「トモナリ」
地面に座るトモナリの膝の上にヒカリが降り立った。
ヒカリはぎゅっとお腹に抱きついて、眠たいのかややトロンとした目でトモナリを見上げている。
「眠いなら寝ていいんだぞ?」
トモナリが頭に手を乗せて親指で撫でてやるとヒカリは気持ちよさそうに目を細める。
「なら僕はここで寝る」
「そうか、好きにしろ」
ヒカリは頭を下げてトモナリのお腹に顔をうずめる。
トモナリは微笑み浮かべてそのまま頭を撫で続ける。
「ありがとな、ヒカリ」
「何がなのだ?」
「俺の友達になってくれて……そして、俺にもう一度機会を与えてくれて」
回帰してからまだ長いようで短い時間しか経っていない。
それでも色々と変わった。
もし一人だったらここまで頑張れていないかもしれない。
トモナリ! とそばにいてくれる存在はとても大きく、ヒカリと共にある忙しさとヒカリの不思議さは未来を憂う不安を忘れさせてくれる。
トモナリにとってもヒカリはもう大事な友達で重要なパートナーなのである。
「でへへ……」
トモナリの言葉にヒカリは顔をうずめたまま嬉しそうに笑う。
尻尾が揺れて機嫌が良さそうなことが丸わかりである。
「今回は……みんなと…………ヒカリと一緒に戦ってみせる」
いつの間にかヒカリは寝息を立てていた。
「終末教も試練ゲートも全部ぶっ飛ばして世界に平和を取り戻す」
トモナリは太陽もない明るい空を見上げる。
「きっとやれるよな」
「むにゅ……トモナリ……」
ーーーーー
「んー、不味くはないけど……」
「こうしたものも時には必要だぞ」
「分かるけどさぁ」
「もう一本!」
「ヒカリちゃん元気」
時間的には早めの朝ぐらいにみんな起き出した。
明るいためにあんまり寝ていられなかった。
忘れていたけれどアイマスクぐらい荷物に忍ばせておけばよかったなとトモナリは思った。
朝ご飯は簡易的に食べられるエナジーバーである。
最近のものは割と美味しいのだけどお弁当や作ったカレーに比べれば劣ってしまうのは仕方ない。
ヒカリは何でも美味しいらしくエナジーバーもぱくぱく食べている。
サーシャはエナジーバーの袋を開けてヒカリに差し出す。
どんな時でも美味しく飯を食べられるのも才能であり生き残るためにも必要なことではある。
「さて、じゃあ二階にいこう。攻略終わらせて、美味いもんでも食べに行こう。きっと学長が奢ってくれる」
望ましいのはゲートの中でもっとレベルを上げていくことだが、トモナリたちがゲートの中にいる間全滅したオークは復活しない。
いつまでも一階にいても仕方ないのでさっさと二階を攻略してしまう。
「改めて確認するぞ」
二階も一階と同じく茶けた大地が広がる山岳地帯であった。
「二階の攻略条件は同族喰らいオークの討伐だ。いわゆるボスが同族喰らいオークだな」
「はい、質問」
「なんだ?」
ミズキが手を上げる。
「同族喰らいって何?」
授業でも聞いたことがない。
ボスである以上通常個体と違った特徴があるのだろうと思うのだけれど同族喰らいがどんなものなのか分からなかった。
「そのまんまの意味だよ。狂った個体……仲間を喰らう化け物だ」
基本的にモンスターは同族の個体には手を出さない。
協力し合うモンスターはもちろん協力しないようなモンスターも同族を攻撃することはないのだ。
しかし同族喰らいはその名の通り同族に手を出し、喰らうモンスターのことを指す。
「何で同族に手を出すかなんてことは分からないけれど同族に手を出したことによってモンスターの能力は強化されるんだ」
同族を喰らうことでモンスターは強くなる。
原理もなぜそうした行動を取り始めるのかも回帰前でも判明はしなかったけれどともかく同族を喰らうモンスターは通常個体よりも強い。
「ただデメリットがないわけじゃない」
「デメリット?」
「理性を失う。常に強い飢餓感に襲われるようになって同族を襲い続ける。純粋な能力としては強くなるけど知性としては大幅に弱くなるんだ」
同族を喰らった代償なのだろうか。
同族喰らいは通常のモンスターに比べて知性が大幅に弱くなる。
理性を失い落ち着きがなくなり、飢餓感を覚えて新たな同族を探して彷徨い始めるのだ。
「見た目じゃ区別はできないのか?」
「外見に大きな特徴の変化はないけど目を見れば分かる」
「目?」
「そうだ。まるで血に染まったように真っ赤になるんだ」
同族を喰らったからと見た目に大きく変わることはない。
理性を失ったからとモンスターの表情の変化を人が見抜けるはずもない。
けれども一ヶ所だけ違いが現れる場所がある。
それは目である。
まるで同族の血で染まったかのように真っ赤になるのだ。
「じゃあ赤い目のモンスターを探して倒せば終わり……ということですか?」
「その通り。だけど俺はこの階にいる他のオークとも戦うつもりだ」
ボスを探し出して倒すというのは単純な話である。
しかしトモナリはそんなに簡単に終わらせるつもりはなかった。
「どうせならもうちょっとレベル上げていこうぜ」
みんなは早く帰りたそうにしていて顔に出ている。
ゲートの中におけるレベルアップで倍の能力値上がっていることをまだ分かっていないのだ。
トモナリもわざと説明しない。
きっと出た時にみんな驚くだろうから。
「オーク探すぞ。赤い目の同族喰らいを先に見つけたら先に倒してしまおう」
流石に同族喰らいを見つけたなら戦う気はある。
「オークどもが全滅するか、同族喰らいが先に見つかるか……だな」
トモナリはニヤリと笑った。
そしてオークを探すために移動を開始した。
一階のオークより二階の方がほんのちょっと強い感じはあったものの、戦い方が大きく変わることはないのでオークとの戦いに慣れたトモナリたち敵ではなかった。
「ドリャッ!」
ヒカリがオークの顔を爪で切りつけて怯んだ隙にクラシマがオークの膝を横から殴りつける。
オークの膝が砕けて足が折れて横倒れになる。
「トドメだ!」
最後にユウトがオークの首をめがけて剣を振り下ろす。
一撃でしっかりと決められた攻撃によってオークの首が地面を転がる。
「いっちょ上がりぃ!」
「おつかれ〜」
「オークの倒すのはいいんだけど同じ敵ばっかで飽きてきたな」
ユウトが剣を振ってオークの血を払う。
オークに慣れてきたのはいいけれど慣れてくるとどうしても飽きてくるなんてことが起きてしまう。
「飽きるほど慣れるのはいいけど油断はするなよ?」
