—1—

 ——一条織覇(いちじょうおりは)視点。

 私には5つ歳の離れた姉がいた。
 一条琴葉(いちじょうことは)
 面倒見が良くて優しくてかっこよくて大好きだった。
 困っている人がいたら見て見ぬふりができない性格でお年寄りの荷物を持ってあげたり、道案内をしたり、公園で近所の子供の遊び相手になったり、そこまでしてあげなくてもいいんじゃないかと思うくらい周りに親切にしていた。
 悪い噂は一切聞かない。
 道を歩けばみんな笑顔で声を掛けてくる。
 姉の周りはいつも明るくて側にいるだけで幸せな気持ちになった。
 自慢の姉だった。

 だから第一次魔族大戦で姉が亡くなったと聞かされてショックで頭が真っ白になった。
 妖精族の王——魔族七将・悪夢のオボロンとの戦闘中に仲間を庇って致命傷を負ったらしい。
 姉は最後まで人助けをしていた。
 自分の命を犠牲にしてまで仲間を助けた。
 誇らしいけど、悔しい。
 私の中のこの感情はすぐには消化できそうにない。
 未だに引きずってるから。

 姉がいなくなってから無意識に記憶の中の姉の姿を追い掛けるようになった。
 姉だったらこうする。
 困っている人がいたら決して見捨てない。

 安全区域襲撃の時には柚ちゃんを守ったり、避難所を防衛したり最大限誰かの役に立つ行動を取るように心掛けた。
 姉だったらそうしたはずだから。

 もっと強くなって姉が守ろうとしたこの世界を救いたい。
 英雄候補生のみんなと出会って、一緒に過ごすうちにその想いが強くなっていった。
 私と関わって優しく接してくれた人が安心して過ごせる世の中にしたい。

 だから私は強くなる。

—2—

 地割れでエリアが分断されてみんなとバラバラになってしまい、神能が使えるのはどうやら私だけ。
 下級と知略型の魔族が猛威を奮う中、魔族討伐部隊の兵長を務める天草(あまくさ)さんが人間離れした動きで濁流のような魔族の勢いを食い止めていた。

「あれが普通の人の動きなの……?」

 鬼のような形相で剣を振るい、魔狼と魔猿の首を刎ねる。
 落ちていた剣を拾い、突進してきた黒焔狼の頭部目掛けて二振り同時に叩き込む。
 怯んだ黒焔狼の一瞬の隙を見逃さず、右手の剣を後方に投げ捨てる。
 すぐさま懐から銃を抜くと眉間に弾丸を撃ち込んだ。
 灰になり、崩れる黒焔狼。
 それと同時に後方の魔狼が灰になって霧散し、剣が地面に転がった。

「あ、天草さん、ありがとうございます!」

「礼には及ばない。気を抜くな。一瞬が命取りだ」

「はい!」

 魔族討伐部隊の隊員が天草さんに敬礼する。
 黒焔狼との戦闘中に周囲の隊員を援護するとは。
 天草さんの底がまるで見えない。
 剣と銃を軸に攻撃を組み立て、間合いのある敵に対しては落ちている石を投擲するなど、天草さんにとってこの世の全てが武器になり得ることを思い知らされる。

 しかし、1人で戦況を変えられるほど魔族も甘くはない。
 魔鳥による空からの爆撃。
 黒焔狼と白月猿の蹂躙。
 いくら兵長の天草さんとはいえ全範囲を守り切ることはできない。
 気付けばこちらの戦力が半数以下にまで減っていた。

「この! 私はこんな所で死ねないんだよッ! 家で娘が待ってるんだ!」

「高城さん?」

 白月猿と対峙していたのは魔族狩人(イビルハンター)の高城さんだった。
 安全区域襲撃の際に避難所の小学校を一緒に防衛した間柄だ。
 正眼に刀を構える彼女の頬から血が流れている。
 白月猿は近接戦闘を得意としていて拳も蹴りもパワーが桁外れに強い。
 天草さんは例外として神能を宿さない人間が正面からぶつかっても勝ち目は薄い。

「おちょくりやがって」

 白月猿が左右にステップを踏みながらリズム良く胸をポコポコ鳴らす。
 知略型の白月猿はドラミングを行うことで魔猿を統率していると言われている。
 言葉を発せない代わりにドラミングの音やリズムの変化で作戦を伝えているのかもしれない。
 ドラミングを聞き、周囲の魔猿が高城さんの周りに集まってくる。
 全方位警戒する高城さんを馬鹿にするように魔猿が石を投げつける。

「ダメだ」

 このままだと高城さんが殺されてしまう。
 手遅れになる前に力を解放する。
 どのくらい時間が持つかはわからない。
 二階堂さんとの訓練で身につけた私の現時点での最高到達点。

 内に溜めていた雷の神能を外部に発散。
 周囲の魔族を焼き焦がし、高城さんがいる地点までの導線を確保する。
 視界には白月猿が高城さんに殴り掛かる姿が映った。

「神能の武装化・雷帝!」

 空を裂くような激しい発光と轟音。
 雷が私の身体を撃ち抜いた。

 雷の神能の武装化。
 電撃を身体に纏うことで身体能力の飛躍的向上。
 攻撃も防御も他の神能の武装化に匹敵するが、雷帝の最大の武器は常軌を逸したスピードにある。

 味方の危機にいち早く駆け付けられるように。
 仲間の命を取り溢さないように。
 全速力で駆ける。

雷拳打破(ライトニングブレイク)ッ!」

 白月猿の拳が高城さんの顔面に触れる瞬間、破壊的な威力の雷拳が白月猿を吹き飛ばした。
 なんとか間一髪で間に合った。

「ありがとう。助かった」

 高城さんが刀についた魔族の血を地面に払った。

「娘さんの為にも生きて帰りましょう」

「そうだな。負けられない」

 まだ戦況が逆転したわけではない。
 天草さんと私と生き残っているみんなで敵を殲滅しなくてはならない。
 神能の武装化が解けるまでの数分間が私の勝負だ。