期末試験が終わり七月に入ると、夏休みを目前に教室の空気はそわそわし始めた。
「なあ、相良。今度の土日、どっか遊びに行かね? 二年になってから全然遊びに行ってなかっただろ」
昼休み、僕の座る窓際の席に近づいてきたのは同じクラスの三角だった。三角とは一年生のときも同じクラスで、週末はちょくちょく遊びに行っていた。
「ごめん、今度の土日は両方部活で」
「でもさ、練習半日とかじゃないの?」
「二日とも、二部練なんだ。せっかく誘ってくれたのに、ごめん」
「うっわ。大変だな。なら、また誘うわ。練習頑張ってな」
三角は苦笑を浮かべて僕の席から離れていった。教室の前の方の何人かのグループの下に混ざり、ちらっと僕の方を見てから楽しそうに言葉を交わしている。
もう誘われないだろうな、という予感がした。時折、クラスで浮いてるな、と感じることがある。去年はそんな風に感じることはなかったのに。
“陸上ばかりしてるヤバい奴”
直接言葉として聞いたことはないけど、クラスの中で僕を見る目は、僕の立っている場所は、そんな感じだと思う。このクラスになってから三か月が過ぎたけど、新しく友だちと呼べるような人はできなかった。
このクラスにとって僕は混ざり込んでしまった異物なんじゃないだろうか。そんな思いに駆られながら窓の外を見る。濃い蒼空を貫いてグラウンドに日光がガンガン降り注いでいる。今日の練習は暑さに気を付けないと。
ああ。結局僕は走ることばっかり考えている。授業を受けて、走って、帰って寝るだけの日々を繰り返していたら、考えることの幅がドンドン狭くなってきた気がする。
「相良ー、飯行こうぜ」
廊下の方から聞こえてきた五木の声で現実に引き戻される。廊下の方を見ると、教室の中を五木が覗き込んでいた。その隣に西原もいるようだ。
六月の頃から、昼休みは五木や西原といった陸上部と過ごすことが増えた。もしかしたら、五木や西原もクラスでの立ち位置がわからなくなっているのかもしれない。そう思うと、ちょっと落ち着くような気がした。それはただの現実逃避なのかもしれないけど。
「そういえば、聞いたか?」
三人で連なって廊下を歩いていると、西原が難しい顔で一歩前に出て振り返った。
「何が?」
思い当たる節が無くて尋ねると、西原はギュッと苦しそうに目を細めた。
「横島と波野、陸上部を辞めるらしい」
「またか……。これで一年生が辞めるの、四人目?」
横島と波野は今年入ってきた一年生だった。二人とも中学の時に陸上をやっていて、これからが楽しみな選手だった。
黒川先輩達三人が辞めて以降、二、三年生は辞めてないけど、一年生は二週間に一人ずつくらい退部していた。当然、佐溝先生がそれを引き留めることはない。
この前、黒川先輩が撒いた佐溝先生の過去に関する記事の影響も小さくはないのだろう。
「まあ、向いてないと思ったら、早めにやめた方がお互いのためなのかもな」
五木の口調はあっさりとしたものだった。四月に佐溝先生が来てから三か月。これでやめた部員は七人だ。人が辞めることにいつの間にか慣れてしまっていた。
佐溝先生が来るまでは、一人だって陸上部を辞めることはなかったのに。
「でもさ。一年生がこんなに辞めたら、来年はどうなるんだ?」
ポツリと西原が零した言葉に、僕と五木は顔を見合わせる。
残る一年生は二人。三年生が卒業してしまえば、駅伝に出場するために必要な七人ギリギリだ。来年になったら新しい一年生が入ってくるとは言え、人数が足りなくて駅伝に出られないなんて考えたことがなかった。
「駅伝だ!」
五木が力強く言い切った。
「駅伝でうちの高校が活躍すれば、駅伝をするためにうちの高校に来てくれる一年生が増えるはずだ」
「そんなに上手くいくか?」
西原が怪訝な顔をするけど、五木は勝気にニッと笑う。
「どのみちさ、俺たちは頑張って走るくらいしかやることないだろ。なあ、相良?」
「うーん。まあ、そうかもね」
五木の言う通り、今の僕たちができるのはただ一生懸命練習して、十月末の駅伝で活躍することなのかもしれない。四月にはどう頑張ったって強豪校には勝てっこないと思っていたけど、今は違う。このままタイムを伸ばしていけば、優勝は難しくても上位争いはできる気がする。
意気揚々と歩いていく五木に対し、西原だけはまだどこか浮かない顔をしていた。
「……本当に、それでいいのか?」
西原がポツリと零した言葉を、僕も五木も聞き流した。ここまで来たら走るしかないと思っていたし、それ以外の答えなんて持ち合わせていなかった。
