこまで終末教を敵対視しているのですか?」

 覚醒者を育てるというアカデミーの理念は分かる。
 だがマサヨシの話を聞いていると覚醒者を育てることの目的に終末教に対するものを感じる。

 危険な相手なので対抗できるような力を身につけるということは分かるのだけど、どうしてそこまで終末教を念頭に置くのか気になっていた。

「……愛しい人を終末教のせいで失ったのだ」

 ヒカリからトモナリに視線を移したマサヨシの目には悲しみが浮かんでいた。
 マサヨシは有名とまではいかないけれどそれなりに名の知れた覚醒者だった。

 しかし突然一線を退いて私財を投げうってアカデミーを創設した。
 なぜそんなことをしたのかというその答えの一端を見たような気がする。

「出過ぎたことを聞きました……」

「いいのだ。気になるのもしょうがないだろう。だが俺は君たちにこのような悲しい思いをしてほしくないのだ」

「……どうやったら課外活動部に入れるんですか?」

「明日集まる予定がある。そこに君を招待しよう」

「僕も行くぞ?」

「もちろんヒカリ君も招待しよう」

「もちろんだ」

「ふふ、それでは失礼する。お菓子は好きに食べてくれ」

 マサヨシは大きな手でヒカリを優しく撫でると部屋を出ていった。
「げっ……むっちゃきてんじゃん」

 スマホを見たトモナリは顔をしかめた。
 たくさんの通知が来ていてスマホを見ている間にもメッセージが入ってきていた。

「はぁ……ヒカリ、行くぞ」

「んー」

 ヒカリは手に持っていたお菓子を口に詰め込むとトモナリの頭にしがみついた。
 寮を出て構内を歩く。

 休みの日なのでいつもより人は少なめである。
 ただ寮生も多く、部活や学生のための娯楽も実は構内にあったりするので出歩いている生徒ももちろんいる。

 ヒカリを頭に乗せているトモナリは目立つので通り過ぎる人は大抵チラリとトモナリの頭に視線を向けていく。
 時々ヒカリちゃーんなんて声が聞こえてヒカリは手を振りかえしたりしている。

 トモナリが聞いた話ではヒカリファンクラブなるものがひっそりと存在しているらしい。
 あまり有名になるのも困りものであるが、ある程度有名になればヒカリに手を出すことも難しくはなるだろう。

 もうアカデミー内の建物の位置もかなり覚えてきた。
 トレーニング棟という建物に入ったトモナリはトレーニングルームに向かった。

「あっ、遅いぞ!」

「もう始めてたよ!」

 トレーニングルームに入るとトレーニングをしている人も意外といる中で見知った顔がトモナリのことを待っていた。
 ユウトやミズキを始めとした8班と4班のみんなだった。

 能力値を上げるためにはトレーニングは有効である。
 たとえ1でも能力値が上がれば変わってくるし現段階ではまだみんなレベル5なのでまだまだトレーニングでも能力値を上げられる。

 秘訣を教えてくれというのでトレーニングだと教えてやって以来休みにはみんなでトレーニングに勤しんでいた。
 8班だけじゃなく4班の子まで来るのは意外だったし、割とキツめのトレーニングをしているのにみんな食らいついてくる。

 レベルが低くてトレーニングも始めたばかりなので本当に能力値が上がってやる気が出たようだ。
 今日もトレーニングする予定だったのだけどマサヨシが訪ねてきたので連絡する暇もなくて遅れてしまった。

