学生寮に入る、という選択肢が自分の高校生活にあるとは、匡希は思ってもみなかった。
地元新潟は雪深い地域で、バスケットボールが盛んだった。そんな中で、中学で県の代表になり、全国大会に出て初めて東京へ行った。
準決勝で負けたがいい思い出になった、と思っていたが話はそれで終わらなかった。
東京の私立青羽学院というところからぜひうちの学校へ、という話が来た。
地元の県ではそこそこやる方だと思っていたが、東京へ行くとなると家族会議が開かれ、家まで担任も来て、祖父母も親戚もなぜか近所の人まできて話し合った。
そして4月、大きなスーツケースをゴロゴロと転がして、匡希は東京へやって来た。
私立青羽学院は基本的には通いの生徒のみだが、学生寮があり、20人ほどの男子生徒が様々な事情で寮生活をしている。
親が転勤でいない生徒や海外からの留学生。
バスケットボールに力を入れているため、匡希も含めて5人は都外からバスケットボールをするために青羽にやって来た。
寮は個室で食堂があり、寮の世話をしてくれる管理人の夫婦が切り盛りしている。
食事は美味しく、風呂は2部の交代制だが広々として銭湯のようだった。
1年生の寮生は今年は三人だけだった。
スポーツ推薦で入学したバスケットボール部の一位匡希、親が海外駐在で日本にいない十王寺玲於奈、児童養護施設からやって来た斎藤玖太だ。
斎藤は父親が斎藤建設の社長だが、虐待されて児童養護施設に自分で駆け込んだ。
あまりにも外聞が悪いので、高校からは寮のある青羽学院に入ることになった、と初日にみんなの前で言った。
「このおっさんが学校や寮に来てたらすぐ教えて。逃げなきゃならない」
玖太はスマホを掲げて、スーツ姿の優しそうな中年男性の写真を見せた。
「それ、後でプリントして掲示板に貼って」
寮生活初日、デリケートな話題に静まりかえった食堂で、匡希のとなりに座る先ほど十王寺と自己紹介した、ひょろりとした男の子が言った。
「そうする」玖太は頷いて自己紹介を終え、席に戻った。
「一位匡希って変わった名前だね」
「そっちの十王寺も玲於奈もかわってる」
「1番の一位?」斎藤が聞いた。
「そう。玖太は?」
「俺、9番目の子だから玖太」
「え、すごいな」
「うちのママは後妻だから、9人産んだわけじゃないよ」
「ゴサイ?」
「お兄ちゃんたち八人は別のママの子」
「うわ、大変そう」
「だからここにいるってわけ」
玖太はとんでもない生い立ちを背負っているにしては明るい話口調で言った。顔には一箇所縫った痕があり、腕にも大きな手術痕がある。
「一位は背が高いね」
「匡希でいい。182センチ」
「わー。俺165」斎藤が言った。
「僕もそのくらい」玲於奈が言った。
その日の夜に、寮の部屋をノックする音がした。
「はい」
「匡希、部屋に入っていい?」
「どーぞ」
玲於奈がスルリと猫のように部屋に入って来た。
ダボッとした灰色のトレーナーに短めのハーフパンツを履いて、長めのゆるいクセ毛は邪魔にならないようにスポーツ選手のような細いヘアバンドで留めてある。
「明日一緒に学校に行こう」
「いいよ」
「よかった」ニコッと笑った顔がかわいい。玲於奈はかなり見た目がよく、アイドルと言われても通じる色白でかわいい顔をしていた。
「あのさ、変なお願いしてもいい?」
「どうした?」
「背中がチクチクするところがあって自分じゃ見えない」
「背中向けて」
玲於奈はガバっと一気に上半身裸に脱いで、こちらに背中を向けた。
「どのあたり?」
ペタリと背中の真ん中に手を置く。
「ちょっと右」背中に顔を寄せてみるが、特に何か刺さっていたりはしなかった。
「このあたり?」
