「あ、髪」日曜日も学校で試合があり、月曜日の朝になって食堂で会った玲於奈の髪はバッサリと切られ、襟足もスッキリとしていた。
「おはよ」
「おはよう。ずいぶん短くしたんだな」
「俺は前の方が好き」玖太が言った。
「玖太も切ったんだ」
「学校でかっこいい先輩探して、どこで切ってるか聞いたんだ。予約して玖太と一緒に切りに行った」玖太も伸ばしっぱなしだった髪が、ツーブロックでおしゃれになっていた。
「水泳部で頻繁に頭濡れるから短いほうがいい」
「玲於奈、髪染めた?」
「これが僕の元々の髪色。中学まで黒染めしてた」
「俺はブルー入れてもらった」
「二人ともいい。俺にもその店教えて」
朝練が無く、三人で登校する。
試験明けの月曜日は、のんびりとした空気感があった。
一時間目からテスト返しがあり、六時間目まで帰ってきた教科では成果はなかなかだった。
放課後部活に行くと、週末の試合を踏まえてそれぞれメニューが組まれ、体力づくりのために外周を走る予定が匡希のボードには書いてあった。
「俺、毎日外周からですか」予定表を覗き込んで、思わず呟く。
「きつい?」
「いや、走り込みは好きです」
「たぶん、嫌いになるよ」
体力づくりが課題の他のメンバーとマネージャーで校門から出る。
マネージャー監視のもと、厳し目のタイムを設定され、走り終えた後は全員ヒーヒー言いながら体育館まで戻ってきた。
「このあとに普通に部活するのか…」
「俺今日電車寝過ごすの確定」
相当参って吐いているものもいたが、ここからまた基礎練をしてから本格的な練習が始まる。
7時までみっちり練習があり、1年生のやらねばならない後片付けを急いで終わらせて、寮に戻ったのが7:30。
みな夕食は食べ終えていて慌てて一人夕食を食べ、プロテインを飲んだ。
風呂に行ってまた怪しげな蛍光色の湯に浸かり、よくもみほぐす。
「あれ、匡希まだ入ってたんだ」
「玲於奈がこっちの風呂に入るの珍しいな」
プールには付属のシャワールームがあり、玲於奈は部活後にそこで済ませて戻ってくることが多かった。
「プールで冷えた」
真横に入ってきて、湯に浸かる。当たり前だけれど裸だ。
「匡希は日焼けしたね」
「走り込みしたんだ。サクラがタイムキーパーやって鬼だった」
「あはは想像つく」
風呂はいつの間にか先輩も出ていき、脱衣場も静かで二人きりになった。
湯の中で手をつなぎ、体にもつい目が行く。
わけのわからない色の湯の中でも、隣に並んだ体の一回り細く色の白い様子にかすかな興奮をおぼえた。
「玲於奈」
こちらを向いた冷たい唇にキスする。
「体冷えすぎ」
ガラッと脱衣場が開く音がして慌てて離れる。
「もう風呂の時間おしまいだぞー。湯を落として」
「はーい。分かりました」
風呂掃除は曜日で当番が決まっていて、毎週必ずある。1年生三人は水曜日と決まっていた。
慌てて風呂から上がり、匡希は風呂のあとは勉強道具を持って食堂へ行った。
テスト後はみなリラックスモードで、2年生が集まって食堂のテレビでサッカーを試合を観ていた。
「一位は勉強する?」
ここで観ているという事は3年生が談話室のテレビを観ているのだろう。食堂は一応勉強に優先権があり、本来は夜のテレビは禁止だ。
「テレビそのままで大丈夫ッス」
片隅で課題を広げ、がやがやとにぎやかな中で勉強を始めた。
「すいません」
不意に食堂の入り口から声がかかった。
灰色と青の中間の色の作業着姿で眼鏡をかけた男性だ。機械のメンテナンスだろうか。
2年の先輩が立ち上がった。
「はい」
「東棟はここで合ってますか」
「いえ、一度階段を降りて…」
「斎藤さん!!」
思った百倍バカでかい声が出た。
呆気に取られた2年生の先輩のいるドアの方まで行き、作業着の刺繍を見る。
『斎藤建設』
「1年生の斎藤玖太くんのお父さんですよね。僕、玖太くんと同じ学年の一位匡希です。初めまして」
二人の先輩が食堂の後ろのドアから出ていくのが見えた。これで安心だ。
思ったよりずっと小柄、160センチほどしかないだろう。
きっちりとした髪、伸びた背筋。
「どうもこんばんは。玖太はどこかな」
「東棟は私物などがあるので、寮生しか立ち入れない事になっています。今、管理人さんを呼んで一階の面会室を開けてもらいます」
管理人は朝が早いため九時には私室に引き揚げ、用事がある時にしか出てこない。今は9:45。