 トモナリのスマホに来ていた大量の通知はユウトとミズキによるものだった。
 心配というより半ば悪ふざけである。

「今日は割と人が多いな」

「だいぶあったかくなってきたしみんなも活動的になってきたんじゃない?」

「みんな柔軟は?」

「もうやったよ」

「そうか、ちょっと待ってくれ」

 いきなり体を動かすのも危ない。
 トモナリは軽く体を動かして伸ばす。

「ヒカリちゃーん、おはよう!」

「おはようなのだ!」

「おはよ」

「サーシャ〜」

「はい、あげる」

「さすがだ!」

 トモナリが柔軟している間ヒカリは女子に囲まれる。
 ヒカリのお気に入りはお菓子をくれるサーシャのようである。

 最近はトモナリの手が離せない間はサーシャに抱かれるぐらいには気を許している。
 サクサクとチョコのお菓子を食べているヒカリはとてもご機嫌だ。

「ふぅ、それじゃあ……」

 柔軟を終えたトモナリがトレーニングルームを見回す。
 満杯とはいかないけれど器具を使っている人は多く、みんなが同時に同じものを使っているような余裕はない。

「あれを二台二人ずつ使って、あっちで二人……あとはあっちで」

 何人もいて器具を独占するのも良くない。
 一人は補助について交代で使い、他に利用したい人がいなさそうなら別のペアと交代で使うことにする。

「これぐらいでいいかい?」

「もうちょい重くしようかな」

「まだいくの? さすがだね」

 トモナリはコウと組んでバーベルに挑んでいた。
 前までなら一人と一体だったので一人でも問題なさそうな重さでやっていたけれど。今回はコウがいてくれるので少し重量を増やす。

「ふっ!」

「おお……」

 トモナリの見た目からは考えられないような重さをゆっくりと上げ下げしてコウは目を丸くしている。
 回帰した時に比べればかなり体つきもがっちりしてきたのでこれぐらいならまだいけそうだ。

 何度見てもすごいものであるとコウは思う。

「ふんっ! ふんっ!」

 トモナリの横でヒカリもトレーニングをしている。
 寝転んでバーベルの重りを持って腕の力で上げ下げしている。

 可愛らしい光景なのだけどヒカリが上げ下げしているのは20キロの重り。
 意外と侮れない力をしているのだ。

「交代だ」

 数セットこなしたけれど残念ながら能力値は上がらなかった。
 レベルもゴブリンキングと戦ったトモナリは7になっているし、これまでもトレーニングで能力値で伸ばしてきた。

 ちょっとやそっとのトレーニングじゃ能力値は上がらなくなってきた。
 それでもトレーニングするのは好きなので続けていくがこれからもっとレベルが、上がっていくとトレーニングで能力値を上げるのは期待できない。
 
 次はコウの番なので交代する。

「へぇ、意外とやるじゃん」

「ありがと」

 コウの体は見た目に細めである。
 これまでも鍛えてこなかったし比較的ガリ勉タイプなので細いことはコウも自覚している。

 ただ覚醒者であるので見た目以上の力はある。
 それでも最初はヘロヘロだった。

 姿勢をしっかりとして、力の入れ方を学んで、繰り返してトレーニングをするうちに持ち上げられる重量も上がった。
 魔法系で力が低めなので上がりやすかったということもあるのかもしれない。
 トモナリには及ばなくともコウなりに頑張った重量を上げている。

「よし、一度休憩」

 ワンセット分が終わってコウが息を整えている間に他のみんなのことも確認する。
 みんなしっかりと汗を流してトレーニングに励んでいる。

 この分ならミズキやサーシャは回帰前よりも早くに活躍し始め、他の子も卒業した後に名前が聞こえてくるようになるかもしれないと思った。

「ほら、もうワンセット行くぞ」

「うぅ……頑張るよ。よいしょ……あっ、力上がった」

「やったじゃないか」

 地味で辛いトレーニングもしっかりと効果を表し始めていたのであった。
 その後も交代で器具を使ってトレーニングをした。

「ふぁ〜疲れたぁ〜」

 一通りトレーニングしてみんなは汗だくになっている。

「また今日も力強くなった気がするぞ!」

「ヒカリちゃんは元気だね」

「トモナリとトレーニングしてるからな!」

「トモナリ君も元気そう」

「ん? 今日も結構追い込んだつもりだぞ?」

 ミズキは床に座り込んで汗をタオルで拭いているけれどトモナリはまだ余裕があるようにサーシャには見えた。
 一応トモナリも強度高めにトレーニングしていた。

 だがみんなで交代しながらということで一人でやるより休みがあったりするのでバテたりはしなかった。

「ぐぬぬ……」

 ミズキはまたトモナリをライバル視している。
 トモナリが余裕がありそうなのに自分はへたり込んでしまっているのが負けてしまったかのように感じていた。

 普段から突っかかってくるわけでもないしいいライバル心だとトモナリは思っている。
 悔しい思いがあるなら強くなるだろうし、強い奴が増えればそれだけゲートも攻略しやすくなる。

