「皆さん、初めまして。この四月からこの学校の体育教師として赴任した佐溝圭介です。上村先生と相談して、長距離のコーチをさせてもらうことになりました。よろしく」
練習が始まると、まず佐溝先生の自己紹介があった。
歳は二十代後半くらいに見える。佐溝先生の笑みに周囲の女子がほうっと息を零していた。塩顔と言っていいのかわからないけど、しゅっとしたイケメンだ。それに、落ち着いて大人びた雰囲気。陸上部内に限らず、遠からず学校中の人気者になるんだろうなって予感がする。
「専門は長距離ですが、他の種目のこともある程度はわかるので、上村先生がいない時に困ったことがあったら何でも相談してください。今日はとりあえず練習を見せてもらって、みんなのことを覚えようと思うので、いつも通り練習を始めてください」
いつも通りとは言うけれど、見られながらの練習が久しぶりで何だか落ち着かない。今日は佐溝先生だけじゃなく、入部希望の一年生も見学に来ている。
ソワソワとしながらウォームアップをして、メニューに取り掛かる。今日の長距離のメニューは1000m×5本。間を200mのジョグで繋ぎながら行う。
メニューは走力に応じて二組に分けて走る。一組目は三年生を中心としたメンバーだけど、二年生の五木も一組目に入っている。僕は二組目を先頭で引っ張る感じ。
「なあ、相良。なんか、変わった雰囲気の先生だと思わないか?」
1000mの一本目を走り終わり、レストとしてスタート地点までゆっくり走っていると、同じ二年の西原が話しかけてきた。
「そう? 普通の先生じゃない?」
ゴールの方を見ると、軽く腕を組んだ佐溝先生が一組目の走りをじっと見ている。特に変わった様子はない。中学の時の陸上部の顧問の先生も同じように練習の様子を見ながら指導していた。
「なんていうか、薄気味悪い感じがするんだよなあ」
「佐溝先生がイケメンだからって、妬いてない?」
「バカ言うな。俺の方が格好いいに決まってんだろ」
そんな冗談を交わしたところで、スタート地点に辿り着く。
「二本目いきまーす! よーい、はいっ!」
僕の合図で二組目が走りだす。走り始めても、西原の言葉は何となく頭の中に残っていた。
佐溝先生の前を通過するとき様子をちらっと伺うと、その瞬間、こちらを覗き込むような佐溝先生の瞳とはっきりと目が合った感じがした。
じっと見られている――いや、見定められている感じ。西原の言う通り、ゾクリとするような薄ら寒さを感じた。
いや、まさか。とにかく今は練習だ。首を小さく振って雑念を追い出し、タイムを刻むことに集中する。
けれど、結局練習が終わるまで、佐溝先生からの視線を体のどこかで受け止めながら走り続けた。
「練習お疲れ様でした。ちょっと集まってもらえてますか?」
練習が終わると、佐溝先生は長距離パートに集合を命じた。
集まった部員を見る佐溝先生の目は、最初の挨拶と比べてどこか無機質に見えた。品定めが終わり、期待外れだったと言わんばかりでな感じ。もちろん、西原の言葉に僕が引きずられてるだけかもしれないけど。
「今日の練習を見させてもらいましたが、ただメニューをこなすことが目的になっていませんか? 一本一本、走る意味を考えないと、ただ走っただけじゃ無駄ですよ」
佐溝先輩の言葉に空気がピリッとする。特に三年生の先輩達の空気がざわりとした。
初日の練習からそんなことを言われると思っていなかった。だけど、その言葉は図星だった。
今日の練習だって、何のために1000mを走るのかじゃなくて、ただ1000m走ることが目的となっていた。言っていることが正しいとわかっていても、はっきり言われるとグサリと来る。
「ご指導、ありがとうございます」
そう答えたのは三年生で長距離パート長を務める植木先輩だった。去年の高校総体が終わってから長距離パートを引っ張ってきた植木先輩が佐溝先輩の言葉をまっすぐ受け止めたことで、ざわりとしていたミーティングの空気が落ち着く。
「それから、もう一つ気になったのが」
「はい」
「和気藹々と走るのも構いませんが、高校総体も駅伝も走れる人数は決まっています。駅伝ならこの中の七人しか走れません。隣にいるのは仲間でもライバルでもなく、枠をかけて争う敵だってことをお忘れなく」
「それはっ……」
今度は植木先輩も何も答えられなかった。佐溝先生の言葉通り、高校総体なら一種目三人、駅伝は全体で七人で走るから、十二人のうちからは走れない人も出てくる。僕だって強い一年生が入ってきたら駅伝を走れるかどうか怪しい。
だからって、隣にいる五木や西原のことを敵だと思うなんて無理だった。そもそも、駅伝は個人種目が多い陸上競技の中で数少ないチーム競技だ。枠をかけて争うことにはなるけど、襷を繋ぐ大事な仲間だ。
