ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「覚醒者になった経緯はわかりました。では覚醒者ステータスを……」

「その前に一つ聞きたい」

 トモナリの正面、真ん中に座るマサヨシがスッと手を上げてムナカタを止めた。
 アカデミーの学長であるマサヨシはムナカタの上司になる。

 ムナカタは大人しく言葉を止めてマサヨシの様子を窺う。

「どうして大きなリュックを持っている?」

 マサヨシはずっと気になっていた。
 トモナリが大きなリュックを背負っていることを。

 学力試験の時も同じリュックであったことを見ていたし、今も必要ないのに椅子の横に置いている。
 特に持ち物を制限していないので咎めるつもりはないけれど、そんなに肌身離さず持っている理由がなんなのか知りたかった。

(それに……あのリュックから異質な魔力を感じる)

 マサヨシはじっとリュックのことを見ていた。
 リュックから不思議な気配がするということも感じ取っていた。

「……それについてもお話ししておきたかったんです」

 実際の問題としてトモナリが覚醒したということを隠し通してここまで来ることはできた。
 ミズキだけ覚醒したとか言えば本人が開示しない限り覚醒したかどうかは分かりにくいので鬼頭アカデミーの入学まで隠してはおけただろう。

 受験生の中には覚醒しているのに隠して受験している人もいる。
 未覚醒者はモンスターを倒して覚醒しなきゃならないところ、覚醒していれば煩わしい作業を省略できる。

 裏を返せばそれだけであり覚醒者だと明かすメリットは大きくない。
 こんな風に面接されるぐらいならモンスターを倒した方が楽でいいと考えてもおかしくないのだ。

 だから覚醒していることを明かしてもいいし明かさなくてもいい中でトモナリは覚醒していることを明かすという選択をした。
 なぜなら覚醒者だと明かした時に行われる入学テストの面接には鬼頭正義が確実にいるのだとトモナリは知っていたからだった。

「ヒカリ」

「ほれきたー!」

 トモナリの呼びかけに応じてヒカリがリュックの中から勢いよく出てきた。

「なっ……」

「モンスター!?」

 ムナカタとトモナリから見て左の男が突如として出てきたヒカリに驚いて立ち上がる。

「まっ、待ってください!」

 ムナカタの右手に炎が渦巻いて、トモナリは慌ててヒカリの前に飛び出した。

「愛染さん、これはどういうことですか!」

 炎を放ちかけていたムナカタはトモナリが飛び出してきて動きを止めた。
 ムナカタと左の男に怖い目で見られているヒカリはトモナリの背中にしがみついて肩越しに顔を出していた。

「こいつは俺のパートナーで、悪い奴じゃないんです」

「モンスターが悪いやつじゃない? 何を……」

「待ちなさい」

 ヒカリのことを受け入れなさそうな二人と対照的にマサヨシは冷静に状況を見ていた。
 立ち上がったマサヨシはゆっくりとトモナリの前まで歩いてきた。

「パートナーとはどういうことだ?」

「ステータスオープン。こちらをご覧ください」

 トモナリはステータスを表示する。
 ステータスは他人に見えないものであるが、意識すれば他人に開示することもできる。

「ドラゴンナイト?」

 マサヨシはトモナリのステータスを見て眉を吊り上げた。
 覚醒者として活躍してきたマサヨシでも見たことがない職業だった。

「俺のスキルを見てください」

「魂の契約……」

「俺はこいつと契約したんです」

「ドラゴンと契約できるスキル……?」

「こんなもの初めて見ました」

 ムナカタと左の男も来てトモナリのステータスを確認する。
 色々と驚くべきところはあるけれどひとまず今はスキルを見て驚いている。

「つまりそれはドラゴンで、君が契約しているということなのか?」

「そうです」

「よければドラゴンを見せてもらってもいいか?」

「どうぞ」

 トモナリは背中にしがみついたヒカリを両手で掴むとマサヨシの前に差し出した。
 マサヨシは険しい顔でヒカリを見つめる。

 まさか手を出さないよなとドキドキしながらトモナリはマサヨシのリアクションを待つ。

「……可愛い」

「えっ?」

「いや、ゴホン。ひとまず危険なことはなさそうだ。面接を続けよう」

 ボソリと呟かれた言葉をトモナリは聞き逃さなかった。
 しかしマサヨシはごまかすように咳払いをしてさっさと席に戻った。

「今あいつ可愛いって言ったぞ!」

「ヒカリ、やめるんだ」

 ニンマリ笑ってヒカリがトモナリの耳元でささやく。
 ヒカリも可愛いと呟いたのを聞いていたのだ。

 けれど今それを突くとやぶ蛇になりそう。

「図らずしもステータスを見せてもらうことになったな」

 マサヨシはまるで何事もなかったかのように面接を再開し始めた。
 けれど視線はトモナリではなくトモナリが膝に抱えているヒカリに向けられている。

 第一印象では怖そうな人だと思っていたのに意外と良い人かもしれない。

「ドラゴンナイトや魂の契約というものも初めてですが……実際にドラゴンと契約している。さらには能力値までレベル1にしてはかなり高い……」

 改めて面接を再開したのだけどムナカタと左の男の動揺は隠せない。
 ドラゴンであるヒカリのことも飲み込めきれていないのにトモナリのステータスは尋常ではなかったからだ。
 ドラゴンナイトという聞いたこともない職業に魂の契約や交感力という特殊なスキル、加えてレベル1ではあり得ないような高い能力値まで兼ね備えている。
 このことをどう解釈すべきなのかマサヨシですら内心困惑していた。