「休んだら最後の仕上げといくぞ」

 器具を使って体を鍛えるだけがトレーニングじゃない。
 筋トレだったり走ったりすると力、素早さ、体力が上がっていく。

 けれどそれだけでは器用さはなかなか上がらない。
 器用さを上げるためにはまた別のトレーニングをする必要がある。

 トレーニングルームを出て隣のバトルトレーニングルームに移動する。
 こちらの部屋は利用者は少なくて余裕がある。

「誰からやる?」

「俺がやる」

 ヘッドギアを手に取ったトモナリがみんなに視線を向けるとユウトが前に出た。

「やる気だな」

「今日こそ一本取ってやるからな!」

 トモナリが投げ渡したヘッドギアを被りながらユウトはやる気を見せている。
 以前タケルと戦った時はグローブを身につけて殴り合いをしたけれど今回は武器を使う。

 ただ本気の武器は危険なのでこんなところでは使わない。
 トモナリとユウトが手に取ったのはエアーで膨らませるスポーツで使う剣。

 一応竹刀や木刀なんかも用意してあるけれどそうしたものを覚醒者が本気で使えば危険な武器ともなりうる。
 エアーの剣は全力で殴られれば多少は痛いけれど怪我をする可能性はほとんどない。

「よし! ミズキ、時間頼む」

「はいよ〜」

 ミズキがスマホを取り出してタイマーをセットする。
 トモナリとユウトはリングに上がって向かい合う。

「トモナリ頑張れ〜」

 ヒカリはコーナーについてトモナリを応援している。

「よーい、始め!」

 ミズキの号令と共にユウトが床を蹴って一気にトモナリと距離を詰める。

「もらったー!」

 真っ直ぐに振り下ろされた剣はトモナリの頭を狙っている。

「ふげぇ!?」

 けれどユウトの剣は空を切り、目の前にいたはずのトモナリのことを完全に見失ってしまう。
 次の瞬間頭の後ろからスパンと衝撃を受けた。

 ユウトの剣をかわしたトモナリが隙だらけだった後頭部に一撃を決めたのだ。

「奇襲は悪くないが大振りすぎるぞ」

「ぐっ……まだまだ!」

 ちゃんとヘッドギアもつけているしエアーの剣ではあまり痛くもない。
 ユウトはすぐさまトモナリに切りかかる。

 しかしユウトがどれだけ剣を振り回してもトモナリには当たらない。
 逆にユウトはトモナリの反撃をバンバンくらっていいようにやられている。

「はい、時間でーす!」

「くっそぉ〜! また一回も当てらんなかったぁ〜!」

 また汗だくになっているユウトがリングの上に倒れ込む。
 別のトレーニングとはこうした練習試合のことであった。

 実際に体を動かして戦うことによって器用さは上がったりする。
 トモナリの場合はテッサイとの手合わせで散々痛めつけられたので器用さも上がっていた。

 みんなでそれぞれ戦うこともあるし、トモナリがこうして追い込むように戦うこともある。
 戦うと単に器用さを上げるだけじゃなくて体力や素早さも上がるので割といいことづくめである。

 さらにはこうした対人戦闘の訓練は後々戦うことになるかもしれない終末教をも仮想したものだった。
 みんなはトモナリの意図に気づいてなどいないが、ここで共に成長した仲間たちはきっと将来でも共に戦う仲間になるはずだと思った。

「次は?」

「んじゃ私! 今日こそ倒してあげるからね!」

「やってみろ」

 ただ終末教とかそんなことは今はどうでもいい。
 友人たちとの時間を楽しみ、その中で少しずつでも成長していければきっと未来はあるのだ。

 一人でも多くの英雄が生まれて少しでもゲートのせいで苦しむ人が減ればいい。
 まだまだトモナリの計画は始まったばかりである。

「うにゃー! 女の子に手加減ぐらいしなさいよ!」

「してるさ」

「うわー! ムカつく!」
「トモナリ、誰かつけてるぞ」

「本当か?」

 器具でトレーニングするだけではなく日々のランニングもトモナリは続けていた。
 午前中みんなと一緒にトレーニングをしたけれど夜も日課のランニングをしていた。

 トモナリの肩に引っ付いていたヒカリがランニングの最中ついてくる存在に気がついた。
 最初は気のせいかと思ったけどアカデミー構内をグルグルと走るトモナリを先回りして待ち伏せしているので危ない敵かもしれない。

