「花の気持ちを読んで犯人を捜せだと?」

 マヤは含み笑いをして、戸惑う私たちを上目遣いに見た。 

「花には私たちを同じように心があるのです。
 仙女の特殊能力の一つに『植物を操る』というものがあります。
 しかし、その気持ちに寄り添わなければ、植物を操ることはできません。」

(これも幻術なのか。)

「この花は住処である鉢を割られて悲しみに暮れています。どうか早く犯人を捜してください。」

 私たちをあざ笑うかのように、マヤが長い袖を優雅に振るって華麗に舞う。
 すると、私たちの周囲がガラリと様変わりして一気に春の気配になった。
 凍えて感覚のなかった手が、雪解けのようにじんわりと熱を帯びてくるのを感じる。

(天候を操る幻術を容易く使うとは、さすが女官指導員というところか。)

 私はハラリハラリと落ちる桜の花弁の中で舞うマヤを、感心して眺めた。

(これだけの術の使い手ならば、優に百歳は超えているだろう。
 もしも、マヤが百年前のことを記憶している仙女ならば、私の欲しい情報にたどり着くのも早いかもしれない。)

「花にも心があるなんて、考えてもいなかったわ。」

 サッテが絶望のため息を吐くと、ポンが鉢を地面に置いてわめいた。

「どうやって花の気持ちを解れというの?
 レンカ、あなたはどう? なにか良い考えはない?」

 急に話を振られた私は素直に首を横に振った。
 動物ならある程度の思考は理解できるのだが、植物の思考を読もうと思ったことはない。
 
「いや、特にない。さて、どうしたものかな。」
「わーん、仙女になってクンネチュプさまのお側に居たいと思っていたのに!」
「騒ぐなポン! 邪な気持ちで女官に志願するとは、心根が貧しいぞ‼」

 ポンが嘆いて泣き出すと、サッテがついにヒステリーを起こした。

 春のうららかな暖かさとはうらはらに、私たち三人の心はバラバラになり途方に暮れた。
 期待はしていないが、ユクもだんまりを決めている。

 私の悪運もついにここまでか。
 そう思った時、私の胸元がポウと淡く光った。

(ユクか?)

 苦い思いで胸元を見た私は、ハッとした。
 光ったのはユクではなく、ピリカに貰った真珠だったのだ。

『困ったことがあったら使いなさい。』

 ピリカの真意は分からないが、この八方ふさがりの状況を打破するキッカケになれば儲けもの。
 私は親指ほどの大きさの真珠を取り出すと、試しに耳に当ててみた。

『ア・・・ナ・・・タ・。』

 微かな雑音のような音。
 私はポンとサッテの間に入り、小競り合いを止めさせた。

「もしかしたらこれで、植物の声が聴こえるかもしれない。
 耳を澄ませて。」
「ホ、ホント⁉」
「静かに。耳を澄ませて。」

 三人で顏を見合わせて小さな真珠に耳を寄せた。
 すると、ポンの持っている鉢の方から不思議な声がハッキリと聞こえた。

『アノ オンナガ ワッタ。』

 私たちは我が耳を疑った。

「あの女・・・?」
「こちらの花にも聞いて、情報を集めてみよう。」

 サッテの持っている花の方に真珠を向けると、また不思議な声が聴こえた。

『キヲツケロ アノ オンナニ オマエタチモ ワラレル。』

「これ、本当に花が喋ってるの?」

 ポンが半笑いで私を見る。
 サッテも気味が悪そうに花を見ながらつぶやいた。

「ワル、悪、割る・・・壊す・・・殺す?」

「やめてよサッテ!」
 ポンが悲鳴にも似た声をあげた。
 
「もしこれが本当のことなら、あの女って・・・。」
「レンの花の声も聴いてみよう。」

 最後にサッテが私の花に真珠を向けると、ハッキリとした声が聴こえた。

『マヤガワッタ。』

 背筋がゾクリとして、肌が粟粒のように立った。
 これは・・・どういう感情だろう?

 今にも泣きそうな表情のサッテとポンがお互いを抱きしめ合う。

「どうしたらいいの?」
「犯人が、マヤさまだなんて、私には言えないわ。」
「ならば、私が言う。」
「レン!」

 私は二人の制止を振り払って、マヤの前に立った。

「鉢を割った犯人が分かりました。」 

 マヤは静かに微笑んだ。

「素晴らしいわね、レン。では、その者の名を教えてください。」
「花が、犯人はあなただと言っている。
 合っていますか?」

 マヤの表情が180度急転した。
 柔らかい微笑みは凍りつき、凍土のような硬くて蔑んだ表情を美しい顔に浮かべた。

「くだらないわ。」
「どうくだらないか説明してください。」
「花の気持ちが分からないからって的外れも良いところよ。」
「ならば、あなたにも聴こえるようにしましょう。」