 聞きたいことが多すぎる。
 しかしこの面接は簡易的なものでそれほど時間もかけていられない。

(まあだいぶ成長できたしな)

 マサヨシたちが驚いたトモナリのステータスであるが驚くのも無理はない。
 覚醒した時の能力値よりもトモナリのステータスは大きく伸びていて、レベル1には見えないような高さになっていたからである。

「……最後に一つだけ聞こう」

 全ての質問をぶつけて全てを解決にはこの場はふさわしくない。
 マサヨシは頭に浮かぶ疑問を全て追いやって質問を一つに定めた。

「どうして覚醒者になりたい?」

 信念を問う質問。
 覚醒している以上はもう覚醒者なのだけどこの場合の質問の意図としてはなぜ覚醒者としての学びを得て、覚醒者として活動したいのかということを問うているのだ。

「……守りたいからです」

 しばし目を閉じて考えたトモナリはゆっくりと目を開けて答えた。

「世界を、自分を……そして俺の大切な人たちを。守れる力が欲しい。守りたいと思ったからここに来ました」

 ヒカリのおかげでやり直す機会を得られた人生であるが、今回は逃げ回ったりしないと決めた。
 守りたいと思ったものを守り、敵となるものを倒す。

 人類をできる限り正しい方向に導いて今度こそ世界を救ってみせる。

「99個のゲートを全て閉じて世界を救う。これが俺の目標です」

 トモナリは真っ直ぐにマサヨシの目を見た。
 一切迷いのない目をしていて眩しいくらいの熱意に満ち溢れているとマサヨシはトモナリのことを心の中で評していた。

「君は母子家庭でアカデミーの奨学金制度に申し込んでいるね?」

「はい」

「ならば君を特待生とする。授業料免除の上、生活費の支援も行おう」

「学長、それは……」

「特殊職業にスキル、能力値、それにモンスターと契約までしている。ここで他所に取られるわけにはいかない。なんなら私の私財から出してもいい」

 今の時代中卒でも優秀な能力があるのなら覚醒者が集まっているギルドに入るという選択肢もある。
 トモナリの能力ならば欲しいギルドは山とある。

「合格通知を待つ必要はない。俺の権限で君は合格としよう」

「…………が、学長」

 かなりの異例のことのようでムナカタは驚愕した表情でマサヨシのことを見ている。

「この後用事はあるか?」

「テストが終わったら帰るつもりでした」

「もう1日泊まっていってはくれないか?」

「えっ……」

「寮に泊まってくれて構わない。帰りの費用も俺が出そう」

「……分かりました」
「引き留めて悪かったな」

「いえ、これから通う学校の学長ですからね」

 緊張の面接を終えた次の日、トモナリとヒカリは学長室に呼び出された。
 なぜかどっさりとお菓子が用意してあって、ヒカリも出していいというのでトモナリの隣でヒカリはお菓子を喜んで食べている。

「君も食べるといい」

「ありがとうございます」

 なんとなくであるが面接の時よりもマサヨシの表情は柔らかい。

「トモナリ、これ美味いぞ」

 普通にお店に売っているお菓子もあればちゃんとした専門店っぽそうな和菓子もある。
 ヒカリはコアラ的なキャラクターが特徴のお菓子を気に入っている。

「……じゃあ、俺はこれを」

「なかなか渋い趣味だな」

「好きなんです」

 トモナリが取ったのは羊羹であった。
 切り分けられた羊羹を爪楊枝で刺して一口食べる。

 回帰前ゲートの攻略が遅れ始めて人類がモンスターに押されていくと色々な物資も厳しくなった。
 甘いものなんかも作っている余裕がなくなってきたのだけどその中で羊羹というのはだいぶトモナリもお世話になった。

 日持ちしてサッと食べれることもあって小さいスティック状のものを懐に忍ばせていた時期があった。
 回帰前の若い頃は好きでもなんでもなかったのだが、生き延びたあとに少しでも甘いものが欲しい時に食べた羊羹は格別だった。

 今食べたらきっとそんなに美味い羊羹でもないんだろうなと思う。
 でもその時のことが忘れられなくて羊羹に手を伸ばした。

「ん、美味しい」

 マサヨシが用意してくれた羊羹は良いもので、食べてみると普通に美味しいと思えた。

「ならよかった」

 マサヨシは目を細めてわずかに微笑む。

「今日君を呼んだのは少し話がしたかったからだ。食べながらでいい。気楽に答えてくれ」

「……分かりました」

 イカツイおじさんと二人きりにされて普通の中学生なら気楽にいられないだろうけど、トモナリには回帰前の経験がある。
 多少の緊張はあるけれど他の子よりも落ち着いていられる。

「99個のゲートを閉じて世界を救う……立派な目標だ」

「ありがとうございます」

「覚醒した経緯といい、君は高い志と正義感を持っているようだね」

 世界を救いたいという志があることは認めるけれど正義感まであると言われるとちょっと言い過ぎかなとは感じる。

「この世界が置かれた状況をよく学んでいる。ただこの世界が今立ち向かっている敵はゲートやモンスターだけでないことは知っているかい?」

「……いえ」

 実は知っている。
 けれどまだ何も知らないはずの中学生が何もかも知っていては不自然だろうと思って知らないことにした。

「今世界でゲートをクリアして世界を救おうとする者に敵対している相手に終末教という存在がある」

「終末教……ですか?」

 思わず反応してしまいそうになったのを抑えて知らないフリを続ける。

「そうだ。99個のゲートをクリアできなかった先には終末がある。そして正しく終末を迎えることに力を尽くした人は異界の神によって守られるという考えの下に活動している危険な集団だ」