「何人だ?」

「むむ……多分一人」

「一人か……どうするかな」

 もしかしたら終末教かもしれない。
 ヒカリを狙っている可能性もあるとトモナリは考えた。

 夜で人は少ないし襲いかかってくるのなら良い環境だろう。
 アカデミーが管理している武器は持ち出すのは難しいが、覚醒者である以上自分の武器を持つことも認められているので武器を持つこともできる。

 人の多い環境であってアカデミーで人を襲うことは難しいけれども人が多いので襲撃に成功して紛れてしまえば誰が犯人かは分かりにくくなる。

「いけるか……?」
 
 まだ相手には気づかれていることを気づかれていない。
 逆に奇襲してやろうとトモナリは考えた。

 相手が格上でも先手を取ることができれば勝つ可能性は十分にある。
 仮に直接対決になっても割と勝つ自信もあるし、相手が一人なら逃げて助けを求めることもできるだろう。

 トモナリはそっと腰に手を伸ばした。
 腰にはテッサイからもらった小刀が下げてある。

 護身用に常に小刀を持ち歩いている。
 こうしたランニングの時も例外ではない。

「よし、ヒカリ」

「なになに?」

「……するんだ」

「にひひ、分かった!」

 トモナリは声をひそめてヒカリと作戦を練る。
 面白そうとヒカリは思った。

 走りながらトモナリは周りに感覚を広げる。
 するとトモナリもようやく近くにいる人に気がついた。

 確かにヒカリの言うようについてきている。
 ただずっとついてきているのではない。

 トモナリのランニングのペースに追いつけないのか時折気配が感じられなくなってはランニングのルートに先回りしている。
 相手の追跡の感じをトモナリはすぐに把握した。

「いくぞ」

「オッケー」

 トモナリは走るスピードを上げて建物の角を曲がった。

「……あ!」

 トモナリの後ろを追いかけていた何者かが慌てたように角を曲がるとトモナリは走るのをやめて待ち受けていた。

「よう」

「えっ、あっ……」

「どーん!」

「ぐおっ!?」

 追いかけてきたのは多分、男の子だった。
 トモナリがいて急ブレーキをかけた男の子にヒカリが上から落ちてきた。

 20キロの重りも軽々と持ち上げるヒカリが突撃してきたら重たい鉄球が飛んでくるようなもの。
 ヒカリが背中にぶつかって男の子はなす術もなく地面に倒された。

 奇襲作戦としてトモナリはヒカリに角を曲がったら体から離れて少し上空で待機するように言っておいた。
 そして相手が油断している間に体当たりを決めさせたのである。

「いて……ひっ!」

「お前……何者だ?」

 トモナリは地面に倒れた男の子の首に小刀を突きつけた。
 よく見てみると割と可愛い顔をしていて一瞬女の子かと思ったけれど、学校指定のジャージは男女でちょっとデザインが違う。

 相手が来ているのは男もののデザインのジャージだったので男だろうとは思う。
 トモナリに小刀を向けられて男の子は顔を青くする。

 終末教だろうかと思っていたのに明らかにそんな雰囲気はない。
 ただそれで油断はしない。

「ぼぼぼ、僕は南真琴(ミナミマコト)と言います! あ、怪しいものじゃないです!」

 マコトは顔を青くしたまま弁明する。
 起きあがろうとしたけれど背中にヒカリが乗っていて動くこともできない。

 トモナリの肩に乗っている時はそんなに重さを感じないのだけど本気になるとヒカリの重さも決して軽くない。
 さらには力も込めて押さえつけられると覚醒者といえど簡単には起き上がれない。

「ステータス画面と学生証を見せろ」

 自己紹介もウソで、慌てたような態度もトモナリを騙そうとしている可能性がまだある。
 ステータス画面は特殊なスキルでもない限りは偽装することができない。

 学生証も顔写真付きで意外とちゃんとした作りのものなので簡単に偽物を用意はできない。

「わ、分かりました……ステータス表示」

 マコトは自分のステータスをトモナリに開示した。
 ステータス画面に表示されている名前はちゃんと申告してきた南真琴と一致している。

「……忍者?」

 トモナリが注目したのはマコトの職業だった。
 職業は忍者である。

 かなり珍しい職業であり、不思議とほとんど日本人しか得られないと言われている。
 シーフやアサシンといった職業と近い能力を持ちながらもより直接的な戦闘にも長けたスキルや能力値になることが多い。

