—1—

 五色の葬式から数日。
 オレは大量の荷物を抱えて病院を訪れていた。

「三刀屋先生?」

 受付けで手続きをしていると二階堂に声を掛けられた。

「なんだ二階堂もお見舞いに来てたのか」

「兄がそろそろ退院するそうなので様子を見に来ていたんです。その荷物はどうしたんですか?」

 両手にぱんぱんのビニール袋を持っていたら気にもなるだろうな。

「八神に頼まれたんだ。病院はやることが無くて退屈らしい」

「確かに。さっき会った時も暇そうに窓の外を眺めてたわね」

 二階堂兄と八神の病室は同じ。
 二階堂は自動販売機で水を買う為にロビーに寄っていたらしい。
 その際にたまたまオレを見かけて声を掛けたと。
 という訳で自然な流れで二階堂と病室へ向かうことになった。

「先生、実技訓練のことを聞いてもいいですか?」

「ああ、なんだ?」

「五色くんがあんなことになって訓練は中断されましたけど氷狼のヴォニア討伐作戦の件はどうなりますか?」

 実技訓練で勝利したチームの中で優秀な成績を残した生徒は魔族七将・氷狼のヴォニア討伐作戦に参加する権利を与える。
 そう約束していた。

「隊長の裏切り行為が発覚してからまだ日が浅い。正直な話、隊の上層部も混乱していてな」

 トップが不在になり、新たに誰が指揮を執るのか。
 本部で連日会議が開かれ、ようやく今後の方針が決まったらしい。
 今日の21時に遠隔(リモート)で神能十傑に内容が共有されることになっている。

「オレの予想だが討伐作戦を先延ばしにはしないはずだ。前線の動きが活発化していることから遅くても6月上旬の出撃になるだろう」

「6月上旬って後2週間もないじゃない」

「作戦はオレと亜紀で参加する。残りのメンバーは安全区域で待機だ」

 黒焔狼や白月猿のような知略型の魔族を相手によく戦ったとは思うが、生き残ることができたのは五色の活躍があってのもの。
 ただ二階堂単体で見れば神能の武装化を編み出し、一時的にでも蒼竜ミルガルドと渡り合ったという点は評価に値する。
 討伐作戦に加えれば貴重な戦力となり得るが、能力を引き出すには自身の命を削らなくてはならないというデメリットが引っ掛かる。
 魔族との戦いはこれからもまだまだ続く。
 五色を失った今ここでまた英雄候補生を失うわけにはいかない。

「どうすれば作戦に参加させてもらえますか?」

 揺るぎない赤い双眸が真っ直ぐとオレを見る。

「殺された鷹斗さんの(かたき)を討ちたい気持ちは分かる。でも鷹斗さんは自分の娘に命を投げ打ってまで(かたき)を取って欲しいとは思ってないと思うぞ」

「それは、私もそう思います。けど、許せないんです。どうしても。今の私の実力じゃ『紅炎武装(プロミネンスアーム)』を使ってもヴォニアに勝てるかどうかは分かりません。それでも戦えるチャンスがすぐそこにあるのに黙って結果を待つだけなんて耐えられない」

「すまない。オレもお前を失う訳にはいかないんだ」

 戦場では味方を庇いながら戦う余裕はない。
 二階堂には酷な話だが飲み込んで貰うしかない。

「分かりました。無理を言ってすみませんでした。失礼します」

 二階堂は頭を下げると踵を返して病院の出口へ歩いて行った。
 購入したばかりのペットボトルを強く握り締めながら。

 『二階堂星夜』『八神省吾』。
 病室に掲示されたプレートを見上げていると室内から賑やかな話し声が聞こえてきた。

「病院食ってーのはなんで味が薄いもんばっかりなんだ?」

「文句を言っている割におかわりまでしてるじゃないか」

「そりゃ、食べる以外にやることがないからな」

 ちょうど昼食の時間だったらしく、二階堂兄と八神が雑談をしながらご飯を食べていた。
 利き腕を失った八神は左手でスプーンを使い、器用に魚をほぐしている。

「2人とも思ったより元気そうだな」

「三刀屋先生、お久し振りです」

 食事の手を止めてオレと向き合う二階堂兄に対して八神は変わらず魚にがっついている。
 別に何とも思わないが食い意地が凄いな。

「体調はどうだ?」

「傷も塞がりましたし、痛みもほとんどありません。午後の診察で問題無ければ明日にでも退院できそうです」

「そうかそれは良かった。そういえばロビーで紅葉と会ったぞ。お見舞いに来てたんだな」

「紅葉はああ見えて心配性なんですよ。家族を失う恐怖心がそうさせてるのかもしれませんけど」

「優しいんだな」

「はい」

 オレ達が話している間も黙々と食事を進めていた八神がスプーンを置いた。
 食器は全て空だ。

「八神、頼まれてた五色の遺品だ」

「ここにいてもやることねーからよ。暇潰しできる物を探してたんだ。助かる」

 ビニール袋から漫画を取り出し、テーブルに並べた。
 ヒーローとヴィランが互いの正義をぶつけ合う王道バトルファンタジー作品。
 書店で五色と会った際に五色が購入していた物だ。
 片手で読むのは大変そうだがまあ読めないことはない。

