ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

 座学で知識を得つつ体育や武術の授業で体を動かし、アカデミーが捕まえてきたモンスターを安全に倒してモンスターに慣れつつレベルを少し上げた。
 クラスの多くの生徒がレベル5になったのでそろそろ実戦で戦うことになった。

 実戦というとゲートでモンスターと戦うことになるのだけどそこらへんにゲートがあるわけじゃない。
 アカデミーも授業があるのでそうそう遠征もしていられない。

 ただ今回はたまたまアカデミーからそう遠くない距離にちょうどいい難易度のゲートが出現した。
 アカデミーがゲートの攻略権を買い上げて一年の特進クラスの生徒たちが経験を積みながら攻略することになった。

「き、緊張するね……」

 行きのバスの中は比較的軽い雰囲気でみんな遠足に行くみたいにワイワイとしていた。
 けれどゲートが近づくにつれてバスの中にもほんのりと緊張感が漂ってきていた。

 通路を挟んでトモナリの隣に座るミズキも流石に緊張している様子だった。

「おぉ〜速いぞぉ」

 対してミズキとは逆、トモナリの隣に座っているヒカリは窓の外を見ながらブンブンと尻尾を振っている。
 バスの速さで流れていく景色が面白いらしい。

 ヒカリの座席の足元には小さめのリュックが置いてある。
 ヒカリでも背負えるぐらいのものでヒカリ用にトモナリがあげたものだった。

 そのリュックは今お菓子でパンパンになっている。
 ヒカリが持ってきたものもあるのだけどお菓子の多くはみんなからヒカリに献上されたものだった。

 今や撫でなくともヒカリにお菓子をあげるのがみんなの中での普通となっている。
 喜んで食べてくれているだけでもほんわかするらしい。

「そろそろ到着するぞ!」

 バスでアカデミーから走ることおよそ2時間、森の中でバスが止まった。
 ただここはまだゲートではない。

 ここから先はバスで入っていけないのでゲートまで歩くことになっている。

「事前申請していた武器を配布する。本物の武器だから扱いには気をつけるように」

 生徒たちの多くはまだ覚醒者として活躍するかも分からないので自分の武器など持っていない。
 拳王のタケルならともかく多くの人にとって武器無くしてモンスターと戦うことなどできない。

 そのためにアカデミーから武器や防具などの装備が貸し出されることになっていた。
 剣、槍などを始めとして魔法使いの子たちには杖や魔力のコントロールを補助してくれるアクセサリーなども貸し出されている。

 トモナリが選んだ武器は剣だった。
 刀とちょっと迷ったのだけど剣の方が汎用性が高く今後も基本的には剣を使うだろうことを考えた時に剣を選ぶことになったのである。

「トモナリ、悪い、後ろ締めてくれないか? 少し緩くて」

「ああ、いいぞ」

 配られた防具はやや簡易的なもので、防刃性の高い布で作られたチョッキのようなものを始めとして手甲や肘当てなどがある。
 防御力としては金属製のものに劣るけれど軽くて動きの邪魔になりにくい。

 普通の装備よりも生産がしやすくて値段も安価である。
 トモナリに声をかけてきたのは同じ特進クラスの三鷹裕斗(ミタカユウト)という青年で、男の中でも一番早くトモナリに声をかけてきた相手だった。

 以来よく話すので普通に友人となっている。

「これでどうだ?」

「いい感じ。あんがと」

 防具が緩いと外れたり隙間から攻撃が差し込まれたりする。
 しっかりと体に合わせて装着する必要がある。

 トモナリがユウトの防具をキツめに締めてやるとユウトは体を軽く動かして具合を確かめて親指を立ててニカっと笑った。

「……クドウ、それじゃダメだ」

「そう?」

「締めてやるからこっちこい」

 トモナリがふと見たサーシャは装備がぶかぶかとしていた。
 体格が小さいサーシャはそのまま身につけても装備の余裕が大きくなってしまう。

 ただ外して調整してまた着けてというのも面倒な作業になる。
 着けたままで調整するのは意外と難しいので誰かにやってもらうのが一番。

 しかしサーシャはあまり友達も少なくみんな声をかけていいのかためらっていた。

「ほら」

 トモナリがサーシャの装備を締めてやる。
 クラスの中でも強いのがサーシャなのだけど体つきは思っていたよりも細い。

 こんな体で聖騎士としてみんなを守っていたのかと感心してしまう。

「まだ?」

「あ、ああ、どうだ?」

「……ちょっとキツイかな?」

「少しキツイぐらいがいいんだ」

 身を守るものなので体にピッタリと密着している必要がある。

「トモナリ君が言うなら」

 もう少し緩い方がサーシャの好みであるけれど覚醒者としての感覚はトモナリの方が優れていそうなことは認めていた。
 多少キツイ方がいいと言うのならそうなのだろうと素直に受け入れた。

「見て見てトモナリ!」

「似合ってるじゃないか」

「えへへぇ〜」

 ヒカリには基本的に装備は必要ないのだけどなぜか特別にヘルムが用意されていた。
 割とかっこいい感じのデザインのものでヒカリも嬉しそうに装備している。

 どうやらマサヨシが用意したものらしい。

「それではゲートに向かうぞ」

 装備を身につけ、武器と荷物を持ってゲートに向かって歩き出す。
「先生!」

「なんだ?」

「ブレイクモンスターはいないんですか?」

「いい質問だな」

 ブレイクモンスターとはゲートから外に出てきたモンスターのことを言う。
 ゲートは人類がクリアすべき99個の試練ゲートとクリアしても99個には含まれない通常のゲートがある。

 ゲートの中には異世界が広がっていてモンスターと呼ばれる異形の化け物がいるのだが、これが外に出てくることもある。
 ゲートがクリアされないままに放置されるとゲートはブレイクという現象を起こして、中にいたモンスターが外でも暴れ出す。

 このことから出てきたモンスターのことをブレイクモンスターと呼ぶ。
 ただ最初からモンスターが飛び出してくるものやゲートが現れてから一定期間の間モンスターが出てくることがあるものなどゲートも様々なのだ。

 ゲートを見つけても不用意に近づかない。
 そう覚醒者は教育を受けるのだがそれはブレイクモンスターが周りにいる可能性があるからである。

「今回のゲートでブレイクモンスターの存在は確認していない。周辺の安全も確認済みだから安心しろ」

 そのためにゲートが出現するとブレイクモンスターの存在を警戒して周辺を大きく封鎖しなければならない。
 今回は山の中なので迷惑をこうむる人は確認しなきゃならない覚醒者ぐらいだ。

