白いゼラニウムが咲き誇って、赤く染まっている校舎裏。
私はポツンと孤独に立っている。
何故私はここにいるのか、疑問に思うだろう。
私は名前どころか学年もクラスも知らなかった男の子から
『17:00に校舎裏に来てください』
と書かれた手紙が届いたのだ。
きっと告白してくるのだろう。
なんとなく予想はついている。
私の答えはただ一つ。『行きたくない、断りたい』だ。
そう思っているのに、私は言葉の通り行動してしまう。
私は言ってしまう。
「私も好きでした。私も付き合いたいです。」
なんで、こんな自分になってしまったのだろうか。
だんだん自分が醜くなるから?
自分を鏡で見れなくなる日がいつの日か来るから?
それとも、自分にモザイクがかかる日が来るから?
ううん、どれも違う。
ただ、本当の自分を誰かに知られたくないだけ。
自分を消し去りたいため。
みんなから愛される自分になりたいだけ。
今の自分はそんな憧れの私。
残酷で人に嫌われ放題な自分を消す。
その為だけに、私の事を誰も知らない場所の高校に1人で進学したのだ。
そのせいか、自分が堕ちているように思うようになってしまった。
両親の温かさも覚えてないぐらいだ。
いつから私は笑えなくなったか、全く覚えていない。
だけど、これだけはわかる。
私は傀儡であるということを。
だから、私は言えない。
「ごめんなさい、まだ貴方のこと知らないから友達からでいいかな?」
手紙をくれた人を傷つけるような気がして、
またあの日のようになってしまう気がして、
その言葉が空気にぶつかることはない。
嘘に塗りたくられた、憧憬な羽の衣で包まれた今の姿の自分が一番いいと思っていたあの日を。
今、後悔している。
でも、前の自分が消えてよかった、とも思ってしまう。
そのせいなのか、自分の存在価値が羽のように落ちていってる気がしている。
どんなに頑張っても、私の周りにはそれに塗られた私を大切にしてくれてる人しかいないから。
本当の自分を愛してくれる人なんて居ないから。
その希望が無駄だってことはわかってる。
ほんとうの自分に気づいてくれる人なんていないのに。
『助けて』って言葉を伝えれる人なんていないのに。
何故か『自分を見つけてくれる人が見つかって、自分を助けてくれる』という希望を持ってしまう。
今までの3年間で、そんな人見つかったこともなかったのに、そんな意味のない希望を持ってしまう。
私が心の底から愛していた人にもその希望を破られた。
やっぱり『嘘』という羽に包まれた 14歳の私しか見てくれなかった。
本当の私を見てくれなかった。それはしょうがない事だってわかってる。
だけど、そうわかっているのに希望を持ってしまう。
もう1度あの頃に戻れないのかって、
ー本当に私は生きていても良い存在なのだろうかー
…まだ来ない。30分経っても、誰の気配も感じない。
この世界に私、独りだけ取り残されているように感じるぐらい静々としている。
騙されたんだろう、私。やっぱり自分は愛されていないんだ。
『もう、帰ろう』
考えるだけで落涙してしまいそうになる。
また、私は捨てられたんだ、って思ってしまう。
捨てられたんじゃない、その人に私は合わなかっただけなのに。
「あ…ハヅキさん‼︎遅れてごめんなさいっ」
静寂な世界の中、急に低い声が聞こえてきた。
正面を向くと、地毛だと思われる灰色マッシュで制服の上に藍色パーカーを着ている、168cmある私でも上を向かないと見えないぐらいの身長の男性がいた。
言葉では想像も出来ない姿でちょっと驚いたけど、いつも通りの笑顔を向ける。
「だ、大丈夫ですよ」
「…嘘つき」
「え?」
この人は何に対して言ったのだろう。私の羽を読み取ってるのだろうか、
「いや、無理してるなって思って」
「そう?全然無理してないですよ?」
この人、ちょっと苦手なタイプかもしれない。そう思ってしまった。
「貴方がここへ呼んだの?」
「そうだよ?」
疑問文で返された。
私が今、辛い想いを抱えていることがわかっているかのように。
「なんでここに呼んだの?」
話をわざと逸らした。早くここから去りたいから。
この人の視界に、私の視界にもう入れたくなかったから。
もう消えたい、という気持ちでいっぱいになったから。
「えっと、ハヅキさん!僕と友達になってください!」
私の方へ腕を伸ばし、腰を45度に斜めにお辞儀をした。
うん。やっぱり、『友達になってください』だよね〜、
…え?『友達になってください』?
