ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

 トモナリは言われた通り寮の一階端にある部屋に入る。

「ここが今日からウチか……」

 回帰前の高校の時は地元にいるのが嫌で離れたところの高校に行った。
 そちらでも同じく寮生活だったけれど二人部屋だった。

「全然違うな……」

 狭い部屋に二人生活だった時に比べると今は一人、に加えて一匹である。
 それだけでも部屋が広く感じる要因なのだが、実際に部屋は広かった。

 普通の寮と比べても広い。
 正直な話こんな広さ一人でいるにはいらないのではないかと思う。

 特進クラスに対する特別待遇ということなのだろう。

「ヒカリ、いいぞ」

「ふぉーい……」

「お前まだ寝てたのか」

 満腹になって寝ていたヒカリは目をこすりながらリュックの中から出てきた。
 別にリュックの中が心地いいということはないのだけどトモナリのそばにいるとなぜなのか落ち着く感じがあるとヒカリは感じていた。

「トモナリ〜まだ眠い」

「ベッド使ってもいいぞ」

「トモナリの膝がいい」

「……ちょっとだけだぞ」

 トモナリもなんだかんだヒカリには甘い。
 ストレートに甘えられると断れない。

 フラフラと飛んだヒカリはベッドにあぐらをかいて座ったトモナリの足の上で丸くなった。

「ここは僕だけのものだ」

「いや、俺のもんだろ」

「ふふ、じゃあ僕とトモナリの」

「まあ……いいか」

 どうせ他の人に膝を貸すことなんてない。
 トモナリは笑ってヒカリのことを撫でてあげる。

 するとまたスヤスヤと寝息が聞こえ始める。

「しょうがないな」

 こうなってしまったらできることは少ない。
 動くわけにいかないので動かなくてできることをしようとスマホを取り出した。

 無事アカデミーに到着したことをゆかりに連絡し、先に取っておいた机の上にあったプリントを確認する。
 細かいことは入学式後に行われるオリエンテーションで説明されるようだが先にある程度把握しておいて損はない。

 一年の時は普通の高校の授業に加えて覚醒者としての心構えや世界の状況などの授業、体を動かしたりする授業などがある。
 二年からモンスターの討伐などが増えていき、三年になると勉強を優先するか覚醒者授業を優先するか選べる。

 そして特進クラスはそうした一般的な授業と別のプログラムが組まれるようだった。

「明日から本格的にアカデミーか。うん、やってみせる。俺は変わるんだ」

 もうすでに多くのことが変わっている。
 これから起こることはトモナリにも予想がつかないことばかりであるけれどきっと変えてみせる。

 そして自分自身も逃げてばかりだった回帰前の自分と変わってみせるのだと強く心に誓った。

 ーーーーー

「ちょっと大きかったけど……すぐにピッタリになるか」

 少し大きめな制服に身を包んだトモナリは他の新入生と共に教室に集まっていた。
 ヒカリは部屋で留守番してもらっていて今はいない。

 指定された席に座って待っていると若い男性教員が入ってきて入学式の簡単な説明をしてくれた。
 そして入学式の会場となる講堂に移動した。

 入学式が始まり在校生代表の挨拶なんかが行われる。

「私は長い話が苦手だ。だから簡潔に終わらせよう。これから辛いこともあるかもしれない。しかし自分がどんな道を歩みたいのかをしっかりと見つめながら少しずつでも前に進んでほしい。そのために私たちは協力を惜しまない」

 学長の挨拶も行われる。
 マサヨシが前に出て挨拶をするのだがサラリとした言葉を送って挨拶は終わってしまった。

 最後に目があったような気がするなとトモナリは思ったけれど気にしないことにした。
 眠たくなるような入学式が終わって再び教室に戻る。

「俺が副担任の入山竜司(イリヤマリュウジ)だ」

 教室に戻ると男性教員が改めて自己紹介する。
 副担任、というところに教室がざわつく。

「本来の担任は学長の鬼頭先生であるが忙しいからな。基本的なことは俺が担当する」

 トモナリがいる教室はそのまま特進クラスの教室であった。
 そのため名目上の責任者、担任は鬼頭正義であるのだが学長としての仕事があるために普段の担任としての仕事は副担任であるイリヤマが行うようだった。

 そうなのかと皆納得してざわつきが収まる。

「それではみんな自己紹介をしていってもらう。今回は覚醒者としての職業と名前なんか軽く言っていってくれ。では前の端の席から」

 一人ずつ立ち上がって名前と覚醒者としての職業を言って軽く挨拶の言葉を述べて、それに対して拍手でも返していく。
 希少な職業や特殊な職業というのはあまり多くなく基本的な戦士、剣士やタンク、魔法使いといった普通の職業が並ぶ。

「黒崎皇(クロサキコウ)です。職業は賢者。卒業後も覚醒者としてやっていきたいのでよろしくお願いします」

 教室がざわついた。
 魔法職の中でも最上位職業に当たる賢者は希少な職業である。

 魔力の能力値が高くてスキルも魔法に関わったいいものを得られやすい。
 将来活躍する可能性が高い。

 メガネの真面目そうな男の子で割と整った顔立ちをしている。
 賢者っぽい感じがあるとトモナリは思った。
「清水瑞姫です。職業は剣豪。よろしくお願いします」

「あっ……」

 トモナリは後ろの席だったのだがちょうどトモナリ列の一番前の女生徒が挨拶をした。
 その子はなんとテッサイの孫娘であるミズキだった。

 全く気づいていなかったトモナリはミズキの顔を見て驚いた。

「……睨まれた?」

 挨拶を終えて頭を下げたミズキは最後にトモナリのことを睨みつけた。
 なんでか知らないけれどお怒りのようであるとトモナリは渋い顔をした。

 他にも何人か希少な職業の子がいてさすがアカデミーの特進クラスと思っているとトモナリの番になった。

「愛染寅成です。職業はドラゴンナイト」

 再び教室がざわつく。
 ドラゴンナイトは特殊な職業になる。

 どれぐらい特殊かというと世界で他にドラゴンナイトという職業がいないぐらい特殊である。
 聞いたこともない職業なのでみんながドラゴンナイトとはなんだとざわついても仕方ない。