「トモナリ、キノコあるぞ!」

「なんのキノコか分からないからやめとけ」

 刃のついた武器を渡されて生徒たちの顔も緊張で引き締まっているけれど、トモナリとヒカリはいつも通りである。
 みんなにとっては初めてのことかもしれないけれど、トモナリからしてみればゲートの攻略など何回やったか覚えていないぐらいのもの。

 初心者学生が挑むような難易度なら特別緊張することもないのだ。
 バスから20分ほど歩いたところにゲートがあった。

「これがゲート……」

 教科書で写真を見たりテレビで中継を見たことがあっても生でゲートを見たことがあるという生徒は少ない。
 渦巻く青白い魔力の塊であるゲートはどこから見ても同じように見える。

 魔力を感じるせいなのか妙な圧力のようなものを感じるゲートをみんな呆けたように見ていた。

「みんなステータスを開いてみろ」

 イリヤマに言われてみんなステータスを表示させる。
 ステータスは開示しない限りは人に見えないのでみんながちょっとうつむいて虚空を見つめる不思議な状況になる。

「なんだか新しい表示が……」

『ダンジョン階数:一階
 ダンジョン難易度:F+クラス
 最大入場数:50人
 入場条件:レベル20以下
 攻略条件:全てのゴブリンを倒せ』

 職業や能力値が表示されているいつものステータス画面とは別にもう一つ表示されているものがあった。

「ゲートに近づいてステータスを確認するとゲートの情報が確認できる。基本的にはこうした情報を元にして覚醒者は攻略の準備を進めていく」

 ダンジョンに近い状態でステータス画面を開くと同時にゲートの情報も見ることができる。
 ざっくりとした情報で入れる人数やゲートを閉じるための攻略条件を見ることができるのだ。

「ただしゲート情報も信頼しすぎてはいけない。攻略条件に出ているモンスターが見えるか? 今回はゴブリンとなっている。攻略条件をみればゴブリンを倒すことは予想できるがゲートの中にゴブリンだけがいるとは限らない」

 ゲート情報はあくまでも簡易的なものである。
 攻略条件の多くは何かを倒せ、消せなどとなっているのだがゲート情報で書かれているものだけがゲートの中にいるのではない。

 他のモンスターが出たり表示モンスターの上位互換のモンスターが出ることもある。
 そのために書かれている難易度も正面から受け取ってはいけない。

 中に出てくるモンスターを全て相手にした時の難易度ではなく、攻略条件のモンスターを相手にした時のみの攻略難易度だったりもするからだ。
 それでも情報は情報なので覚醒者は与えられるゲート情報を元にして攻略の準備を進める。

「今回は事前に調査してゴブリン以外のモンスターがいないことを確認済みだ。安心しても大丈夫だ」

 もちろん生徒たちに危険な目には遭わせられないので教員たちが事前にゲートに入って調査を行なっている。
 中にはゴブリンしかいないので他のモンスターに襲われる突発的な事故は起きにくい。

「改めて確認しておく。今回出てくるモンスターはゴブリンだ。最初に一体誰かに倒してもらったらそこから5人1組で行動してもらう。最低でも1人1体ゴブリンを倒すように」

 他にも3体以上の群れとは戦わない、怪我人が出たらすぐに逃げて発煙筒で連絡するなど細かな事項が伝えられた。

「先生はゲートの中に入るんですか?」

「もちろんだ」

「ですが入場制限レベル20以下ですよね?」

 ゲートの情報では入るためにはレベル20以下でなければならない。
 アカデミーの教師たちがレベル20以下であるとはとても思えない。

「いい着眼点だ。我々教師陣はこうしたものをつけて中に入る」

 イリヤマが自分の手首を見せた。
 イリヤマの手首にはバングルがつけてあった。

「これは呪いの魔道具だ」

「の、呪い!?」

 生徒たちがざわつく。

「そう危険なものではない。魔道具はプラスの効果をもたらしてくれるが中にはマイナスの効果を持つものもある。能力の低下やスキルの封印、あるいはレベルの制限なんかをもたらすものもある」

 魔道具は魔力が込められた道具でアーティファクトとも呼ばれる。
 有益な効果をものが多く、能力値を補助してくれたり魔力を込めればスキルのような効果を発動するものもある。

 ただ一方で呪いの魔道具と呼ばれるマイナスの効果を持つものもある。
 能力値が下がったり状態異常に苦しんだりといった効果を持っているのだ。

 完全にマイナスな効果だけを持つ魔道具もあるがマイナスもあるけれど大きなプラスの効果を持つ魔道具も存在している。
 マイナスの効果にはレベルを制限してしまうという特殊な効果を持っているものもあった。

 レベルが制限されるとその分能力値は下がるしレベルによって解放されたスキルはそのレベルを下回ると使えなくなってしまう。
 基本的にこうしたマイナスの効果は発動させる必要がない。

 けれども教師たちはそうしたマイナスの効果を逆手に立った。
 レベルを制限したら装備しているとレベルが下がってしまう魔道具を利用して生徒たちとレベル制限のあるゲートに入るのだ。

「私の場合はこれ以外にももう一つ呪いの魔道具をつけている。制限はキツく、スキルは全て使えないが能力値は君たちよりも上だ」

 イリヤマも呪いの魔道具でレベルを下げていた。
 その代わりファーストスキルも含めスキルが全て使えない状態ではあるもののレベルは20相当なので生徒たちも普通に強いのである。

「他に質問がないならバスの中で引いたくじの通りの班に分かれるように」

 行きのバスの中ですでに班を決めるためのくじは引いてあった。

「トモナリ君と一緒だもんね」

 隣に座っていたミズキとはもう同じ班であることは確認してあった。
 他の人は誰だろうと周りを見回す。

「アイゼン君、何番?」

「8番だ」

「じゃあ一緒」

「おっ、サーシャちゃん一緒なんだ!」

 手に班の番号が書かれた小さい紙を持ったサーシャがトモナリに話しかけてきた。
 トモナリの班の番号は8番で、サーシャの手に持った紙に書かれている番号も8であった。
「おっ、トモナリと一緒か。それなら安心だな」

