インターフォンはカメラもスピーカーも無いボタンだけの簡素な作りだった。押すとチャイムの音が小さく響き、これで中まで聞こえるのかどうか心配になったが中から「今行きますー」という声が聞こえてきた為、きちんと機能しているみたいだ。
ガラガラと音を立てて引き戸の玄関のドアが開く。中からは雰囲気が柔らかそうな年配の女性が出てきた。この人が鳥井の祖母だろうか。
「はい、どちら様で?」
すぐさま返答出来ず、言葉が詰まってしまう。何と言えばいいのだろうか。鳥井の友達というのも変だし、仮に友達だとしてもいきなり訪ねてくるなんておかしい。きちんと考えをまとめてからインターフォンを押せば良かったと後悔する。
「もしかして貴方、青木くん?」
「え、あー、はい」
咄嗟の事で返事をしてしまう。どうして分かったのだろうか。
「よく来たわね、とりあえず上がっていきなさいな」
「はぁ、お邪魔します」
混乱したまま、とりあえず促されるままに家の中に入った。木の良い匂いに包まれ何故だか懐かしい気持ちになった。
「自己紹介が遅れました。鳥井の祖母です。と言っても、分かっているからここまで来たのよね?」
「はい」
用意してくれたスリッパに履き替えながら答える。そうかと理解が追いついた。俺の事を知っているという事は、やはり鳥井は祖母の所へと来ていたのだ。ここに居るのだろうか。鼓動が急に早くなったのを感じた。
「どうぞこちらに。話でも聞かせて頂戴な。何か飲み物でも出してあげましょう」
促されるままについていき、長い廊下を歩いて行く。すると祖母が不意にふふふと笑い出した。
「まさかあの娘がこんな可愛い彼氏さん連れてくるなんて」
「いや、そういうのではないんです」
「あら、そうなの?まぁそういう事にしといてあげる」
否定したが、クスッと笑われただけで終わってしまった。
廊下を抜けるとそこには広いリビングがあった。そこにある四人掛けの大きなテーブルに促されるままに座ると、鳥井の祖母はすぐ横のキッチンに入り、お湯を沸かし始めた。
この人以外に気配は感じられない。こんな広い家に一人なのだろうか。
「お待たせ、コーヒーで良かったかしら。若い男の人が何を飲むのか分からなくって」
「はい、大丈夫です。お気遣いすみません」
一緒に出された砂糖とミルクを入れて一口飲んでみる。うん、丁度良い濃さと甘さだった。その間に祖母は向かい側へ座った。
「貴方も家出?」
「……はい。俺の事は鳥井から聞いてるんですね」
「ええ、ここに来たわ。居なくなった次の日には娘――あの子の母親から連絡があってね、家を出て行った事は知っていたわ。いずれ来ると思っていたのだけれど、私には待っている事しか出来なくて。だから、ここに来た時は安心したわ」
「ここに居るんですか?」
「いいえ、いないわ。ミチルはまた旅に出たのよ」
「どういう事ですか?」
「北の地に行ってみたいのだって。止める理由なんてなかったから行かせたわ」
鳥井の居る場所は北の地か。しかし広すぎる。何処に居るのか分からないようなものだ。
俺の心中を察したのか、祖母は首を横に振った。
「でも、今回は家出ではなくって、旅なのよ。旅行。どうしても行きたいっていうものだから、行かせたの。あの子はここに帰ってくるわ。連絡先も聞いている」
鳥井の祖母は一旦区切るとコーヒーそ少し啜って一呼吸置いた。
「ミチルは元の場所には戻らないで新学期からこっちの高校に通う事になったの。私もあの子をあの学校に戻すつもりない。それにあの子から聞いた事情は全て母親に話して学校へと伝えて貰ったの。そうしたら内部調査を開始する事になったそうよ。もうすぐミチルを虐めていた子達にはそれなりの報いを受けることになると思うわ。だから安心して。あの子は居場所を見つけたの」
そうなのか。鳥井は祖母の所に留まる事を決めたのか。それなら一安心だ。俺と公園で段ボール部屋での生活を続けるよりもずっといい。この優しそうな祖母の近くならば自殺しようと思う事もないだろう。俺の役割も終わったのかもしれない。
鳥井の祖母は木製の小さな入れ物をテーブルに置いて差し出してきた。
「はい、お菓子。折角だから食べて。ご飯はきちんと食べているの?何か作ってあげようか?」
「いいえ、大丈夫です」
流石にこれ以上、お世話になるわけにはいかない。
「遠慮しないでいいのよ。遠いし辺鄙な所だから。滅多に誰も来ないところなの。来てくれただけでも充分嬉しいわ」
鳥井の祖母は話すのを止めようとしない。
「よくここが分かったわね」
「いや、それは……」
鳥井の制服を探って生徒手帳を見たなんて、流石に言えなかった。
「ここまでやって来た、貴方の事を話して頂戴」
「それは鳥井からも聞いているはずです」
「貴方から見たミチルの事を聞きたいのよ。それと貴方が家を出た経緯もね」
鳥井の祖母は澄ました顔をして音を立ててゆっくりとコーヒーを啜った。
俺は息を呑んだ。目の前のテーブルには熱いコーヒーと菓子物。長話をする環境がいつの間にか整っていた。始めからそのつもりだったのだ。
話すべきか、どうするか。鳥井には話せなかったイジメで自殺まで追い込んでしまった過去。
「私になら話せるでしょ?ミチルには話せなかったかもしれないけれど」
確かに、この人には何でも話してしまいそうな雰囲気があった。何もかも受け止めてくれそうな。いや、俺はもう疲れてしまって誰かに何かを吐き出したかったのかも知れない。
