—1―

9月5日(水)午後4時12分

 捕まってしまった私たち泥棒は、警察チームの頭脳でもある奈緒の父、国竹の指示でステージ側に集められていた。

 清と健三はステージ上の離れた位置に座っている。いつも一緒にいることが多いのに今はお互い近づこうともしない。

 奈緒の母親の拓海は、落ち着きなくステージ上を行ったり来たりしていた。時より奈緒や国竹に視線を向けているようだが気付かれていないみたいだ。

 私はというと、ステージに上がるための小さな階段に腰を下ろしていた。4段しかないその階段に父、浩二と母、真登香と座っている。

「お父さんもお母さんも体を張って私を逃がしてくれたのにごめんね」

「挟まれて逃げ道が無くなったんだろ。それはしょうがないさ。凛花、あんまり自分を責めなくていい」

「そうよ。私も凛花も捕まってしまったんだから、後は助けが来ることを信じて待つだけよ」

 父と母から優しい言葉を掛けられ、思わず涙が出そうになったがぐっと堪えた。
 私が出しゃばって太郎の考えた作戦に意見なんかしなければこんなことになっていなかったかもしれない。
 時間が経つほど自分の行動に対する後悔がどんどん湧き出てくる。

 と、その時、聞き覚えのあるサイレンが鳴り響いた。

『はい、えー、テス、テス、マイクテスト』

 山の中にいた時よりも政府の織田の声が鮮明に聞こえる。

『ゲームに動きがあったので報告します。万丈目真登香さん、万丈目凛花さん、早坂拓海さん、今野健三さんが捕まりました。残る逃走者は、阿部太郎さん、阿部小町さん、矢吹由貴さんの3人です! 繰り返します……』

 放送は織田によるゲームの状況報告だった。
 ゲームの状況をどうやって確認しているのか疑問だったが、体育館の2階の通路に政府の人間と思えるスーツを着た男女の姿が見えた。

 昔、演芸部が使っていたであろう照明などの機材が邪魔をして全員は見えないが、少なくとも4人いることが分かった。
 体育館以外にも村の中の至る所に政府の人間が姿を隠しているようだ。山の中を走っている際にも何人か見かけた。

「はぁ」

 溜息をついて視線をステージ下に戻した。
 放送にもあったように残る逃走者は3人。
 それに対して現在体育館内にいる警察チームは、国竹と奈緒と克也、それから私の1段上に座っている父、浩二の4人だ。

 奈美恵と麻紀は、国竹の指示で逃走している3人を探しに向かった。
 恭子と大吾の親子は、私たちがステージ側に集めらている最中にこの場から逃げるように急いで体育館から出て行ったのが見えた。

「くそっ、終わりだ終わり。俺たちはここで脱落するんだ。お前らが失敗なんてするからよぉ。もっとマシなやり方があっただろうが。本当使えねーな」

 清が挑発するように悪口をうだうだ吐いている。
 むかつくけど反応したら清の思う壺なので無視を決め込む。

「黙れ清。お前がやったことは許されることじゃない。お前のせいで恭子さんは」

 健三が清のいる方に向かって歩きながら感情を剥き出しにする。

 私たちが救出作戦を実行した時、体育館に入ってまず目に飛び込んできたのは、裸になった恭子と恭子に覆いかぶさる清の姿だった。
 清の手にカッターが握られていたことから、私たちが来る前に何が起きていたのか大体の想像はついていた。

 それが今の健三の発言で確かなものとなった。

 捕まった泥棒は、牢屋である体育館の外に出ることは出来ない。
 恭子は、清の魔の手から逃れるために大吾を連れて外に出て行ったのだろう。

「健三、お前こそ黙れ。せっかく助けてもらったっつーのに、なにアホ面下げてのこのこ戻って来てんだよ」

 清もゆっくりと足を進めながらそう言った。

「てめぇ!」

 ステージの中央。
 健三が清の顔面に右ストレートを放つ。が、これを清がすれすれのところでかわした。

「それはさっきもかわしただろ。攻撃に進歩がないんだよ健三」

 攻撃をかわしながらそう挑発した清はぐっと踏み込むと、健三の喉元目掛けて全力の突きを放った。
 健三は、咄嗟に腕を交差させてなんとか防いだが、勢いを殺し切れずよろめいて尻もちをついた。

 清に見下ろされる健三。

「好きな女で遊ばれたからってそんなに熱くなるなよ。冷静で評判のいい教師だった健三はどこにいったんだ? なあ?」

 清がポケットからカッターを取り出すとカチッ、カチッ、と音を立てて刃を出した。

「もう3時間も無い命だ。俺を邪魔する奴は全員殺す」

 清が目を見開き、カッターを振り下ろす。
 健三は横に転がりそれを回避。転がりながら立ち上がると、清の後ろに回り込んで髪の毛を掴んだ。

「うがっ、いてぇぞ、くそっ」

 髪の毛を引っ張られて暴れる清。痛みから逃れるために背後に向かってカッターを振るった。
 これには健三も手を離して避けるしかない。

「ふざけやがって」

「ふざけてんのはどっちだよ」

 健三が額から流れる血を手で押さえながらそう言った。さっきの一撃をかわしたつもりがどうやらかすっていたようだ。

 お互い息が荒くなっている。成人男性の本気の喧嘩。私たちは止めに入ることが出来なかった。

「うおーー!」

 先に動いたのは怪我を負った健三だった。
 低い体勢で清に向かって突っ込む。

「は?」

 だが、そこに清はいなかった。
 清は突っ込んでくる健三を簡単にかわし、ステージから飛び降りていた。
 そのまま一直線に奈緒の元へ走る。迫りくる清から逃げようとした奈緒に抱き着き、足を払って仰向けに倒した。

「キャーーー! やだ!! 痛い! 痛いってば!」

 奈緒が必死の抵抗を見せる。
 奈緒の近くにいた克也が清を止めるべく走り出していたが間に合わない。私もさっきまでの奈緒との出来事など忘れ、夢中で走っていた。

「へっへっへっ、恭子さんとやってる時は邪魔が入ったからな。やっぱ若者の肌は違うねー」

 清は奈緒の服を無理矢理脱がせながら汚い笑い声を上げる。

「あっ? なんだこれ? おいっ、どうしたんだよこの傷」

 清は首を傾げて立ち上がり、奈緒の露わになった体を凝視していた。

「だから嫌だって言ったのに」

 奈緒は仰向けのまま体を隠そうともせず、静かにそう呟いた。

「奈緒、どうしたの? それ……」

 奈緒の体には見るに堪えない痛々しい痣が無数にあった。胸の近くに火傷の跡もある。
 こんなに多くの痣、昨日や今日ついたものではないだろう。

「…………」

 奈緒は何も答えず、私を観察するようにジッと見ていた。