 実はユウトも8番で同じ班だった。
 戦士が職業のユウトはベーシックなロングソードを腰に差している。

 ユウトはトモナリにとって他の人よりも仲が良いので一緒の班であるとありがたい。
 人懐こい性格をしていて嫌なところがないのでミズキやサーシャもユウトのことは悪く思っていない。

「後1人は……」

「僕も8番です。よろしくお願いします」

「クロサキか。心強いよ」

「こちらこそアイゼン君と同じでラッキーだ」

 最後のメンバーは黒崎皇であった。
 トモナリはコウのことも比較的好意的に見ていた。

 融通の利かないところはあるものの真面目で勤勉な性格の持ち主で覚醒者としての能力も高い。
 もう少し柔軟さを身につければ良い覚醒者になると感じている。

 一方でコウはトモナリのことを一目置いていた。
 トモナリは座学の授業態度こそ不真面目であるが授業内容はちゃんと理解しているし、武術の授業では真面目で覚醒者としての力を使わずに戦えばトモナリがクラスでもトップだった。

 だから授業態度が不真面目でもちゃんと学んでいるのだなとコウは理解している。
 いつも落ち着いていて堂々としているのでこうした緊張する場面ではトモナリと一緒で嬉しかった。

「各班に分かれたな? ではゲートの中に入るぞ」

 イリヤマと付き添いの教員3人と共に特進クラスの生徒たちがゲートの中に入っていく。
 ゲートを通る時のピリリとした感覚は回帰前と変わらない。

 みんなはゲートを通る時に肌に感じる違和感にざわついているけれどトモナリは懐かしさすら覚える。
 覚醒者として活躍するならこれから嫌というほど経験する感覚なのだが、回帰前はゲートの攻略が間に合わなくなり始めるとゲートに入ることもなくなった。

 トモナリは弱かったし終盤のゲートに入ることはなかったので回帰前最後にゲートに入った時のことはもう思い出せない。

「わっ……すごい……」

 ゲートの中にあるのは異世界だと言われている。
 元いた場所も森の中だったのだけどゲートの中はより鬱蒼とした樹海のような場所だった。

 湿度も少し高くなったようで感じる空気感が違っていてみんな驚いている。

「まずはゴブリンを探す。飯山先生、田中先生お願いします」

「分かりました」

 同行している教員ももちろん覚醒者である。
 二人の教員がそれぞれ別の方に走っていってゴブリンを探しにいく。

「これからの行動を話しておく。本物のゴブリンを見てもらった後、大きく4方向に2班ずつ移動する。一緒に行動してもいいし多少離れてゴブリンを探してもいい。各自ゴブリンを1体倒したらゲートの前に集合するように」

 1班5人ではあるが他の班と協力すれば2班10人で動くこともできる。

「いいか、くれぐれも無茶だけはしないように」

 戦いな以上怪我することだってある程度は覚悟の上。
 しかし油断や慢心が生み出す怪我はひどく後に尾を引くこともある。

 もちろん怪我しないことが一番なのでイリヤマがしっかりと釘を刺しておく。

「戻ってきたな」

 走っていった教員の一人が戻ってきた。
 ロープでゴブリンを縛り付けて引きずるようにして連れてきている。

「ゴブリンを捕まえてきました」

 ロープで縛るなど力技も良いところであるが力の差が有ればそんな方法でモンスターを捕まえることだって可能である。

「本物のゴブリン戦ってみたいやつは……ふふふ、アイゼンか」

「えっ……あっ!」

「ふむー!」

 いつぞやどこかで見た光景。
 トモナリの腕に抱かれたヒカリがピッと手を上げていた。

 イリヤマも思わず笑ってしまった。

「積極的でよろしい」

「しょうがないか……」

 どうせ遅かれ早かれゴブリンを倒すのだ。
 今やっても後でやってもトモナリにとって大きな違いはない。

「アイゼン、すぐに倒さないでくれるか?」

「分かりました」

 スッとトモナリの隣に来たイリヤマが周りに聞こえないように声を抑えて話しかけてきた。
 見本となり、緊張を少しでも和らげるためのデモンストレーション的な要素も大きい。

 あっという間に倒してもそれはそれでみんなの安心感にも繋がるかもしれないけれど、実際のゴブリンの動きをよく見せてやりたいという考えもあった。
 ギーギーとうるさく叫ぶゴブリンを少し距離をおいてトモナリは立つ。

「ヒカリ、話は聞いたな?」

「聞いたのだ。ドラゴンとしての威厳を見せてやればいいのだな?」

「うーん、まあそんなところだ」

「ふはは〜任せておくのだ!」

「……ヒカリ?」

「いくのだ、トモナリ!」

 ヒカリはいつものようにトモナリの頭の後ろにしがみつくようにしながら肩に乗っかった。
 ドラゴンの威厳はどこいったのだ。

 まあいいかとトモナリは剣を抜く。

「それじゃあいきますよ」

「いつでも大丈夫です!」

 教員がゴブリンの縄を切って素早く離れる。
 縛られていいようにされたゴブリンは怒りの目でトモナリのことを睨みつける。

 剣を構えるトモナリはゴブリンを冷静な目で見たまま動かない。
 トモナリよりも周りの生徒たちの方がトモナリとゴブリンの様子を緊張した様子でうかがっていた。
 先に動いたのはゴブリンの方であった。
 ゴブリンは近くに落ちていた石を拾い上げると飛び上がってトモナリに襲いかかる。

 トモナリは振り下ろされた石に剣を当ててうまく受け流しながら攻撃をかわす。
 着地したゴブリンはすぐさま石をトモナリに投げながらまた飛びかかる。

 剣で石を弾き飛ばし、飛びかかってきたゴブリンを回避する。
 幻想魔法を利用してホログラムで再現されたゴブリンと速度は大きく変わらない。

 しかしホログラムで再現されたゴブリンは引っ掻き攻撃や噛みつき攻撃をするのみで石なんか持ち出したことはなかった。
 実物のゴブリンの方が知恵があって行動が柔軟である。