 しっかりと育つと何者にも捉えられない素早さと一撃必殺の鋭さを秘めた強さを誇る覚醒者になりうる。

「南真琴……なんだか聞いたことがある気が……」

 それも今ではなく回帰前のどこかで名前を聞いたことがある気がするとトモナリは思った。
「インザシャドウ……」

 パッと思い出せなかったので思い出すことは後回しにしてスキルを見た。
 影に潜って隠れるスキルで使い方によっては非常に有用なものになる。

 最初のスキルとしてはかなり破格なものと言っていい。

「影に潜るスキル……」

 スキルを見たらまた何かが思い出せそうになった。

「ええと……あの?」

「大人しくしてろ!」

「あ、はい……」

「…………暗中乃影、暗王候補南真琴か」

「は、はい?」

 ようやく思い出した。
 世の中にはいろいろな組織がある。

 終末教もその一つであるし、覚醒者が集まって作ったギルドも一つの組織である。
 そうした組織の中で暗王会という組織があった。

 暗王と呼ばれた覚醒者が作った組織で諜報など情報を扱っていた。
 しかし暗王会の顔は情報屋だけではなかった。

 金さえ積まれれば誰でも秘密裏に殺す、つまりは暗殺も請け負っていたのである。
 暗王会は密偵に適した能力者を引き抜いて集めていたのだが基本的に内情は外部の人には分からなかった。

 誰が暗王会のメンバーなのかも秘密で、暗王会のメンバーも日常の生活の中に溶け込んでいたと言われている。
 ただ一人だけ暗王会のメンバーで名前をバラされた人がいる。

 それがマコトであった。
 暗王が何かの原因で暗王の名を継がせて世代交代を行おうとし、マコトはその暗王候補だった。

 けれどマコトは別の暗王候補に敗れて亡くなり、なぜか暗王会はマコトの素性を公表したのだ。
 新たなる暗王による見せしめだったと言われていたが細かな理由はトモナリには分からない。

「な、なんですか?」

 回帰前にマコトに何があったのかなどどうでもいい。
 大事なのはこの先暗王会で暗王の名前を継ぐ候補になれるほどの実力者が目の前にいるということなのである。

「なんで俺のことをつけていた」

「あ……バレてたんですね」

「気づいてたさ」

 マコトの目的は何なのか。
 上手くマコトのことを取り込めないかなんてトモナリは考えた。

「その……つけてたのは……」

「つけてたのは?」

「ファン……なんです」

「ふぁん?」

 マコトは頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らした。

「ゲートのこと話に聞いたんです。クラスの仲間のために一人残ってゲートの特殊モンスターと戦って倒してしまった話を聞いて興味を持ったんです」

「そんなことで追いかけてたのか?」

「そんなことでって! すごいことだと思います。僕は一般クラスですし臆病で。アイゼンさんが同じ生徒なのにそんなことできた勇気がすごいなって思ったんです」

 まさかあれでファンができるとは思いもしなかった。
 予想もしていなかったストーキングの理由にトモナリは少し困惑する。

「あと……」

「まだなんかあんのか?」

「実は……ヤマザト先輩との戦いも見てたんです」

「あれをか?」

 あの場にマコトなんていたかなと思い出そうとするけれどはっきりしたことは分からない。
 ただ別に特別利用している人がいなかったという認識だっただけで完全に誰もいないことを確認したり他の人を利用禁止にしたりはしていない。