「今日言いたいことはそれだけです。じゃあ、また明日」
練習が始まると、まず佐溝先生の自己紹介があった。
歳は二十代後半くらいに見える。佐溝先生の笑みに周囲の女子がほうっと息を零していた。塩顔と言っていいのかわからないけど、しゅっとしたイケメンだ。それに、落ち着いて大人びた雰囲気。陸上部内に限らず、遠からず学校中の人気者になるんだろうなって予感がする。
「専門は長距離ですが、他の種目のこともある程度はわかるので、上村先生がいない時に困ったことがあったら何でも相談してください。今日はとりあえず練習を見せてもらって、みんなのことを覚えようと思うので、いつも通り練習を始めてください」
いつも通りとは言うけれど、見られながらの練習が久しぶりで何だか落ち着かない。今日は佐溝先生だけじゃなく、入部希望の一年生も見学に来ている。
ソワソワとしながらウォームアップをして、メニューに取り掛かる。今日の長距離のメニューは1000m×5本。間を200mのジョグで繋ぎながら行う。
メニューは走力に応じて二組に分けて走る。一組目は三年生を中心としたメンバーだけど、二年生の五木も一組目に入っている。僕は二組目を先頭で引っ張る感じ。
「なあ、相良。なんか、変わった雰囲気の先生だと思わないか?」
1000mの一本目を走り終わり、レストとしてスタート地点までゆっくり走っていると、同じ二年の西原が話しかけてきた。
「そう? 普通の先生じゃない?」
ゴールの方を見ると、軽く腕を組んだ佐溝先生が一組目の走りをじっと見ている。特に変わった様子はない。中学の時の陸上部の顧問の先生も同じように練習の様子を見ながら指導していた。
「なんていうか、薄気味悪い感じがするんだよなあ」
「佐溝先生がイケメンだからって、妬いてない?」
「バカ言うな。俺の方が格好いいに決まってんだろ」
そんな冗談を交わしたところで、スタート地点に辿り着く。
「二本目いきまーす! よーい、はいっ!」
僕の合図で二組目が走りだす。走り始めても、西原の言葉は何となく頭の中に残っていた。
佐溝先生の前を通過するとき様子をちらっと伺うと、その瞬間、こちらを覗き込むような佐溝先生の瞳とはっきりと目が合った感じがした。
じっと見られている――いや、見定められている感じ。西原の言う通り、ゾクリとするような薄ら寒さを感じた。
いや、まさか。とにかく今は練習だ。首を小さく振って雑念を追い出し、タイムを刻むことに集中する。
けれど、結局練習が終わるまで、佐溝先生からの視線を体のどこかで受け止めながら走り続けた。
「練習お疲れ様でした。ちょっと集まってもらえてますか?」
練習が終わると、佐溝先生は長距離パートに集合を命じた。
集まった部員を見る佐溝先生の目は、最初の挨拶と比べてどこか無機質に見えた。品定めが終わり、期待外れだったと言わんばかりでな感じ。もちろん、西原の言葉に僕が引きずられてるだけかもしれないけど。
「今日の練習を見させてもらいましたが、ただメニューをこなすことが目的になっていませんか? 一本一本、走る意味を考えないと、ただ走っただけじゃ無駄ですよ」
佐溝先輩の言葉に空気がピリッとする。特に三年生の先輩達の空気がざわりとした。
初日の練習からそんなことを言われると思っていなかった。だけど、その言葉は図星だった。
今日の練習だって、何のために1000mを走るのかじゃなくて、ただ1000m走ることが目的となっていた。言っていることが正しいとわかっていても、はっきり言われるとグサリと来る。
「ご指導、ありがとうございます」
そう答えたのは三年生で長距離パート長を務める植木先輩だった。去年の高校総体が終わってから長距離パートを引っ張ってきた植木先輩が佐溝先輩の言葉をまっすぐ受け止めたことで、ざわりとしていたミーティングの空気が落ち着く。
「それから、もう一つ気になったのが」
「はい」
「和気藹々と走るのも構いませんが、高校総体も駅伝も走れる人数は決まっています。駅伝ならこの中の七人しか走れません。隣にいるのは仲間でもライバルでもなく、枠をかけて争う敵だってことをお忘れなく」
「それはっ……」
今度は植木先輩も何も答えられなかった。佐溝先生の言葉通り、高校総体なら一種目三人、駅伝は全体で七人で走るから、十二人のうちからは走れない人も出てくる。僕だって強い一年生が入ってきたら駅伝を走れるかどうか怪しい。
だからって、隣にいる五木や西原のことを敵だと思うなんて無理だった。そもそも、駅伝は個人種目が多い陸上競技の中で数少ないチーム競技だ。枠をかけて争うことにはなるけど、襷を繋ぐ大事な仲間だ。
「今日言いたいことはそれだけです。じゃあ、また明日」