この小柄で毒の無さそうな男が玖太を虐待し、額を割り腕をねじり折ったのだ、とはにわかには信じがたかった。
「イチ!俺が管理人さん呼んでくる」
「センパイ、お願いします」
一分後に警備員がやって来て、斎藤氏は管理人が出てくる前に寮から立ち去って行った。
「玖太、もっとギューっとくっついても平気。俺丈夫だから」
1年生はめったに使えない談話室のソファで、匡希は膝にコアラの赤ちゃんのように斎藤玖太を抱きかかえて、背中を撫でていた。
最近また背が伸びて、おそらく玖太より20センチは高く、肩幅もあって腕も長い。
こんなときのための体格だった。
「玖太が写真見せてくれてたから、すぐに分かったんだ。みんなで協力して…とにかく良かった」
先生と児童相談所の人と警備員と、管理人さんも来て玖太と話そうとなったが、震えてしまって駄目だった。
もちろん父親との面会は出来ない事になっていたのだが、警備員に親族が急に入院してなどとうまく言い、玄関の鍵を開けさせた。
先生たちは不法侵入で警察を呼ぶか話し合っているようだった。
震えは止まり、玖太はしばらくして泣き始めた。
「腕が痛いよ」
「見せてみろ」
「ここが痛い。変な音がした。うで、変な音がしたんだ」玖太はうでの大きな手術痕を見せた。
「触っても大丈夫か」
玖太は涙でグズグズの顔で首を横に振った。
翌朝、養護の先生と話して精神的なショックが大きく病院に行く事になって、朝から外出した。
「なんで親父は逮捕されてねえの」
バスケ部の先輩が聞いた。
「なんかアイツ自分で作戦練って、自由を手に入れるために親と交渉したらしい。親を警察にぶち込むより、自由がほしかったって言ってました」
昨日泣きわめきながら教えてくれた。
腕をねじり折られたのが小3の夏。遊具で遊んでいて折れた事にされ、半年口をきかなかった。中3の受験の本命は日本屈指の進学校S高校だった。滑り止めで青羽に合格してすぐに児童相談所に駆け込んで保護され、親と交渉して自由な寮のある青羽に進学。保護されたときは背中一面アザだらけ。
青羽進学のためにギリギリまで我慢した。寮生活は玖太にとってやっと手に入れた自由だったのだ。
「戻って来るといいな。俺さあ、あいつに数学の宿題教わってんの。いないと困る」2年の先輩はニヤっと笑って言い、練習へ戻った。
「おはよ」
「おはよう。ずいぶん短くしたんだな」
「俺は前の方が好き」玖太が言った。
「玖太も切ったんだ」
「学校でかっこいい先輩探して、どこで切ってるか聞いたんだ。予約して玖太と一緒に切りに行った」玖太も伸ばしっぱなしだった髪が、ツーブロックでおしゃれになっていた。
「水泳部で頻繁に頭濡れるから短いほうがいい」
「玲於奈、髪染めた?」
「これが僕の元々の髪色。中学まで黒染めしてた」
「俺はブルー入れてもらった」
「二人ともいい。俺にもその店教えて」
朝練が無く、三人で登校する。
試験明けの月曜日は、のんびりとした空気感があった。
一時間目からテスト返しがあり、六時間目まで帰ってきた教科では成果はなかなかだった。
放課後部活に行くと、週末の試合を踏まえてそれぞれメニューが組まれ、体力づくりのために外周を走る予定が匡希のボードには書いてあった。
「俺、毎日外周からですか」予定表を覗き込んで、思わず呟く。
「きつい?」
「いや、走り込みは好きです」
「たぶん、嫌いになるよ」
体力づくりが課題の他のメンバーとマネージャーで校門から出る。
マネージャー監視のもと、厳し目のタイムを設定され、走り終えた後は全員ヒーヒー言いながら体育館まで戻ってきた。
「このあとに普通に部活するのか…」
「俺今日電車寝過ごすの確定」
相当参って吐いているものもいたが、ここからまた基礎練をしてから本格的な練習が始まる。
7時までみっちり練習があり、1年生のやらねばならない後片付けを急いで終わらせて、寮に戻ったのが7:30。
みな夕食は食べ終えていて慌てて一人夕食を食べ、プロテインを飲んだ。
風呂に行ってまた怪しげな蛍光色の湯に浸かり、よくもみほぐす。
「あれ、匡希まだ入ってたんだ」
「玲於奈がこっちの風呂に入るの珍しいな」
プールには付属のシャワールームがあり、玲於奈は部活後にそこで済ませて戻ってくることが多かった。
「プールで冷えた」
真横に入ってきて、湯に浸かる。当たり前だけれど裸だ。
「匡希は日焼けしたね」
「走り込みしたんだ。サクラがタイムキーパーやって鬼だった」
「あはは想像つく」