「五色の奴、真面目過ぎんだろ」

 ぱらぱらと1巻を軽く眺めていた八神が半分呆れるように笑った。
 開かれたページには付箋でメモがびっしりと書かれている。
 序盤の講義で神能のイメージ力を鍛える為に創作物に触れろとアドバイスしたが、五色は漫画を参考資料のように扱っていたようだ。
 自分と同じ風の異能力を持つキャラクターのバトルシーンでは自分にも応用できないか考えた形跡が見て取れる。

「五色くんらしいね」

 別の巻を手にしていた二階堂兄もしんみりとそう呟いた。
 もう五色はいない。
 だが、彼が残した物が、想いが確実に紡がれていく。

—2—

 本部に指定された21時。遠隔(リモート)で会議が開かれた。
 自室の明かりを消し、壁にプロジェクターを投影させる。
 外部に音が漏れないように氷の結界を張る配慮も忘れない。

『定刻になりましたので会議を始めさせて頂きます。進行は私、百園京華(ももぞのけいか)が務めます』

 分割された画面に大和さんの姿はない。
 前線の防衛任務で欠席のようだ。

『事前に説明させて頂いた通り、那由他蒼月の裏切り行為によって五色響隊員が犠牲となりました。那由他の足取りは現在も掴めておらず、急遽臨時で私が本部を指揮する事となりました。よろしくお願いします』

 百園さんはオレとあまり歳が変わらないはずだが、臨時とはいえ魔族討伐部隊のトップになるとはかなりの出世だな。

『隊長の裏切りには驚かされけどあなたに後釜が務まるの? というか隊長の側にいたあなたも裏切り者っていう可能性はない?』

 那由他さんを慕っていた真桜さんが疑いの目を向ける。
 当然と言えば当然の反応だろう。

『私が裏切り者ではないと証明する術を今のところ持ち合わせていません。なのでこれから結果で証明できればと考えています』

 普段は優しい雰囲気を纏っている百園さんだが、真桜さんに対して怯む事なく言い切った。
 五色の死や那由他さんの裏切り。
 こうなることは分かっていたが嫌なくらい空気がピリついている。

『早速、先日の一件について分かった事があるので皆さんに共有させて頂きます。五色響隊員が魔族に姿を変えた原理についてです』

 画面が共有モードに切り替わり、赤い結晶が表示された。

『現場に僅かに残っていたこちらの結晶を解析したところ魔族の核と血液が固まってできた物であることが分かりました。以後、魔族結晶(イビルクリスタル)と呼称します』

 魔族の核とは人間で言う心臓だ。
 魔族の上位個体の中には肉体がいくら損傷しようが核を破壊されない限り死なない特殊な存在もいる。

『現場で一部始終を見ていた八神省吾隊員の聴取を参考に、魔族結晶を体内に取り込むことで魔族化する。そう結論付けた解析班は死刑囚を使って実験を行いました』

 再び画面が切り替わり、動画が再生された。

『魔族結晶の一部を死刑囚の体内に取り込み経過観察を行いました」

 灰色の服を着た高齢の男が魔族結晶を飲み込んですぐに喉を押さえ始めた。
 呼吸ができないのか口をパクパクと開きながら自身の爪で喉を掻きむしり、30秒ほどで動かなくなった。

『ご覧頂いたように死刑囚は悶え苦しむだけで体に目立った変化は見られません。考えられる要因として魔族結晶の摂取量が少なかった事が挙げられますが、他にも以下の要因が考えられます』

・1つの核に対する魔族化は1度きり。
→すでに五色響隊員が魔族化している為、条件を満たしていない。

・魔族化するには神能を宿す家系の血族でなくてはならない。
→死刑囚が拒絶反応を起こした原因は魔族化する器として不十分だった為。五色響隊員にあって死刑囚に無いものは血筋。そう考えると那由他が五色響隊員を選んだ理由にも説明がつく。

『この短期間でここまで突き止めているとはな』

 御影さんが感心の声を漏らす。
 那由他さんの失踪で上層部が混乱していると聞かされていたが、百園さん指揮の上かなり真相に近づいている。

『姿を消した那由他がいつ仕掛けてくるか分かりません。皆さんも魔族結晶の摂取には十分注意して下さい』

 1度魔族化すれば元の姿に戻ることは叶わない。
 那由他はそう言っていた。
 こちらの戦力を削る兵器として今後も使ってくるかもしれない。

『次に魔族七将・氷狼のヴォニア討伐作戦についてです。五色さんが本日の会議に欠席していますが、仙台の前線の動きが活発になっています。そこで5日後に作戦を決行したいと思います』

「予想はしていましたが随分と急ですね」

『ヴォニア率いる獣人族に加えて戦鎚のギガスの残党兵が戦場に現れました。五色さんが何とか持ち堪えていますが魔族討伐部隊や招集した魔族狩人(イビルハンター)に想像以上の被害が出ています』

「巨人族が……」

 屈強な戦士として戦場で存在感を放っていた巨人族まで加わったとなれば戦力差に偏りが出ているはずだ。
 一方的な蹂躙。そんな展開になっていてもおかしくはない。

『明日から九重さんにも戦場に加わってもらいます。また、追加の戦力として近隣の魔族討伐部隊の招集と新たに魔族狩人(イビルハンター)の募集を掛けています。三刀屋さんは5日後にその部隊を率いて戦場に加わって下さい』

「分かりました」

『魔族大戦以降最も大きな(いくさ)になります。人類の未来の為に作戦の成功を祈っています』

 こうして会議は終わり、ヴォニア討伐作戦までのカウントダウンが始まるのだった。