「そしてこいつが……」

 トモナリは椅子の隣に置いていたリュックを机の上に置いた。

「俺のパートナーのヒカリだ」

「じゃじゃーん!」

「えっ!?」

「なんだよあれ!」

「危なくないの!?」

「結構可愛い……」

 リュックの中からヒカリが飛び出してきてトモナリの後頭部にしがみつくように降り立った。
 教室のざわつきが大きくなってトモナリの周りの生徒はヒカリを警戒するように少し離れる。

「落ち着きなさい。アイゼンさんのパートナーであるモンスターのヒカリさんはアカデミーの方でも認知している。アイゼンさんの支配下に置かれている安全なモンスターであり、アイゼンさんの能力の一部として認められています」

 イリヤマが生徒たちを宥める。
 ヒカリをどうするのかという問題はあったもののこの際アカデミーの中では大っぴらにしてしまう方が終末教も手を出しにくいだろうということになった。

「知能も高いので特別支障がない限りヒカリさんも一緒に授業を受けられることになった。すぐにというのは厳しいかもしれないけれど慣れてほしい」

 アカデミー公認のモンスターパートナーということでヒカリも授業を受けられる措置まで取ってくれた。
 これで常に一緒にいられるようになった。

「俺もヒカリも一緒によろしく」

「よろしくな!」

 ヒカリに対する反応は様々。
 多くの人が得体の知れないヒカリに対して引いているような感じだけど何人かは興味深そうにヒカリを見ていた。

 トモナリが席に座るとヒカリはトモナリの膝に座った。
 ヒカリによる一騒ぎはあったけれど自己紹介は続けられた。

「工藤サーシャです」

 トモナリやコウと違ったざわつきが起こった。
 立ち上がった女生徒の見た目は日本人ではなく外国人だった。

 名前からしてもハーフなのだろうと思うのだけど、とにかく見た目が可愛らしい。
 お人形さんのような美少女に男どものみならず他の女の子たちもザワザワとしている。

「職業は聖騎士です。みなさんと仲良くできたらと思います」

「聖騎士の……工藤サーシャ」

「トモナリ?」

 なんだか聞いたことがある名前だった。
 そしてすぐに思い出した。

 73番目の試練ゲートにおいて仲間の覚醒者を逃がそうとして死んだ覚醒者がいた。
 守護者とも呼ばれた聖騎士を職業として持つ覚醒者の名前がサーシャだったことをトモナリは記憶していた。

 結局それも終末教が手を回した事故によるものでサーシャを知っている人たちは彼女が亡くなったことを悲しんでいた。
 今はまだ覚醒したばかりだろうけれど未来における強力な覚醒者を一人見つけたとトモナリは思った。

「トモナリ君!」

 ホームルームが終わった。
 今日はこれで終了なのだけど教科書を受け取ってから寮に戻ることになっていた。

 混雑を避けるために各クラスタイミングをずらして帰ることになっていて特進クラスは最後に帰るために教室待機しなければならない。
 その間好きに交流を深めろとイリヤマが言って各々近くにいた人に話しかけ始めた。

 しかしトモナリに話しかける人はいない。
 ヒカリがいるせいなのか気にはなっているようだが話しかける勇気まではみんな出ないようである。

 トモナリの様子を窺う空気の中でミズキがズンズンとトモナリの机のところまでやってきた。
 バンと激しく机を叩きつけて険しい目を向ける。

「久しぶりだな」

「久しぶり、じゃない!」

「なんだよ……?」

 まだミズキは怒っているのだけどトモナリにはその理由が分からない。
 テッサイに挨拶はしたけれどタイミング悪くてミズキには挨拶できなかったことを怒っているのかと考えたりした。

「ずっと見てたのに気づかなかった」

「はぁ?」

「私はトモナリ君の事気づいたのに、トモナリ君私に気づかないんだもん!」

 実はミズキの方は最初からトモナリのことに気がついていた。
 だからずっと視線を送っていたのに肝心のトモナリの方はミズキのことに全く気がついていなかったのである。

 だからミズキは怒っていた。

「あー……それはすまない」

「ヒカリちゃんは気づいてたんだもんね」

「うん、気づいてたぞ!」

「あっ、そうなのか?」

 ヒカリはミズキに気づいていた。
 ミズキが手を振ると小さく手を振りかえしていて、ミズキが口に指を当てて言わないようにとジェスチャーしたので黙っていた。
「言ってくれればいいのに」