飽きるということで不要な油断を誘発してしまう可能性がある。
トモナリはしっかりと釘を刺しておく。
「分かってるよ。今だって能力値倍だから何とかなってるんだしな」
ユウトもトモナリの言葉に頷く。
飽きてはきたが手を抜くことはしない。
お調子者に見えるが意外とユウトは真面目である。
「トモナリ君、あれ」
「あれ? あれは……」
オークの死体をトモナリがインベントリに収納して次のオークを探そうとしていた。
その時サーシャが遠くにオークの姿を見つけた。
何だか様子がおかしいとトモナリは思った。
やや前屈みでノロノロと歩き、時々頭を振っていて奇妙な行動をとっている。
「あっ、目が赤いよ!」
変なので少し様子を見ていたらオークが振り向いた。
誰がどう見ても目が赤く染まっていてみんなすぐに同族喰らいのオークであると分かった。
「ボスだな。まだオークはいそうな気もするけど見つけたなら戦うか」
「よしっ!」
「あれ倒したらようやくオークから解放されんのか」
見つけたら倒すと言っていた。
ここで見逃してはまた探すのも面倒なので同族喰らいオークと戦うことにした。
「戦い方は基本的に変わらない。けれどこれまでよりも一気に決めてしまいたい感じはあるな」
同族喰らいオークにバレないように後をつけながら襲撃のタイミングをうかがう。
同族喰らいオークはやや不安定な感じがあっていつ振り向くかも分からない。
同時に不安定さがあるモンスターは大体の場合すごく鈍いかすごく敏感になっているかのどちらかである。
鈍い場合はそのまま襲撃できるだろうが敏感な場合は近づくとバレてしまう。
バレたところで構いはしないのだけど、相手を見極めるということも覚醒者には必要なので経験だと思ってみんなで同族喰らいオークを観察する。
「あっちに普通のオークがいますね」
鈍いのか敏感なのか観察じゃいまいち分からないのでそろそろ攻撃しようと思っていたら同族喰らいオークの進行方向に普通のオークが現れた。
「あっ……」
普通のオークを見た瞬間同族喰らいオークが走り出した。
持っていた棍棒を普通のオークの頭に向かって振り下ろす。
「オーク同士が戦ってる……」
普通のオークも抵抗を見せるものの同族喰らいオークは反撃も気にしないように攻撃を続ける。
同族喰らいオークは何度も何度も執拗に普通のオークを殴りつける。
地面に倒れた普通のオークが完全に動かなくなって同族喰らいオークは雄叫びを上げた。
「うわ……」
「あれが同族喰らいってことだ」
同族喰らいオークは膝をつくと普通のオークの肉を喰らい始めた。
あまり気分の良い光景ではなくみんな顔をしかめる中でトモナリは平然としていた。
「さて、攻撃するぞ」
「え? 今?」
「そうだ。食事中周りのこと強く警戒しないからな」
同族喰らいオークはかなり仲間を喰ったのかかなり正気を失っている。
もはやオークを喰らわずにはいられないようで今も食事に夢中になっている。
そうなると攻撃できる大きな隙があるということになる。
同族喰らいオークの食べ方は汚くて血があちこちに飛んでいる。
血に濡れた相手と戦うのは何だか嫌だなとミズキは思ったがそんなことで好きを逃すわけにはいかない。
「俺が腕でもぶったぎるからあとはいつも通りに行くぞ」
今のトモナリの能力値なら同族喰らいオークのことを一撃で倒せる。
しかしそうするとみんなの成長を阻害してしまう。
一人じゃなくみんなで成長するのだ。
「いくぞ!」
トモナリは未だに普通のオークを喰らっている同族喰らいオークに向かって走り出す。
「負けないよ!」
「私タンクだよ?」
「トモナリに続け!」
「僕は魔法使いだから」
「はぁ……トモナリ君さすがだ……」
「毎回こうなのか?」
「みんな行くのだー!」
みんなもそれぞれ動き出す。
「よう」
トモナリは同族喰らいオークの背中に迫り、剣を振り上げる。
ルビウスがトモナリの魔力を受けて赤い炎をまとう。
「お前は俺の試練ゲート攻略の記念すべき最初のボスになるんだ」
声をかけられて同族喰らいオークはようやく後ろにトモナリがいるのだと気がついた。
「光栄に思え」
トモナリが剣を振ると同族喰らいオークの腕が切り飛ばされた。
「ほい!」
飛んできたヒカリが同族喰らいオークの腕に炎を吐き出した。
同族喰らいオークの腕は炎に包まれて燃えながら地面に落ち、同族喰らいオークは痛みにひどく醜い叫び声を上げた。
「みんな今だ!」
トモナリに続いてみんなで同族喰らいオークを攻撃する。
コウが火の魔法を放って同族喰らいオークの注意を逸らし、その間にミズキたちは足を狙う。
「な、なんだこいつ!」
これまでのオークは足を切って地面に倒すことも難しくはなかった。
左右の足をそれぞれ狙って攻撃すれば簡単に痛みに怯んで踏ん張りが効かずに倒れたのである。
同じようにユウトとマコトで同族喰らいオークの足を切り付けた。
普通のオークなら倒れるような攻撃でも同族喰らいオークは倒れなかった。
「避けろ!」
「クッ!」
「わわっ!」
コウとマコトが振り下ろされた棍棒を慌ててかわす。
「同族喰らいオークは通常のものより硬くて痛みに強い。何度も足を攻撃するんだ!」
同族を喰らうことを覚えて目が赤く染まった化け物は普通の個体よりも強くなる。
強いとは単純に力だけではなく体の強靭さにおいても通常の個体よりも上になるのだ。
体が硬くなったために今までと同じように攻撃すると刃の通りが浅くなってしまう。
さらに同族喰らいは理性を失い感覚も鈍くなる。
痛みを感じにくくなりダメージに対して反応が薄くなってしまう。
体が硬くなるということとダメージに対して鈍くなるということの二つが合わさると耐久度がグッと上昇して厄介な相手になるのだ。
トモナリはあえてそのことを口で説明しなかった。
見た目がそんなに変わらないからと油断してはいけないしボスはボスとしてただのモンスターじゃないと身をもって知ることは大事だからだ。
そのためにトモナリが最初の一撃で腕を切り飛ばして攻撃面で弱体化しておいたのである。
「サーシャ!」
「うん!」
前に出たサーシャが同族喰らいオークに対して魔力を放つ。
魔法ではなく魔力。
これは一般的な挑発方法である。
タンクはモンスターを引きつける必要があるのだが乱戦にもなりやすいモンスターとの戦いで何もせずタンクに攻撃が向けられることは少ない。