 トモナリがチラリとイリヤマを見ると頷いた。
 もう倒してもいいということである。

「ヒカリ、やるぞ!」

「うむ、やるか!」

 ヒカリはこれまでただのマスコットレベルで戦闘能力がなかった。
 一体いつになったら戦えるようになるのかと思っていた。

 けれど体を鍛え始めた効果か、トモナリのレベルが上がった効果かヒカリも戦えるようになった。

「にょー! くらえー!」

 トモナリの肩から飛び出したヒカリとトモナリに飛びかかったゴブリンが空中で交差する。
 ぎゃあとゴブリンが鳴いて地面に落ちた。

 ゴブリンの顔面にはザックリとした三本の傷跡が残っていた。
 トモナリのレベルが上がったらヒカリの体にも変化が訪れた。

 ヒカリの手の爪が鋭く伸びたのである。
 これまでも一応攻撃できそうといえば攻撃できそうな鋭さはあったものの短くて実用性は低かった。

 そんな爪がヒカリの意思である程度出したりすることができるようになったのだ。
 猫の爪みたいに使う時にシュッと伸びてくる。

 普段は隠している爪は伸ばしてみると結構硬くて鋭い。
 ゴブリンはヒカリによってザックリと顔面を切り裂かれて地面に落ちたのである。

「ふっ、あばよ」

 ヒカリによって片目を潰されたゴブリンは痛みを訴えるように鳴いている。
 けれどそんなことでは同情もしないし逃してやることもない。

 たとえ片目を潰されようと敵から目を離すな。
 少しでも油断すれば失うのは片目だけじゃ済まないかもしれないから。

 トモナリは剣を振り下ろしてゴブリンを切り裂いた。

「よくやった。みんな拍手」

「んふ〜すごいだろ!」

 トモナリに抱えられてヒカリは両手をみんなに振る。
 みんなも口々にヒカリのことを褒める。

 確かに今回はヒカリの方が活躍したのでヒカリがドヤ顔してもいいだろう。

「みんなも見たと思うが実際のモンスターはホログラムではない動きもする。すぐに勝負を決めるのが大切な時もあるがしっかりと相手の動きを見て対応することも大事だ。アイゼンは今ので倒したことにする。それでは各自ゴブリンを探しにいくんだ」

 トモナリは今の戦いでゴブリンを倒したことにしてくれるようだ。
 倒したのだから当然といえば当然である。

「さすがだね、ヒカリ!」

「ふふん、当然なのだ!」

「すごかった、ヒカリ」

「そーだろぉー!」

「……なんかヒカリばっかり褒められてんの納得いかないな……」

 別にいいんだけどゴブリンの攻撃を回避したりトドメを刺したのはトモナリである。
 ヒカリに対抗心を燃やしたりすることはないけどヒカリばかり褒められるのはなんだかモヤっとする。

「お前もすごかったぞ」

「うん、流石の動きだったよ」

「ありがとう、ユウト、クロサキ」

「僕も下の名前でいいよ」

「分かった、あんがと、コウ」

 男相手でも褒められるとそれなりには嬉しい。
 そんな本気で拗ねることもしないので笑ってお礼を言っておく。

「とりあえず俺たちも移動しよう。俺たちと同じ方向に行くのは4班か」

 ヒカリと一緒に行きたい。
 という4班の女子の意見でトモナリたち8班は4班と一緒に行動することになった。

「イリヤマついてきてるぞ」

「ああ、そうだな」

 抱っこして歩きたいという要望もあったのだけどトモナリ以外はダメだとヒカリが答えたので相変わらずヒカリはトモナリが抱えている。
 ヒカリは意外と感覚が鋭い。

 トモナリたちの後ろで隠れるようにしてイリヤマがついてきていることをヒカリは見つけていた。
 ただトモナリもそのことは分かっている。

 完全に生徒だけに任せるはずはない。
 問題が起きた時にすぐに駆けつけられるように各方角に一人ずつ教員がついていっている。

 ここは二つの班がまとまっているのでやりやすいだろうなとトモナリは思う。

「えっと痕跡を探すんだっけ?」

「そうだね。折れた枝、足跡、木につけられた爪の跡なんかがあるはずだ」

 ただ周りを見回してゴブリンを探すだけではない。
 ゲートの中でゴブリンは活動して動いている。

 動けば痕跡が残る。
 こうした森の中なら痕跡は分かりやすく、木の枝が折れていたり足跡があったりする。

 他にもゴブリンがナワバリを主張するために木に爪で傷跡を残していたり中には排泄物なんて痕跡もある。

「あれ」

「爪跡だな」

 サーシャがトモナリの服を引っ張って木の根元を指差した。
 そこにはギザギザとした五本の短い跡がある。

 ゴブリンが爪でつけた傷跡だ。
 なんで俺にアピールしたのだとトモナリはサーシャのことを見る。

「何?」

「……いや、なんでもない」

 ただサーシャは普通にトモナリのことを真っ直ぐに見返して首を傾げた。
 特に他意もなさそうである。

「いたぞ」

 爪跡があったところを中心に探してみるとゴブリンを見つけた。
 相手は3体なのでイリヤマから言われていたルールの中には収まっている。

 一人一体などと言われているが一人一人がゴブリン一体ずつと戦えとは言われていない。
 トモナリたちは協力してゴブリンを倒すことにした。

 個人の戦いも学んでいるけれど集団としての戦い方も学んでいる。
 気づかれないギリギリまで近づいたトモナリたちは一気に走ってゴブリンに近づく。

 先頭に立つのは素早さが高い人でなく、ステータスの体力が高いタンク系列の職業の人。
 今回はサーシャと4班の二人が前に出ている。

 トモナリも前に出ていいぐらいの能力値はあるけれどみんなの機会を奪いすぎてはいけない。
 近づくトモナリたちに気がついたゴブリンが威嚇するような声を上げるけれどもう遅い。

 一人一人で戦ったのならゴブリンの勢いに飲まれることがあったのかもしれない。
 けれど10人もまとまって戦うのなら心強い。

 サーシャが槍を突き出し、残りの二人も剣でゴブリンを狙う。
 けれどサーシャの槍がゴブリンに浅く刺さったのみで残りの攻撃はかわされてしまった。

 サーシャの方もゴブリンに刺した槍から伝わる生々しい感覚にそれ以上槍を突き出すことをためらってしまった。

「行くぜ!」

 タンクとして前に出た3人の後ろからミズキやユウトたち接近戦闘職の3人が前に出る。
 トモナリも接近戦闘職であるが前に出ないでいざという時のために状況を見守る。

「おりゃー!」

 まず飛び出したのはユウトだった。
 サーシャが突き刺したゴブリンに向かって剣を振る。

 思い切りがよく、しっかりと踏み込んで剣を振れている。
 ゴブリンの首が切り飛ばされて飛んでいき、顔に血が飛んでもうろたえることもなかった。

「負けられない!」

 ユウトの横をすり抜けて別のゴブリンを狙ったミズキも刀を振り下ろす。
 同じ道場で鍛錬し、同じタイミングで覚醒したトモナリには負けたくないというライバル心がミズキの中にはあった。

