「メニュー間のレストも設定を守るように意識してください。間で休みすぎるとトレーニング効果が落ちますよ」
1000m走った後、レストとして400mをジョグで繋ぎ、再び1000m走るといったインターバル走の間、佐溝先生の声が飛んでくる。穏やかな声なのに、不思議とトラック中によく響く声だ。
それは、一言でも聞き逃すとヤバいと思ってるからそう聞こえるのかもしれないけど。
五月下旬に入ると、インターバルやレペテーションといったスピード持久力を意識したメニューが練習の中に組み込まれていった。僕たちが佐溝先生の中の合格ラインに達したのか、初めからひたすら距離を踏む練習は二ヶ月間と決めていただけなのか、そのあたりはわからない。
ただ、四月よりも自分がランナーとして強くなっている実感はあった。もちろん、チーム全体が伸びているけど、それ以上のペースで調子が上がっている感じ。
「相良君はもう一組目で練習してもよさそうですね。どう思いますか、植木君?」
インターバルの練習が終わると、佐溝先生が僕のところまでやってきた。僕に声を掛けた後、そのまま近くにいた植木先輩の方に視線を向ける。
一組目で走れるというのは、それだけでチーム内で自分が速い方の選手になったことを意味している。
「この前のTT(タイムトライアル)でも結果出てましたし、いいと思います」
「わかりました、それでは、明日から相良君は一組目と一緒に練習してください。」
「あ、ありがとうございます!」
自然と声が弾む。去年はこんな風に成長を感じることもなければ、誰かに認められることもなかった。
佐溝先生は小さく笑みを浮かべて一つ頷くと、他の部員の方へと歩いていく。
練習はキツいし厳しいけど、その分だけきちんと返ってくる。当たり前のことかもしれないけど、それがきちんと証明されて、走ってもいないのに心臓が高鳴っていた。
「黒川や菊池、宇土の分まで、頼むぞ」
佐溝先生が離れたところで、植木先輩に小声で話しかけられた。
ゴールデンウィークの一件で黒川先輩が退部した後、長距離は更に二人退部が続いた。黒川先輩と仲のよかった菊池先輩と、この四月から隣のクラスの女子と付き合い始めた宇土。二人とも、五月に入った時点では僕よりタイムのいい選手だった。
「わかりました!」
中学時代も含めて、陸上で「頼む」なんて言われたのは初めてだった。
一瞬浮かび上がった気分は、植木先輩の思い詰めたような表情を見て、水を浴びたようにおとなしくなる。
僕は何を喜んでいた。実力で追い抜いたならまだしも、二人は――黒川先輩も含めて三人は陸上部を辞めたんだ。
植木先輩は僕の返事に何も言わずに、歩いていった佐溝先生をじっと見ていた。他の部員に声を掛けている佐溝先生を見ていると、初夏の日差しにさらされているはずなのに、何とも言えない薄ら寒さに体がぶるりと震えた。
短期間で三人の部員が辞めた。
普通なら佐溝先生に何らかの指摘が入ってもおかしくない。
だけど、そうはならなかった。
六月に入って開催された高校総体の県予選。これまでだったらうちの陸上部は、誰かが決勝に進んだだけでお祭り騒ぎになるくらいのレベルだった。
だけど、今年、5000mに出場した植木先輩は決勝で入賞し、地方大会に進んだ。地方大会は逃したものの、五木も5000mで決勝に進み、専門外の1500mで出場した僕も初めて決勝まで進むことができた。
佐溝先生が着任してからたった二ヶ月で、長距離の成績は去年と比べ物にならないほど伸びた。そのことばかりが持て囃されて、その間に辞めた黒川先輩達が話題になることはほとんどなかった。
1000m走った後、レストとして400mをジョグで繋ぎ、再び1000m走るといったインターバル走の間、佐溝先生の声が飛んでくる。穏やかな声なのに、不思議とトラック中によく響く声だ。
それは、一言でも聞き逃すとヤバいと思ってるからそう聞こえるのかもしれないけど。
五月下旬に入ると、インターバルやレペテーションといったスピード持久力を意識したメニューが練習の中に組み込まれていった。僕たちが佐溝先生の中の合格ラインに達したのか、初めからひたすら距離を踏む練習は二ヶ月間と決めていただけなのか、そのあたりはわからない。
ただ、四月よりも自分がランナーとして強くなっている実感はあった。もちろん、チーム全体が伸びているけど、それ以上のペースで調子が上がっている感じ。
「相良君はもう一組目で練習してもよさそうですね。どう思いますか、植木君?」
インターバルの練習が終わると、佐溝先生が僕のところまでやってきた。僕に声を掛けた後、そのまま近くにいた植木先輩の方に視線を向ける。
一組目で走れるというのは、それだけでチーム内で自分が速い方の選手になったことを意味している。
「この前のTT(タイムトライアル)でも結果出てましたし、いいと思います」
「わかりました、それでは、明日から相良君は一組目と一緒に練習してください。」
「あ、ありがとうございます!」
自然と声が弾む。去年はこんな風に成長を感じることもなければ、誰かに認められることもなかった。
佐溝先生は小さく笑みを浮かべて一つ頷くと、他の部員の方へと歩いていく。
練習はキツいし厳しいけど、その分だけきちんと返ってくる。当たり前のことかもしれないけど、それがきちんと証明されて、走ってもいないのに心臓が高鳴っていた。
「黒川や菊池、宇土の分まで、頼むぞ」
佐溝先生が離れたところで、植木先輩に小声で話しかけられた。
ゴールデンウィークの一件で黒川先輩が退部した後、長距離は更に二人退部が続いた。黒川先輩と仲のよかった菊池先輩と、この四月から隣のクラスの女子と付き合い始めた宇土。二人とも、五月に入った時点では僕よりタイムのいい選手だった。
「わかりました!」
中学時代も含めて、陸上で「頼む」なんて言われたのは初めてだった。
一瞬浮かび上がった気分は、植木先輩の思い詰めたような表情を見て、水を浴びたようにおとなしくなる。
僕は何を喜んでいた。実力で追い抜いたならまだしも、二人は――黒川先輩も含めて三人は陸上部を辞めたんだ。
植木先輩は僕の返事に何も言わずに、歩いていった佐溝先生をじっと見ていた。他の部員に声を掛けている佐溝先生を見ていると、初夏の日差しにさらされているはずなのに、何とも言えない薄ら寒さに体がぶるりと震えた。
短期間で三人の部員が辞めた。
普通なら佐溝先生に何らかの指摘が入ってもおかしくない。
だけど、そうはならなかった。
六月に入って開催された高校総体の県予選。これまでだったらうちの陸上部は、誰かが決勝に進んだだけでお祭り騒ぎになるくらいのレベルだった。
だけど、今年、5000mに出場した植木先輩は決勝で入賞し、地方大会に進んだ。地方大会は逃したものの、五木も5000mで決勝に進み、専門外の1500mで出場した僕も初めて決勝まで進むことができた。
佐溝先生が着任してからたった二ヶ月で、長距離の成績は去年と比べ物にならないほど伸びた。そのことばかりが持て囃されて、その間に辞めた黒川先輩達が話題になることはほとんどなかった。