普通ならば攻撃を仕掛ける人にモンスターの注意も向きがちなのであるが、タンクはモンスターに魔力を差し向けることで自分に注意を引きつけるのだ。
モンスターは大概魔力に敏感であり、敵意の込められない魔力を向けられるとそちらの方に注意が向かうのである。
挑発された同族喰らいオークは真っ赤に染まった目をサーシャに向けた。
「フッ!」
サーシャは棍棒をかわすと同族喰らいオークの腕を槍で突く。
浅いが痛みをしっかりと与えてさらに注意を引きつける。
「行くよー!」
サーシャが引きつけてくれている間にミズキが同族喰らいオークの足元に入り込む。
同族喰らいオークは足元のミズキに気づいていない。
ミズキはしっかりと刀を振りかぶり、同族喰らいオークの足を切り裂いた。
足を深々と切り裂かれた同族喰らいオークはぐらりとよろけた。
「スキルブレイクアタック!」
クラシマがスキルを使いながらハンマーを同族喰らいオークの足に振り下ろした。
足の甲に直撃したハンマーの衝撃が同族喰らいオークの足を駆け抜けた。
ミズキに切られた足の踏ん張りが効かなくて同族喰らいオークのバランスが崩れてゆっくりと倒れる。
「総攻撃だ!」
頭が攻撃しやすい位置にきた。
同族喰らいオークを倒そうとみんなで一斉に攻撃を仕掛ける。
「サーシャの動きがいいな」
同族喰らいオークは抵抗しようとしたのだがサーシャはそれを察して腕を激しく槍で突いて反撃を封じていた。
モンスターのトドメに固執せず周りのことをよく見えているとトモナリは感心していた。
「どりゃーーーー!」
最後の一撃はミズキのものだった。
ボロボロになった同族喰らいオークの頭が地面を転がっていき、体がパタリと動かなくなる。
「……やったー!」
「俺たち……試練ゲートを攻略したのか!」
同族喰らいオークが死んだのを確認してみんなは喜びの声をあげる。
「みんな、何か……」
ドスンドスンと響く音が聞こえてきてマコトが振り返った。
赤い目をしたオークが走ってきている。
「えっ、まだ……」
血の匂いを嗅ぎ取って興奮した同族喰らいオークはとんでもない速さで走ってきて大きく飛び上がった。
「みんな、避けるんだ!」
コウが叫ぶ。
完全に気を抜いていたミズキに同族喰らいオークの棍棒が振り下ろされる。
「……っ!」
かわせばかわせたのかもしれない。
しかしとっさの出来事にミズキは目をつぶってしまった。
「目を閉じるな。どんなことがあっても相手から目を離してはいけない」
トモナリの声が聞こえてミズキはそっと目を開けた。
振り下ろされた同族喰らいオークの棍棒をトモナリは剣で受けてミズキのことを守っていた。
敵が強なればまばたきの一瞬の隙すら危険に陥るし、相手もそれぐらいの隙すら見せないこともある。
敵を目の前にして目を閉じるなんてしてはいけないのだ。
「ヒカリ!」
「ファイヤー!」
同族喰らいオークの目の前に飛んでいったヒカリがカパッと大きく口を開いた。
一瞬ヒカリの口の中がきらめき、真っ赤な炎のブレスが吐き出された。
上半身に火がついて同族喰らいオークはバタバタと火を消そうとしてもがく。
「さっさとこんなところからおさらばさせてもらうぜ」
トモナリは地面を蹴って大きく跳躍した。
縦にまっすぐ剣を振り下ろして地面に着地し、同族喰らいオークに背を向けてルビウスを優しく鞘に収めた。
「トモナリ!」
「おつかれ、ヒカリ」
ニコニコとしたヒカリが小さい拳を突き出し、トモナリも拳をコツンと合わせて応じる。
その瞬間同族喰らいオークが頭から縦に真っ二つになって地面に倒れた。
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り1:30』
同族喰らいオークを二体倒した後に新しい表示が現れた。
ゲート攻略と攻略されたゲートが閉じるまでのタイムリミットであった。
崩壊まで2時間もあったので状態を確認しつつのんびりゲートの出口まで戻ってきた。
「は、早く出なくて大丈夫なの?」
ゲートそのものには十分ぐらいでさっさと着いた。
しかしトモナリはすぐにゲートから出ないでその場で水分補給したりと休憩し出した。
出て休憩すればいいのに思いながらもみんなもトモナリに従う。
しかしゲート崩壊のタイムリミットが近づくにつれてどうしてもソワソワとしてしまう。
「2時間もあるから大丈夫だって。だけど……そろそろ出るか」
本当はもっと休みたかったけれどみんな気が気じゃなくて休めなさそうだった。
ふっと笑ったトモナリは立ち上がってお尻の土を払う。
「みんな」
トモナリが声をかけると一斉にみんながトモナリのことを見る。
「今回No.10を攻略できたのはみんながいてくれたおかげだ」
一人だったらNo.10の攻略の許可は出なかっただろう。
それにいかに力があっても一人で全てのオークを倒して回るのはキツい。
みんながいてくれたから安全に攻略をすることができたのである。
「信じてついてきてくれてありがとう」
「トモナリ君……」
レベル一桁台で誰も攻略できていない試練ゲートに挑むのは怖かっただろう。
たとえゲート攻略を拒否したとしてもトモナリは批判するつもりもなかったけれど、みんなはトモナリのことを信じて一緒にゲートに来てくれた。
トモナリが頭を下げてミズキは目を丸くした。
傲慢な人ってわけでもないけどこんなふうに頭を下げるだなんて思いもよらなかった。
「人類が助かるために必要な99個のうちの一個を俺たちが攻略した。このことは誇ってもいいと俺は思う」
トモナリは一人一人と目を合わせる。
入る前の不安そうな様子とは違って今はみんな自信がある顔をしていた。
「本当に感謝してるよ」
「……そうだね。私たちがいないとトモナリ君危なっかしいからね」
「俺たちあってのトモナリだもんな」
「全然そんなことないと思うけどな……」
「ん、トモナリ君には私たちが必要」
「僕は……まだまだなので」
「これが8班か」
ミズキとユウトが冗談で返し、苦笑いを浮かべるコウにサーシャがさらに冗談を叩き込む。
マコトはトモナリに褒められて嬉しそうにしていて、クラシマは同じクラスなのにトモナリたちが一つ抜きん出た存在なことを感じて肩をすくめていた。
「お前にも感謝してるぞ、ヒカリ」
「友達だから当然なのだ!」
「じゃあそろそろ外に出るけど……」
「まだ何かあるのか?」
トモナリの言い方にユウトは引っかかるものを覚えた。