「気づかないトモナリ君が悪い」

「悪かったよ」

 回帰前に知っている顔を探していて今の知り合いがいるだなんて全く思いもしなかった。

「まあいいわ。知り合いがいるだけ心強いもんね、気づいてくれなかったけど」

「だから悪かったって。それにしてもミズキもいたとはな」

「私もあの時覚醒したからね。剣豪、なんていい職業だったしせっかくなら行ってこいっておじいちゃんが」

 よくよく考えてみれば当然かとトモナリは思った。
 未来で剣姫と呼ばれるほどの存在になるミズキがアカデミーに通っていたとしても不思議なことはない。

 もしかしたらトモナリが関わらないでいても廃校のゲートでミズキは覚醒していた可能性があると今更ながら思った。
 職業剣豪も希少な職業になる。

 さすがは剣姫である。

「あ、あの!」

「ん? なんだ?」

 意を決したようにトモナリの隣の席の女の子が声をかけてきた。

「その子、なんだっけ、ヒカリ……ちゃんだっけ? あの……触ってもいい?」

 ミズキがトモナリとヒカリと話しているのを見て安全そうであると周りの子も思った。
 隣の子は勇気を出してみたのだ。

「だってさヒカリ」

「ダメだぞ!」

「そ、そっかぁ……」

 触る云々はトモナリよりもヒカリの意思次第である。
 トモナリが聞いてみると胸を張ったヒカリはバッサリと拒否をした。

「ただし、お菓子くれるならちょっとだけはいいぞ」

 しょんぼりとうなだれた女の子にヒカリは器の大きさをみせる。
 お菓子でいいとは随分と安売り、というか大盤振る舞いである。

 先日マサヨシのところで色々食べたお菓子がよほど美味しかったらしい。

「お、お菓子? えっと……今は持ってないなぁ」

「じゃあダメだな!」

「くぅ……こ、今度持ってくるよ!」

「あっ、私持ってるよ!」

 こんな時にお菓子なんか持っていない。
 明日は用意しておこうなんて女の子が思っていると斜めに座っている女の子も会話に入ってきた。

「むっ、なんのお菓子だ?」

「えっと、チョコレートだけど……」

「ん!」

「……お納めください」

「撫でてよし!」

 カバンから取り出された板チョコに手を伸ばすヒカリ。
 女の子が少し笑いながらチョコを渡すとヒカリが笑顔で少しだけ頭を傾ける。

「ただちょっとだけだぞ!」

「やった!」
 
「う、羨ましい!」

「なんかすべすべしてる!」

 女の子が恐る恐る手を伸ばしてヒカリを撫でる。
 その間にヒカリは包みを開いてチョコをパクリとしていた。

「もう終わりだ!」

「うっ、はい」

 ヒカリが馴染めるかどうか心配であったけれど若者の適応力というのは素晴らしい。
 ヒカリの性格も明るいので思っていたよりも簡単に馴染めそうであった。

「もちろんトモナリは撫で放題だからな」

「ありがとう」

「ふへへ」

 トモナリがヒカリを撫でてやるとヒカリはヘラリと笑う。

「か、可愛いな……」

 女子だけでなく男子もヒカリを見ている。
 もしかしたらしばらくヒカリにお菓子を捧げるようなことが続くかもしれないとトモナリは思った。

「ちょこ、も美味いな!」

「ほら、口の端についてるぞ」

 ハンカチでヒカリの口の端を拭いてやる。
 尻尾を振りながらトモナリに口の端を拭かれるヒカリは教室中の視線を集めていたのであった。
「以降世界中にゲートが出現して……」

 覚醒者として戦えることも必要である。
 一方でしっかりとした知識というのも必要になってくる。

 覚醒者、あるいはゲートなどの知識を学ぶ座学も受けねばならない。
 ゲートが始まったきっかけ、99個の試練ゲート、試練ゲートと通常のゲートがあることなど先生がつらつらと黒板に書いて説明していく。

 正直暇な授業である。
 ヒカリはリュックの中に戻って寝ている。

 トモナリも一度経験して知っている知識なので真面目に聞くつもりはない。
 ただ一応テストにも出るので軽く聞いて軽くノートには残しておく。

「ふぅ……先生の授業も悪いよな」

 面白みがないというと少し悪く聞こえるかもしれないが淡々と読み上げて淡々と教えられると眠気を誘発される。
 面白おかしく授業しろとまで言わないけれどもう少し授業にも濃淡のようなものが欲しい。

「次は体育か。ヒカリ、いくぞ」

「うにゅー……抱っこ」

「分かったから早く」

 寝ぼけまなこのヒカリを抱えてトモナリは次の授業の場所に向かう。
 次は体育なので体育館である。

 学校の中でヒカリを出していても堂々としていれば特に何も言われない。
 初見の人は驚いた顔を見せるのだけど噂になっているのか驚くような人も少しずつ減ってきている。

 体育館横にある更衣室でジャージに着替えて生徒たちがザワザワと待っていると先生がやってきた。
 こういう感じは普通の学校と変わりがない。

「いいか、たかが体育だと思うな。君たちにとっては非常に重要な科目である」

 初日は体力テストを行う。
 普通の学校でも体育は一般的な科目であるがアカデミーの一年生にとっては多少意味を持ってくるのだ。

「君たちは覚醒した。そのことの意味を考えたことはあるか?」

 先生の問いかけに生徒たちは肩をすくめる。
 覚醒したことの意味とはなんなのか質問が大きくて答えが分からない。

「つまり君たちは力を得たということだ。普段は力を使わないので感じないかもしれないがこれまでと君たちは確実に変わったのだ。体育では体を動かしていく。その中で自分の体に起きた変化を理解して、変化に慣れていってもらいたい」

 例えば覚醒した分力が強くなる。
 普段は特に何もないかもしれないが、いざという時に力加減を間違えて何かを壊したり誰かを傷つけてしまう可能性がある。

 体育という科目を通して体に起きている変化を理解して、それをコントロールする術を身につける。
 ただの体育ではなく、目的を持って体を動かす必要があると先生は言うのだ。

「まずは走ってもらう。俺の言っていたことが分かるだろう」

 先生に言われて体育館の中をみんなでグルグルと走り始める。
 それだけでも驚く生徒は多かった。

 実際走ってみると体が軽い。
 覚醒する前と比べて明らかに楽々走れるのだ。

 さらに走っていくとさらに驚く。
 体が軽いので覚醒前よりも速いペースで走っているのにそれでも長く体力が持っている。

 速く長く走れるようになった。
 これが先生の言う体の変化なのかとようやく納得した人も多かった。

 魔法使い系統の覚醒者だと変化は小さいけれどそれでも全体的な体力の向上は感じられるぐらいである。

「特進クラスということで今回は最新の技術を使った戦闘訓練のお試しをしてもらう」

 一通り体力テストを受けた後次の授業は特進クラスの特別プログラムだった。
 戦闘訓練授業と銘打たれていて、より実戦的な戦いについて学んでいく授業となっている。

 ただまだ戦い方も学んでいない生徒たちをモンスターと戦わせるのは危険である。
 そのために今回はモンスターという存在に慣れさせながらも実際どのように戦っていくのかを学ぶ入り口を学ぶこととなった。

