「また私のプロデューサーになってくれる?」

 ある日のC中学校弓道場。oたち一年生の弓道部員は、巻藁という米俵のような形をした物体に矢を放つ練習を始めている。巻藁との距離は二メートルほど。
 しかしここまでくれば、二十八メートル先の的を射抜く、的前デビューは目前である。

 iの姿もある。また二人きりになるチャンスがあったので「習い事はどう?」と、oは聞いてみる。
「えーとね、実は順調なんだ」「頑張ってね」「うっしゃ頑張るー」つい無責任に頑張ってと言ってしまったが、iの口から順調という言葉が出てほっとする。

 iは小学校の頃からダンスの習い事をしている、とeが聞き出している。中一の夏休みだからこそ、ダンスの練習もギアが上がり、発表の機会もあるに違いない。
 iは部活を休むというより、弓道とダンス、運動を伴う文化的な活動を両立しているのだろう。

 まどろっこしい言い方をしたのは、oが弓道ですら夏の練習は暑くてへばっているというのに、野球部など校庭で活動している運動部を傍から見て、「地獄だな」と思っているからである。
 野球は応援する側で良かったと痛感している。oの好きなプロ野球チームHは現在首位で、応援しがいがある。

 応援といえば、iには「頑張ってね」ではなく「応援してるね」と言えば良かった、と少し後悔する。そうでもないか。
 応援とダンスといえばチアダンスがあるが、そもそもiはどんなダンスを習っているのだろう。
 iに直接聞くか、cかeが知っているなら聞けばいいのだが、なんか小恥ずかしい。

 部活から帰宅し『G君ソーダ』を、アイスクリーム頭痛になりかけながら一気食いする。まだ買い食いをするお年頃ではないo。

 あっという間にお盆、iと当たり前に会えない期間。帰省以外では、夏休みの課題の消化具合が気になる頃合いだ。

 oは携帯電話を持っていないため、bらとそうした何気ない連絡を取りようがなかった。そもそも男子は携帯を持っていないのが最早当たり前で、一部の女子は中学に入学するタイミングで買い与えられていたようだった。
 それもガラケー。世間で話題になっていた『iP』などは、oたちが住むK県K市ではテレビ越しの代物だ。

 連絡といえば、夏休み前半の夏祭りや花火大会に、友人らと行く計画を立てなかった。打ち上げ花火の音で、それに気付いたことを思い起こす。
 後半の部活で、夏休みの課題の進捗と夏祭りについて話題にしてみるか、とoは目の前の課題への現実逃避がてら、会話のシミュレーションをする。

 iと夏祭りに行きたいような、でもiの忙しさに拍車を掛けるような。息抜きにはなるか、いや人混みだらけの夏祭りはそもそも息抜きになるのか、などと余計なことを考えたところで、課題を前に進める。

 お盆明けの練習の合間、一年生の男女が固まっているところで、oは夏休みの課題について切り出す。

 このような場面でoが自ら会話の切っ掛けを作るのは、これが初めてである。
 これまではeが、矢や弦などの弓道具の話を男子にまで振ってくることや、C小出身組の男子の一人が、同じC小出身の女子に雑な話題を振ることはあった。

「あー全然終わってねーわ」「なー」と答えたのはbとC小出身男子の一人。
「計画は立てるんだけどさー計画通り全っ然進まん」「計画立てるんだ意外」はeとc。
 eって計画立てるんだ意外、と内心でオウム返しをするo。

「いや計画は立てるだろ、立てない奴おる?」「確かに」eとcのターンが続く。
「俺立ててねーわ」「俺も」bと先ほどのC小出身男子が返し、スクールカースト上位組を形成する。
「これだから男子は」「こらこら、iはどう?」eの女尊男卑発言を、おそらくたしなめたcが、iへパスを出す。

「まず夏休みの前半で終わらせられるように計画を立てたのね。でも流石に終わらなかった」「前半っ、だとっ⋯⋯」iの返答に即座に反応するeが、どうなっても会話の中心になる。
 oの「そうなんだ」や、残りのスクールカースト下位かもしれない組の相槌や無言が、掻き消される。
 訂正、無言は掻き消しようがない。

 bらが「すげーな」などと言っているのに対し、cが「ごめん私も前半で終わらせる計画立ててたわ、でも終わらんよねえ、i仲間」と言い放ち、iと手を取り合う。羨ましい。
 oも「計画は立てる、けど夏休みいっぱいまでのペース配分で、前半で終わらせるとか思い付きもしなかった」と、精一杯絞り出す。

「うちもー、てか前半じゃ終わらんて。dは?」
「だよねえ、でも計画は立ててない」
「分かるー計画立てたところでなー」
「なー」
「はい男子どもー」
「こらこら」。

 ちなみに残りの同級生は計画を立てる派と立てない派、その場に居るのに会話に一言も参加せずに終わった派に分かれた。

 夏祭りや花火大会のことは聞けずに練習が再開。それらの行事は夏休み後半にもあるのだが、部活組には部活で会えるからいいやと思うと同時に、そもそもそれらはクラスメイトとの交流イベントだったんだろうなと、クラスではカースト下位のoは今更気付く。

 ただ男子、少なくとも中学一年生は、小学生の延長で友人宅にゲームをしに行くならまだしも、夏祭りに行くノリのほうが少数派な気はする。これはoの経験バイアスだろうか。

 またeは夏祭りや花火大会、はたまた友人と遊びに行くために、課題のスケジュールも立てるのだろう、と推測してみる。夏休み前半で課題を終わらせようとしたiとcが優等生であることは、oは知っていたというより、雰囲気で分かっていた。

 来年は参考にしようと思うし、oはこの弓道部のメンバーで夏祭りに行けたらな、とも思った。

 さて、考えごとをしている暇はない。先輩から矢取りの仕方を教わる。
 弓道は一歩間違えれば人が死ぬ競技である。先輩が放った矢を回収する矢取り係を、一年生も担当するようになる。
 そして先輩からゴーサインが出れば、ついに射場から弓を射る側になるのだ。

 この日の部活帰りは、そもそも夏休みなら買い食いに当たらないのではないかと、生徒手帳で校則をろくに確認もせず、地元のスーパーで地元定番の炭酸飲料とアイスバーを買う。
 oの地元トリプルコンボが決まった。