—1―

9月5日(水)午後3時15分

「キャーーーーーー」

 体育館に響く恭子の悲鳴。
 正面の扉の内側にいた克也と奈美恵がステージ側に目を向けると信じられない光景が飛び込んできた。

「清さん、や、やめて。お願いだから、あっ」

 ステージ上にいたはずの岩渕清が監視をしていた恭子に抱きついていたのだ。着ている服を強引に脱がし、ズボンも下ろしてまとめて遠くに投げた。
 恭子の身を包んでいるのはピンク色の下着だけだ。

「清、お前殺すぞ!」

 ステージの上から飛び降りた健三が清に殴り掛かる。
 清は反射的に恭子から離れると、健三が繰り出した右ストレートをギリギリのところでかわした。
 頬に風がきたが直撃はしていない。清は、がら空きになった健三の鳩尾に全力の突きを放った。

「ガハッ」

 鳩尾を防御することなどできない。健三は膝から崩れ落ち、腹を抱えてうずくまった。

「清、お前どういうつもりだ?」

「おいおい健三、そんな目で見るなよ。言っただろ我慢の限界だから好きにするって。俺も色々と溜まってんだよ」

 清が恭子の背後から抱きつくと胸を鷲掴みにした。下着も外し、直接胸の柔らかい感触を楽しむ。
 清は健三が恭子に想いを寄せていることを知っている。知っているが清にとってそんなことは関係ないのだ。ただ1番近く恭子がいたから行為に及んだに過ぎない。

「お母さんを離せ!」

 大吾が拳を振り上げて清に突っ込もうとしたが、その拳が届くことはなかった。
 清が大吾の顔面を思いっきり蹴ったのだ。

 衝撃で地面を転がる大吾。その先には克也と奈美恵がいた。2人はすぐに大吾の元に駆け寄り、清に鋭い視線を向ける。
 清はその視線に怯む様子を見せず、片方の手を恭子の下の下着の中に入れた。

「や、やめてください。んっ」

 涙声で抵抗する恭子だが、清の力に敵うはずもなく、もうなされるがままだ。

「いい加減にしろよ! 敵だからってなんでもしていいのかよ」

 克也が清の元に歩みを進めながらそう怒鳴った。

「なんだ克也、やけに好戦的じゃねーか。だがな、お前はそれ以上近づけねーよ」

 ポケットからカッターを取り出し、カチャッと音を立て刃を出すと恭子の首筋に当てた。恭子の首から一筋の血が流れる。

「念のために隠し持っていたんだが、ここで使うことになるとはな。まあ、別にいいか。おいっ、それ以上近づくと恭子さんが死ぬぜ」

 克也が歯を食いしばり3歩下がった。

「そうだ、それでいい。他の奴も近づいたら恭子さんが死ぬと思え」

 清が恭子にカッターを突きつきたまま仰向けになるよう指示し、自分はベルトを緩めて恭子に覆いかぶさった。
 清が腰を上下させるたびに恭子から艶めかしい声が漏れる。

 目の前で行為が行われているというのに近づけない清と大吾、克也と奈美恵の4人。
 全員同時に襲い掛かれば取り押さえることも出来るだろうが、その前に恭子が刺されてしまう危険性がある。
 
 今の清からはカッターで首を掻ききることも躊躇しない、そんな雰囲気が出ている。だから、4人は見ていることしかできないのだ。

 と、その時だった。体育館の正面の扉から人が2人入ってきた。

「なにしてるんだ!」

「浩二さん!」

 克也が助けを求めるように凛花の父である浩二の名前を呼んだ。
 浩二は凛花の母、真登香を牢屋まで連れてきたのだ。2人が牢屋である体育館に入った瞬間、この異様な光景が広がっていたのだが、浩二は瞬時に状況を理解した。

 スタスタと一直線に清と恭子の元に向かって進む。

「はぁっ、はぁっ、それ以上近づいたらこの刃が恭子さんの体に刺さるけどいいのか?」

 清は息を荒げながらカッターの刃と浩二の顔を交互に見た。
 浩二がその言葉に足を止める。やはり誰もこの男に近づくことはできない。

「たすけ、んっ」

 恭子が浩二に助けを求めようとしたが、清が自分の口で恭子の口を塞いだ。
 恭子が諦め、現実逃避するためなのか目を閉じた。涙が顔を伝い床に落ちる。

「くそっ!」

 健三がぶつけようのない怒りを地面にぶつけた。拳が赤く腫れているが、清に対する怒りのせいで痛みを全く感じていなかった。

 誰もが諦めかけていた。自分たちにこの最悪な状況を変えることが出来る力があれば。なんて無力なんだ。

 克也は考えていた。自分たちには現状を打破する術がない。
 しかし、外部、第三者から何らかのアクションがあれば状況が一転するかもしれない、と。

 本来、敵対する相手にそんなことを願うものじゃないと分かっていながら、そう願わずにはいられなかった。今の克也にはそれくらいしかできなかった。

 そして、その願いは叶う。

 体育館内に突如ガラスの割れた音が響いた。

「なんだ?」

 突然の出来事に体育館の中の時が止まったかのように全員が固まった。
 音の発生源である裏口の方に視線を向けていると、そこから克也たちにとっての救世主が現れた。