 終末教はトモナリの記憶にも残っている。
 99個のゲートをクリアできないと世界は滅びる。

 けれども終末を迎えて滅びるのが本来の姿であり、正しい終末のために尽力すると異世界の神が救ってくれるという教義をもってゲート攻略を邪魔してくれた過激な連中だった。
 終末教のせいで大きな被害が出たこともあった。

 事あるごとにゲートの攻略も妨害してきたのでトモナリも終末教と戦ったことがある。
 モンスターも人類にとっては敵だったけれど終末教も敵だった。

 結局途中で終末教は倒れた。
 世界も滅びたのだけど彼らは救われたのだろうかとトモナリは心の隅で考えた。

「ゲートの攻略も大事なのだが、そのゲートの攻略を順当に行うためには終末教を相手にしなければならない」

「……何がおっしゃりたいんですか?」

 終末教が危険な存在であるということは分かったがまだ覚醒者として駆け出してもないトモナリにする話でもない。
 下手にこんな話をすると怖がらせてしまうだけになる。

「終末教が現れた時には誰も気に留めないおかしな考えの連中だった。しかしそんな風に放っておかれているうちに大きな組織になっていた。アカデミーや至るところに潜んでいるほどにな」

「アカデミーの中にもですか?」

「恥ずかしながらそうなのだ」

 それは初耳だった。
 まさかアカデミーの中にまで終末教がいるだなんて想像していなかった。

 だが納得はできる。
 回帰前にアカデミーで凄惨な事件が起きたことがあった。

 どうしてそんな事件が起きたのかマサヨシが大きくメディアに叩かれていたことは覚えているが、事件の解明はメディアに流れてこなかった。
 終末教が起こしたのだとしたら事件について情報が出てこなかったことも、事件が起きた理由も説明がつけられそうだ。

「終末教が危険な組織で、アカデミーにもいるかもしれないことは分かりました。ですがそれを俺に話す理由はなんですか?」

 当時ですら終末教が事件を起こしたことを隠していた。
 おそらく普通の生徒には終末教の存在は公に教えないだろう。

 それなのにトモナリを呼び出して終末教の話をする理由がいまだに分からない。
「お願い、そして注意喚起のためだ」

「お願いと注意喚起……」

「まずは注意からしようか」

 何を注意されるのかとトモナリは身構える。

「先ほども言ったけれどアカデミーの中には終末教の関係者がいる。本来ならば一掃するのが理想だが証拠もなく疑わしいというだけで人を排斥することはできない」

 トモナリの何かについて注意するわけじゃなさそうだった。

「奴らは将来有望な若者をスカウトすることがある。君のような特殊な職業、高い能力を持つ生徒ならどうしても周りから目をつけられるだろう」

「つまり注意というのは終末教に注意しろということですね?」

「その通りだ」

 察しがいいなと感心しながらマサヨシは頷いた。
 終末教は自分たちの勢力を広めるために有力な覚醒者に接触することもある。

 どうしてそんなものに乗ってしまうのかトモナリには理解できないが、スカウトされて終末教に寝返ったりした覚醒者がいたことは確かだった。
 現段階でトモナリの能力は優れている。

 アカデミーに終末教がいるならトモナリをスカウトに来る可能性も大いにあり得る話なのだ。

「アカデミーで手を出してくるとは考えにくいが終末教の誘いを断れば強硬な手段に出てくることもある」

「殺されるということですか?」

「…………そうした可能性も否めない。他にも君にはその子……」

「ヒカリといいます」

「ヒカリ君もいる。その子も特殊な存在だ。君が誘いに応じないのならヒカリ君を狙ってくることもあり得るだろう」

「……どうしたらいいですか?」

 能力が高いといっても所詮はレベル1にしてはということである。
 多少上のレベルの人と戦っても負けることはない自信はあるけれど、スキルも戦闘系ではないしヒカリを守りながら戦うとなるとどこまで戦えるのか分からない。

 ヒカリを狙われたら守りきれないかもしれない。

「そこでお願いがある……こうした順番で話すと脅しているようになってしまうが」

「構いません」

「ありがとう。俺はアカデミーでより実戦的な覚醒者教育をしようと思っている」

「……どういうことですか?」

「アカデミーではレベル20の第一スキルスロット解放を目標に覚醒者としての教育を受けてもらうことになっている。だが俺はもっと戦闘経験を積み、アカデミー卒業時点でレベル40の第二スキルスロット解放まで目指したいと考えている」

 鬼頭アカデミーに入ったからといって覚醒者として活躍しなければならないということではない。
 中には能力があまり伸びない、スキルが良くないなどの理由から覚醒者として戦うのに向いていない人もいる。

 他にも戦闘系スキルではなく、補助系スキルで戦う以外の道を選ぶなど人の数だけ選択がある。
 全てを覚醒者としての教育に捧げるのではなく初期スキル以外の最初のスキルを解放してみて今後の道を決めるというのが鬼頭アカデミーの方針なのだ。

 鬼頭アカデミーは高校なので大学に進むという選択をする人も意外と多い。
 そうした中でマサヨシは才能がありそうな覚醒者を集めてアカデミーの段階から覚醒者としての英才教育を施そうとしていた。