「戦いはまだ終わってない」
「えっ?」
「ゲートは攻略したよ」
トモナリの言葉にみんなは不思議そうな顔をする。
「その通りだ。だけど俺たちの敵はモンスターだけじゃない」
「どういうこと?」
「これから言うことを頭に留めておいてほしい。実は……」
ーーーーー
「タケル、貧乏ゆすりはやめな」
「しかしお嬢。ゲートが攻略されたのにあいつら出てこないから……」
カエデは苛立ったように足を揺らしているタケルを見た。
睨まれてタケルは無意識に揺らしていた足を止めてゲートに目を向ける。
ゲートの外では課外活動部の二、三年生がやきもきとした思いで待っていた。
トモナリたち攻略隊は丸一日以上ゲートに留まっている。
状況を見に行きたくとも二、三年生はすでにレベルが20を超えていてゲートに入ることもできない。
大丈夫なのかという心配が大きく、待っていることしかできないことに苛立ちを覚える。
さらにトモナリたちが入ったゲートが白くなった。
これはゲートが攻略されたということであり外で待っていたみんなは喜んだ。
しかし待っていてもトモナリたちが出てこなくて再び不安感が出てきてしまっていたのである。
ゲート崩壊前に出てこなければゲートの中に閉じ込められて帰ってこられなくなってしまう。
もしかしたらボスは倒したけれど相討ちになったとか、ダメージが大きくて戻ってこられないなんてことも考えられる。
「出てきたぞ!」
トモナリに一度負けているタケルは勝ち逃げは勘弁してほしいと思っていた。
そんな時にゲートの中からトモナリが出てきた。
まさかトモナリだけが、という空気も一瞬で中から続々と他の子たちも出てくる。
みんな無事そうで待っていた二、三年生やマサヨシの表情が明るくなる。
「みなさん、お疲れ様です。課外活動部一年全員無事に十番目の試練ゲート攻略しました!」
「僕たちの勝ちなのだ!」
トモナリが笑顔を浮かべて高らかに宣言する。
「十番目の試練ゲートを……攻略したのか」
無事に帰ってくるだろう。
そう信じていたマサヨシだったけれどトモナリたちが怪我なく帰ってきてくれてほっと安心した。
駆け出して一人ずつハグでもしたい気持ちになるけれどここはグッと我慢してトモナリに大きく頷いておいた。
「うおおおおっ、やったじゃないか!」
タケルが雄叫びを上げるように称賛の言葉を発すると他の二、三年生たちもNo.10攻略を喜んだ。
同時にトモナリたちの後ろのNo.10ゲートが小さくなってきて消えた。
中の人が誰もいなくなったので時間を待たずして消失したのである。
「攻略おめでとうございます! ゲートについてのお話を聞かせていただいてもよろしくですか?」
「それは後にしなさい」
覚醒者協会の職員がトモナリたちに話を聞こうと駆け寄ってきてマサヨシがブロックする。
ゲートの情報を聞きたいという気持ちは理解するけれど今はトモナリたちの体調を確認して休ませることが大事である。
話を聞くことは後日だってできるのだ。
「で、ではせめて攻略隊の公表のために写真でも……ひっ! な、なに……矢?」
トモナリが急に剣を抜いて振ったので職員はびくりと身構えた。
ゲートを攻略して疲れているのも分かるがそこまで怒らなくともと思ったら地面に何かが落ちた。
それはトモナリによって真っ二つに切り裂かれた矢であった。
「学長!」
「……来たか。みんな、戦闘準備だ!」
矢なんてどこから飛んできたのかと考える前にトモナリとマサヨシが動く。
マサヨシが手を振ると周りが魔力で作られたシールドに囲まれ、直後にシールドに魔法や矢がぶつかった。
「な、なんだ!?」
二、三年生や覚醒者協会の職員が動揺する中でミズキたち一年生は武器を構えてまとまっている。
「正しき終末に抵抗する罪深き者よ! 迎えるべき運命に抗い、世に苦痛をもたらすことは神の意思に反することである! 新たなる世界への扉は正しき終末によりもたらされるのだ!」
ゲートを囲む鉄の壁の入り口に同じデザインのローブを来た連中が立っていた。
「あれは……」
「終末教です!」
「あれが終末教だと!?」
ローブの胸には終末というところから着想を得て七本のラッパが円を描き、真ん中には新たな世界を意味すると開かれた扉がデザインされていた。
危険すぎて本人たちしか使うことがない終末教のエンブレムである。
高らかに妄言を垂れ流す先頭の男は顔を上半分覆う仮面をつけている。
「早く武器を!」
ここで流石なのは三年生である。
とりあえず置いてあった武器を手に取り終末教を睨みつける。
「やれ!」
仮面の男が指示を出すと終末教が一気に動き出す。
「ふっ!」
「グァッ!」
「そうはさせぬぞ!」
マサヨシが一番前を走ってくる終末教を殴り飛ばした。
吹き飛ばされた終末教は鉄の壁に叩きつけられて動かなくなる。
「鬼頭正義……正しき終末を邪魔する悪魔の使徒を生み出す罪人」
「正しき終末などない。くだらぬ妄想に駆られ多くの人に被害をもたらすお前たちの方が悪魔と呼ぶにふさわしい」
「ふっ、99個ものゲートを攻略とでも? できないことを考えるのではなくいかに良く終末を迎えるかが大切なのだ」
「貴様らとは会話にならんな」
「理解をしようともしていないのだから当然だろう。正しき終末を迎えることを理解するのが怖いのだろう?」
「貴様らこそ99個の試練ゲートを攻略することから逃げた臆病者だ」
「なんとでも言え。鬼頭正義、お前の相手は私がしよう」
仮面の男が剣を抜き、マサヨシも同じく剣を構える。
「サードナイトにやられた傷は回復したのか?」
「試してみるといい!」
マサヨシと仮面の男が戦い始める。
「トモナリ君……」
「みんな戦うんだ!」
終末教は戦うマサヨシと仮面の男の横を抜けてトモナリたちの方に迫ってくる。
イリヤマたち教師も数人いるが十数人いる終末教を教師だけで対応することは難しい。
どうしてもトモナリたちで対応しなければならない相手が出てきてしまう。
それでも一年に二、三年生と教師の方を加えた人数の方がやや多い。
「アイゼンさん!」
「俺も戦います!」
戦い始めた教師たちに混ざってトモナリも終末教を切りつける。
「くっ!」
トモナリが加わっても全ての終末教は防ぎきれない。
流れていった終末教の攻撃を防いでユウトが顔をしかめる。
終末教の方がレベルが高いのか防いだ手が痺れる。
