イジメから逃げて、幸せの場所を探しながら

「というわけだ。俺は鳥井が嫌う側の人間だ」
「そっか。そうなんだ」。
 全てを聞いた鳥井は悲しそうな表情をしていた。そうだろうな。救いを求めた奴に裏切られたのだ。そうなるに決まっている。
 鳥井は気まずさを誤魔化ように食事を食べていた。俺も倣って食べたが、料理の味は全くしなかった。
 しかし気まずいと思っていたのは俺だけで、鳥井は話した内容を咀嚼して考え事をしていたらしい。
「でも、青木は違う気がする。私の嫌う側の人間じゃないよ」
「話を聞いていたか?」
 ショッピングセンターで出会ったリーダーの女子高校生の意地悪な顔が浮かぶ。
「俺は、鳥井達を虐めていた奴らと一緒だ」
「ううん、虐めていた奴らとは違う。それに私の事を救ってくれた。命の恩人だよ」
「本当にそう思っているのか?」
「ふふふ、実はあんまり思ってないかも」
 だろうな。それは初めから感じていた。むしろ余計な事をしたぐらいに思っていたのだろう。
「でもね、青木は確かに私の命を救っているのよ。二回も」
「それじゃあ、やっぱりあの時、死のうとしていたんだな」
 すぐに思い至った。家を借りられずに夜に海を観に行った時だろう。あの時、鳥井は海の中に入ろうとしていた。
「うん、死のうと思ってた。一緒に心中しようと思った。でも、青木の身体は動かなかった。だから、二回私の命を救ってるのよ。貴方は奪った命より、救った命の方が多いわ。それじゃダメなの?」
 目を見開いてしまう。そんな風に考えた事が無かった。少しだけ救われたような気がする。だが――。
「そういう問題じゃないんだよ。それでも何も償えていない」
 どんな事をしても失った命が戻るわけじゃない。過ちが無くなるわけではない。山崎は永遠に俺の事を許さないだろう。
 目を伏せると逃げられない真っすぐな鳥井の視線が俺の事を貫いた。
「本当に青木がイジメたの?一言だけ酷い事言っただけで、クラス全体で除け者にしてたんじゃないの?貴方も嵌められたんじゃないの?イジメられていたんじゃないの?」
――お前と話がしたくないんだよ。席に戻れよ。デブビーバー
 言い放った言葉が俺の中で繰り返される。それをかき消すように首を横に振った。
「受け取った側がどう感じたかだよ。それにもしもクラス全体で山崎の事を虐めていたとしても見て見ぬフリをしていたのには変わりはない。俺にも、罪はある」
 かつて父親に言われた事を鳥井にそっくりに伝えた。今ならば、その言葉通りだと思う。
 それを聞いた鳥井は悲しそうな表情をした。
「イジメた人間とイジメられた人間の境界線は紙一重。どちらも普通から突出しているから虐めるし虐められるっておばあちゃんが言っていたのを思い出した。青木の話を聞いていてその通りだと思ったよ。もしかしたら、私と青木は立場が逆だったかもしれないね」
 そう言いながら鳥井は遠くを見据えた。俺やこの室内ではない。何処か遠くを。
「いじめってさ、どうして無くならないのだろうね。ずっと続いていくんだろうね」
 途方もない漠然とした質問に俺は明確な答えを持ち合わせていなかった。
「分からない。それが人間の性と言われれば、それまでなのかもしれないな」
「探してよ、青木。いじめを無くす方法を」
「無茶言うなよ」
「いいえ、言うわ。無茶な事を成し遂げないと青木は納得して償えない。きっと難しくて途方も無くて苦しいと思う。でも探し続ける事が山崎君と青木の救いになるよ」
 俺の救い?
「だから、見つけて。それからそれを私に教えて」
「何もかも無茶ぶりだ」
「うん、その過程で青木が納得できるまでこの先何回でも人の命を救い続けて行けばいいんだよ。何回でも何回でも。青木の人生はこれからも続いていくんだから。だから、まずは元の場所に帰ってちゃんと山崎君の自殺とちゃんと向き合って償って。それから虐めを無くす方法、人の救える方法、見つけてよ」
「ああ、そうだな……」
 鳥井の祖母にも戻るように言われていた。今はそれが答えなのかもしれない。鳥井にも再会出来たし、もう充分な気がする。それにもう当てのない旅は疲れてしまっていた。お金も尽きてきたし、丁度良い頃合いなのだろう。
「そうするよ」
 言った途端に後悔と恐怖が押し寄せてきたが、この他に思いつかないし、これで良いのかも知れなかった。
 鳥井が俺に笑顔を向けてくる。
「私を追ってきてくれてありがとう。あの時の事を謝りたかったけど、連絡手段が無くて。でも青木なら追いかけてくれると思った」
「何だよ、それ」
「とても嬉しかった。追ってきてくれた。それだけで、私は充分幸せ。思われているのだって感じた。青木だけじゃない。おばあちゃんも、それにお母さんにも。それを再確認出来た。だから、死なずに旅に出た意味はきちんとあったよ」
「それなら良かった」
 本当に心の奥底からそう思う。鳥井はこれから幸せの場所へと向かっていくのだろう。
「この旅、楽しかったね。今までに無い事沢山経験したよ。青木はあんまり話してくれなかったけれど、いつも近くに居てくれたね」
 この逃避行が楽しかったなんて考えた事も無かった。けれども鳥井がそう言ってくれると確かにそんな気もしてくる。俺は頷きで返した。
「制服取った事も許してあげる」
「だからそれは違うんだってば」
 鳥井は大きく笑った。
「いつか、償い終わって答えを見つけたと思ったらまた私を探して会いに来て。それまでに私も幸せになって、そこで待ってるから」
「ああ、分かった」
 鳥井は一度目を瞑ってゆっくりと深呼吸を行った。今までの旅路を思い出している様だった。
「青木との旅はこれで終わりだけど、きっとこれからだよね。まだまだだよね。私達の幸せを探す旅って」
「勿論」
「私、幸せになるよ」
 俺はゆっくりと頷きを返す。
「だから青木も幸せを見つけて」
 その言葉にハッとする。俺の幸せって何だろう。探していたのだけれども、問われると途端に分からなくなってしまう。けれども聞き返すのも野暮なような気がした。それも今度再会するまでに見つけておく必要があるなと思った。
「そうだな」
「テーマパークで掛かったお金もその時に返すね。利子もつけて上げる。だから絶対だよ。約束だよ」
「ああ、分かった」
「そういうわけで。話はもうおしまいね」
 鳥井の方を改めて確認すると、いつの間にか出された料理を食べ終えていた。一方の俺は話すのに集中して……というより緊張であまり食欲が無かったのかほぼ手付かずの状態だった。
 黙ったまま少しの間見つめ合う。もう言葉なんてお互いに必要なかった。
 鳥井はテーブルから立ち上がる。
「それじゃあね!」
 そのまま、彼女はお店から出て行ってしまった。とても軽やかな動きに思わず見とれてしまった。それは自信を持って未来に突き進む背中だった。
 テーブルの上には食べ終えた食器と伝票だけが残されていた。今更追いかける気にもならないので、再会した時にテーマパーク代と一緒に出世払いで請求する事を決めた。