第一章
チラチラと雪が降っている。まるでパウダーのような細かい雪。
息を吐くと白くて空へと消えていく。空は真っ白。
ニュースでは今週は強い寒気が日本上空を覆い被すと言っていた。
俺はマフラーで顔を隠して足早に歩いていた。
赤信号で立ち止まり、何気なく顔を上げるとずっと工事をしていたビルがどんとそびえ立っていた。
完成してオープンしたと夕方の情報番組で言っていた気がする。元々あそこは三階建ての小さなビルだった。
一階にはスマホショップが入っていて、二階にはタバコの匂いが染み付いた喫茶店があって、三階には名前も聞いたことがない会社が入っていた。
たった三年でこの街の景色は変わってしまう。
ゆららこと由良が生きていたら、瞳を輝かせて「ねぇ、こうくん。あの新しいビルの中に初出店のカフェが入っているんだって! 一緒に行こうよ」と誘ってきたに違いない。同級生の女子に人気な甘ったるそうなドリンクが売りのカフェができたり、フルーツ飴が売られているキッチンカーがいつも行列を作っていたり。面白いテーマパークとか、韓国で流行っているショップとか、消費者が飽きないように世の中は目まぐるしく変わる。
ゆららにもこの景色を見せてやりたかった。どんな笑顔を見せてくれただろう。
映え写真を一緒に撮りたかった。
あぁ……ゆららに新しいこの街を案内したい。
あの時、助かったのが俺じゃなくて、ゆららだったら良かったんだ。
後悔してもしきれなくて、時代が流れているのに自分だけが立ち止まっているような気がする。
信号が青に変わり、俺はゆっくりと歩いていく。
なんとなく家に帰りたくなくて、グルグルと回っていた。でもあの新しいビルの中には入りたくなくて。
入ってしまったら、ゆららとの思い出が消えてしまうような気がした。
気がつけばいつも歩いたことがない小道を歩いていた。
こんな都会に空き地なんてあったかなと思いつつ進んでいくと、キッチンカーがあった。
よく見てみるとキッチンカーではない。いくつもの写真が飾られていて吸い込まれるように俺は見ていた。
ゆららと一緒にスマホショップに行って携帯の契約をしてきた日のことを思い出す。当時は中学生だったから、俺の親もついてきたけれど……。
自分のスマホを持たせてもらえたことが嬉しくていろんな写真を撮った。俺のスマホにはいろいろなゆららが入っている。宝物だ。
しかし、ここに飾られている写真の画像はちょっと悪い感じがする。
解像度がよくないというか……。
制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら俺は写真を眺めていた。
「ここにある写真、エモいでしょ」
声をかけられて視線を動かすと、そこにいたのはショッピングピンクの髪の毛をして頭には赤と白の水玉のベレー帽を被った二〇代くらいの女性がいた。
「ええ、まあ」
「写真、好きなの?」
「いや……べつに……」
「ま、いいわ。何か後悔することがあったからここに来たんでしょ?」
初対面だというのにやたらと人懐っこい話し方をしてくる。俺はこういう人が苦手だ。
「条件を飲んでくれたら一つ叶えてあげてもいいけど」
見た目で人を判断するのはよくないかもしれないけれど、この風貌からしてファンタジー小説でも読んでいるのではないか。願いを叶えてあげるなんて怪しすぎる。
でも俺はまだ家に帰りたくないからとりあえず話に付き合うことにした。
「ちなみに条件って?」
手渡されたのは古いデジタルカメラだ。
「私がお願いする景色を撮ってきてほしい」
「は? 自分で撮ってきたらいいじゃん」
さっきまでペラペラ喋っていた彼女が急に寡黙になり頭を左右に振る。
「できない」
その視線はかなり悲しそうであまりにも冷たくて言葉を失ってしまった。
「でも今のあなたならできる」
「……っ」
何だか気になるじゃないか。
「本当に願い事を叶えてくれるのか?」
彼女は頷く。
「どんなことでも?」
深く頷く。
「死んだ人に会いたいって言っても?」
間髪入れずに頷く。
そこまで自信満々に頷かれると信じてみたくなる。……普段はそんなに簡単に人のことを信じないのに、なんでこんな怪しげな人に心が動かされているのだろうか。
「死んだ幼なじみにこの今の日本の景色を見せてやりたいんだ」
「できるわ。その代わり明日のこの時間までに、私が指定をする写真を撮ってきてほしいの」
「どんな写真?」
「学校の教室から見える夕日。空が真っ赤になっているそんな写真」
予想外の指示内容だった。
これくらいの年齢の人だったら簡単に学校に入ることはできないかと、妙に納得してしまう。
「まぁ、いいっすよ」
「あとルールがある」
彼女は真面目な表情になってルールを説明し始めた。
・二十四時間以内に帰ってこなければ、これから一生同じ日を繰り返していくことになる。
・指定された写真を撮影してこなければ、大事な思い出の記憶を消す。
・会いたかった人や動物に再会した場合、写真を一枚撮影してしまうと寿命が一年縮む。
「結構、恐ろしいルールだね」
「それでもどうしても会いたいなら……この話を受けて」
もう、ゆららに会えるなんて思っていなかった。
これはきっと夢なのだと思って俺は条件を飲み込むことにしたのだ。
「あぁ、会いたい……」
俺は簡単に写真を撮ることができる自信があった。
でも今は冬。
いつも夕方には夕日が見えるとは限らないのだ。
そして、ゆららに会うことができればそれで十分だと思っていたし、ゆららの写真は撮らなくても満足できると思っていた。