 私は真珠を取り出すと、マヤの耳のそばに近づけた。

『マヤガハンニン!マヤ!マヤ!』
『ニョカンモクウ!』
『ミンナワラレル‼』

 花たちの大合唱が真珠から鳴り響き、うつむいたマヤはポキポキと指を鳴らした。

「ここに来る前に女官が人知れず消えるという噂を聞いたが、全部お前のせいだったのだな。」
「私は自浄処理をしているだけ。不要な異物を排除しているに過ぎないわ・・・隻眼の娘よ、お前は何者だ?」

 私はあとずさりして身構えた。

「ただの女官候補生だよ。」 
「ならばあなたたちは全員、不合格よ!」

 桜吹雪と共にみるみるうちに体が膨れ上がったマヤは、口が耳まで裂けて臭気を放つ巨大な鬼女になった。
 サッテとポンが断末魔の叫び声を上げる。

「私だけのものよ・・・。
 大御神殿に勤めて二大神の信頼を集め、ご尊顔を間近に拝見する権利は誰にも渡さないわ。」
「その姿、骨の髄まで私欲にまみれて鬼に囚われたようだな。」

 私がマヤを見上げるのと、マヤが口から炎を吹いたのが見えたのが同時だった。
 とっさに横に飛び退き難を逃れたが、一歩遅れれば丸焦げだった。

 桜の花弁はたちまち火の粉の塊と化し、私たちの頭上に降り注いだ。
 私は緊張して胸元のユクに話しかけた。

「ユク、サッテとポンの安全を頼めるか?」
「レンカさまはどうされるのですか?」

 私は胸元から金色の小刀を出すと、逆手に構えた。

「戦う。」

 胸元から鹿の姿のユクが飛び出し、逃げ惑うサッテとポンの前に降り立った。

「ギャー!」

 ユクをマヤの幻獣だと勘違いした二人が、二度目の断末魔の叫び声を上げて失神した。
 素早くサッテとポンの襟首を咥えたユクは、颯爽と空を翔けていく。

「空を翔ける鹿だと⁉ 」

 マヤが大きな首をブンと振り回すと黒い突風が吹き荒れた。
 私は荒れ狂う風に逆らって走り、ユクを目で追うマヤの足元に走り寄った。

「受け取れ、これはお前に騙された少女たちの恨みだ!」

 巨大な足の甲目がけて思い切り小刀を振り下ろすと、マヤが痛みに呻いた。

「なんだ、この痛みは・・・神の加護を受けしこの体に小刀の裂傷など効くわけがないのに。」
「その昔、この刀に魔物を滅する力を入れておいたのだ。こんな風に使う日が来るとは思わなかったがな。」
 
 ヤマトを魔物から守るために持たせていた小刀---皮肉にも、自分を守るために使うことになるなんて。
 苦鳴をあげて崩れ落ちるマヤ。

 その時、持っていた真珠が煌めいて、目を焼く白い光が周囲にほとばしった。

「マヤ、愚かなことをしたな。」

 光の中から男の声がして、マヤは愕然と巨大な膝をついた。
「あなたは・・・!」

 光に目が慣れると、私はその中に見知った影を認めた。

「ピリカ!」

 マヤが一瞬でもとの仙女の姿に戻り、地に頭をつけるように低頭した。

「これは・・・その隻眼の娘が悪いのです!
 虚言を吐いて厳正な女官試験をかき回し、それを指摘すると逆上して本性を出しました。
 獣を操り刃物を私に向けてきたので、成敗するところだったのです‼」

 泡を吹いて虚言を繰り返すマヤには向き合わずに、ピリカは私に手を差し出した。

「レン、あの真珠を。」

 私がピリカに真珠を手渡すと、小首を傾げるように真珠を耳に当てたピリカが釣鐘花の方を向いた。

「これは私がレンに持たせた真珠。
 そのものの真実の声が聴こえる神具だ。
 マヤが私欲のために、女官候補生たちをわざと試験に受からないように画策していたと花が言っている。
 仙女には花の声が聴こえるはずだが・・・お前には聴こえないのか?」

 マヤがグッと苦しそうに息を飲み、苦しみの声をあげた。

「どうか、どうかお慈悲を! 私はただ、大御神殿の規律を守るために・・・。」
「オマエごときが大御神殿の規律を?」

 柔和な雰囲気をまとっていたピリカの周囲が、急に張り詰めた空気を纏った。

「消えろ。」

 マヤがピリカの指先の動きだけで姿を消した。
 静寂に包まれた春の庭が、一瞬で大御神殿の部屋に戻った。

 マヤの幻術が解かれたのだろう。
 それは、完全にマヤが地上から姿を消したことを意味している。

 私はピリカの底知れぬ力に呻いた。

(こ奴は、本当にただの神官なのか?)

 ピリカは柔和な笑顔を取り戻し、耳障りの良い声で宣言した。

「そなたたちの働きに感謝する。
 よって、三人全員をクンネチュプ付きの女官にすると約束しよう。」

「クンネチュプさまの⁉」
「あああ、ありがたき幸せです!」

 失神していたはずのサッテとポンが感涙にむせび泣いている。
 私は呆気にとられて抗議した。

「あなたがそんなことを、勝手に決めていいのか?」

 フッと微笑んだピリカが、悪戯な子どものように悪い顏をした。

「構わないよ。だって、私がクンネチュプだから。」