 卒業後も覚醒者として活動することを前提としていて、当然危険も伴う。

「試練ゲートをクリアし、終末教にも対抗できる覚醒者を育てる。俺はそのためにアカデミーを創ったのだ」

 だからアカデミー出身者で活躍する人も多かったのかとトモナリは心の中で思っていた。

「特進クラスというものがアカデミーにはある。そこでの授業プログラムはより実戦的なものとなっていて、責任者は俺だ」

 きた。
 そう思った。

「ヒカリ君のことも特進クラスならば私が管轄として守ろう。教師も信頼できる人を集めてある。特進クラスに入らないか?」

「入らせてください」

「……答えが早いな」

 トモナリはほとんど考えることもなく特進クラス入りを決めた。
 なぜなら最初から特進クラスに入ることがトモナリの目的であったからだ。

 全部計画通りだった。
 早期に覚醒を急いだことも覚醒者だと言ってテストを受けたことも全て。

 強くなるためにはアカデミーの特進クラスに入ることがトモナリが知る中でも良いルートであることを分かっていたのでそのために頑張ってきた。
 ヒカリのこともあった。

 トモナリの力ではヒカリを守れない。
 だからしっかりとトモナリとヒカリを保護してくれるところに行きたかった。

 そのためにも特進クラスはそれしかないぐらいの選択肢だった。
 仮に特進クラス入りできなかったら保護を求めて大型の覚醒者ギルドに連絡することも考えていた。

「その代わり終末教とも戦ってもらうことになるかもしれない」

「守ってもらうばかりじゃいけませんもんね」

 アカデミーの中に終末教がいる。
 相手が何かのアクションを起こしてくるのなら対抗して動くことも必要になってくる。

 もしかしたら生徒の中にいる終末教と戦う必要もあるかもしれない。
 もちろんトモナリはそのことも覚悟の上である。

「ただ守られるだけじゃありません。強くなります。終末教にもゲートにも負けないぐらい」

「期待している」

「僕もやるよ! トモナリと一緒にいる。トモナリと強くなる」

「……頼もしいペアだな」

 全ての話を聞いていたヒカリもやる気を見せている。
 話を理解しているかどうかは少し怪しいけれどヒカリも守られているだけの存在ではない。

「いわばこの関係は協力関係です。学長は今を保証してください。俺は未来を保証します」

「……はっはっはっ、いい大口だ! 未来を保証するか……愛染寅成……今の君は俺が全力で守ろう」
 中学校の卒業証書は保健室で学年主任の先生から受け取った。
 すまなかったと謝られたけどその謝罪は回帰前にするべきだったなと思っただけだった。

 鬼頭アカデミーには家から通えない。
 だから寮に入ることになった。

 テッサイにも挨拶をした。
 まだまだ神切は渡せないななんてテッサイは言っていたけれど覚醒者として活躍するつもりならと小刀をくれた。

 いつものランニングコースの人たちにも軽く挨拶をしたりして過ごしていると家を離れる時が来た。
 行っちゃうのね、と寂しそうに笑うゆかりを抱きしめて愛している、と伝えるとゆかりは思わず涙を流していた。

 節度を守ればアカデミー内部でもスマホなどの使用は許されている。
 電話するよと言って、今度帰ってきた時にはみんなを守れる力をつけてくるよと誓って、そしてトモナリは家を出た。

 ヒカリもしっかりとトモナリは任せろ! なんて言っていた。

「寂しいか?」

「意外と寂しく思うもんだな」

 回帰前なら母親であるゆかりとの別れが少し寂しいぐらいだったろう。
 しかし今回は回帰前に比べて関わった人も多くなっている。

 誰かと別れることにもはや感情など動かないと思っていたのにこんなに寂しさを覚えるものかとトモナリ自身も驚いた。

「撫でるといいぞ」

 そんなトモナリの心情を察してヒカリがリュックの中から手を飛ばして、トモナリの手を取ってリュックの中に引き込む。
 そしてトモナリの手を自分の頭に乗せるとグリグリと擦り付ける。

「ふふ、そうだな、お前がいてくれるもんな」

 側から見るとリュックの中をまさぐっている変な人に見えるかもしれない。
 けれど他人の目など気にしない。

 トモナリに撫でられてヒカリは嬉しそうに目を細めている。
 まだ時代は平和といってもいい。

 これからまた出会いがあるかもしれないし、今のうちに近づいておきたい人もいる。
 そう考えると少しはワクワクしてくる。

「窮屈だろうがもう少し我慢してくれよ」

「分かった!」

 アカデミーではヒカリの存在を公にするつもりだが流石に外ではまだヒカリは出しておけない。

「少し腹も減ったな。アカデミーに行く前に何か食べていくか」

「賛成!」

 ーーーーー

「一人でハンバーガー五人前食うやつだと思われてんのかな……」

 ヒカリを出すわけにはいかないのでテイクアウトして漫画喫茶の個室でサラッと食べた。
 ただヒカリがあれもこれもと要求するのでトモナリは一人で五人前のハンバーガーを買うことになった。

 テイクアウトしたし家かどこかでみんなで食べるんだろうと思われているだろうと思いつつも五人前一人で食べるやつだと思われてるかもな、なんてちょっとだけ思った。

「ケプ……」

 トモナリが1.5人前、ヒカリが3.5人前を食べた。
 満足したようでリュックの中でヒカリはひっくり返って寝ている。

 いい御身分である。

 入学式の前日、寮に入る学生たちがアカデミーに集まっていた。
 アカデミーが郊外にあるので直接通うという人の方が少ないことと覚醒者を集めるために全国から人が来ているために入寮する学生の数の方が圧倒的に多い。