 手合わせしても負け越しているしここで怯んで更なる差などつけられたくはなかった。
 振り下ろされたミズキの刀はゴブリンの左肩からまっすぐ縦に体を切り裂いた。

 気持ち悪い、怖いという思いもあったけど刀にそうした思いを乗せてはならないというテッサイの教えを思い出して振り切った。

「はっ!」

 それでもまだ死んでいなかったゴブリンの頭に炎がぶつかった。
 コウが放ったもので狙いにくい頭によく当てたものだとトモナリは感心している。

 頭に当たった炎が全身に広がってゴブリンは身を悶えさせながら死んでいった。
 残りの一体も4班で協力して仕留めた。

 トモナリ以外の生徒たちにとっての初めてのモンスターとの実戦はなんとか怪我もなく終えることができたのだった。

「みんな大丈夫か?」

 トモナリが一応みんなの状態をチェックする。
 反撃は受けてないように見えたけれど何があるかはわからない。

 知らないところで転んで足をくじいていたなんてこともあり得ない話ではない。

「もちろん大丈夫だ!」

「お前は早く顔の血拭け」

「他のみんなも大丈夫そうだな。じゃあまたゴブリン探すか」

 本来ならばモンスターを倒せば死体を運んだり軽く解体して魔石と呼ばれるものを回収するのだけど今回はそうしたことはしない。

「うーん、トモナリ君がリーダーっぽいのなんか納得いかない」

「そうか? 俺はトモナリで全然いいけどな」

「うん、僕もいいと思う」

「私も」

「ぐぬ……圧倒的支持率……」

「別にミズキがリーダーやりたいってならいいんだぞ?」

「……そんな余裕ないもん」

「ならトモナリに従うのだな!」

「ヒカリちゃんまで……」

 自然とトモナリがリーダー的な役割を果たしていることにミズキは少し不満そう。
 ただミズキ以外はトモナリがリーダーであることに全く不満はない。

 ミズキ自身もリーダーやるならトモナリだろうとは思うので何も言えなくなる。

「あと7……アイゼン君は終わってるからあと6体か」

 この分ならすぐに倒せそうだとコウは思った。

「おっ、今度はあっちから来るぞ」

「えっ!? あっ、本当だ!」

 周りを警戒していると今度はゴブリンの方から走ってきていた。
 仲間の叫び声を聞きつけたのかもしれない。

 二体のゴブリンはものすごい形相をしていてミズキはちょっと嫌そうな顔をする。

「タンクは前に!」

「あ、うん」

 トモナリが指示を出してサーシャが慌てて槍を構える。

「コウ、魔法で迎撃だ!」

「ああ、分かった!」

 コウが杖を持ち上げて魔力を集中させる。

「食らえ!」
 
 走ってくるゴブリンに向かって火の玉を放つ。

「よしっ!」

 コウの火の玉は外れたが4班の子が放った水の槍がゴブリンの胸を貫いて倒れた。

「今度こそ……!」

 先ほどは生の相手を攻撃する生々しい感覚に怯んで手が止まってしまった。
 今度はしっかりと倒せるように攻撃するんだとサーシャが飛びかかってきたゴブリンに槍を突き出す。
「よし……ひゃっ!?」

「とーう!」

 飛びかかってきた勢いで槍が腹を貫いてゴブリンはそのままサーシャの目の前まで迫ってしまった。
 顔が近くにきて固まってしまったサーシャにゴブリンの口が迫る。

 その時横から飛んできたヒカリがゴブリンの顔を蹴り付けた。
 かなりの勢いで飛んでいったのでゴブリンの頭がごきりと音を立てて真後ろに向いた。

「大丈夫か?」

「あ、うん……ありがとう」

「時にはあんなことも起こるからな。気をつけるんだぞ」

「うん。ヒカリちゃんもありがとう」

「サーシャはお菓子いっぱいくれる良い子だからな!」

 色々な人がヒカリにお菓子をくれるのだけどサーシャは中でもヒカリにお菓子を貢いでいた。
 撫で方も控えめで優しいのでヒカリも割とサーシャのことはお気に入りである。

 あのようなイレギュラーなことも戦いでは起こりうる。
 練習の戦いでは経験できないことなのでサッと対応できなくても仕方ないことなのである。

「これであと4体だね」

 ともあれ誰にも怪我がなく済んだ。
 トモナリたちは再びゴブリンを探し始める。

 そして探し始めてすぐにゴブリン3体の群れを見つけた。
 10人で連携をとって危なげなく倒して残りは1体になった。

「なかなかいないね」

「あと1体なのにな」

 ゴブリンがいたところを中心にして周りを捜索しているのだけど見つからない。
 あと1体でいいのにと思いながら樹海の中を見回す。

『ゴブリンが急速に倒されたことによりゴブリンキングとゴブリンクイーンが現れました!』

「な、なにこれ!」

 急に目の前に表示が現れた。
 トモナリだけじゃなく他のみんなの前にも出ている。

「ゴ、ゴブリンキング?」

「……特殊モンスターか」

「と、特殊モンスター?」

 ゲートの中では基本的に決められたモンスターしか出てこない。
 今回のゲートであればゴブリンのように他の種類のモンスターが急に現れたりすることはない。

 しかし特殊モンスターというものが現れることがある。
 特定の環境だったり特定の条件を満たすと特殊なモンスターが出現することがある。

 そうしたモンスターは特殊モンスターと呼ばれ、ゲート事故の原因でもあるのだ。

「早くゲートから出るぞ……」

 基本的に現れる特殊モンスターというのは通常のモンスターよりも強いものになる。
 今現れたのもゴブリンキングとゴブリンクイーンという明らかにゴブリンよりも強い種類のモンスター。