「覚醒者の中には魔力を使ってリアルな幻影、いわゆるホログラムのようなものを発生させる力を持った人がいる。そんな人の能力を人工的に再現した機械がこのホログラム戦闘部屋だ」

 副担任のイリヤマが授業の説明をしてくれているけれどいまいち分かりにくいなとトモナリは思った。

「実際に体験してもらった方が簡単だろう。誰かやってみたいものはいるか?」

「ん!」

「おっ、アイゼンか」

「えっ?」

「やるぞ、トモナリ!」

 誰も手を上げない中、一人だけ手を上げている存在がいた。
 正確にいえば一人ではなく一体というべきか。

 手を上げていたのはヒカリだった。
 ヒカリとトモナリは一体として見られている。

 ヒカリが手を上げたのならそれはトモナリが手を上げたことになる。

「みんなは隣の見物室に。アイゼンはこの部屋の中に」

「……しょうがないか」

 どうせみんな経験することになるし早めにやってもいいだろうとトモナリはホログラム戦闘部屋に入る。
 真っ白な壁に囲まれた部屋で一面がガラス張りになっていて他のみんながそこからトモナリのことを見ている。

 そして入口がある側に操作盤のようなものといくつかの武器が置いてあった。

「好きな武器を取れ」

「じゃあこれを」

 トモナリは壁にかけられていた木刀を手に取った。
 道場で使っていたものよりもやや軽いけれど他の武器よりは手に馴染む。

「それではいくぞ」

 イリヤマが操作盤をいじると耳鳴りにも似た甲高い音がしてトモナリの目の前にモンスターが急に現れた。
 ガラスの向こうで他のみんなも驚いている。
「今回戦ってもらうモンスターはゴブリンだ。戦闘力としては弱く、武器を持っていないようなこともある。ゲートの中で会う時には油断禁物な悪知恵を見せることもあるが、寝ていない限りは負けることもないだろう」

 トモナリの目の前に現れたモンスターはゴブリンというものだった。
 緑色にくすんだ肌をしていて大きく突き出た鼻、濁った瞳の目、鈍く尖った牙と醜悪な見た目をしている。

 体は子供ほどの体格しかなく肌はたるんでいてガサガサとし、手足は短く枝のように細い。
 モンスターの中でもゴブリンは弱いとよく言われている。

 多少の知恵があって面倒なことをしてくることがあるけれど一般人でも倒すことが可能と言われるほどだ。
 しかしやはりモンスターはモンスター。

 むしろ醜悪な見た目なために恐怖感や嫌悪感を抱くような人も少なくはない。
 
「非常にリアルだろう? 攻撃を受けてもダメージはないが目の前に迫られる感じは本物と遜色ない」

 待機状態のためかゴブリンはダラリと腕を下げて虚空を見つめている。
 そんなゴブリンなど見たことはないがかなり精巧にできている。

「みんなもこれと戦ってもらう。よく見ておくように」

 レベルアップはしないだろうが安全に戦いの経験を積めるこんなものがあったのかとトモナリは驚いた。

「それでは始めるぞ」

「ほぅ……」

 イリヤマが再び操作盤を操作する。
 するとうつろだったゴブリンの目に正気が戻ってトモナリの方を向いた。

 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
 ぞくりとする笑い方にガラスの向こうでは嫌悪感をあらわにしている生徒がいる。

 ゴブリンは動かないトモナリの方に走り出すと大きく飛び上がった。
 これが偽物だとは信じられないとトモナリは思った。

「……冷静だな」

 飛びかかってきたゴブリンをトモナリは軽くかわした。
 まるで戦い慣れているかのような動きにイリヤマは目を細めていた。

 手に持っているタブレットにトモナリの評価をリアルタイムで書き込む。

「どりゃー!」

 くるりと振り返って再びトモナリに飛びかかろうとしたゴブリンにヒカリが飛び蹴りをかました。

「にょわっ!?」

 相手はホログラムである。
 ヒカリの飛び蹴りはゴブリンをすり抜けてしまい、ヒカリはガラスの壁に激突した。

「いたいのだぁ〜」

 ヒカリにやられたゴブリンはそのままブレるようにして消えていってしまった。

「……終わりですか?」

「う……もう一度いいか? 今度はヒカリ君なしでだ」

 トモナリとヒカリは一体なのでヒカリが倒したならトモナリが倒したのと同じである。
 しかしこれではトモナリの力が分からない。

 仕方ないので今度はヒカリの協力なしで戦うことになった。

「これでいいですか?」

「……言うことなしだ」

 イリヤマの隣でヒカリが腕組みをして見守る中で二回目を始めた。
 トモナリは飛びかかってきたゴブリンをそのまま空中で切り落として倒してしまった。

 あっけないほどの勝利でイリヤマも驚いていた。

「さすがだな、トモナリ」

「ヒカリもよくやったな」

 これぐらいは余裕である。
 仮に覚醒していないとしてもゴブリンには遅れを取らない。

「次やりたいものはいるか?」

 イリヤマが隣の見学室の方を見る。
 チラホラと手を上げるものが出てきた。

 トモナリが戦っているのを見て簡単そうだとみんな感じたのである。
 手を上げ始めた生徒を見てイリヤマは苦笑いを浮かべた。

 トモナリを一番初めにしたのは失敗だったと思った。

「では……シミズ! アイゼンと交代だ」

 次に選ばれたのはミズキだった。

「見てなさい。私もやったるから」

 見学室のドアを開けたトモナリとミズキがすれ違いになる。
 ミズキはトモナリができたのだからできるだろうとウィンクまでしてみせてホログラム戦闘部屋に入っていった。

「次はミズキか。あいつも強いからな」

 数は多くないけれどミズキがトモナリと手合わせしているところをヒカリは見ている。
 トモナリの方が今の段階では圧倒的に強いのだけれど諦めないミズキは時々トモナリにも勝ったりする。