溜息を深くついて考え、俺は今までの経緯について、話し始めた。
ガラガラと音を立てて引き戸の玄関のドアが開く。中からは雰囲気が柔らかそうな年配の女性が出てきた。この人が鳥井の祖母だろうか。
「はい、どちら様で?」
すぐさま返答出来ず、言葉が詰まってしまう。何と言えばいいのだろうか。鳥井の友達というのも変だし、仮に友達だとしてもいきなり訪ねてくるなんておかしい。きちんと考えをまとめてからインターフォンを押せば良かったと後悔する。
「もしかして貴方、青木くん?」
「え、あー、はい」
咄嗟の事で返事をしてしまう。どうして分かったのだろうか。
「よく来たわね、とりあえず上がっていきなさいな」
「はぁ、お邪魔します」
混乱したまま、とりあえず促されるままに家の中に入った。木の良い匂いに包まれ何故だか懐かしい気持ちになった。
「自己紹介が遅れました。鳥井の祖母です。と言っても、分かっているからここまで来たのよね?」
「はい」
用意してくれたスリッパに履き替えながら答える。そうかと理解が追いついた。俺の事を知っているという事は、やはり鳥井は祖母の所へと来ていたのだ。ここに居るのだろうか。鼓動が急に早くなったのを感じた。
「どうぞこちらに。話でも聞かせて頂戴な。何か飲み物でも出してあげましょう」
促されるままについていき、長い廊下を歩いて行く。すると祖母が不意にふふふと笑い出した。
「まさかあの娘がこんな可愛い彼氏さん連れてくるなんて」
「いや、そういうのではないんです」
「あら、そうなの?まぁそういう事にしといてあげる」
否定したが、クスッと笑われただけで終わってしまった。
廊下を抜けるとそこには広いリビングがあった。そこにある四人掛けの大きなテーブルに促されるままに座ると、鳥井の祖母はすぐ横のキッチンに入り、お湯を沸かし始めた。
この人以外に気配は感じられない。こんな広い家に一人なのだろうか。
「お待たせ、コーヒーで良かったかしら。若い男の人が何を飲むのか分からなくって」
「はい、大丈夫です。お気遣いすみません」
一緒に出された砂糖とミルクを入れて一口飲んでみる。うん、丁度良い濃さと甘さだった。その間に祖母は向かい側へ座った。
「貴方も家出?」
「……はい。俺の事は鳥井から聞いてるんですね」
「ええ、ここに来たわ。居なくなった次の日には娘――あの子の母親から連絡があってね、家を出て行った事は知っていたわ。いずれ来ると思っていたのだけれど、私には待っている事しか出来なくて。だから、ここに来た時は安心したわ」
「ここに居るんですか?」
「いいえ、いないわ。ミチルはまた旅に出たのよ」
「どういう事ですか?」
「北の地に行ってみたいのだって。止める理由なんてなかったから行かせたわ」
鳥井の居る場所は北の地か。しかし広すぎる。何処に居るのか分からないようなものだ。
俺の心中を察したのか、祖母は首を横に振った。
「でも、今回は家出ではなくって、旅なのよ。旅行。どうしても行きたいっていうものだから、行かせたの。あの子はここに帰ってくるわ。連絡先も聞いている」
鳥井の祖母は一旦区切るとコーヒーそ少し啜って一呼吸置いた。
「ミチルは元の場所には戻らないで新学期からこっちの高校に通う事になったの。私もあの子をあの学校に戻すつもりない。それにあの子から聞いた事情は全て母親に話して学校へと伝えて貰ったの。そうしたら内部調査を開始する事になったそうよ。もうすぐミチルを虐めていた子達にはそれなりの報いを受けることになると思うわ。だから安心して。あの子は居場所を見つけたの」
そうなのか。鳥井は祖母の所に留まる事を決めたのか。それなら一安心だ。俺と公園で段ボール部屋での生活を続けるよりもずっといい。この優しそうな祖母の近くならば自殺しようと思う事もないだろう。俺の役割も終わったのかもしれない。
鳥井の祖母は木製の小さな入れ物をテーブルに置いて差し出してきた。
「はい、お菓子。折角だから食べて。ご飯はきちんと食べているの?何か作ってあげようか?」
「いいえ、大丈夫です」
流石にこれ以上、お世話になるわけにはいかない。
「遠慮しないでいいのよ。遠いし辺鄙な所だから。滅多に誰も来ないところなの。来てくれただけでも充分嬉しいわ」
鳥井の祖母は話すのを止めようとしない。
「よくここが分かったわね」
「いや、それは……」
鳥井の制服を探って生徒手帳を見たなんて、流石に言えなかった。
「ここまでやって来た、貴方の事を話して頂戴」
「それは鳥井からも聞いているはずです」
「貴方から見たミチルの事を聞きたいのよ。それと貴方が家を出た経緯もね」
鳥井の祖母は澄ました顔をして音を立ててゆっくりとコーヒーを啜った。
俺は息を呑んだ。目の前のテーブルには熱いコーヒーと菓子物。長話をする環境がいつの間にか整っていた。始めからそのつもりだったのだ。
話すべきか、どうするか。鳥井には話せなかったイジメで自殺まで追い込んでしまった過去。
「私になら話せるでしょ?ミチルには話せなかったかもしれないけれど」
確かに、この人には何でも話してしまいそうな雰囲気があった。何もかも受け止めてくれそうな。いや、俺はもう疲れてしまって誰かに何かを吐き出したかったのかも知れない。
溜息を深くついて考え、俺は今までの経緯について、話し始めた。