 見ていた人がいても全くおかしな話ではない。
 どこかでマコトが見ていたのだろう。

「先輩倒しちゃうなんてすごいなって思ってて、そこでまた君の話を聞いたから……」

「それはいいけど、なんで俺のこと付けてたんだ?」

「それは」

 マコトは気まずそうに目を逸らす。

「何がヤバいことでもしようとしてたのか?」

「そ、そうじゃなくて! と、友達になりたくて……」

 マコトは耳を真っ赤にして消え入りそうな声で答えた。

「友達……」

「そんなすごい人が近くにいるんだと思ったら知りたくなって。そして見てたら……アイゼン君良い人そうだし」

 だから機会をうかがうためにトモナリのことを付け回していた。
 タイミングを見計らってトモナリに声をかけるつもりだったのだ。

 いざ声をかけようと思うとすると緊張してしまい、ただのストーカーになっていたのである。

「まさかバレてるなんて思わなくて」

 確かにバレていると考えた時には相手から見てみるとかなり怪しいだろうとマコトは反省する。

「まあ押し倒してすまなかったな」

「僕が悪いんだ」

 考えていたような危険な目的ではなかった。
 トモナリが視線を送るとヒカリはマコトの上からどけてトモナリの肩に引っ付く。

 トモナリが手を差し出すとマコトは恥ずかしそうに笑って手を取って立ち上がる。

「それにしても……どうして一般クラスなんだ?」

 マコトの職業である忍者は珍しい職業である。
 さらにはスキルも珍しい。

 能力値も素早さを中心として高めな方である。
 特進クラスでもおかしくない。

「入学テストの時モンスターを刺すのに少しためらっちゃって。ギリギリ退場にはならなかったけど特進クラスへの声はかからなかったんだ」

 少し控えめな性格でありそうなことは見ていてわかる。
 入学テストの時の様子を見て覚醒者としてのメンタル的な資質が特進クラスには相応しくないと判断されたのかもしれない。

「特進クラスに入りたいのか?」

「……うん。僕は覚醒者としてやっていきたいんだ」

「じゃあ、友達になろうぜ」

「えっ?」

「友達になりたかったんだろ? 友達になろう」

「あ、う、うん!」

「特進クラスで待ってるぜ」

「特進クラスで……? それはどういう?」

「ふふ、後になったら分かる。今日はもう遅い。帰ろうぜ、マコト」

 トモナリは意味ありげにニヤリと笑った。

「トモナリの友達なら僕の友達だな! よろしくマコト!」

「よ、よろしくお願いします。アイゼン……」

「トモナリでいいよ」

「ヒカリ様でいいぞ!」

「よろしくお願いします、トモナリ君、ヒカリ様」

「うむ!」

 様付けで呼ばれてヒカリは満足そうに頷いた。
 敗れたとはいえ、暗王候補だった。

 これを逃す機会はないとトモナリは思っていたのであった。
 トレーニング用の建物は普段使う器具が置いてあったりリングがあるトレーニング棟の他に二つある。
 一つは魔法トレーニング棟。

 これは文字通り魔法を練習するための建物である。
 そしてもう一つあるのが予約トレーニング棟。

 二つのトレーニング棟が自由に使えるのに対してこちらは利用に事前の予約を必要としている。
 個人で使うこともできるし部活動などでも利用されることがある地上五階、地下二階の大きな建物となっている。

 しかし実はもう一つ上の階があって、その予約トレーニング棟の最上階は予約の一覧には載っていない。
 よく見ると建物が六階なのだけど普段気にしなければ気づかない人がほとんどである。
 
 予約トレーニング棟の一階、エレベーターが並ぶ部屋の奥に関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアがある。
 その中にはもう一機エレベーターがある。

