—1—

「よしっ、全員揃ったな。ほう、いつにも無く真剣な顔をしているな」

 翌日、異能力実技の時間。
 授業開始直後、鞘師(さやし)先生から話があると言われ、オレたちはグラウンドの中央に集められた。

「お前たちの顔を見ていたら最早言うまでもないとは思うが、今日はソロ序列戦前最後の総当たり戦だ。この貴重な時間を各自有効活用するように。これまで戦績が上がらなかった者も勝ち越している者も大会では何が起こるかわからない。特待生が初戦敗退なんてことも別に珍しい話じゃないしな」

 大きな大会ではアクシデントがつきもの。特待生も絶対ではないということか。

「大会前だから今日は2試合で終わりだ。あんまりやり過ぎても疲れが残るだけだからな。保坂(ほさか)からも何か言ってやれ」

 鞘師先生に促され、保坂先生がちょこちょこと前に出てきた。

「えー、努力は必ず報われるという言葉がありますよね。私はみなさんに訊きたいです。この言葉をどう思いますか? 多くの人が大会に向けて自主的に練習をしていることは耳にしています。勝つために努力をすることはとても良いことだと思います。ですが、大会はトーナメント戦。1度負けたら努力は報われません。なぜかというと序列を重要視する本校では最下位になってしまいますから」

 どの生徒も序列7位入りを目指してこの学院に入学している。
 今回の大会はトーナメント戦であるから1度負けたらその時点でカースト最下層に転落することになる。

 それをわかっているからこそ、多くの生徒は放課後や休日などの時間を削って異能力のトレーニングを積み重ねてきた。
 オレや明智(あけち)千代田(ちよだ)も同じだ。

 この学院でなければ『例え負けたとしてもそこから何か得るものがあるのではないか』などという考えも出てきそうなものだが、保坂先生は1度負けたら努力は報われないと言い切った。

 願いを叶えるためには実力が全てなのだと、強い言葉でオレたちに言って聞かせたのだ。

「さっきの言葉ですが、私はこう思います。努力が必ず報われるとは限らないが、努力をせず、受け身に入っている人間にはチャンスなど訪れない、と。今この授業からでも遅くはありません。チャンスを掴み取るためにもさらに努力をして、仲間と共に高め合ってください。私からは以上です」

 保坂先生はいつもの柔らかい笑顔を見せると、鞘師先生の隣に並んだ。

「努力、チャンス、仲間と共に高め合う。うーん、実に青春だねぇー」

 自慢の金髪を手で整えていた岩渕周(いわぶちあまね)が独り言なのか保坂先生に向けて言ったのか、中途半端なボリュームでそう呟いた。

「それじゃあ、第7試合目の総当たり戦を始める。散らばってペアを組め!」

 岩渕の声は鞘師先生の元まで届かなかったようだ。

神楽坂(かぐらざか)、ちょっといいか?」

「はい?」

 生徒の多くがペアの交渉を始めている中、オレは鞘師先生に呼び止められた。

「あれから何かされてないか?」

 周りに会話が聞かれないよう声を潜めて鞘師先生が訊いてきた。

「特に何も起きてないですね」

「そうか。それならいいんだ。悪かったな呼び止めたりして」

「いえ、気に掛けて頂きありがとうございます」

 礼をしてその場を後にする。
 昨日のあの一件以来、しつこかった尾行もすっかりされなくなった。

 犯人に何かしら思うところがあったのかもしれない。こっちからしたら尾行されないに越したことは無いので一先ずよしとしよう。

 次に何か仕掛けられたらそのときは、オレの全力を持って犯人を暴いてやる。

—2—

「誰か手の空いている人はいないか? 対戦相手を頼みたいんだが」

 赤髪の少年、特待生の千炎寺正隆(せんえんじまさたか)が周囲に呼び掛ける。
 が、

「誰がこの大事な時期に」

「あいつとやるだけ時間の無駄だろ」

「特待生の相手は特待生がしろっつーの」

 周囲からの反応はいまいちよくないみたいだ。
 昨日、勉強会でも千炎寺の話題は上がっていた。彼はつい先日世界一の剣士の称号を手にした千炎寺正嗣(せんえんじまさつぐ)を父に持つ。