 トモナリは昼過ぎにアカデミーに到着したのだけれどアカデミーの入り口は新入生でごった返していた。
 学生が寮を案内しているみたいだけど新入生も多くて対応しきれていないようだった。

 昼は食べたし焦ることはない。
 人混みに巻き込まれるのも嫌なので落ち着くタイミングでも待とうと少し遠巻きに案内されていく新入生たちを眺めていた。

「愛染寅成さんですね?」

「あなたは?」

 晴れの日で気分がいいなと空を眺めているとトモナリにスーツの女性が声をかけてきた。
 メガネのクール美人で年齢不詳な感じがある。

「私は黒崎美久(クロサキミク)と申します。鬼頭学長の秘書を務めています」

「学長の?」

「あなたのことを見つけたら案内するよう言われております」

「そうなんですか」

「寮まで案内いたします」

 ミクに案内されてついていく。
 在校生ももうすでにいるようでアカデミーの中では制服に身を包んだ生徒が歩いている様子が見られた。

 知っている顔はないかと見てみるけれど今のところ知り合いはいない。

「こちらがアイゼンさんの寮となります」

「あれ、ここって……」

 入学テストの時も寮に泊まった。
 その時の寮は大きなマンションのようなもので、場所もちゃんと覚えている。

 今回連れてこられたのはその時の寮の建物とは違う。
 近くにその時の寮もあるけれどミクに寮だと言われて案内された建物は前に泊まった寮よりもやや小さめだがドアの間隔を見ると部屋は広めのようである。

「特進クラス専用の寮となっています。こちらは一般的な寮よりも広めで男女分かれておりません。女性に手を出さないよう気をつけてください」

 それは本気か、冗談か。
 ミクの顔を見ても今の発言がどちらか分からない。

「こちらが鍵です。一階端にある1号室がアイゼンさんのお部屋です。明日が入学式、その後にオリエンテーションなどありますので今日は準備を整えてごゆっくりお休みください」

「色々ありがとうございます」

「部屋の中にある机の上に今後の予定などありますのでご確認ください。後で学長がアイゼンさんを呼ばれることもあるかもしれません。それでは失礼します」

「……仕事できそうな人だな」

 ペコリと頭を下げるとミクはさっさと行ってしまった。
 トモナリは言われた通り寮の一階端にある部屋に入る。

「ここが今日からウチか……」

 回帰前の高校の時は地元にいるのが嫌で離れたところの高校に行った。
 そちらでも同じく寮生活だったけれど二人部屋だった。

「全然違うな……」

 狭い部屋に二人生活だった時に比べると今は一人、に加えて一匹である。
 それだけでも部屋が広く感じる要因なのだが、実際に部屋は広かった。

 普通の寮と比べても広い。
 正直な話こんな広さ一人でいるにはいらないのではないかと思う。

 特進クラスに対する特別待遇ということなのだろう。

「ヒカリ、いいぞ」

「ふぉーい……」

「お前まだ寝てたのか」

 満腹になって寝ていたヒカリは目をこすりながらリュックの中から出てきた。
 別にリュックの中が心地いいということはないのだけどトモナリのそばにいるとなぜなのか落ち着く感じがあるとヒカリは感じていた。

「トモナリ〜まだ眠い」

「ベッド使ってもいいぞ」

「トモナリの膝がいい」

「……ちょっとだけだぞ」

 トモナリもなんだかんだヒカリには甘い。
 ストレートに甘えられると断れない。

 フラフラと飛んだヒカリはベッドにあぐらをかいて座ったトモナリの足の上で丸くなった。

「ここは僕だけのものだ」

「いや、俺のもんだろ」

「ふふ、じゃあ僕とトモナリの」

「まあ……いいか」

 どうせ他の人に膝を貸すことなんてない。
 トモナリは笑ってヒカリのことを撫でてあげる。

 するとまたスヤスヤと寝息が聞こえ始める。

「しょうがないな」

 こうなってしまったらできることは少ない。
 動くわけにいかないので動かなくてできることをしようとスマホを取り出した。

 無事アカデミーに到着したことをゆかりに連絡し、先に取っておいた机の上にあったプリントを確認する。
 細かいことは入学式後に行われるオリエンテーションで説明されるようだが先にある程度把握しておいて損はない。

 一年の時は普通の高校の授業に加えて覚醒者としての心構えや世界の状況などの授業、体を動かしたりする授業などがある。
 二年からモンスターの討伐などが増えていき、三年になると勉強を優先するか覚醒者授業を優先するか選べる。

 そして特進クラスはそうした一般的な授業と別のプログラムが組まれるようだった。

「明日から本格的にアカデミーか。うん、やってみせる。俺は変わるんだ」

 もうすでに多くのことが変わっている。
 これから起こることはトモナリにも予想がつかないことばかりであるけれどきっと変えてみせる。

 そして自分自身も逃げてばかりだった回帰前の自分と変わってみせるのだと強く心に誓った。

 ーーーーー

「ちょっと大きかったけど……すぐにピッタリになるか」

 少し大きめな制服に身を包んだトモナリは他の新入生と共に教室に集まっていた。
 ヒカリは部屋で留守番してもらっていて今はいない。

 指定された席に座って待っていると若い男性教員が入ってきて入学式の簡単な説明をしてくれた。
 そして入学式の会場となる講堂に移動した。

 入学式が始まり在校生代表の挨拶なんかが行われる。

「私は長い話が苦手だ。だから簡潔に終わらせよう。これから辛いこともあるかもしれない。しかし自分がどんな道を歩みたいのかをしっかりと見つめながら少しずつでも前に進んでほしい。そのために私たちは協力を惜しまない」