風呂はいつの間にか先輩も出ていき、脱衣場も静かで二人きりになった。
湯の中で手をつなぎ、体にもつい目が行く。
わけのわからない色の湯の中でも、隣に並んだ体の一回り細く色の白い様子にかすかな興奮をおぼえた。
「玲於奈」
こちらを向いた冷たい唇にキスする。
「体冷えすぎ」
ガラッと脱衣場が開く音がして慌てて離れる。
「もう風呂の時間おしまいだぞー。湯を落として」
「はーい。分かりました」
風呂掃除は曜日で当番が決まっていて、毎週必ずある。1年生三人は水曜日と決まっていた。
慌てて風呂から上がり、匡希は風呂のあとは勉強道具を持って食堂へ行った。
テスト後はみなリラックスモードで、2年生が集まって食堂のテレビでサッカーを試合を観ていた。
「一位は勉強する?」
ここで観ているという事は3年生が談話室のテレビを観ているのだろう。食堂は一応勉強に優先権があり、本来は夜のテレビは禁止だ。
「テレビそのままで大丈夫ッス」
片隅で課題を広げ、がやがやとにぎやかな中で勉強を始めた。
「すいません」
不意に食堂の入り口から声がかかった。
灰色と青の中間の色の作業着姿で眼鏡をかけた男性だ。機械のメンテナンスだろうか。
2年の先輩が立ち上がった。
「はい」
「東棟はここで合ってますか」
「いえ、一度階段を降りて…」
「斎藤さん!!」
思った百倍バカでかい声が出た。
呆気に取られた2年生の先輩のいるドアの方まで行き、作業着の刺繍を見る。
『斎藤建設』
「1年生の斎藤玖太くんのお父さんですよね。僕、玖太くんと同じ学年の一位匡希です。初めまして」
二人の先輩が食堂の後ろのドアから出ていくのが見えた。これで安心だ。
思ったよりずっと小柄、160センチほどしかないだろう。
きっちりとした髪、伸びた背筋。
「どうもこんばんは。玖太はどこかな」
「東棟は私物などがあるので、寮生しか立ち入れない事になっています。今、管理人さんを呼んで一階の面会室を開けてもらいます」
管理人は朝が早いため九時には私室に引き揚げ、用事がある時にしか出てこない。今は9:45。
この小柄で毒の無さそうな男が玖太を虐待し、額を割り腕をねじり折ったのだ、とはにわかには信じがたかった。
「イチ!俺が管理人さん呼んでくる」
「センパイ、お願いします」
一分後に警備員がやって来て、斎藤氏は管理人が出てくる前に寮から立ち去って行った。
「玖太、もっとギューっとくっついても平気。俺丈夫だから」
1年生はめったに使えない談話室のソファで、匡希は膝にコアラの赤ちゃんのように斎藤玖太を抱きかかえて、背中を撫でていた。
最近また背が伸びて、おそらく玖太より20センチは高く、肩幅もあって腕も長い。
こんなときのための体格だった。
「玖太が写真見せてくれてたから、すぐに分かったんだ。みんなで協力して…とにかく良かった」
先生と児童相談所の人と警備員と、管理人さんも来て玖太と話そうとなったが、震えてしまって駄目だった。
もちろん父親との面会は出来ない事になっていたのだが、警備員に親族が急に入院してなどとうまく言い、玄関の鍵を開けさせた。
先生たちは不法侵入で警察を呼ぶか話し合っているようだった。
震えは止まり、玖太はしばらくして泣き始めた。
「腕が痛いよ」
「見せてみろ」
「ここが痛い。変な音がした。うで、変な音がしたんだ」玖太はうでの大きな手術痕を見せた。
「触っても大丈夫か」
玖太は涙でグズグズの顔で首を横に振った。
翌朝、養護の先生と話して精神的なショックが大きく病院に行く事になって、朝から外出した。
「なんで親父は逮捕されてねえの」
バスケ部の先輩が聞いた。
「なんかアイツ自分で作戦練って、自由を手に入れるために親と交渉したらしい。親を警察にぶち込むより、自由がほしかったって言ってました」
昨日泣きわめきながら教えてくれた。
腕をねじり折られたのが小3の夏。遊具で遊んでいて折れた事にされ、半年口をきかなかった。中3の受験の本命は日本屈指の進学校S高校だった。滑り止めで青羽に合格してすぐに児童相談所に駆け込んで保護され、親と交渉して自由な寮のある青羽に進学。保護されたときは背中一面アザだらけ。
青羽進学のためにギリギリまで我慢した。寮生活は玖太にとってやっと手に入れた自由だったのだ。
「戻って来るといいな。俺さあ、あいつに数学の宿題教わってんの。いないと困る」2年の先輩はニヤっと笑って言い、練習へ戻った。