 トモナリに勝ったことがあるのだならミズキも強い方というのがヒカリの中での基準だ。

「ふん、あいつができたんだから……」

 ヒカリもトモナリと同じく木刀を手に取った。
 軽く数回木刀を振って感触を確かめる。

 ミズキはしっかりと木刀を構えてゴブリンと対峙する。

「それではいくぞ」

「はい、お願いします!」

 イリヤマが操作盤をいじるとゴブリンが動き出す。

「きゃあっ!」

 簡単だろう。
 そう思っていたのに濁った目で見つめられて、目の前でゴブリンの凶悪な笑みを向けられた瞬間にミズキの体が動かなくなった。

 怖いと思った。
 トモナリはあんな簡単に倒していたのにミズキは飛びかかってくるゴブリンをかわすので精一杯だった。

「くっ!」

「まあ、よく反応したもんだな」

 相手から目を離して、回避もドタドタとバランスを崩してしまうものだった。
 けれどミズキは振り返った時に飛びかかってきていたゴブリンに上手く木刀を合わせて切り裂いた。

 ゴブリンのホログラムは空中で消えてしまい、戦いはミズキの勝利となった。
 決してスマートな戦いとはいえないけれど動けただけ偉いものである。
「よくやったな」

「は、はい……」

 終わってみると短い時間の戦いだったのにミズキは汗でびっしょりになっていた。
 イリヤマは大きく頷いた。

「これがモンスターとの戦いというやつだ。命を狙ってくる敵との戦いはただ睨み合うだけでも消耗する。シミズはよく動いた方だ」

「……トモナリ君は」

「うーん、あいつはかなり肝が据わっているな。ほとんどのものは最初はああはいかない。あいつを参考にするのはやめておくべきだな」

 イリヤマの言うことは正解だった。
 その後も意気揚々と他の生徒がチャレンジしていったのだけどほとんどの生徒がゴブリンの雰囲気にのまれてしまった。

 倒すことができたのはトモナリやミズキを含めても少数でまともに剣を振れず、ゴブリンに襲いかかられてホログラムの勢いに目を閉じたり転げてしまったのである。

「これでみんな一巡したな」

 生徒たちが見学室に戻り、イリヤマはホログラム戦闘部屋の真ん中に立ってガラス越しに生徒たちを見た。

「やってもらったようにモンスターとの戦いは簡単ではない。これから君たちは武器の扱いを身につけて戦いにおける自信を積み重ねて今度は本物のモンスターと戦うことになるだろう」

 今日戦えずとも誰もなんとも思わない。
 本来ならこれからの授業で剣術などを習ってからモンスターとの戦いに慣れていくはずなのである。

 剣も何も扱ったことがないのにモンスターと戦うのは酷である。
 けれどそのうちにモンスターと戦うことにはなる。

 恐怖や雰囲気を覚えておき、それを訓練で乗り越えていく。
 これから特進クラスにはもっと険しい戦いが待っているのだと言うイリヤマの言葉を生徒たちは真剣な顔をして聞いていた。

「今日のことを忘れるな。次はこんなホログラムぐらい軽く超えてみせろ。少し早いが授業はここまでとする」

 最後にニコッとイリヤマは笑うけれどゴブリンに押されてしまった生徒たちは笑う気分にはなれなかった。

「アイゼン君すごいよね」

「ね、ヒカリちゃんだけじゃなくてちゃんと自分で倒しちゃったもんね」

 教室に戻る生徒たちの話題は先ほどのゴブリンとの戦いについてだった。
 やはり実際に目の前にすると違うものだと話している人やあっさりとゴブリンを倒してしまったトモナリやヒカリについて話している人もいる。