チラチラと雪が降っている。まるでパウダーのような細かい雪。
息を吐くと白くて空へと消えていく。空は真っ白。
ニュースでは今週は強い寒気が日本上空を覆い被すと言っていた。
俺はマフラーで顔を隠して足早に歩いていた。
赤信号で立ち止まり、何気なく顔を上げるとずっと工事をしていたビルがどんとそびえ立っていた。
完成してオープンしたと夕方の情報番組で言っていた気がする。元々あそこは三階建ての小さなビルだった。
一階にはスマホショップが入っていて、二階にはタバコの匂いが染み付いた喫茶店があって、三階には名前も聞いたことがない会社が入っていた。
たった三年でこの街の景色は変わってしまう。
ゆららこと由良が生きていたら、瞳を輝かせて「ねぇ、こうくん。あの新しいビルの中に初出店のカフェが入っているんだって! 一緒に行こうよ」と誘ってきたに違いない。同級生の女子に人気な甘ったるそうなドリンクが売りのカフェができたり、フルーツ飴が売られているキッチンカーがいつも行列を作っていたり。面白いテーマパークとか、韓国で流行っているショップとか、消費者が飽きないように世の中は目まぐるしく変わる。
ゆららにもこの景色を見せてやりたかった。どんな笑顔を見せてくれただろう。
映え写真を一緒に撮りたかった。
あぁ……ゆららに新しいこの街を案内したい。
あの時、助かったのが俺じゃなくて、ゆららだったら良かったんだ。
後悔してもしきれなくて、時代が流れているのに自分だけが立ち止まっているような気がする。
信号が青に変わり、俺はゆっくりと歩いていく。
なんとなく家に帰りたくなくて、グルグルと回っていた。でもあの新しいビルの中には入りたくなくて。
入ってしまったら、ゆららとの思い出が消えてしまうような気がした。
気がつけばいつも歩いたことがない小道を歩いていた。
こんな都会に空き地なんてあったかなと思いつつ進んでいくと、キッチンカーがあった。
よく見てみるとキッチンカーではない。いくつもの写真が飾られていて吸い込まれるように俺は見ていた。
ゆららと一緒にスマホショップに行って携帯の契約をしてきた日のことを思い出す。当時は中学生だったから、俺の親もついてきたけれど……。
自分のスマホを持たせてもらえたことが嬉しくていろんな写真を撮った。俺のスマホにはいろいろなゆららが入っている。宝物だ。
しかし、ここに飾られている写真の画像はちょっと悪い感じがする。
解像度がよくないというか……。
制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら俺は写真を眺めていた。
「ここにある写真、エモいでしょ」
声をかけられて視線を動かすと、そこにいたのはショッピングピンクの髪の毛をして頭には赤と白の水玉のベレー帽を被った二〇代くらいの女性がいた。
「ええ、まあ」
「写真、好きなの?」
「いや……べつに……」
「ま、いいわ。何か後悔することがあったからここに来たんでしょ?」
初対面だというのにやたらと人懐っこい話し方をしてくる。俺はこういう人が苦手だ。
「条件を飲んでくれたら一つ叶えてあげてもいいけど」
見た目で人を判断するのはよくないかもしれないけれど、この風貌からしてファンタジー小説でも読んでいるのではないか。願いを叶えてあげるなんて怪しすぎる。
でも俺はまだ家に帰りたくないからとりあえず話に付き合うことにした。
「ちなみに条件って?」
手渡されたのは古いデジタルカメラだ。
「私がお願いする景色を撮ってきてほしい」
「は? 自分で撮ってきたらいいじゃん」
さっきまでペラペラ喋っていた彼女が急に寡黙になり頭を左右に振る。
「できない」
その視線はかなり悲しそうであまりにも冷たくて言葉を失ってしまった。
「でも今のあなたならできる」
「……っ」
何だか気になるじゃないか。
「本当に願い事を叶えてくれるのか?」
彼女は頷く。
「どんなことでも?」
深く頷く。
「死んだ人に会いたいって言っても?」
間髪入れずに頷く。
そこまで自信満々に頷かれると信じてみたくなる。……普段はそんなに簡単に人のことを信じないのに、なんでこんな怪しげな人に心が動かされているのだろうか。
「死んだ幼なじみにこの今の日本の景色を見せてやりたいんだ」
「できるわ。その代わり明日のこの時間までに、私が指定をする写真を撮ってきてほしいの」
「どんな写真?」
「学校の教室から見える夕日。空が真っ赤になっているそんな写真」
予想外の指示内容だった。
これくらいの年齢の人だったら簡単に学校に入ることはできないかと、妙に納得してしまう。
「まぁ、いいっすよ」
「あとルールがある」
彼女は真面目な表情になってルールを説明し始めた。
・二十四時間以内に帰ってこなければ、これから一生同じ日を繰り返していくことになる。
・指定された写真を撮影してこなければ、大事な思い出の記憶を消す。
・会いたかった人や動物に再会した場合、写真を一枚撮影してしまうと寿命が一年縮む。
「結構、恐ろしいルールだね」
「それでもどうしても会いたいなら……この話を受けて」
もう、ゆららに会えるなんて思っていなかった。
これはきっと夢なのだと思って俺は条件を飲み込むことにしたのだ。
「あぁ、会いたい……」
俺は簡単に写真を撮ることができる自信があった。
でも今は冬。
いつも夕方には夕日が見えるとは限らないのだ。
そして、ゆららに会うことができればそれで十分だと思っていたし、ゆららの写真は撮らなくても満足できると思っていた。