「モンスターと同じくチーム単位で戦うんだ!」
個別に戦っては負けてしまう。
人数差を活かし、連携を取ることで格上の相手とも渡り合える。
「うっ……うあっ!」
「ウラヤス先輩!」
課外活動部での顔合わせの時にトモナリと手合わせしたこともある浦安零次が終末教の男に肩を切られて後ろに倒れる。
隙を見つけたのに攻撃することをためらってしまい、逆に反撃を受けたのだ。
「ヒカリ!」
「任せろー!」
ジッと様子をうかがっていたヒカリが動く。
「ぎゃああっ!」
ヒカリはレイジにトドメを刺そうとしている終末教に飛びかかって顔面を爪で切りつける。
オークにも通じる爪攻撃なのだ、まともに切りつけられるとかなり痛いだろうと思う。
「怯むな、戦え! 抵抗しなきゃやられるのは自分や仲間だぞ!」
トモナリが叱責を飛ばす。
襲われるからみんな対応して防御しているものの人を攻撃するということにためらいがある。
けれどもレイジを見れば分かるように終末教は命を狙って攻撃してきている。
反撃して倒さねば防御のみではいつかやられてしまう。
「ふっ!」
「グアっ!」
「私を倒そうなんざ、100年早いよ!」
「この女……」
素早く状況に適応している人も何人かいる。
三年のフウカや二年のカエデは終末教を切り倒していた。
フウカはそうした強さがありそうだったけれどカエデまであっさりと割り切って戦っているのは意外であった。
「う、うおおおおっ!」
早くも覚悟を決めたのはユウトだった。
サーシャが攻撃を防いだ隙を狙って終末教の男を切りつけた。
人を切る感覚はモンスターと大差ない。
だがやはり人間を切ってしまったのだという感覚は何故か少し気持ち悪い。
「ユウト君!」
切ったはいいがその感覚に怯んでいるユウトに別の終末教が襲いかかった。
ミズキが終末教の剣を弾き返すとそのまま反撃で胸を切り付ける。
「くらえ!」
コウが火の魔法を放って胸を切られた男にトドメを刺す。
火の槍に胸を貫かれた終末教は体に火がついても何のリアクションもないまま燃えてしまった。
ちょっとずつみんなも人を倒すことに覚悟を決め始めたようだ。
「ぐわっ!」
「やるな、ドラゴンを連れた覚醒者」
「ぐっ!?」
「アイゼン君!」
終末教を一人切り倒したトモナリは横から蹴りが飛んできてギリギリ剣でガードした。
しかし威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。
トモナリは地面に手をついて一回転し着地した。
幸いなことに大きなダメージはない。
「ふふふ、愛染寅成……ドラゴンを従える特殊なスキルを持つ強力な覚醒者か」
トモナリを蹴り飛ばした男は仮面をつけていた。
まさかマサヨシがやられたのかと確認したらマサヨシはまだ仮面の男と戦っていた。
よく見ると仮面のデザインも違う。
「仮面ということは終末教の幹部だな?」
仮面をつけた終末教は終末教の中でも高い地位にある人だった。
それなすなわち立場だけでなく覚醒者であり、レベルも高い強い相手であるということでもある。
「よく知ってるな愛染寅成」
トモナリは終末教にフルネームで呼ばれるのはちょっと勘弁願いたいと顔をしかめる。
「君は強力な力を持っている。正しい終末を迎え、次なる世界に行くにふさわしい資格がある。我々の仲間になるつもりはないか?」
終末教の幹部はニヤリと笑う。
前回誘われたことといい、能力的には終末教もトモナリのことは欲しいようだ。
「……興味ないな。俺は今回たくさんのものを抱えるって決めたんだ」
回帰前だったら受けていたかもしれない。
母であるゆかりのことさえ保証してもらえるなら終末教にも入っていた可能性がある。
ただ今回はトモナリも周りも変わっている。
世界がどんな終末を迎えるのかトモナリは知っている。
悲しみも苦痛も希望も安らぎもなくただ何もなくなってしまう。
そんなことを繰り返させるわけには行かない。
母親も友達も世界も、そしてヒカリも今度は守りたいとトモナリは思う。
終末教に入ったとしてもそれらのものは何一つ守れやしない。
「そうか……ならばそのドラゴンを引き渡してもらおう。我々が有効活用してやる」
終末教の幹部はトモナリのそばを飛ぶヒカリに視線を向ける。
幼体のドラゴンは珍しい。
支配できれば強力な駒となるし、ドラゴンの素材は多くの活用法がある。
トモナリが仲間にならないのならヒカリを無理やり連れて行くつもりなのだ。
「そんなことさせない。こいつは俺のパートナーだからな」
「ならお前を殺そう。いや、生きたまま手足を切り落として捕まえておけばそのドラゴンも協力的になるかな?」
「グロいこと考えんな」
「正しい終末のためには多少の犠牲も必要なのだ」
「だからっておとなしく手足取られてたまるかよ!」
トモナリは終末教の幹部に切り掛かる。
「ほぅ……十番目に入ったということはレベルはせいぜい20なはず……なのにこの速度とはな」
全力、全速力の攻撃だったのに終末教の幹部は手のひらでトモナリの攻撃を受け止めてしまった。
能力差がありすぎるとトモナリは舌打ちしたくなる。
「だりゃああああっ!」
ヒカリも加わってトモナリと一緒に攻撃する。
しかし終末教の幹部はその場に留まったまま腕だけでトモナリとヒカリの攻撃を防ぐ。
「スキル破撃」
「うっ!」
終末教の幹部が拳を突き出し、トモナリは剣で防ぐ。
しっかりとガードしたにも関わらずトモナリは大きく押し返された。
「良い剣を使っているな」
剣を破壊するつもりだった。
なのにルビウスは折れるどころかヒビすら入らなかった。
「ぐふっ……」
「トモナリ!」
トモナリが血を吐いてヒカリが慌ててそばに飛んでいく。
剣越しに衝撃が胸を貫いていて体の中がダメージを受けていた。
「これでも倒れないか。見上げた能力値と根性だ」
終末教の患部がゆっくりとトモナリに近づく。
「アイゼン君!」
「行かせないぞ!」
イリヤマもトモナリの危機に焦りの表情を浮かべるけれど終末教がしつこく食い下がって助けに行かせないようにする。
「むうっ!」
「飼い主を守ろうとするか。いかにも忠犬だな」
思いの外ダメージが大きくて動けないでいるトモナリの前にヒカリが立ちはだかって終末教の幹部を睨みつける。
「大層なことだ」
終末教の幹部はヒカリに手を伸ばす。
「ヒカリ、逃げろ!」
「イヤだ!」
今逃げるとトモナリがやられる。
