十七歳の冬休み。
夢が破れた私、美月(みつき)は北海道へと向かっていた。
破れた夢というのは、バレーボール選手になること。
試合で激しくぶつかってしまい、足の大手術をした。
ドクターからは激しい運動はしないようにと言われた。
怪我をしたことでレギュラー選手から外され、プロとして生きていくことは難しいと判断された。
『これからまだまだ夢を見つけることができるわ』
母親に言われたが、自分の人生をかけてきた夢だったからこそ、生きる気力を失ってしまった。
ほとんど学校にも行かなくなってしまった私を心配した母が、冬休みの間、亡くなった祖母の一軒家を片付けに行ってきてと、提案してきたのだ。
家にいても部活のメンバーがやってきて、励ましの言葉をくれる。それすら聞き入れるのが今は辛くて、どこかに逃げてしまいたくて、私は逃げるように北海道へ行くことを決めた。
札幌の隣の石狩。
高いビルや高層マンションが全くない。
ザ、北海道という場所だった。
広々としていて何もない。うっすらと雪が積もっていてとても寒い。
今の私にとっては心が癒せる素晴らしい場所だと思った。

祖母が亡くなったのは三年前。
大きな一軒家があるけれど片付ける時間がなくて、そのままにされている。
祖母が生きていた時はお米農家をやっていた。北海道から送られてくる美味しいお米が大好きで、スポーツをしていた私はもりもりと食べていたことが懐かしい。
駅からタクシーを乗り継いで到着した一軒家。
大きなキャリーケースを一つ持って、車から降りると誰も住んでいないはずなのに明かりがついていた。
ということだろうと思って恐る恐る玄関の前に立つ。ドアノブに手をかけると、鍵が空いていた。
開いた扉の隙間から、とても美味しそうなご飯の匂いがしてきた。真っ白なふっくらしたご飯と、お魚と、お味噌汁の香り。
混乱してしまった私は、思わずチャイムをしてしまう。
ピンポーン。
やけに明るい音が響いた。
「はーい」
中から聞こえてきたのは若い青年の声だ。
誰かいる?
誰かが住んでいる?
逃げ出そうとした時、扉が開いた。
私の姿を見て彼がにっこりと笑う。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
確か生前、祖母は、一人暮らしだったはずだ。
どうして、若い男性がここにいるのだろう。
背が高くて肌が真っ白で、瞳の色が紫。髪の毛はシルバーがかっていてサラサラとしている。……って、え? キツネのような耳が生えているのは気のせい?
「さ、さ、中に入って。北海道は寒いだろ?」
「……は、はい」
夢でも見ているのだろうかと思った私は、玄関に入るなり鞄の中からスマホを取り出した。自分の母親に電話をかけることにしたのだ。
「美月」
なぜか私の名前を知っている。
意味が分からず、急いで母親に電話をした。
「お母さん」
『美月、無事北海道に到着した?』
「この家、変だよ」
『青龍(せいりゅう)君に会えた?』
ちらりと横を見ると、柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ている彼が青龍君?
『彼、あやかしと人間のハーフなの。大人にしか見えないのよ。見えているということは美月も大人になったということね』
「は?」
『ちゃんと説明していなかったけれど、青龍君は』
母親と電話をしているのに、青龍君が慌てて電話を取り上げた。
「あー、もしもし、おばさん? お久しぶりです……。美月、無事に到着しました。安心してください。僕がしっかりと守りますから」
話している途中だったのに電話を切られてしまった。
ぽかんと口を開けている私に手を差し伸ばしてくる。
「怖がらないで。僕はずっと君のことを小さい頃から見ていたんだ」
「……え?」
あやかしと人間のハーフってどういうこと?
頭が混乱しているけれど、青龍君の慈愛に満ちた眼差しになぜか胸が暖かくなってきた。
「美月がこちらに来るからって楽しみに待っていたんだ。ご飯も作ってあるから一緒に食べよう?」
「……」
恐怖は感じないのだが、こんなに若い男性と二人きりになったことがなかったため、どういう反応していいのか分からず首をプルプルと左右に振った。
そんな私を見て青龍君は柔らかな表情を浮かべる。
「今世でまた会うことができてよかった」
「……どういうことですか?」
「前世で僕たちは夫婦だったんだ。前世だけじゃない。その前も、その前も。夫婦は七回一緒になるって言うんだ。今回結婚したら七回目になってしまうね」
「はい?」
「七回と言わず、何度生まれ変わっても君と一緒になりたいよ」
私は、信じられない状況に置かれているのに『何度生まれ変わっても君と一緒になりたいよ』という言葉を聞いて、一気に涙が溢れてきた。
自分の記憶には残っていないけれど、生命の奥底で感じる歓喜というのか……。前世や来世なんて実際目にして見ることができないから分からないけれど、転生輪廻というのはある気がした。
「美月が大人になったらもう一度結婚しよう」
「うん」
「それまでにここを改装して、立派な宿にしようと思うんだ。美味しいご飯が食べられる宿にしたい」
美味しいご飯が食べられる宿なんて、素敵だ。
私は、つい夢を頭に描いた。
でも、夫婦って……。まだ、心の整理がついていないけれど、私は彼の話をもっと聞いてみたい。もっと、彼と話がしたいと思ったのは、不思議だけど事実だ。
不思議なことって、世の中に存在するのかもしれない。
「美月、ダイニングに行こう」
手を伸ばしてくる青龍君に、私の手を重ねた。……すっごく、温かい。
彼と、宿を作ってみたいと思ってしまった。