 ここは早く逃げるべきだと振り返ったトモナリの視界にソレはいた。

「ゴブリンクイーンだ! みんな逃げろ!」

 通常のゴブリンは人の子供ほどの体格しかない。
 しかしそこにいたのは人よりも2回りほど大きなゴブリンだった。

 メスなのかどうかトモナリには知ったことではないが歪んだティアラのようなものを頭につけていて、手には錆びついた金属の杖のようなものを持っている。

「お前ら、ゲートまで走れ!」

 ゴブリンよりも強く感じられる魔力の圧力に動けなくなっている生徒たちの前にイリヤマが現れた。

「早く!」

「おい、いくぞ!」

 イリヤマとトモナリに促されてようやくみんなの足が動く。

「……チッ、一人でいけるか?」

 イリヤマは剣を抜いてゴブリンクイーンと睨み合う。

「アイゼンあたりが他の先生にうまく伝えてくれることを願うしかないな。ともかく生徒のところには行かせないぞ!」

 ゴブリンクイーンが一鳴きする。
 先制攻撃とイリヤマはゴブリンクイーンに切りかかった。

「くっ!」

 ゴブリンクイーンは杖で剣を防ぐと乱雑にイリヤマのことを押し返す。

「こりゃ……厳しいかもな」
 遅れたりする人がいないようにトモナリは一番後ろを走っていた。
 みんなは動揺しているけれどそれでも今できることはゲートまで走るしかないと一生懸命足を動かしている。

 イリヤマの無事を心配するけれどイリヤマのためにも早くゲートまで行かねばならない。

「トモナリ! この先に何かいる!」

「なに?」

「デッカいのが向かってくる」

「……まさか」

 ヒカリの感覚がなにかをとらえた。
 デカい何か、という言葉にトモナリはすぐに相手の正体を察した。

 表示では現れたのがゴブリンクイーンだけでなくゴブリンキングも書かれていた。
 つまりゲートの中のどこかにはゴブリンキングがいてもおかしくないのである。

「運が悪すぎるだろ……」

 2体ともトモナリたちがいる方角に発生して、広いゲートの中でトモナリたちと遭遇する。
 そんな確率普通は高くない。

「みんな止まれ!」

「な、なによ?」

「このまままっすぐいったら危ない。少し迂回していくんだ」

 ゴブリンクイーンだって生徒たちだけでは厳しいだろう。
 ゴブリンキングなら多分倒せない。

「トモナリ、お前行かないのかよ?」

「……先に行け」

「おい、どうするつもりだよ!」

「俺は囮になる」

「……おいおいおい!」

 少し方向を修正して移動し始めようとしたがトモナリだけは動かなかった。
 不思議に思ったユウトが詰め寄るが、トモナリは残ってゴブリンキングの囮になるつもりだったのだ。

「お前が残るなら……」

「ダメだ」

 一緒に残るというユウトにトモナリは首を振る。

「お前はまだ足手まといだ」

「なっ……」

「見ろ」

 トモナリは自分のステータスを開示した。

『力:35
 素早さ:40
 体力:36
 魔力:26
 器用さ:34
 運:16』

 レベルが上がって伸びた分とトレーニングで伸びた分を合わせるとトモナリの能力はかなり高くなっている。
 才能がある人のレベル20にも匹敵するほどの能力値であり、ユウトは全く敵わないような強さである。

「俺ならまだゴブリンキングと戦って逃げられるかもしれない」

 それでも倒せるとは思っていない。
 樹海という環境を活かせば少し戦ってみんなを逃した後ゴブリンキングをまくことができるとトモナリは考えていた。

 そこにまだ能力の低いユウトがいると足手まといになってしまう。

「……でも」

 友達を一人置いてなんていけない。
 ユウトは拳を握りしめる。

「ありがとな、ユウト」

 トモナリは優しく笑ってユウトの肩に手を置く。

「お前みたいに考えてくれる奴がいるだけでも嬉しいよ」

 誰しも自分の命が大事である。
 それなのに友達だからとトモナリと一緒に残ってくれようとするその心だけでも嬉しい。

 高校生なのに、あるいは高校生だからまだ真っ直ぐなのかもしれない。

「次は一緒に戦おうぜ。でも今回は逃げてくれ。……俺を信じてくれ」

「トモナリ……」

「早く行け」

「……次って言うなら無事に戻ってこいよ」

「もちろんだ。俺は逃げ足に自信があるんだ」

 まだ死ぬ気はない。
 トモナリは余裕を見せるように笑顔を浮かべた。

「コウ、ここからはお前がリーダーだ」

「ぼ、僕が?」

「ああ、お前は頭がいいし冷静だ」

「……分かった」

 ここで嫌だと言っている時間もない。
 コウはトモナリの真剣な目にゆっくりと頷いた。

「トモナリ君、絶対怪我しちゃダメだよ!」

「ヒカリちゃん、無事でね」

 ミズキたちはゴブリンキングが来る方とは別の方向に走っていく。

「ほんじゃ行こうか」

「トモナリとならどこにでもいくぞ」

 残されたのはトモナリとヒカリ。
 トモナリはゴブリンキングの方に走り出し、ヒカリが翼を羽ばたかせてトモナリを追いかける。

「あれがゴブリンキングか」

 ある程度近づくとトモナリにもゴブリンキングの気配が感じ取ることができた。
 いきなり戦い始めるのは危険なので木の上からゴブリンキングの様子をうかがう。

 ゴブリンクイーンはそのままゴブリンが大きくなったような感じであるが、ゴブリンキングはゴブリンクイーンのようにデカさがありながらやや丸いような体型をしている。
 頭には古びた王冠のようなものが乗っかっていて体格と合わせると確かに王様っぽさがある。

 ゴブリンキングはふと立ち止まるとキョロキョロと周りを見回す。
 バレたのかとトモナリとヒカリが息を殺して見てみたらクルリと走る方向を変えた。

「こいつ……!」

 なにをするのかと思えばゴブリンキングは逃げたみんなの方に向かおうとしていた。

「させるかよ!」

 木から飛び降りたトモナリは近くにあった石を拾い上げると魔力を込めてゴブリンキングに向かって投げつけた。
 トモナリが投げた石は真っ直ぐに飛んでいってゴブリンキングの王冠に当たった。