「友達になってください!って言いました?」
「はい、言いましたよ?」
目の前の人はキョトンとしている。
これは、本気で言ってるんだ。
そう思うと、少しだけ安堵した気がした。
「…良いですよ。貴方の事もっと知りたいですし、」
ニコッと私は微笑んだ。
それより、この人の名前なんと言うんだろ。
ちょっとした素朴な疑問が浮き出た。
「あ、俺、千鶴(ちづる)!ツルって呼んでー」
やっぱり、この人、心が読めるのだろうか。
「えっと、ツルくん、よろしく願いします。」
「あ、タメでいいよー」
「よ、よろしく」
そう言うと、「慣れてないんだなー、無理しないようにね」と言われた。
それはそうだ。憧れてた自分になるにはこうするしかなかったんだから。
「じゃあ、コンビニ行く?」
…コンビニ?急すぎる。でも、暇だし乗るか。
「いいですよ」
コンビニに着くと、ツルくんはすぐにお菓子コーナーと飲み物コーナーへ行き、2つの品を2分で買っていた。
「早く、ハヅキも買いな〜」
コンビニにいる人がツルくんの事を振り向くぐらいの声で、唆されたから、いちご味の飴を買った。
「じゃあ、行こっか」
「どこに…ですか?」
「青鷺川に」
青鷺川、初めて聞いた川だった。
『鷺』って名前が付くぐらいだから、きっと鳥が多くいるのだろう。
ツルくんに付いて行くと徒歩1分圏内の川で、赤と青のマーブルに染まっていた。
「わ…綺麗」
3年前以来、初めて人前で本音を話した気がする。
「じゃ、座ろっか」
「あ、はい」
頭の中からふわっと呼び戻された。
川辺に行き、座ると、波模様に映る星達がキラッと輝いている。
「そういえば、ハヅキさんは何買ったの?」
聞かれたから、飴を見せる。
「めちゃ良いじゃん。それ、俺も好き」
やっぱり、このシリーズは好きな人が多いのかな?と思った。
「俺はね、これら」
見せてくれたのは、今人気の新感覚の飴と炭酸水だった。
「炭酸水にこの飴入れたら絶品なんだよね〜、飴の甘さと炭酸水の酸っぱさが混ざって丁度良い甘酸っぱさになるんだ」
へぇ、そんな飲み方があるんだ。いつか、飲んでみようかな。
不思議と気になった。
その後は数分ぐらい、ずっと考え事をしていた。
なんで、私と友達になろうとしたのか。
この人には嘘を見破る力があるのか。
ずっと、頭の中で彷徨い続けていた。
そんな中、急にボソッとツルくんが呟いた。
「…死んで花実は咲くものか」
「何ですか?その言葉」
私は不思議でたまらなかった。
「この言葉は、『生きていたら、可能性は無限大にある、だから何があっても生きよう』みたいな当たり前の意味持ってるんだ」
…私は微笑んだ。もし、声に出したら、泣きそうな気がしたから。
「俺さ、中学生の時、いじめられてて、病んでたんだ」
「うん」
「で、不登校になっちゃってて、消えたいとも思ってた時があったんだ。で、その時に読んだ小説で『死んで花実が咲くものか』っていう言葉を知ったんだ。
俺たちは、儚く散っていくものだから、少しでも幸せに行きたい。その為に、可能性を作らないといけない。だから、可能性を作るために俺、この街に引っ越してきたんだ」
「そうなん、だ…」
なんとなく、ツルくんは私と同じような環境だったのではないか、と思った。
「ハヅキさん…大丈夫?」
いつのまにか、私の額には星屑が流れていた。