「なんか納得いかなーい」

「また負けず嫌いか」

 ミズキは口を尖らせている。
 トモナリもミズキもゴブリンには勝った。

 けれどミズキはギリギリだったのに対してトモナリは余裕だった。
 倒したのは二回目の方だけど一回目だってゴブリンの攻撃をさらっとかわしていた。

 余裕がなくて必死に回避したミズキとは大違いである。
 ミズキは自分とトモナリを比較してどうしてトモナリはあんなに簡単に倒せたのか納得いかない顔をしている。

 いつもの負けず嫌いがまた始まったのかとトモナリは苦笑している。
 この負けず嫌いのせいで手合わせするたびにいつも長々と付き合わされることになった。

 流石になんでもお願い聞く権利なんてものは二度とかけなかったけれど、手合わせしなきゃ引き下がらないので結構大変だった。

「なんであんなに慣れてるの?」

「そんなもん……人生経験の差だな」

「なにそれ? あんたと私で何が違うってのよ?」

 決して教えることはないけれど人生経験は大いに違う。
 トモナリは一度滅亡まで戦ったという経験がある。

 ゴブリン如きに恐れることなどないのだ。

「お前ならすぐに慣れるよ」

 ミズキも未来では剣姫である。
 つまりはモンスターと戦うのも経験豊富な覚醒者となる。

 そのうちにゴブリンなど目をつぶっても倒せるようになることは間違いない。

「サーシャさんもすごかったね」

 ミズキはたまたま近くを歩いていたサーシャに声をかける。
 トモナリやミズキと並んでサーシャもゴブリンを倒していた。

 トモナリほど簡単に倒してはいなかったけれど冷静にゴブリンの攻撃をかわして反撃を叩き込んでいた。
 ミズキよりもだいぶスマートであった。

「うん、あれぐらいならなんともない」

「そうなんだ」

 サーシャはクラスの中でもやや浮いた存在だった。
 みんな仲良くなろうと話しかけるのだけど受け答えがいつも淡々としていて壁を感じさせる子であった。

 時々視線は感じるなと思いながらトモナリがみるとサーシャは目を逸らしてしまう。
 不思議な子である。

「僕も倒したぞ!」

「ヒカリちゃんも強かったね」

「そうだろう、そうだろう!」

 すっかりクラスのマスコット的になったヒカリだが全く戦えないということでもなさそうだ。
 ヒカリがどうやったら強くなるのか。

 最終的に回帰前のような強さになるのか。
 そんなことも考えていかねばならないなとトモナリは思った。
「ふぅ……」

 アカデミーには勉強の施設だけでなく体を鍛える施設もあった。
 マシンに器具、ストレッチができる広めの場所まで完備されている。

 トモナリは暇な時間を見つけてはトレーニングにも勤しんでいた。
 トモナリの能力値はレベル1にしてはかなり高い。

 それには秘密があった。
 能力値はレベルアップで伸びていくのだけれど、それ以外の方法で伸ばせないものじゃない。

 走り込んだりウェイトトレーニングをしたり、剣を素振りしたり人と手合わせすることでも能力値が伸びたりするのだ。
 ただ一般的に覚醒者がそうした方法で能力値を伸ばすことはしない。

 なぜならそんなに伸びないから。
 必死に走り込みして、それを数日続けてようやく素早さが一つ伸びるかどうかである。

 非効率的すぎて、その間にモンスターでも倒してレベルを上げた方がいいと言われるのだ。
 けれどもこの能力値の上げ方にも秘密があったのだ。

 トレーニングによる能力値の向上はレベルが低ければ低いほど上がりやすいのである。
 レベルが高くなって能力値が高くなるほどにトレーニングによって能力値が上がりにくくなるのだが、レベルが低く能力値が低い段階でトレーニングをしていくと意外と能力値は上がるのだ。

 だからトモナリはスケルトンを相手にする時必要以上に倒さなかった。
 レベルを1にとどめておきたかった。

 そこからトモナリは走り込んだり道場で鍛錬したりと努力を重ねた。
 マサヨシすら驚いた能力値の高さは元々の高さもあるけれどトモナリの日々の努力によって伸びたものでもあったのだ。

 アカデミーでの生活が始まったけれど本格的にモンスターと戦ってレベルを上げるのはまだ先のこと。
 能力値を上げる機会はまだ十分に残っている。

「器具があるのはいいな」

 これまでは走り込みと素振り、テッサイとの手合わせを中心にして努力してきた。
 それによって体力と素早さと器用さが中心に伸びてきた。

 運は努力で伸ばせないし、魔力はこうした体力トレーニングで伸びない。
 あとは力を伸ばしたいのであるがトモナリの日常ではなかなか難しかった。

 腕立て伏せしたりと頑張っていたけど能力値の伸び的には弱かった。
 けれどアカデミーのトレーニングルームにはダンベルやバーベルを始めとしてスポーツジムのような器具もある。

 体を鍛えて能力値を伸ばすにはピッタリだった。

「ふにゅにゅ……!」

 日頃お菓子を食べてのんびりとしているヒカリも周りが努力しているから努力し始めた。
 回帰前の強さを取り戻すのだと言ってバーベルのおもりを上げ下げして体を鍛えている。

『力が1上がりました!』

 バーベルで鍛えていたらまた能力値が上がった。
 これで力が20になった。

『力:20
 素早さ:27
 体力:22
 魔力:15
 器用さ:23
 運:11』
 
 通常のレベル1ならば10あれば凄い方になる。
 そう考えるとトモナリのステータスは同レベルで見た時に化け物じみたものとなっていた。

「おい」

「……なんですか?」

 あまり自分を追い込みすぎてもよくはない。
 能力値も上がったのでそろそろ切り上げようかなんて思っていると声をかけられた。

 ベンチに座ったトモナリが顔を上げると体つきのいい男が立っていた。
 ジャージの襟に二本のラインが入っているということは二年生である。

 一年のトモナリの先輩だ。
 同じくトレーニングルームで鍛えていた人なのは視界の端で見ていたので知っている。

 ただ声をかけられるような関係性もないし理由もない。
 目つきもなんだか友好的に思えなかった。

「お前が愛染寅成か?」

「そうですが……」

「俺は山里猛(ヤマザトタケル)だ」

 いきなりお前とは失礼だなと思うがここは先輩の顔を立てて我慢しておく。

「今年……いや、これまでを含めても一番才能があるやつだと聞いている」

「……それはどうも」

 才能がある覚醒者が出てきたら嬉しいことじゃないかと思うのだけど、タケルは喜ばしいことに感じているようには思えない。

「俺の職業は拳王……お前が来る前は俺も才能ある方だと言われていた」

「王職……」

 希少職業の中には王とつく職業を持つ人がいる。
 剣王、槍王、魔道王など王とつく職業は他の職業に比べても能力値の伸びが良くスキルも良いものが手に入る。

 その代わりに職業によって使用武器が大きく制限されたりするのだ。
 例えば剣王なら剣以外を扱うとまともに能力を発揮できなくなる。

 拳王ということは拳に特化した職業なことは言うまでもない。
 才能があると言われるのも納得である。

「だからなんですか?」

 王職だからこれまで才能があるとチヤホヤされてきたのだろう。
 そこに世界でも類を見ないドラゴンナイトという職業を持ったトモナリが来たことで環境が変わってしまったいうことは理解する。