 学長の挨拶も行われる。
 マサヨシが前に出て挨拶をするのだがサラリとした言葉を送って挨拶は終わってしまった。

 最後に目があったような気がするなとトモナリは思ったけれど気にしないことにした。
 眠たくなるような入学式が終わって再び教室に戻る。

「俺が副担任の入山竜司(イリヤマリュウジ)だ」

 教室に戻ると男性教員が改めて自己紹介する。
 副担任、というところに教室がざわつく。

「本来の担任は学長の鬼頭先生であるが忙しいからな。基本的なことは俺が担当する」

 トモナリがいる教室はそのまま特進クラスの教室であった。
 そのため名目上の責任者、担任は鬼頭正義であるのだが学長としての仕事があるために普段の担任としての仕事は副担任であるイリヤマが行うようだった。

 そうなのかと皆納得してざわつきが収まる。

「それではみんな自己紹介をしていってもらう。今回は覚醒者としての職業と名前なんか軽く言っていってくれ。では前の端の席から」

 一人ずつ立ち上がって名前と覚醒者としての職業を言って軽く挨拶の言葉を述べて、それに対して拍手でも返していく。
 希少な職業や特殊な職業というのはあまり多くなく基本的な戦士、剣士やタンク、魔法使いといった普通の職業が並ぶ。

「黒崎皇(クロサキコウ)です。職業は賢者。卒業後も覚醒者としてやっていきたいのでよろしくお願いします」

 教室がざわついた。
 魔法職の中でも最上位職業に当たる賢者は希少な職業である。

 魔力の能力値が高くてスキルも魔法に関わったいいものを得られやすい。
 将来活躍する可能性が高い。

 メガネの真面目そうな男の子で割と整った顔立ちをしている。
 賢者っぽい感じがあるとトモナリは思った。
「清水瑞姫です。職業は剣豪。よろしくお願いします」

「あっ……」

 トモナリは後ろの席だったのだがちょうどトモナリ列の一番前の女生徒が挨拶をした。
 その子はなんとテッサイの孫娘であるミズキだった。

 全く気づいていなかったトモナリはミズキの顔を見て驚いた。

「……睨まれた?」

 挨拶を終えて頭を下げたミズキは最後にトモナリのことを睨みつけた。
 なんでか知らないけれどお怒りのようであるとトモナリは渋い顔をした。

 他にも何人か希少な職業の子がいてさすがアカデミーの特進クラスと思っているとトモナリの番になった。

「愛染寅成です。職業はドラゴンナイト」

 再び教室がざわつく。
 ドラゴンナイトは特殊な職業になる。

 どれぐらい特殊かというと世界で他にドラゴンナイトという職業がいないぐらい特殊である。
 聞いたこともない職業なのでみんながドラゴンナイトとはなんだとざわついても仕方ない。

「そしてこいつが……」

 トモナリは椅子の隣に置いていたリュックを机の上に置いた。

「俺のパートナーのヒカリだ」

「じゃじゃーん!」

「えっ!?」

「なんだよあれ!」

「危なくないの!?」

「結構可愛い……」

 リュックの中からヒカリが飛び出してきてトモナリの後頭部にしがみつくように降り立った。
 教室のざわつきが大きくなってトモナリの周りの生徒はヒカリを警戒するように少し離れる。

「落ち着きなさい。アイゼンさんのパートナーであるモンスターのヒカリさんはアカデミーの方でも認知している。アイゼンさんの支配下に置かれている安全なモンスターであり、アイゼンさんの能力の一部として認められています」

 イリヤマが生徒たちを宥める。
 ヒカリをどうするのかという問題はあったもののこの際アカデミーの中では大っぴらにしてしまう方が終末教も手を出しにくいだろうということになった。

「知能も高いので特別支障がない限りヒカリさんも一緒に授業を受けられることになった。すぐにというのは厳しいかもしれないけれど慣れてほしい」

 アカデミー公認のモンスターパートナーということでヒカリも授業を受けられる措置まで取ってくれた。
 これで常に一緒にいられるようになった。

「俺もヒカリも一緒によろしく」

「よろしくな!」

 ヒカリに対する反応は様々。
 多くの人が得体の知れないヒカリに対して引いているような感じだけど何人かは興味深そうにヒカリを見ていた。

 トモナリが席に座るとヒカリはトモナリの膝に座った。
 ヒカリによる一騒ぎはあったけれど自己紹介は続けられた。

「工藤サーシャです」

 トモナリやコウと違ったざわつきが起こった。
 立ち上がった女生徒の見た目は日本人ではなく外国人だった。

 名前からしてもハーフなのだろうと思うのだけど、とにかく見た目が可愛らしい。
 お人形さんのような美少女に男どものみならず他の女の子たちもザワザワとしている。

「職業は聖騎士です。みなさんと仲良くできたらと思います」

「聖騎士の……工藤サーシャ」

「トモナリ?」

 なんだか聞いたことがある名前だった。
 そしてすぐに思い出した。

 73番目の試練ゲートにおいて仲間の覚醒者を逃がそうとして死んだ覚醒者がいた。
 守護者とも呼ばれた聖騎士を職業として持つ覚醒者の名前がサーシャだったことをトモナリは記憶していた。