そんなことはさせないとブレスのためにヒカリは大きく息を吸った。
「クロロス様!」
新たな終末教が一人囲いの中に走ってきてクロロスの手が止まった。
「何かあったのか?」
「覚醒者協会の奴らがきています!」
「何だと? 連絡は遮断したはずだろう」
「分かりません……ですが宮野祐介(ミヤノユウスケ)が来ています。もう結界も突破されると思います」
「ミヤノだと……備えていたようだな」
クロロスはトモナリとヒカリに視線を向けた。
トモナリはダメージから何とか立ち直って剣を構えながらクロロスのことを睨みつけている。
「撤退だ!」
クロロスにとってトモナリとヒカリの制圧は難しいことではない。
しかしさらなる敵が目前に迫っている中で必死の抵抗を見せるトモナリと戦うことに読みきれないものをクロロスは感じた。
終末教の数も減っているしマサヨシと戦う仮面の男の旗色も悪い。
ここで少しでも時間がかかった上にヒカリという荷物を抱えて逃げることは危険だと判断した。
クロロスが腕を振ると魔力の塊が飛んでいって鉄の壁が一部吹き飛ぶ。
「あちらから逃げるのだ!」
「はっ!」
「くっ……!」
逃してはなるものかと食い下がりたいところだったけれどトモナリの体もダメージに悲鳴をあげている。
飛びかかっていけるような余裕はなかった。
「愛染寅成……それにヒカリといったか」
終末教が撤退を始める。
「今回は我々の負けだ。だが君たちが正しい終末に立ち向かう限り我々と相対することがあるだろう。また会おう。次は敵でないことを願っている」
クロロスも最後に撤退していき、後には呆然としたような課外活動部のみんなが残された。
「学長!」
トモナリは周りの状況を確認する。
終末教にやられたレイジはミクが治療していて大事には至らなそうだった。
他にも多少の傷はあったりしたがトモナリよりダメージを受けている子はいない。
ふと見るとマサヨシが地面に膝をついて青い顔をしていた。
何かあったのかとトモナリがマサヨシに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
マサヨシは戦いを優位に運んでいた。
あのまま撤退しなければマサヨシの方が勝っていたはずなのにどうして苦しい顔をしているのかトモナリには分からない。
「……心配するな。一時的なものだから」
「一時的なもの? 何か反動のあるスキルでも?」
「皆さん、遅れてしまい申し訳ありません!」
敵の攻撃によるものではなく一時的なと表現をしたのでトモナリはマサヨシが自分にダメージのあるスキルでも保有しているのかと考えた。
マサヨシが答えようと口を開きかけた。
その時十数人の覚醒者が囲いの中に入ってきた。
一人は以前にトモナリのところを訪ねてきたシノザキである。
「終末教はあっちから逃げました!」
トモナリが壊された囲いを指差す。
「分かった。ありがとう!」
その連中は覚醒者協会の覚醒者たちであった。
数人を残し覚醒者協会は終末教を追っていく。
「……もう俺たちの出番は終わりだな。俺の心配より君こそ口から血を流しているじゃないか」
「ええ、結構なダメージですが……生きているだけマシです」
クロロスの力を考えるにもうほんの少しでも本気を出していたらトモナリは死んでいた。
トモナリの力を見極めるようにクロロスが手を抜いていたからこの程度で済んでいるのだ。
「肩を貸しましょうか?」
「悪いな……」
トモナリが手を貸してマサヨシが立ち上がる。
「俺のこの状況はスキルによるものじゃない」
「ではどうして?」
「俺がどうして覚醒者の一線を引退したか知っているか?」
「……いえ、知らないです」
終末教に対抗する覚醒者を育てるためにマサヨシがアカデミーを創設したことは知っているが、自身でも戦えるはずのマサヨシがなぜアカデミーを創設するに至ったのかまでは知らない。
ただ終末教と何かがありそうなことは予感している。
「あれは七番目のゲートだった。当時まだ覚醒者として活動していた俺は攻略に参加する予定だったのだ。そこで奴らが現れた」
「終末教、ですか?」
「そうだ。ゲート参加者たちを襲撃して俺も戦った。その時に終末教のサードナイトと呼ばれる幹部級の者と戦って……負けた。幸い死にはしなかったもののその時の怪我が元で魔力経路が傷ついてしまった」
魔力経路とは体の中にある魔力を動かすためののものである。
血管のようなもので魔力経路を流れて魔力は全身を駆け巡っているのだ。
「普段の生活で支障はないだが強い魔力を使うとこうして体に不調が起こるようになってしまった。だから一線を退いたのだ」
「そんなことが……」
「それにレベルを奪われてしまった」
「レベルを?」
どういうことなのか分からなくてトモナリは眉をひそめる。
「今の俺のレベルは20しかない」
「えっ?」
「奴らのスキルの一つだったのだろう。どういうわけがレベルが20になり、そこから上がらなくなってしまった。能力値はそのままなのだがレベル20のセカンドスキル使えなくなったのだ」
レベルを奪うスキルなんて聞いたことがない。
だがそういえばかつてマサヨシはレベル20以下のゴブリンダンジョンでトモナリのことを助けてくれた。
そんな秘密があったのかと驚いてしまう。
「代わりにサードナイトとかいうふざけたやつの顔面も深く切りつけてやったがな」
「痛かったでしょうね」
「痛かったなんてものじゃ済まないだろうな」
「マサヨシ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
立ち上がったマサヨシは多少ふらつきながら自分で動けそうであった。
「クロサキ、状況は?」
「浦安零次さんが大きな怪我を負った他は皆軽傷です。ウラヤスさんも治療が間に合いまして命に大事はありません」
「そうか。死人が出なかったのは幸いだ。……君のおかげだな」
マサヨシはトモナリのことを見た。
「とんだことになってしまったがこれ以上のことは起こらないだろう。疲れているかもしれないが怪我のないものでテントなどの撤収を行う」
そんな気分でなくとも何もないこんなところに長く留まっている必要はないし、また終末教が現れる可能性もある。
片付けをして近くの町に行った方が安全でしっかり休むこともできる。
「トモナリ君」
「ん?」
「これ」
ミズキがトモナリにハンカチを差し出した。