 これまでの総当たり戦6戦全て、刀を使い勝利を収めてきた。
 小さい頃から父親の指導を受けてきたのだろう。その実力は圧倒的で対戦相手を数秒で降参させるほどだった。

 実力は文句無し。
 しかし、ソロ序列戦を3日後に控えているこの状況でわざわざ対戦相手に千炎寺を選ぶ者などいない。

 圧倒的な実力は、時に人を孤立させてしまうものなのだ。
 グラウンドの反対側では、同じく特待生の氷堂(ひょうどう)が1人ポツンと突っ立っているのが見える。
 3人目の特待生、暗空(あんくう)は早々にペアを見つけたようで、無表情で対戦相手を見つめていた。

 さて、オレはどうしたものか。
 鞘師先生に呼び止められていた分、少し出遅れてしまった。

「まだペアを組めていないように見えるが、よかったら俺とどうだ?」

 突然声を掛けられ振り返ると、千炎寺が立っていた。

「あ、ああ、オレでよければ。ただオレの実力じゃとても相手になるとは思えないぞ」

「戦う前からそんなこと言うな。まあ、確かに俺は父をも超える世界一の剣士を目指してるから強いことは認める。ただ、戦ってみないとわからないこともあるだろう。違うか?」

「いや、そうだな。千炎寺の言葉も一理ある」

「決まりだ。よろしくな神楽坂(かぐらざか)

 千炎寺が手を差し出してきた。

「お手柔らかに頼む」

 そう言って千炎寺の手を握ろうとしたが、オレの手は千炎寺の手によって弾かれた。
 予想外の行動に驚き、千炎寺の顔を見ると、千炎寺の鋭い目がオレを捉えていた。

「お手柔らかに? 初めに言っておくが手加減はしないぞ。世界一の剣士を目指す俺の辞書に手加減なんて言葉はない。常に全力でぶつかるだけだ」

 千炎寺はそこまで言うと、オレに背を向け、前方にある武器の貸し出し場所へと向かった。
 おそらく刀を取りに行ったのだろう。

 少々気まずい空気になってしまったが、オレも千炎寺の後を追うことにした。
 相手が武器を使うのならオレも武器を持っていた方がいいだろう。
 素手で刀に対抗できるとは思えないしな。

 千炎寺が刀をいくつか手に取り、見比べた後、静かに頷いた。
 どうやら使う刀を決めたようだ。

 オレも千炎寺と同じように刀を手にする。素人が刀の良し悪しなどわかるはずもない。オレは最初に目に付いたものに決めた。
 刀身が輝いていて切れ味も鋭そうだ。


「準備はいいか?」

 鞘師先生が全てのペアが出来上がったことを確認し、グラウンド全体を見渡す。
 それぞれが先生の合図を待ち、戦闘態勢に入る。

 向かい合う千炎寺は剣を低く構え、体を静止させた。

『「バトルスタート」』

「!?」

 速い。速すぎる。何ていう速度だ。

 バトル開始直後、一瞬の瞬きの間に千炎寺の刀がオレの胸元に迫っていた。
 体が勝手に反応し、バックステップを踏んで距離を取る。

 それに合わせて、いやそれを上回る速さで千炎寺の追撃がくる。
 胴を横に薙ぐように振るわれた一撃を刀で受け止める。

 タイミング的にギリギリ間に合ったかと思われたが、オレの刀は簡単に弾かれてしまった。

 千炎寺の刀は速くて重い。

 今のたった2撃だけで、これまでの試合のほとんどが数秒で決着したということにも納得させられた。
 身をもってその剣捌きを体験し、改めてそう思う。オレみたいな特殊な人間じゃなかったら今頃戦意喪失していそうなものだ。

「神楽坂、なかなかいい反応してるな。でも刀の扱いは素人同然だ」

「さて、どうしたものか」

 なんとか体勢を立て直して再び千炎寺と向かい合う。
 当然ながら隙が無い。

 総当たり戦で負傷した場合、回復系統の異能力を持つ保健の先生に治してもらうことができる。
 しかし、それも万能ではない。傷の重症度によって治せる度合いや治療時間も変わってくるらしい。