 結局それも終末教が手を回した事故によるものでサーシャを知っている人たちは彼女が亡くなったことを悲しんでいた。
 今はまだ覚醒したばかりだろうけれど未来における強力な覚醒者を一人見つけたとトモナリは思った。

「トモナリ君!」

 ホームルームが終わった。
 今日はこれで終了なのだけど教科書を受け取ってから寮に戻ることになっていた。

 混雑を避けるために各クラスタイミングをずらして帰ることになっていて特進クラスは最後に帰るために教室待機しなければならない。
 その間好きに交流を深めろとイリヤマが言って各々近くにいた人に話しかけ始めた。

 しかしトモナリに話しかける人はいない。
 ヒカリがいるせいなのか気にはなっているようだが話しかける勇気まではみんな出ないようである。

 トモナリの様子を窺う空気の中でミズキがズンズンとトモナリの机のところまでやってきた。
 バンと激しく机を叩きつけて険しい目を向ける。

「久しぶりだな」

「久しぶり、じゃない!」

「なんだよ……?」

 まだミズキは怒っているのだけどトモナリにはその理由が分からない。
 テッサイに挨拶はしたけれどタイミング悪くてミズキには挨拶できなかったことを怒っているのかと考えたりした。

「ずっと見てたのに気づかなかった」

「はぁ?」

「私はトモナリ君の事気づいたのに、トモナリ君私に気づかないんだもん!」

 実はミズキの方は最初からトモナリのことに気がついていた。
 だからずっと視線を送っていたのに肝心のトモナリの方はミズキのことに全く気がついていなかったのである。

 だからミズキは怒っていた。

「あー……それはすまない」

「ヒカリちゃんは気づいてたんだもんね」

「うん、気づいてたぞ!」

「あっ、そうなのか?」

 ヒカリはミズキに気づいていた。
 ミズキが手を振ると小さく手を振りかえしていて、ミズキが口に指を当てて言わないようにとジェスチャーしたので黙っていた。
「言ってくれればいいのに」

「気づかないトモナリ君が悪い」

「悪かったよ」

 回帰前に知っている顔を探していて今の知り合いがいるだなんて全く思いもしなかった。

「まあいいわ。知り合いがいるだけ心強いもんね、気づいてくれなかったけど」

「だから悪かったって。それにしてもミズキもいたとはな」

「私もあの時覚醒したからね。剣豪、なんていい職業だったしせっかくなら行ってこいっておじいちゃんが」

 よくよく考えてみれば当然かとトモナリは思った。
 未来で剣姫と呼ばれるほどの存在になるミズキがアカデミーに通っていたとしても不思議なことはない。

 もしかしたらトモナリが関わらないでいても廃校のゲートでミズキは覚醒していた可能性があると今更ながら思った。
 職業剣豪も希少な職業になる。

 さすがは剣姫である。

「あ、あの!」

「ん? なんだ?」

 意を決したようにトモナリの隣の席の女の子が声をかけてきた。

「その子、なんだっけ、ヒカリ……ちゃんだっけ? あの……触ってもいい?」

 ミズキがトモナリとヒカリと話しているのを見て安全そうであると周りの子も思った。
 隣の子は勇気を出してみたのだ。

「だってさヒカリ」

「ダメだぞ!」

「そ、そっかぁ……」

 触る云々はトモナリよりもヒカリの意思次第である。
 トモナリが聞いてみると胸を張ったヒカリはバッサリと拒否をした。

「ただし、お菓子くれるならちょっとだけはいいぞ」

 しょんぼりとうなだれた女の子にヒカリは器の大きさをみせる。
 お菓子でいいとは随分と安売り、というか大盤振る舞いである。

 先日マサヨシのところで色々食べたお菓子がよほど美味しかったらしい。

「お、お菓子? えっと……今は持ってないなぁ」

「じゃあダメだな!」

「くぅ……こ、今度持ってくるよ!」

「あっ、私持ってるよ!」

 こんな時にお菓子なんか持っていない。
 明日は用意しておこうなんて女の子が思っていると斜めに座っている女の子も会話に入ってきた。

「むっ、なんのお菓子だ?」

「えっと、チョコレートだけど……」

「ん!」

「……お納めください」

「撫でてよし!」

 カバンから取り出された板チョコに手を伸ばすヒカリ。
 女の子が少し笑いながらチョコを渡すとヒカリが笑顔で少しだけ頭を傾ける。

「ただちょっとだけだぞ!」

「やった!」
 
「う、羨ましい!」

「なんかすべすべしてる!」

 女の子が恐る恐る手を伸ばしてヒカリを撫でる。
 その間にヒカリは包みを開いてチョコをパクリとしていた。

「もう終わりだ!」

「うっ、はい」

 ヒカリが馴染めるかどうか心配であったけれど若者の適応力というのは素晴らしい。
 ヒカリの性格も明るいので思っていたよりも簡単に馴染めそうであった。

「もちろんトモナリは撫で放題だからな」

「ありがとう」

「ふへへ」

 トモナリがヒカリを撫でてやるとヒカリはヘラリと笑う。

「か、可愛いな……」

 女子だけでなく男子もヒカリを見ている。
 もしかしたらしばらくヒカリにお菓子を捧げるようなことが続くかもしれないとトモナリは思った。

「ちょこ、も美味いな!」

「ほら、口の端についてるぞ」

 ハンカチでヒカリの口の端を拭いてやる。
 尻尾を振りながらトモナリに口の端を拭かれるヒカリは教室中の視線を集めていたのであった。
「以降世界中にゲートが出現して……」