「口のところ血がついてるよ」
「ああ……ありがとう」
「こちらこそ。トモナリ君が事前に言ってくれてなかったら戦えなかったかもしれない」
ゲートを出る直前にトモナリは終末教に襲われるかもしれないとみんなに伝えていた。
言われていても動きが遅かったのに言われていなかったらパニックに襲われていた可能性がある。
「覚えとけ。俺たちはゲートやモンスターの他にもあんなのとも戦わなきゃいけないんだ」
「……うん」
ミズキは小さく頷いた。
試練ゲートを攻略した喜びの直後になかなか酷なことであると思うが、クロロスの言う通り試練ゲートを攻略するなら終末教という問題はついて回る。
今回は死人も出ずに運が良かった。
次会う時にはクロロスとかいう終末教の男も倒して見せるとハンカチで口の血を拭いながらトモナリは思っていた。
「みんなは平気そうだな」
クロロスによって大きなダメージを受けたトモナリだったけれどミクによって治療をされていたので病院での検査でもなんの問題もなかった。
病院に行って治療を受けたトモナリが待合室に戻ってくるとたまたま課外活動部の一年生が揃っていた。
みんなの顔はやや暗い。
人類がクリアすべき99個のゲートのうちの一個を攻略したというのに沈んだような雰囲気がある。
それも仕方のないことだとトモナリは思う。
「初めて人と本気で戦ってみてどうだった?」
全ては終末教のせいである。
試練ゲートを攻略したトモナリたちを襲撃してきた。
ただ防衛するだけならここまで気分も沈まなかったのかもしれないが、自分たちの身を守るために終末教を倒さねばならなかった。
モンスターと戦うことと人と戦うことに大きな違いはないと世界が滅ぶまで戦ったトモナリは思うが、多くの人にとってはそうはいかない。
しかしこれは必要な経験だったと思う。
「これから試練ゲートに挑むことがあるなら終末教の影はどこでもチラつく。奴らは正しい終末、なんてあり得ないもののために人をためらいなく殺す異常者の集団だ」
「授業では軽く聞いたけど……目の当たりにすると正気じゃない」
コウがため息をつく。
魔法を使って攻撃するコウは直に人を攻撃するのとはまた違う感覚ではあるが、人を傷つけるために攻撃したという気持ち悪さはあった。
「ただ覚醒者と活動するなら遭遇する機会は少ないかもしれない。でもみんなの実力なら試練ゲートに関わったり……そうでなくともあいつらのターゲットになることもあるかもしれない。
人を殺すことに慣れろなんてそんなことは思わない。だけどいつ終末教が襲ってくるかは誰にも分からない」
トモナリの言葉を皆黙して聞く。
「ためらって傷つくのが自分ならまだいいかもしれない。だがためらって傷つくのは隣にいる仲間かもしれない、守りたい誰かかもしれない、あるいは……世界中のみんなかもしれない」
終末教を倒すことをためらって攻略チームが全滅すれば試練ゲートが攻略できずにブレイクを起こすこともある。
たった一度刃を鈍らせただけでも世界が危機に陥る危険があるのだ。
「今日のことは忘れられないだろう。しっかりと心に刻んで次に備えてほしい」
「……どうしてトモナリはそんな冷静でいられるんだ?」
ユウトが疑問を口にした。
トモナリも人を倒すのは初めてだったはずなのにとても冷静だった。
どうしてそんなに冷静でいられるのかユウトには分からなかった。
「……俺はあいつらがどんな連中か知ってるからだ」
トモナリは悲しそうな色を浮かべた目をしていた。
回帰前に終末教のせいで多くの人が犠牲になった。
正しい終末のために試練ゲートの攻略を邪魔し、多くの覚醒者が攻撃を受けて亡くなった。
そのせいでブレイクを起こしたゲートがあって一般人も被害に遭った。
中には国ごと滅んでしまったことも先の出来事としてはある。
「トモナリ君……」
回帰前の出来事を思い出しているだけなのだがトモナリにはみんなの知らない何かの過去があるのだとみんなは思った。
「トモナリは卒業後どうするんだ?」
「卒業後?」
「ああ、もう決めてんのか?」
「まだ細かくは決めてないけど俺は試練ゲートに挑むつもりだ。できる限り積極的に攻略隊に入っていく気だよ」
「そっか」
ユウトは納得したように頷いた。
何を考えているのかトモナリには分からないけれどあまり終末教のことを気にしたような感じはない。
仮にユウトが試練ゲートを攻略する気なら終末教ともしっかり戦ってくれそうな気配がある。
「とりあえず今は喜ぼう」
「喜ぶ?」
「そうだよ。俺たちはなんてったって試練ゲートを攻略したんだ。99個もあるゲートの一個かもしれないけど大きな一個だ」
回帰前にはまだまだ攻略されなかったはずのゲートを攻略したのだ。
終末教のことは抜きしてNo.10攻略は祝われるべきことである。
「ユウト、手ェ出せ」
「手?」
「そうじゃない。上げろ」
「ん? こう?」
「そう、だ!」
「でっ!?」
ユウトは物でももらうように手を出したがトモナリは首を振る。
今度は挙手するように手を上げるとトモナリはニヤッと笑ってユウトの手に自分の手を打ちつけた。
いわゆるハイタッチというやつである。
「よくやったぞ、ユウト!」
ヒカリもトモナリをマネしてユウトとハイタッチする。
いきなりのことでユウトはぼんやりとしてしまったけれどトモナリとヒカリをハイタッチをしたら試練ゲートを攻略したのだという喜びが湧いてきた。
「みんなも手を上げろ。よし、サーシャ、良いタンクだったぞ」
トモナリに言われてサーシャがサッと手を上げた。
トモナリはサーシャとハイタッチしながら一言褒める。
「サーシャすごいぞ!」
ヒカリも同じくペチンと手を打ち合わせる。
なぜだろうか、それだけで終末教と戦った後味の悪さがかなり薄れた。
「ミズキも鋭い一撃だった」
それぞれに対して細かく指摘しようと思えば色々とある。
けれども今はそんなこといい。
「うん……私たちやったんだね!」
トモナリとはハイタッチしたミズキはしみじみと手を見つめる。
「やったね!」
サーシャが笑顔を浮かべて手を上げ、ミズキは答えるように手を上げた。
パンといい音を立てて二人がハイタッチを交わして笑い合う。
「これでいい」
トモナリは全員とハイタッチしてニッと笑顔になる。
重たいことばかりではつまらない。
試練ゲートを攻略した。
ここにきてようやくみんなはそのことを喜んだのであった。