 しかしそれによって因縁をつけられるいわれはない。

「噂によると相当できるらしいな」

 授業では戦闘訓練も始まっていた。
 まだモンスターと戦うのではなく剣の扱いを習ったり武術を習ったりと基礎的なことを始めているのだけど、道場で剣を習っていたトモナリはそこでも頭一つ抜けていた。
「だったらどうかしましたか?」

「可愛い後輩の実力を確かめてやろうと思ってな」

 やっぱり因縁だった。

「嫌ですよ。なんでそんなこと……」

「逃げんのか?」

「あっ?」

 実力を確かめるというが要するにトモナリと戦おうというのだ。
 だが戦うなんて面倒なことしたくないは普通に断ろうとしたのだけど、ヤマザトはトモナリを見下すような目をして安い挑発を口にした。

「才能があると言われながら戦うことから逃げる臆病者だとはな」

 本当に安い挑発。
 別に才能があるなんて自分発信で言い出したものでもなく、ヤマザトと戦うことも義理もなければ義務もない。

 勝手に実力を見てやると言い出して断ると臆病者とはひどい話だ。

「……いいですよ」

「おっ……」

「ただし条件があります」

 戦いたいというのなら受けてやってもいい。
 けれど無理矢理な勝負に臆病者扱いまでされてはトモナリの方もただでは気が済まない。

「なんだ?」

「俺にはこんな勝負引き受ける義理はありません」

「ま、まあそうかもな……」

「俺が勝ったらなんでも言うこと聞いてもらいます」

 以前ミズキが戦えと言った時に出した条件をここでも出してみる。
 トモナリの記憶に拳王の存在はないけれど王職は正当に育っていけば強くなる可能性が高い。

 将来的にどんなことが起こるか分からない。
 使えるカードは多ければ多い方がいい。

「ふん、それぐらい構わない」

 負けるはずない。
 そう思っているタケルはトモナリの条件を快諾した。

「それじゃあ場所を移動するぞ」

 トレーニングルームはトレーニングルームであり戦う場所ではない。
 けれどトレーニングルームの隣にはリングが置いてあるバトルトレーニングルームがある。

「これをつけろ」

 タケルはグローブとヘッドギアをトモナリに投げ渡す。
 流石に素手で戦いは危険なのでやらない。

「一ラウンド三分で三ラウンドで構わないか?」

「はい、大丈夫です」

「やったれトモナリ!」

 ブカブカのヘッドギアを被ったヒカリはコーナーからトモナリのことを応援する。

「大丈夫か?」

「ああ、あんなやつに負けはしないさ」

「危なくなったら僕も入るからな」

「いや危なくなったらじゃなく……」

 トモナリは笑ってヒカリに顔を寄せる。

「頼んだぞ」

「ヌフフ……任せとけ!」

 トモナリがグローブをはめた手でヒカリの頭をポンポンと撫でてやる。

「それじゃあ始めるぞ!」

 タケルがスマホのタイマーをセットして手合わせが始まった。
 正直言ってタケルはかなり卑怯だとトモナリは思う。

 なぜなら戦うことには同意したもののこうした形式であることは一つも話し合っていないからだ。
 リングでグローブとヘッドギアを渡されると戦い方は自然と殴り合いになる。

 タケルの職業は拳王である。
 当然殴り合いの戦いというのはタケルが有利な戦いとなる。

 対してトモナリが習ってきたのは剣術である。
 トモナリがどんな戦いを得意とするのか聞くこともなくグローブを渡してタケルの戦いを強要した。

 安い挑発をしてきたので考えの浅いやつかと思ったら意外と強かなことをしてくるものである。

「はっ!」

 まずは一発と拳を突き出した。

「おらっ!」

 タケルもパンチを繰り出し、トモナリとタケルの拳がぶつかり合う。

「くぅっ!」

「トモナリ!」

 押し負けたのはトモナリだった。
 拳が弾き返され大きく体が押し戻された。

 タケルの方が力の能力値が高いと今の一撃でトモナリは察した。
 タケルは腕をたたんでガードを上げ、リズムを刻むようにステップを踏みながらトモナリに近づいてきた。

 こいつ素人じゃないとトモナリは顔をしかめた。
 ボクシングか何かを習っている動きをしている。

「やるな!」

 素早くコンパクトに突き出される拳をトモナリはかわしていく。
 どうやら素早さの能力値はトモナリの方がわずかに高そうである。

「これならどうかな!」

 タケルがトモナリの懐に飛び込んできた。
 繰り出されるボディブローをかわしきれなくてガードする。

 重たくてガードを突き抜ける衝撃がお腹に届いてくる。
 あまり攻撃を受けていると不利になる。

 さらには狭いリングの上というのも体勢を立て直しにくい要因である。
 反撃を、とトモナリも動き出す。

「うっ……」

 タケルの右ストレートを受け流すように防御しながら蹴りを繰り出した。
 蹴りは脇腹にクリーンヒットしてタケルは顔を歪める。

「卑怯だと言わないよな? この戦いはボクシングの試合じゃないんだ」

 全部が全部タケルに付き合ってやる必要はない。
 拳王であるしボクシングを主軸に戦っているタケルは拳中心の攻撃しかしてこない。

 けれどトモナリまでタケルに合わせて拳だけで戦う必要はないのだ。
 戦いではなんでも使う。

 蹴りも当然トモナリが使うべき攻撃手段の一つとなるのだ。

「ぐっ!」

 前に出てこようとするタケルの足に蹴りを入れる。
 タケルの方が力は強いけれどトモナリの力も弱いわけではない。

 まともにローキックを食らうと足に強い衝撃があってタケルの前進が止まる。
 今度はトモナリの方がタケルの懐に飛び込む。

 パンチよりも近い距離でトモナリが繰り出した攻撃は肘だった。
 体ごと回して脇腹を狙った肘をタケルは腕で防御したけれど硬い肘の攻撃は腕にずきりとした痛みを残す。
 肘の攻撃を嫌がったタケルが距離を取ると今度は射程の長い蹴りが飛んでくる。
 しかもボクシング主軸のタケルが防御しにくい足へのキックをトモナリは主に使っていてタケルは非常に戦いにくそうにしていた。