「なあ、相良。今度の土日、どっか遊びに行かね? 二年になってから全然遊びに行ってなかっただろ」
昼休み、僕の座る窓際の席に近づいてきたのは同じクラスの三角だった。三角とは一年生のときも同じクラスで、週末はちょくちょく遊びに行っていた。
「ごめん、今度の土日は両方部活で」
「でもさ、練習半日とかじゃないの?」
「二日とも、二部練なんだ。せっかく誘ってくれたのに、ごめん」
「うっわ。大変だな。なら、また誘うわ。練習頑張ってな」
三角は苦笑を浮かべて僕の席から離れていった。教室の前の方の何人かのグループの下に混ざり、ちらっと僕の方を見てから楽しそうに言葉を交わしている。
もう誘われないだろうな、という予感がした。時折、クラスで浮いてるな、と感じることがある。去年はそんな風に感じることはなかったのに。
“陸上ばかりしてるヤバい奴”
直接言葉として聞いたことはないけど、クラスの中で僕を見る目は、僕の立っている場所は、そんな感じだと思う。このクラスになってから三か月が過ぎたけど、新しく友だちと呼べるような人はできなかった。
このクラスにとって僕は混ざり込んでしまった異物なんじゃないだろうか。そんな思いに駆られながら窓の外を見る。濃い蒼空を貫いてグラウンドに日光がガンガン降り注いでいる。今日の練習は暑さに気を付けないと。
ああ。結局僕は走ることばっかり考えている。授業を受けて、走って、帰って寝るだけの日々を繰り返していたら、考えることの幅がドンドン狭くなってきた気がする。
「相良ー、飯行こうぜ」
廊下の方から聞こえてきた五木の声で現実に引き戻される。廊下の方を見ると、教室の中を五木が覗き込んでいた。その隣に西原もいるようだ。
六月の頃から、昼休みは五木や西原といった陸上部と過ごすことが増えた。もしかしたら、五木や西原もクラスでの立ち位置がわからなくなっているのかもしれない。そう思うと、ちょっと落ち着くような気がした。それはただの現実逃避なのかもしれないけど。
「そういえば、聞いたか?」
三人で連なって廊下を歩いていると、西原が難しい顔で一歩前に出て振り返った。
「何が?」
思い当たる節が無くて尋ねると、西原はギュッと苦しそうに目を細めた。
「横島と波野、陸上部を辞めるらしい」
「またか……。これで一年生が辞めるの、四人目?」
横島と波野は今年入ってきた一年生だった。二人とも中学の時に陸上をやっていて、これからが楽しみな選手だった。
黒川先輩達三人が辞めて以降、二、三年生は辞めてないけど、一年生は二週間に一人ずつくらい退部していた。当然、佐溝先生がそれを引き留めることはない。
この前、黒川先輩が撒いた佐溝先生の過去に関する記事の影響も小さくはないのだろう。
「まあ、向いてないと思ったら、早めにやめた方がお互いのためなのかもな」
五木の口調はあっさりとしたものだった。四月に佐溝先生が来てから三か月。これでやめた部員は七人だ。人が辞めることにいつの間にか慣れてしまっていた。
佐溝先生が来るまでは、一人だって陸上部を辞めることはなかったのに。
「でもさ。一年生がこんなに辞めたら、来年はどうなるんだ?」
ポツリと西原が零した言葉に、僕と五木は顔を見合わせる。
残る一年生は二人。三年生が卒業してしまえば、駅伝に出場するために必要な七人ギリギリだ。来年になったら新しい一年生が入ってくるとは言え、人数が足りなくて駅伝に出られないなんて考えたことがなかった。
「駅伝だ!」
五木が力強く言い切った。
「駅伝でうちの高校が活躍すれば、駅伝をするためにうちの高校に来てくれる一年生が増えるはずだ」
「そんなに上手くいくか?」
西原が怪訝な顔をするけど、五木は勝気にニッと笑う。
「どのみちさ、俺たちは頑張って走るくらいしかやることないだろ。なあ、相良?」
「うーん。まあ、そうかもね」
五木の言う通り、今の僕たちができるのはただ一生懸命練習して、十月末の駅伝で活躍することなのかもしれない。四月にはどう頑張ったって強豪校には勝てっこないと思っていたけど、今は違う。このままタイムを伸ばしていけば、優勝は難しくても上位争いはできる気がする。
意気揚々と歩いていく五木に対し、西原だけはまだどこか浮かない顔をしていた。
「……本当に、それでいいのか?」
西原がポツリと零した言葉を、僕も五木も聞き流した。ここまで来たら走るしかないと思っていたし、それ以外の答えなんて持ち合わせていなかった。