「王冠なけりゃゴブリンデブ親父ってか?」

 王冠が落ちてゴブリンキングは動きを止めた。

「来いよ。少し遊ぼうぜ」

 このまま無視されたらどうしようと思っていたけれど王冠を拾い上げたゴブリンキングはゆっくりとトモナリのことを見た。

「ちょっと不味いかもな」

 振り向いたゴブリンキングから感じる魔力はゴブリンクイーンよりも上だった。
 分かっていたけれど厳しいなとトモナリは笑った。
「速い!」

 ゴブリンキングがトモナリに飛びかかる。
 ゴブリンクイーンと違って武器を持っていないのは救いかもしれないが、ゴブリンとは速さが違っていた。

 ひとまずトモナリの方に襲いかかってきたのでそれはよかった。
 けれどゴブリンキングが叩きつけた地面が陥没する様を見て、ぞくりとするような力の強さがあるとトモナリは眉をひそめた。

「硬くはないな」

 振り回される腕をかわして懐に潜り込んで切りつける。
 そこまで深くは踏み込まない攻撃だったがゴブリンキングの腕が薄く切り裂かれた。

 魔力もなにも込めていない攻撃であったが通じた。
 多少攻撃が通じそうな希望はある。

「危ないな……」

 ゴブリンキングが横殴りに振った腕が木に直撃した。
 幹の太い大きな木だったのに一撃で折れて倒れてしまう。

 モンスターの能力は人の能力のように数値化して見ることはできないけれど、人の能力値で例えるなら力が高くその他の能力はやや低めのようだった。
 それでもトモナリの動きについてきている以上素早さもそんなに差はない。

 ゴブリンキングの中で比べた時に力と他の数値に差があるという話でトモナリと比べた時に全体的にはゴブリンキングの方が高そうだった。
 それに激しく攻撃してきているがゴブリンキングに疲れるような様子はない。

 耐久力という意味での体力は低そうだけれど動き続ける持久力という意味での体力は非常に高そうである。
 かわし続けて疲れたところを狙う、というのはトモナリの方に分が悪そうだった。

「ふっ!」

 今度は剣に魔力を込めて攻撃する。
 ゴブリンキングの攻撃のリズムも掴めてきたので強めに剣を振った。

 左腕をざっくりと切り裂いたけれどトモナリが想定していたよりも傷が浅い。
 やはり体力が高いためか深く切ろうとすると肉質は硬いようだった。

 倒そうと思えば頭や首を狙いたい。
 けれどトモナリよりも大きなゴブリンキングの頭や首を狙うのはなかなか難しく現実的ではない。

 やはりここはある程度戦ったら逃げるのがいい。
 素早さの差はそんなになくともゴブリンキングの図体はデカく、樹海という環境を活かせば逃げ切ることは十分にできる。

『ゴブリンが規定数を下回ったのでゴブリンキングとゴブリンクイーンが怒り狂います』

「……なに?」

 そろそろみんなも逃げれただろう。
 逃げる隙をうかがっていたら急に現れた表示にトモナリは気を取られてしまった。

「ヤバっ!」

 突然ゴブリンキングのスピードが上がった。
 薄く透ける表示の向こうから腕が振られるのを見てトモナリはとっさに剣でガードした。

 当然力では圧倒的に劣るトモナリがまともに攻撃を防御してしまうと力負けしてしまう。
 ぶっ飛ばされたトモナリは一度地面をバウンドし、ほとんど勢いを減じることもできないままに木に体を叩きつけられた。

「カハッ……!」

 叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が勝手に出ていく。

「ゲホッ……くっ! ダメだ……来るな……」

 トモナリは素早く自分の体に意識を集中させて具合を確認する。
 吹き飛ばされはしたが剣によるガードは間に合ったので直撃は避けられた。

 骨が折れた様子もない。
 ひどい痛みと煩わしいほどの耳鳴りがするだけ。

「くそっ……狂化か」

 息を整える暇もなくゴブリンキングが襲いかかってきてトモナリは地面を転がって回避する。
 ゴブリンキングの目が赤く染まっている。

 理性を失う代わりに凶暴な力を発揮する一種のスキルである。
 ゴブリンキングは叫び声を上げながらトモナリに腕を振り下ろす。

 速度も速くなっていてトモナリは地面を転がりながらなんとかかわしていく。
 ふと手に剣がないことに気がついた。

 どうやら殴り飛ばされた時に手から飛んでいってしまったようだ。

「トモナリー!」

「ヒカリ……来るなと!」

「トモナリをいじめるなー!」

 ヒカリが木の上から飛び出してきた。
 いざという時の切り札としてヒカリには隠れていてもらっていた。

 空も飛べるヒカリなら逃げることも容易いので一撃加えてもらって逃げる隙を作ってもらおうなんて考えていたのだ。
 けれどヒカリはトモナリのピンチにたまらず飛び出してきてしまった。

「くらえー!」

 ヒカリはトモナリに迫るゴブリンキングの顔を爪で切り裂く。
 急に飛び出してきたヒカリに反応することができなくてゴブリンキングの左目が大きく切り裂かれて叫び声を上げる。

「にゅ? にゅわあー!」

「ヒカリ!」

 大きくひるんでもおかしくない。
 しかし狂化して理性を失いダメージに鈍くなっているゴブリンキングはすぐさま動いた。

 ガッとヒカリのことを鷲掴みにすると乱雑に放り投げた。
 木々の葉の中にヒカリが消えていって枝葉が折れる音が響く。
 
 無事を確認したいけれど痛みで怒りを覚えたゴブリンキングはより激しくトモナリに襲いかかる。
 とりあえずヒカリが生きていることはスキルで繋がっているトモナリにも分かる。

 狂化で力と速度が上がり、理性を失って攻撃が大ぶりになった。
 トモナリはゴブリンキングの左側に回るようにしながら周りの木々を活かして逃げ続けるけれど振り切るのは厳しそう。
 助けがいつ来るかもわからない。
 それに背中の痛みがひどいとトモナリは顔を歪める。