 ボタンは一階と六階しかない。
 今日は課外活動部での顔合わせの日であった。

 他の部活は部活棟があってそちらに部室を持っているのだけど、課外活動部だけは例外的に予約トレーニング棟の六階全体を部室として与えられていた。

「おお、秘密感があってカッコいい!」

 秘密のエレベーターに乗ったトモナリとヒカリは六階まで上がっていく。
 奥まった場所にあるだけだがヒカリは上がるエレベーターにちょっとワクワクしていた。

 二階から五階までの到着しない階を通り過ぎて六階に止まる。
 エレベーターの扉が開くと正面にドアがある。

 トモナリは学生証を取り出すとドアの横にある装置にかざす。
 ピッと音がしてドアの鍵が開く。

「ちょっと緊張するな……」

「私がいるから大丈夫だぞ!」

 どんなことでも初めてというのは緊張する。
 ドアの前で一呼吸置いて緊張を和らげようとするトモナリの頬にヒカリが頬を擦り合わせる。

「そうだな」

 トモナリは思わず笑ってヒカリの頭を撫でる。
 緊張したって仕方がない。

 頼もしい相棒もいることだし堂々と入っていこうとドアに手を伸ばす。

「おっ、来たか」

「あの子が噂の……」

「てことはあれが例の魔物か」

 入ってみるとそこはホテルの良い部屋みたいなところだった。
 すでに課外活動部の生徒たちが集まっていて部屋に入ってきたトモナリに一斉に視線が向いた。

「あれ、トモナリ君?」

「コウじゃないか」

 トモナリは知らない顔がほとんどだったが知っている顔もあった。
 部屋にはいくつもソファーが置いてあって、その一つにコウが座っていた。

 トモナリのことを見て驚いたような顔をしている。

「君もこの部活に?」

「ああ、そうなんだ。というか同じこと俺も思うよ」

「僕は姉さんに誘われてね」

「姉さん?」

「うん。黒崎美久っていう人で学長の秘書をやってるんだ」

「えっ、あの人お前の姉さんなのか?」

「あっ、知ってる?」

「一度会ったことがある」

 アカデミーに来たばかりの時に寮に案内してくれた人がミクだった。
 黒髪のクールな美人な人だった。

 言われてみればコウとにていないようなこともない。
 コウを女性にしたらあんな感じのクールな印象の美人になりそうだと姉弟なことを意識して見ると思った。

 学長の秘書なら課外活動部について知っていてもおかしくない。
 コウは賢者という良い職業を持っているし課外活動部にはちょうどいい。

「君が来てくれるなら僕は嬉しいよ」

 コウは柔らかな笑顔を浮かべる。
 強くて仲間思いなトモナリがいてくれるなら今後の活動でも心強い。

「俺はみんなに歓迎されてないのかな?」

 観察されるような目を向けられていて少し居心地悪さをトモナリは感じていた。

「そんなことないと思うけど……君は有名だからね」

 コウは肩をすくめた。
 もうすでにトモナリは知る人は知っている噂になりつつあるのでみんなもどう接したらいいのかと距離感を測っているのだろうとコウは思った。

「あれ……」

 よく見てみると他にも知った顔があった。
 カエデとタケルも部屋の中にいた。

 以前タケルはトモナリに絡んできて仕方なく手合わせをした。
 カエデはオウルグループという大きな覚醒者ギルド企業の令嬢である。

 タケルとの関係性をトモナリは正確には知らないけれど深い関係性のようでタケルはカエデのためにと突っ走った行動をした結果トモナリに絡んできていたようだった。
 トモナリが視線を向けるとカエデは薄く微笑みを浮かべて小さく手を振った。

 ガキの頃だったらドキリとしてしまいそうな雰囲気がある動作だった。

「おお、もうみんな揃っていたか」

 自分から言い出して自己紹介でもした方がいいのかと悩んでいると部屋にマサヨシが入ってきた。
 その後ろからはミクと何人かの生徒がついてきていた。

「あっ……」

 知った顔が多くてトモナリは驚いた。
 マサヨシが手招きするのでトモナリはマサヨシの横に立つ。

「なんであなたがいるのよ?」

「俺も誘われたからだ」

 トモナリの隣にはミズキが立っていた。
 ミズキはトモナリを見て目を丸くして驚いている。

「こいつらが俺の言っていた新しい入部者だ。軽く自己紹介を。アイゼン君から」

「はい。愛染寅成と言います。職業はドラゴンナイト。こいつが俺のパートナーのヒカリです」

「うむ、みんなよろしくな!」

 ヒカリが笑顔で手を振ると少しみんなの表情が柔らかくなる。
 回帰前は邪竜だったヒカリを見るだけでみんなが険しい顔をしたものだけど少し変わるだけだいぶ違うものである。
「知っての通り特殊な職業の持ち主でドラゴンを従えている。能力値も高くて二年にも引けを取らない」

 何人かは品定めするようにトモナリのことを見ている。
 タケルも一度負けたけれど次は負けないというような目をしていた。

「では次」

「清水瑞姫です」

 トモナリの隣のミズキが自己紹介をする。
 部屋に入ってきた時は緊張したような顔をしていたけれどトモナリがいた驚きで緊張も吹き飛んでしまったようである。

「工藤サーシャです」

 そして知っている顔はミズキだけではない。
 なんとサーシャまで来ていた。

 トモナリと視線が合うとサーシャは微笑んで小さく手を振る。
 それに対してヒカリがぶんぶんと手を振り返していた。

 もう一人特進クラスの子と一般クラスからも一人入部するようだった。
 コウの入部が特別早かったようである。

 これでユウト以外の8班が揃ったなとトモナリは思っていた。

「さて課外活動部の自己紹介も兼ねてまずは腕試しといこう」

 新入部員の自己紹介を終えて部屋を移動する。
 ホテルの部屋の奥には何もない部屋があった。

 魔法などにも耐えられるような特別な設計になった頑丈な部屋で魔法や戦いの練習に使うことができる。
 他の階の予約が必要なトレーニングルームもこうした部屋になっている。