「うん。でも触られてたらよく分からなくなった」
「なんだそれ」恥ずかしそうにこちらを肩越しにふりかえった玲於奈に笑う。
「服にささってる?」服をひっくり返して二人で調べたがわからない。
「俺の服貸す。チクチクしたの着て戻るの嫌だろ」
適当にTシャツを出して渡す。
「ありがとう。あ、このチーム知ってる。強いよね?」
バスケットボールのチームのTシャツだった。
「地元のチーム」
「僕もミニバスしてたよ」
「お、高校は部活やんねえの。バスケ部来いよ」
「無理!青羽のバスケ部強いじゃん」
翌週、バスケ部が放課後の練習をしていると、玲於奈が女子と三人でギャラリーからみているのが見えた。
「十王寺!見学?」
下から呼びかける。
「この子たちがバスケ部のマネージャーしたいかもって」
玲於奈の隣には、女子が二人いた。
あたりがザワつき、バスケ部の面々はマネージャー志願の女子2人を見あげた。一人は髪が長く、もう一人は短い。
夕食の時間に食堂で玲於奈の隣の席に座る。
「あの二人の名前は」
「知りたい?」
「みんなから聞いてこいって言われた」
「明日、仮入部するって言ってたよ」
「そうなんだ。よかった」
「匡希って女の子大好き?」
「……普通そうじゃねえの」
「僕はあんまり。男の子のほうが好きかな」
匡希の人生で、面と向かってそんな内面を明かしたものはおらず、玲於奈の発言にしばし固まった。
その後、風呂で一緒になったが何となく意識してしまい、玲於奈のほうが見られず、そそくさと風呂から出る。
自分の部屋で宿題をしていると、ドアがノックされた。
「匡希、これありがとう」
玲於奈が背中チクチクすると言った時に貸したTシャツを片手に部屋に入ってきた。
「置いておいて」
玲於奈はベッドの上にTシャツを置いた。
「匡希は嫌だった?」
「何が」振り返らずに言う。
「僕が男の子が恋愛対象なのが」
「それは、十王寺のプライバシーだから俺は何か言ったらいけないだろ」
「……真面目」
「普通」
「もう部屋に来ないほうがいいかな」
「そういうふうには思わない」
宿題が終わり、明日必要なものをバックパックにしまった。
振り返ると玲於奈はベッドに腰掛けて、不安そうな顔で匡希を見ている。
「初めて人に言ったから緊張した」
「俺も言われてちょっと緊張した」
「緊張してる匡希の顔見てたらもっと緊張してきた。恥ずかしい」
玲於奈は顔を両手で押さえてベッドにひっくり返った。ハーフパンツの裾から色白な太ももが見えていて、どきりとする。
「緊張するのお互いやめようぜ」
匡希は玲於奈の腕を引っ張って起こした。
「僕今日告白されたんだ」
「もう?まだ入学して1週間だろ」
玲於奈の顔を見るとその質問は愚問だ。これだけ見た目が良ければ、早いもの勝ちのように告白されてもおかしくない。
「告白してきたのは女?」
「そう」
「かわいかったか」
「うん」
「付き合ってみるのは」
「興味ないのに?女の子とキスしたり出来ない。匡希が男の子とキスできないのと同じ」
男の子とキスできない?確かにしたいかと聞かれてもよく分からない。
でも玲於奈にならできそうだった。先週会ったばかりの、隣の部屋の特別にかわいい男の子。
「男ともキスできる」
玲於奈の顎を押さえて、チュとキスして離れると玲於奈は匡希の方をまばたきもせず見ていた。
「ほらな?もう一回する?」
匡希の質問に玲於奈は頷いた。
キスして軽く唇を食み、ベッドに押し倒す。
地元の彼女から離れて、誰かとこんなにくっつくのは久しぶりだった。
「匡希」かすかな声が匡希を呼んだ。
「何」間近にある綺麗な顔を見つめて返事をする。
「やり過ぎ」