「宮野佑介と申します。この度は十番目の試練ゲート攻略おめでとうございます」
「ありがとうございます。かの有名な宮野佑介さんにお会いできて光栄です」
検査も終わってレイジ以外は問題なしということで病院を離れてホテルに移動した。
レイジは大事をとって入院となり、他のみんなはホテルに泊まることになった。
終末教の襲撃にあったためにホテルの階を丸々一つ貸切にして覚醒者協会が護衛についてくれて、皆思い思いに部屋で休んでいた。
そんな中でトモナリはホテルにある貸会議室に来ていた。
そこにいたのはマサヨシと数名の覚醒者協会の人だった。
トモナリが以前に会ったシノザキもいた。
一人の男性が立ち上がってトモナリに手を差し出してきたのでトモナリは応えて握手を交わす。
トモナリが握手をしたのは宮野佑介という人で正義の侍なんて呼ばれる高レベル覚醒者だった。
覚醒者の強さをランクで分けた覚醒者ランクではS級で、覚醒者の強さをランキング付けした覚醒者ランキングでも名前が出てくる強者である。
もちろんトモナリもミヤノのことは知っている。
回帰前も人類のためにかなり後期まで戦い抜いていた人だった。
「アイゼンさんの言う通りになりましたね」
トモナリが席につき、口を開いたのはシノザキだった。
ヒカリはトモナリの膝の上に座って抱えられている。
「試練ゲートの攻略に……終末教の襲撃。全てアイゼンさんが事前に言ったようにことが進みました。残念ながら終末教の幹部は逃がしてしまいましたが……」
トモナリは終末教の襲撃も分かっていた。
未来なんて見れるわけがない。
それなのに分かっていたのは回帰前でも同じようなことがあったからだ。
レベルが低い状態でNo.10に入ると能力値が二倍になるということがわかって各国で争うようにNo.10を攻略し始めた。
一度出てしまうと能力値が元に戻ってしまい二回目以降は能力値倍化の恩恵が受けられないことやレベル一桁だと攻略経験が浅くて攻略に失敗してしまったなんてことがありながらも最終的に攻略に成功したのは日本の攻略隊だった。
喜ばしい出来事なのだが世の中に広まったニュースは悲しいものであったのだ。
ニュースの見出しはNo.10の攻略隊壊滅。
攻略を終えて出てきた覚醒者たちを終末教が襲撃し、ほとんどの人が倒されてしまったというものだった。
No.10を攻略するような覚醒者は将来有望なので今のうちに潰しておこうということなのだ。
今回も同じことが起こると思っていた。
だからトモナリは最初から覚醒者協会を巻き込んだのである。
No.10の攻略だけならマサヨシを説得することはできた。
しかし終末教の対応までなるとアカデミーの人員だけで足りるか怪しいところだった。
そこで覚醒者協会にも終末教に襲われる可能性があると話をして覚醒者を待機させてもらっていた。
ゲート前に人を多く配置して未然に襲撃を防いでしまうと後々襲われる可能性がある。
終末教を捕まえたり、終末教という存在の怖さを分からせるために戦う必要もあったので覚醒者協会には離れて待機してもらっていたのだ。
「十番目の試練ゲートを攻略し、終末教の襲撃からも無事でいられたのはアイゼンさんのおかげです。覚醒者協会を代表してお礼申し上げます」
「うまくいってよかったです」
「つきましてはアイゼンさんのパートナーであるヒカリさんに未来予知の力があると覚醒者協会は認定いたします。よろしければ今後未来を見た時にネットではなくぜひうちにうちにご連絡ください。それによって事故などを防げましたら報奨金もお支払いします」
「もちろんです」
全てはトモナリの計画通りだった。
ネットに未来の情報を書き込んだことから始まり、覚醒者協会に見つかりNo.10を攻略、終末教の襲撃を乗り切り、トモナリの名声を高めて未来視に一定の信頼を持たせた。
最初から計画していたことだった。
細かくはその時その時で修正しながら行動していたがおおよそ計画通りにことは進んだ。
全ての事件を防ぐなんて無理である。
ましてトモナリ一人の力ではほとんどのことに手が届かない。
だが未来視という形で警告を促せば防げる事件もある。
試練ゲートを攻略するだけじゃない。
一般のゲートや覚醒者による事件など世の中には多くの出来事があった。
その中で一人でも救うことができるのなら行動はすべきである。
「しばらくは周りが騒がしくなることもあるかもしれません。何ありましたら覚醒者協会にご連絡ください」
これで今後覚醒者協会という大きな組織に影響を及ぼすことが可能となった。
「ヒカリさんもありがとうございます」
「うむ、頑張ったんだぞ」
膝の上に乗るヒカリもえっへんと胸を張る。
「……君はこの先の進路は決まっているのかい?」
ミヤノは落ち着いた様子のトモナリに感心していた。
自分が高校生ぐらいの時は不真面目な生徒ではなかったにしろここまで大人びていなかったと思う。
「いえ、まだ正確なことは何も」
「行きたいギルドや声をかけてきているところは?」
「まだ何も考えていませんしお声をかけていただいたこともありません」
トモナリほどの能力値ならどうにかして声をかけてくるギルドや企業もあるかもしれない。
しかし今のところは何もない。
それはマサヨシが全てシャットアウトしているからだった。
せいぜい課外活動部の先輩であるカエデのオウルグループに目をつけられている可能性がありそうだというぐらいである。
「大和ギルドに興味はないか?」
ミヤノは今覚醒者協会側の人としてここにいるけれど、本来は覚醒者協会の人ではなかった。
覚醒者協会と連携している大和ギルドという大きなギルドのリーダーである人だった。
「ミヤノさん、このような場で声をかけるのはやめていただきたい」
「……おっと、申し訳ありません」
マサヨシが目を細めてミヤノを止める。
流石に関係のない場でトモナリに誘いをかけるのは色々とマナー違反である。
「まあ候補の一つに考えておいてくれ。僕は大歓迎だ」
「……ありがとうございます」
未来においても活躍すること間違いなしのミヤノのところなら悪くはなさそうだとトモナリは思う。
だが今すぐ答えを出す必要もない。
「これは僕の連絡先だ。困ったことがあれば僕も動くよ」
ミヤノはトモナリの前に名刺を置いてウィンクする。
意外な人と意外な関係が築けた。
これは儲け物だなとトモナリは思ったのだった。