—1―

9月4日(火)午前5時25分

 山の向こうに太陽が顔を出し、今日も月柳村に朝が来た。
 月柳村は農家が多いので、こんな朝早い時間でも畑で作業をする人の姿がある。普段ならば、の、話だが。

 選別ゲーム2日目の月柳村は静かだった。
 昨晩、何の前触れもなく政府選別ゲーム課の人間が村にやって来て、【ペアを組め】という命令が出た。逆らったら脱落という名の死が待っている。

 しかし、命令自体は比較的簡単なものだった。誰かとペアを組めばいいだけだ。家族なら簡単にペアを作ることが出来る。
 そう、家族ならば。

「矢吹さん!! お願いします、開けて下さい! ペアを組まないと矢吹さんも脱落しちゃうんですよ!」

 玄関のドアをノックしながら中にいる住人の名前を叫ぶ、中学校教諭の志賀奈美恵(しがなみえ)28歳。

 昨晩行われた村の緊急会議で、家族がいる人は身内でペアを組み、一人暮らしの人は同じ性別の人とペアを組むということが決まった。
 この村で一人暮らしをしている女性は、志賀奈美恵と矢吹由貴の2人。なので当然この2人がペアを組むはずだった。

 しかし、深夜から朝にかけて何度矢吹の名前を呼んでも、ドアは固く閉ざされたまま、開くことは無かった。
 さすがの志賀にも疲れと焦りが見える。

「なんで出て来てくれないのよ」

 ドアの前にぺたんと座り込む志賀。
 別に志賀は、矢吹にこだわる必要はない。

 選択肢は他にもある。
 村で唯一、男で一人暮らしをしている岩渕清。
 3人家族の早坂家の誰か1人。
 昨晩、政府の織田に殺された浅沼空の祖母、浅沼八重子。

 選択肢は多く残されているが、時間は減る一方で増えることは絶対に無い。
 それに昨日から矢吹とペアを組む為、ドアの前から離れていないので、村の状況が全然わからない。

 こうしている間にも岩渕や早坂家の残った1人は、誰かとペアを組んでしまった可能性だってあり得る。
 それを確認しに行く時間ももったいない。

 だから、志賀は動けずにいた。

「矢吹さーん、お願いします。出てきて話を聞いて下さい」

 志賀が諦めかけたその時。
 開かずのドアがようやく開いた。

「いたっ……」

 ドアに頭をぶつけ、ぶつけた箇所を押さえる志賀。
 そして慌てて立ちあがる。

「フフッ、とても面白そうなことが始まったみたいね。いいわ、あなたとペアを組んであげる」

 薄い笑い声と共に姿を見せたのは、ここの住人の矢吹由貴だった。
 引きこもりという割に見た目は清潔に保たれている。背は低く、細身で、大きな赤い眼鏡をかけていた。
 35歳よりも全然若く見える。

「さあ、中に入ってちょうだい」

 矢吹は志賀を部屋の中に招き入れた。

—2—

9月4日(火)午前6時37分

 選別ゲームのことやおばあちゃんのことが頭の中をぐるぐると回り、私はあまり眠ることが出来なかった。
 ようやく睡魔が襲ってきたというところで、とある人物にたたき起こされた。

 外から誰かに窓を何回も叩かれたので、急いで窓を開ける。

「ヤッホー、起きてた?」

 奈緒が「よいっしょっ」と、言って窓枠によじ登り、部屋の中に入ってきた。
 もちろん靴は脱いでいる。
 朝から窓が割れるんじゃないかと思うぐらい強く叩く奈緒だけど、そこまで常識が無い子ではない。

「もう少しで夢の中に入れたんだけど、誰かさんのせいで現実世界に引き戻されちゃった」

「そっかー、それはごめんごめん。こっちもピンチだったから凛花が起きるまでは待てなかったのよ」

 奈緒は体の前で手を合わせて謝ると、机の前の椅子に座った。
 私は奈緒と向かい合うようにベッドに腰を下ろした。

「それで、ピンチって何があったの?」

 奈緒が1人でここに来たということは、まだペアを組む相手がいないということだろう。ピンチという言葉からしてもそれが読み取れる。
 私はそれを分かった上で奈緒に訊いた。

「ペアを組む人がまだいないんだよね」

「奈緒のお父さんとお母さんは?」

「昨日の夜にお父さんとお母さんがペアを組んじゃって私は余りものなんだ。一人暮らしの奈美恵先生の家に行ったんだけど誰もいなかったし、頼れるのは親友の凛花だけかなって……」

 奈緒の額に汗が浮かんでいる。
 ペアになってくれる人を探す為に村の中を走り回ったのだろう。

「私はお母さんと組む予定なんだよね。お父さんはおばあちゃんと」

「そっか。普通に考えればそうだよね」

 笑顔でそう言った奈緒だが、その笑顔がどこか無理をして作っているように思えた。
 自分が奈緒の立場だったら、と考えてしまう。そう考えてしまうと、どうしても奈緒のことを放っておけなかった。

「よしっ、まだペアを組んでいない人はいるはずでしょ」

「う、うん」

「可能性があるとしたら空さんを失った八重子さんとかかな。私のおばあちゃんと八重子さんをペアにして、お父さんとお母さんをペアに。それで私と奈緒がペアを組めばいいよ」

 手錠で繋がれてしまったら自由が利かなくなる。体が不自由な老人同士だったら尚更だ。
 しかし、他の人のサポートがあればなんとかなるだろう。

 ペアじゃない人が生活の手助けをしてはいけないなんてルールはないし。それに、2人とも横になったり、寝ている時間が長い。

 活発で体力が多い奈緒と組ませるよりも、年の近いおばあちゃんと組ませた方が良いはずだ。

「凛花……」

「そうと決まったら早速八重子さんの所に行こう!」

「うん!」

 父と母に事情を説明してから八重子の家に向かった。

—3―

9月4日(火)午前6時47分

 私は甘かった。
 八重子の家に行くと、中から足が悪く杖をついた八重子と、手錠で繋がれた今野寛子が出てきた。
 八重子はすでにペアを組んでいたのだ。

 ペアを組んでしまっていたなら仕方がない。他を探すしか道はない。

 だが、村を回ってみても同じだった。ペアを組んでいない人などいなかった。
 それでも僅かな望みに掛けて村を回り続けた。

 集会場に設置されている時計を見ると、時刻は7時28分を指していた。家を出てから30分以上経ってしまっていた。

 昨日の浅沼空の死や岩渕清に向けられた拳銃など、政府は本気で脱落者のことを撃ちに来るだろう。
 もっと早く行動するべきだった。そう思った頃にはもう遅い。

 この村でペアを組めていないのは、確認できただけで私の家族4人と奈緒。
 それからどこにもいなかった奈美恵先生と矢吹由貴。
 岩渕清と今野健三の姿も見当たらなかった。2人はこの村の出身で歳も同じなので、恐らくペアを組んでいるだろう。

「あちゃー、これはいよいよ絶体絶命のピンチだねー」

 この状況でも奈緒は明るく振舞おうとしていた。
 私は集会場の前に設置されたベンチに座り、考えていた。

 親友を取るかおばあちゃんを取るか。
 私の決断でどちらかが脱落してしまうかもしれない。この究極の選択に対する結論をあと4時間近くで出さなくてはならない。