「それでは自己紹介も兼ねて一人につき三回ずつ先輩方と手合わせしようか」

 なぜ場所を移動したのかと思っていたら早速実力試しらしい。
 木刀を手にしたトモナリが前に出ると課外活動部の先輩たちが視線を交わす。

 よし俺がと前に出ようとしたタケルをカエデが止めた。

「じゃあ俺が」

 前に出てきたのはツンツンとした髪の男子学生だった。

「二年の浦安零次(ウラヤスレイジ)だ。職業は槍術士、よろしくな」

「よろしくお願いします」

 レイジは壁際に置いてあった木の槍を手に取ると巧みにグルグルと振り回す。

「二年にも匹敵するんだろ? 本当かどうか試してやるよ」

「先輩の胸をお借りします」

「よしいくぞ!」

 槍を構えたレイジがトモナリと距離を詰める。
 非常に素早く槍で戦う距離を取られてトモナリは後ろに下がろうとした。

「逃すかよ!」

 しかしレイジはトモナリの動きを読んでいたように自分に有利な距離を保ち続ける。

「おらよ!」

 レイジが槍を突き出してトモナリを攻撃する。
 コンパクトで速い突きは一瞬でトモナリの目の前に迫ってきた。

「やるじゃねえか!」

 トモナリが最小限の動きで槍をかわすとレイジはニヤリと笑った。
 木の槍なのに髪の毛が何本かやられた。

 単なる手合わせとして油断してはいけないとトモナリは気を引き締める。

「これならどうだ!」

 レイジがさらに素早い突きを何度も繰り出す。
 かわせるものはかわして、かわせないものは防御する。

 素早さはトモナリよりも高そうだが冷静に対処すれば反応できない速さでもない。
 上手く槍を防がれ続けてレイジが少し苛立った顔を見せる。

 突きだけでなく槍を振るなど攻撃にも変化を持たせて攻撃し始めた。

「ヒカリちゃんはいかなくていいの?」

 トモナリが戦う一方でヒカリはサーシャに抱きかかえられていた。
 トモナリが戦っているのにヒカリは戦わなくていいのかと小首を傾げる。

「ふっふ〜僕は秘密兵器だからいいのだ!」

 ヒカリはドヤっとした笑顔を浮かべる。
 トモナリもヒカリを戦わせるのか少し悩んだけれどレイジとの実力差もそれほどなさそうなのでここはヒカリを温存することにした。

 負けそうならヒカリにも飛び込んでもらうつもりはあった。

「くっ!」

 トモナリの木刀がレイジの頬をかすめた。
 段々と動きを読んできてトモナリも反撃し始めていて戦いの状況が変わりつつあった。

「スキル迅雷加速!」

 このままでは負けてしまいそう。
 レイジは少しプライドを捨てて自分のスキルを発動させる。

 負けるよりはいいと思った。
 レイジの体にバチバチと小さく電撃が走ったと思ったら急に動きが速くなった。

 少し力が下がり魔力を消費する代わりに素早さを大きく向上させてくれるレイジの第一スキルであった。

「うっ!」

 視界から消えるようにして後ろに回し込んで腰へ伸ばされた槍をトモナリは体をねじってかわす。

「あれを初見でかわすか」

 トモナリとレイジの戦いを見ていた他の先輩方は驚いていた。
 二年生ながらレイジの素早さは高く、特にスキルを発動すると直後の速度の速さは対応するのも難しい。

 知っていてもそうなのに知らないで防いだトモナリの実力は認めざるを得ない。

「頑張るんだぞ、トモナリ」

 少し危なそう。
 飛び込みたい気分を抑えるヒカリも応援に力が入る。

 トモナリを信じている。
 きっと自分の力がなくてもトモナリなら勝ってくれる。

「チッ……」

 最初の一撃が一番惜しかった。
 それ以降の攻撃はトモナリが冷静に対処していた。

 速度では確実に上回っているのにどうしてだとレイジは思わず舌打ちしてしまった。

「速いですね」

 ただそれだけであるとトモナリは思っていた。
 確かに素早いというのは脅威である。

 簡単には捉えられない素早さは非常に厄介な能力であり、現にトモナリも苦戦している。
 けれどレイジは今のところ速いだけなのだ。