 刀傷となればそれなりに時間がかかるかもしれない。

「ハッ!」

 またもや一瞬で距離を詰めてきた千炎寺。下から上に斬り上げた刃がオレの前髪をかすめる。
 なんとか紙一重でかわすことができたもののバランスを崩して倒れた。

 危ない危ない。対戦の後のことを考えている暇なんて無かったな。

 すぐに跳ね起き、刀の切っ先を千炎寺に向ける。
 すると間髪入れず、千炎寺が斬り込んできた。

 足を払うように繰り出された一撃を跳躍してかわす。
 すぐさま刀を戻した千炎寺は、空中にいるオレの胴に向かって斬りかかる。
 空中では逃げようがないため、攻撃を防ぐべくオレも刀を振るう。

 刀と刀がぶつかる。

「重い……」

 ビリビリと右手が痺れる。
 一方の千炎寺は、着地したオレの腹目掛けて突きを放ってきた。

 これは避けようがない。深く突き刺さったら死もあり得る。
 今までの千炎寺の攻撃を振り返ると、全て本気で斬りにきていたため、今回もオレを本気で串刺しにするつもりなのだろう。

 本当にヤバい。

『相手の動きを吸収しろ。戦いの中で相手の技を盗むんだ。よく観察しろ』

 直撃は免れない。そう覚悟したとき、頭の中に幼い日の記憶が蘇った。

「なに!?」

 次の瞬間、攻撃を放っていたはずの千炎寺が驚きの声を上げた。
 オレは無意識に千炎寺の突きを刀で払っていたのだ。そのまま千炎寺の上半身を斜めに斬り下ろす。

「負けるものか」

 千炎寺も刀を斬り上げる。
 再度、刀と刀が衝突する。先ほどとは比べ物にならない衝撃が腕から身体全体に駆け巡る。

 その刹那、オレの刀からピキッという音が鳴った。

 学院で貸し出しているような刀では、千炎寺の攻撃に耐えられなかったみたいだ。刀が悲鳴を上げている証拠だ。

「終わりだ」

 勝利を確信した千炎寺が刀を振り下ろす。
 オレも負けじと食らいつく。

 オレと千炎寺による最後の衝突。

「ッ!?」

 千炎寺が声にならない声を漏らす。
 刀の破片が宙を舞ったのだ。
 オレの刀ではなく、千炎寺の刀が真っ二つ砕けたのだ。

「どうやら終わるのは千炎寺の方だったようだな」

 武器を失った千炎寺。
 しかし、その目は勝負を投げ出した者の目ではない。
 オレはこの目を知っている。勝ちを諦めていない目だ。氷堂と戦ったときにも氷堂はバトルの終盤でこの目をしていた。

 まだ何かを隠しているというのか?

 千炎寺が折れた刀をオレ目掛けて投げつけてきた。
 体を翻してそれをかわす。

 その隙に千炎寺は手を合わせて徐々にその手を離していった。
 手を離していく距離が開く度にバチバチと音が鳴り、何も無いはずの空間から刀のような物が生まれていく。

 千炎寺が完全に手を開き終えると、刀身が緋色の刀が出現した。
 宙に浮かんだその刀を掴み、ブンっと一振りする千炎寺。

「俺の異能力、物体生成で作った俺の専用武器・緋鉄だ。まさか、総当たり戦で使うことになるとは思わなかった」

 千炎寺は緋鉄を正面に構えると、ぐっと踏み込んできた。
 刀の先端がオレの頬をかする。ここにきて千炎寺の速さが1段階上がった。

 頬を血が伝っているのがわかる。

(もう十分だな)

 その場で体を回転させた千炎寺が勢いを殺さず、そのまま袈裟懸けに斬り下ろしてきた。
 僅かに遅れたものの千炎寺の刀を受け止める。

 がしかし、今度はオレの刀が折れてしまった。

「俺の勝ちでいいか?」

 千炎寺がオレの首に緋鉄を向けたまま訊いてきた。

「ああ、降参だ」

 両手を上げ、降参を宣言する。
 さすがにここからでは挽回のしようがない。

 千炎寺正隆(せんえんじまさたか)、やはり特待生に選ばれただけのことはあるな。
 それと、彼はまだ何か隠しているような気がする。