 骨は折れていないが強く打ち付けたせいで痛みが増してきていた。

「やるしかない……」

 このままかわし続けられない。
 ならばゴブリンキングと戦うしかない。

「目だ……目さえ潰せば……」

 トモナリの能力でゴブリンキングを倒すことは難しい。
 だが倒せなくともゴブリンキングの視界を奪えばチャンスがあると思った。

 ゴブリンキングの左目はヒカリによって潰されている。
 上手く右目も潰すことができればゴブリンキングを戦闘不能にできる。

「トモナリー!」

「ヒカリ! 大丈夫か!」

「ちょっと痛いけど大丈夫だ!」

 投げ飛ばされていたヒカリが戻ってきた。
 流石のドラゴンは丈夫で見た目に大きな怪我はなかった。

「……ヒカリ、捕まらないようにゴブリンキングの周りを飛び回れ!」

「ほいきた!」

 トモナリは見た。
 理性のないはずのゴブリンキングがヒカリのことを一瞬警戒した。

 ドラゴンだからなのか、あるいは目を潰されたから警戒しているのかもしれない。
 何にしてもゴブリンキングがヒカリのことを無意識に意識しているということである。

 ヒカリが現れたことで注意が分散した。
 さらにはやはり顔の近くを飛ぶ時に警戒したような素振りを見せている。

「ヒカリ、顔にブレスかましてやれ!」

「ニヒッ、まかせろ!」

 トモナリのレベルが上がって解放されたヒカリの能力は爪だけではない。
 ヒカリにはもう一つできるようになったことがあった。

「ボーっ!」

 ドラゴンというやつは大体ブレスというものを吐ける。
 大体イメージするのは火を吐くものである。

 しかしドラゴンの研究をしていた人によると体の中に火を吐くような器官があるのではなく、ドラゴンの口周りには生まれた時から特有の魔法陣が備わっているらしい。
 魔法陣を通して発動させることで使用魔力が軽く発動も早い魔法を放っているのがブレスなのである。

 ドラゴンの成長と共に口周りの魔法は変化していってブレス魔法は各ドラゴン固有のものになっていく。
 ヒカリもドラゴンであるのでブレス魔法が使える。

 これまでは魔法陣がうまく形成されていなくてブレスを使えなかったのだが、トモナリのレベルが上がると魔法陣がしっかりしてブレスを放てるようになった。
 ヒカリの口から炎が放たれた。

 といってもまだまだ弱くてゴブリンキングを倒せるようなものではない。
 けれと目の前に真っ赤な炎が広がればどんな生き物だって大概怯んでしまう。

 ゴブリンキングは迫る炎を腕でガードする。
 ゴブリンぐらいなら燃やせるかもしれないがゴブリンキング相手では腕を振り払われると消えてしまうぐらいの火力しかない。

 だがそれで十分だった。

「おりゃああああっ!」

 炎を振り払ったゴブリンキングの目の前に飛び上がったトモナリがいた。
 手には小さい刀が握られている。

 それはアカデミーに入る前、師匠であるテッサイからもらった小刀であった。
 念のためにも持ってきて腰に着けてきていた。

 トモナリは逆手に持った小刀をゴブリンキングの右目に振り下ろした。
 小刀が右目に深々と突き刺さってゴブリンキングが叫び声を上げる。

「ぐあっ!」

「トモナリ、大丈夫か!」

 小刀に魔力を込めて全力で突き刺した。
 そのために思ったよりも深く小刀が刺さりすぎて引き抜けなかった。

 狂化状態のゴブリンキングは乱雑にトモナリのことを投げつけた。
 トモナリはまた木に叩きつけられて地面に倒れた。

 ヒカリが慌ててトモナリのところに飛んでくる。

「うっ……くっ……」

 背中の同じところを打ち付けた。
 今度は骨が折れたのか体の外も中もひどく痛んで体が熱くすら感じられる。

「トモナリ……トモナリ!」

「逃げなきゃ……」

 ゴブリンキングの目は潰した。
 あとは逃げるだけなのだが体がうまく動かない。

 トモナリは歯を食いしばって木に小刀を突き立てるようにしてなんとか立ち上がる。

「やめろ!」

 痛みで耳鳴りがしてヒカリの声が遠くに感じられる。
 何を叫んでいるのかと視線を向けるとゴブリンキングがすぐそばまできて、ヒカリがトモナリを守ろうと手を広げていた。

 よく見るとヒカリに潰された目が再生しかかっていた。
 傷が思ったよりも浅く、トモナリのことをぼんやりと視認できるほどに回復していたのである。

「くそっ……」

 こんなところで終わるのか。
 そんな思いがトモナリの胸に広がる。

「トモナリは僕の友達なんだ! トモナリは僕が守る!」

 逃げればいいのにヒカリはゴブリンキングに立ち向かおうとしている。
 続いた戦闘とダメージによって狂化は解けてゴブリンキングの目は血とただの怒りで赤くなっていた。

「そうだ……友達を置いてなんかいけない……」

 トモナリは小刀を構えた。
 道場で何回も習った基本的な青眼の構えである。

「決めたんだ……俺はもう逃げない。困難を前にして諦めることはもうしないんだ」

 痛む体を真っ直ぐに伸ばしてゴブリンキングを睨みつける。
 ヒカリも逃げないのだ、トモナリも逃げない。

 回帰前トモナリは逃げてばかりだった。
 こわい、危ないとなるとすぐに逃げ出して何かに立ち向かうようなこともなかった。

 今回は逃げないと誓ったのだ。
 もう同じことを繰り返させないためにも困難に立ち向かっていくと決めたのだ。

「来るなら来いよ……俺は下半身消し飛んだって生きてた男だからな!」

 そのあとすぐに死んだけど、という言葉は言わないでおく。
 ゴブリンキングが腕を振り上げた。

 多分ヒカリじゃ防げない。
 ヒカリ共々押し潰されるかもしれない。

 けれどもう防ぐことも避けることもできない。
 倒れて休んでしまいたいと震える足を意思の強さで支えておくのがトモナリの精一杯だ。

「うわああああっ!」

 ゴブリンキングの腕が振り下ろされてヒカリがせめてもの抵抗としてブレスを吐き出した。

「えっ……?」

 次の瞬間ゴブリンキングの上半身が消し飛んだ。

「ふえっ?」

「遅れてすまないな、アイゼン」

 ヒカリの秘められた力が覚醒した。
 そんな風に一瞬思ったのだけどそれは違った。

「……遅いじゃないですか」

「悪かった。だが……よく頑張ったな」

 上半身がなくなって倒れるゴブリンキングの後ろにいたのはマサヨシであった。

「そうですね……多分……人生で一番…………頑張った」

「トモナリ!」

 もうトモナリは限界だった。
 力なく地面に倒れたトモナリにヒカリがしがみつく。

 ゆすってみるがトモナリは気を失っていて反応しない。

「マサヨシ、トモナリが!」

「ああ、早く運ぼう」

 マサヨシはトモナリの体を優しく抱き上げるとゲートに向かって走り出した。