 覚醒者として戦えることも必要である。
 一方でしっかりとした知識というのも必要になってくる。

 覚醒者、あるいはゲートなどの知識を学ぶ座学も受けねばならない。
 ゲートが始まったきっかけ、99個の試練ゲート、試練ゲートと通常のゲートがあることなど先生がつらつらと黒板に書いて説明していく。

 正直暇な授業である。
 ヒカリはリュックの中に戻って寝ている。

 トモナリも一度経験して知っている知識なので真面目に聞くつもりはない。
 ただ一応テストにも出るので軽く聞いて軽くノートには残しておく。

「ふぅ……先生の授業も悪いよな」

 面白みがないというと少し悪く聞こえるかもしれないが淡々と読み上げて淡々と教えられると眠気を誘発される。
 面白おかしく授業しろとまで言わないけれどもう少し授業にも濃淡のようなものが欲しい。

「次は体育か。ヒカリ、いくぞ」

「うにゅー……抱っこ」

「分かったから早く」

 寝ぼけまなこのヒカリを抱えてトモナリは次の授業の場所に向かう。
 次は体育なので体育館である。

 学校の中でヒカリを出していても堂々としていれば特に何も言われない。
 初見の人は驚いた顔を見せるのだけど噂になっているのか驚くような人も少しずつ減ってきている。

 体育館横にある更衣室でジャージに着替えて生徒たちがザワザワと待っていると先生がやってきた。
 こういう感じは普通の学校と変わりがない。

「いいか、たかが体育だと思うな。君たちにとっては非常に重要な科目である」

 初日は体力テストを行う。
 普通の学校でも体育は一般的な科目であるがアカデミーの一年生にとっては多少意味を持ってくるのだ。

「君たちは覚醒した。そのことの意味を考えたことはあるか?」

 先生の問いかけに生徒たちは肩をすくめる。
 覚醒したことの意味とはなんなのか質問が大きくて答えが分からない。

「つまり君たちは力を得たということだ。普段は力を使わないので感じないかもしれないがこれまでと君たちは確実に変わったのだ。体育では体を動かしていく。その中で自分の体に起きた変化を理解して、変化に慣れていってもらいたい」

 例えば覚醒した分力が強くなる。
 普段は特に何もないかもしれないが、いざという時に力加減を間違えて何かを壊したり誰かを傷つけてしまう可能性がある。

 体育という科目を通して体に起きている変化を理解して、それをコントロールする術を身につける。
 ただの体育ではなく、目的を持って体を動かす必要があると先生は言うのだ。

「まずは走ってもらう。俺の言っていたことが分かるだろう」

 先生に言われて体育館の中をみんなでグルグルと走り始める。
 それだけでも驚く生徒は多かった。

 実際走ってみると体が軽い。
 覚醒する前と比べて明らかに楽々走れるのだ。

 さらに走っていくとさらに驚く。
 体が軽いので覚醒前よりも速いペースで走っているのにそれでも長く体力が持っている。

 速く長く走れるようになった。
 これが先生の言う体の変化なのかとようやく納得した人も多かった。

 魔法使い系統の覚醒者だと変化は小さいけれどそれでも全体的な体力の向上は感じられるぐらいである。

「特進クラスということで今回は最新の技術を使った戦闘訓練のお試しをしてもらう」

 一通り体力テストを受けた後次の授業は特進クラスの特別プログラムだった。
 戦闘訓練授業と銘打たれていて、より実戦的な戦いについて学んでいく授業となっている。

 ただまだ戦い方も学んでいない生徒たちをモンスターと戦わせるのは危険である。
 そのために今回はモンスターという存在に慣れさせながらも実際どのように戦っていくのかを学ぶ入り口を学ぶこととなった。

「覚醒者の中には魔力を使ってリアルな幻影、いわゆるホログラムのようなものを発生させる力を持った人がいる。そんな人の能力を人工的に再現した機械がこのホログラム戦闘部屋だ」

 副担任のイリヤマが授業の説明をしてくれているけれどいまいち分かりにくいなとトモナリは思った。

「実際に体験してもらった方が簡単だろう。誰かやってみたいものはいるか?」

「ん!」

「おっ、アイゼンか」

「えっ?」

「やるぞ、トモナリ!」

 誰も手を上げない中、一人だけ手を上げている存在がいた。
 正確にいえば一人ではなく一体というべきか。

 手を上げていたのはヒカリだった。
 ヒカリとトモナリは一体として見られている。

 ヒカリが手を上げたのならそれはトモナリが手を上げたことになる。

「みんなは隣の見物室に。アイゼンはこの部屋の中に」

「……しょうがないか」

 どうせみんな経験することになるし早めにやってもいいだろうとトモナリはホログラム戦闘部屋に入る。
 真っ白な壁に囲まれた部屋で一面がガラス張りになっていて他のみんながそこからトモナリのことを見ている。

 そして入口がある側に操作盤のようなものといくつかの武器が置いてあった。

「好きな武器を取れ」

「じゃあこれを」

 トモナリは壁にかけられていた木刀を手に取った。
 道場で使っていたものよりもやや軽いけれど他の武器よりは手に馴染む。

「それではいくぞ」

 イリヤマが操作盤をいじると耳鳴りにも似た甲高い音がしてトモナリの目の前にモンスターが急に現れた。
 ガラスの向こうで他のみんなも驚いている。