「それに……俺は一人じゃない!」

「ほれ来たー!」

「なっ!」

 トモナリがタケルと距離を詰めるのと同時にヒカリが飛び込んできでタケルの頭にしがみついた。

「ガブッ」

「いってぇー!?」

 そしてガブリと頭に噛みついた。

「俺とヒカリは一体だからな」

 噛みつかれた痛みで完全に油断したタケルのアゴにトモナリのパンチが炸裂した。
 タケルの視界がクワンと歪んで足に力が入らなくなった。

 手をつくこともできずにタケルがリングのど真ん中に倒れ、ヒカリはトモナリの頭に着地した。
 同時にタケルがセットしていたタイマーが鳴った。

 長いような攻防だったけれどまだ一ラウンド目、たった三分の出来事である。

「どうしますか?」

 試合なら審判がいてカウントでも取るのだろうけれど今は観客もいない。
 試合のカウントだとしてもタケルが立ち上がるのには間に合っていないけれど一応聞いてみる。

「ひ、卑怯だぞ……」

「何がですか?」

「そ、それがいきなり飛び込んでくるなんて聞いてない」

 タケルはロープを掴んで立ち上がる。

「なんで卑怯なんですか?」

「なんだと?」

「俺のこと知ってるならこいつが俺のパートナーだってことも知っていますよね? こいつは俺と一体です。こいつの攻撃は俺の攻撃でもあるんです」

「しかし……」

「そもそも先輩はこの戦いになんのルールもつけませんでしたね。俺はそのことを卑怯だと非難はしません。だから俺も好きに戦わせてもらいました」

 “一人じゃない”
 この言葉をトリガーとしてヒカリも戦いに加わるようにトモナリは指示を出していた。

 何のルールもつけなかったのはタケルが自分が優位な戦いをしていることを悟らせないようにするためだった。
 それをトモナリは逆手に取った。

 肘も蹴りも使うし、ヒカリも戦いに加えた。
 見事ヒカリにしてやられたタケルはアゴに一発くらって倒れたのだ。

 体力の能力値が高いのか全力で殴ったのに気絶しなかったのは流石だと思う。

「けれど……」

「タケル!」

「げっ……お嬢……」

「あんたの負けだよ」

 二人と一匹だけの戦いで見ている人なんていない。
 途中まではそうだったのだがある時から女の子が戦いを見ていることにトモナリは気づいていた。

 腰まであるさらりとした長髪の女の子はトモナリよりも年上に見える。
 冷たいような印象を与える切長の目はタケルに向けられていて、タケルは小さくなるようにうなだれている。

 戦いのとは違う冷や汗をかいていて、トモナリよりも身長が高いはずなのに今はとても小さく見える。
 お嬢というからには二人は知り合いなのだろうと思う。

「何を勝手なことしてるんだい?」

 リングに上がってきた女の子はタケルに詰め寄る。

「それは……その……」

「私が興味持ったって話したからかい?」

「えと……それは……」

「ハキハキ言いな!」

「お嬢が……興味持ったって言ったから……試してやろうと」

 トモナリには偉そうな態度だったタケルが借りてきた猫のよう。

「はっ! 誰がそんなこと頼んだ? また勝手なことして」

「いでででで!」

 女の子はタケルの鼻を摘んでグリッとねじる。

「くぅー……」

「悪かったね。私は梟楓(フクロウカエデ)っていうんだ」

「梟……オウルグループの?」

「あら、知ってくれてるんだね」

 世の中には覚醒者の集まりであるギルドというものが存在している。
 その形態も様々である。

 必要な時に集まるだけだったり一つのグループや事務所のように機能している集団だったり会社ぐらいまでしっかりしているところもある。
 オウルグループは大規模な覚醒者ギルドであるのだけど同時に企業としても活動しているのだ。

 オウルグループという名前も創業者一族の苗字がフクロウであるところから来ている。
 比較的有名な覚醒者ギルド企業なので知っている人も多い。

 アカデミーにその一族がいるなんて思いもしなかったのでトモナリも驚いた。

「どうやらこいつが暴走してあんたに突っかかってしまったようだ。私の責任もある。許してほしい」

「お、お嬢!?」

「悪いと思うならあんたも頭下げな!」

 カエデはトモナリに深々と頭を下げた。
 タケルはカエデに怒られて慌ててカエデと同じく頭を下げる。

「いやまあいいんですけどなんで梟さんが頭を下げることに?」

「……私があんたの噂を聞いてスカウトしたいって漏らしたんだ。それをこいつは聞いていて……試しに行ったんだろう」

「な、なるほど……」

 オウルグループのご令嬢であるカエデがスカウトしたいということはオウルグループにスカウトするということになる。
 タケルはトモナリがオウルグループ、あるいはカエデにふさわしい人なのかと試してやろうと勝負を申し出たのだ。

「だから私のせいだ。本来こんな勝手な勝負認められるものじゃない。罰するというなら私を……」

「そんな、俺が勝手にやったことです! お嬢は何も悪くありません! 罰を受けるなら俺に!」

 カエデとタケルの関係性は知らないけれどただの友達ではなさそうだ。
 責任を互いに引き受け合う二人の圧力にヒカリはこっそりと逃げ出してしまっている。