「私は価値のある人間しか育てない」
そう言われたのは中学2年生になった4月だった。
僕たちがちょうど中学2年生にあがるころ、前の担任だった小泉先生が産休、育休した。
小泉先生の代わりに、この村の1クラスしかない小さな中学校にやってきたのが冒頭のセリフを述べた加藤忠正先生だった。
この小さな村に広がる噂によれば、加藤先生は都会の大きな中学校に勤めていたが問題を起こして飛ばされたらしい。
「このクラスでは下の者は上の者に従え。これが社会の構図だ」
そう言いながら加藤先生は教室の後ろの掲示板にピラミッドのカースト表とクラス全員のネームプレートをカースト表の外に貼った。
「このクラスのトップはA軍。一番価値のある人間だ。そして真ん中はB軍。平凡な奴らだ。最後にC軍。一番価値のない人間だ」
そう言って、1人の生徒をA軍に置いた。
「例えばこの梅沢綾のように、生徒会役員として実績を残している、とかな」
梅沢綾は2年生で唯一の生徒会役員だった。そして僕の幼馴染で親友でもある。
「この1週間、みんなの様子を見て、カースト表の初期状態を完成させる」
そう言ったとき、みんながゾっとした。
この村では、ほとんど全員が幼いころからの知り合いで、仲間意識が強かった。
そのチームを加藤先生はどんどん崩していく。
「それでは、委員会決めを行う」
クラスのメンバーは一年生のころから変わっていないので、委員会に入るメンバーはほとんど同じ、だと思っていた。
みんな価値のある人間になるために、必死に委員会に入ろうとする。
結局、ほとんど同じメンバーになったが。
クラスのリーダー的存在になる代表委員はA軍、それ以外の委員会に入った人たちはB軍にネームカードが貼られた。
加藤先生が来てから1週間がたち、カースト表が完成した。
生徒会役員の綾、サッカーの市選抜に選ばれた桃谷湊斗、ピアノで全国大会まで進んだ李原羽歌、僕の仲の親友である3人はみんなA軍だった。
勉強、運動、芸術、音楽、その他もろもろ、全てにセンスのない僕は仲良し4人組の中で唯一のC軍、価値のない人間だった。
C軍は毎日、掃除をしなくてはいけなかった。
A軍は掃除をする必要はなかった。
だから、部活動オフ日には4人で帰るために、みんなを待たせてしまう。
5月のゴールデンウィークが終わったころ、いつものようにみんなが僕を待っていたとき、加藤先生に言われた。
「君たち、C軍の生徒にかまっている暇があるなら自分の才能を伸ばしなさい」
先生のその言葉に、A軍とC軍の間に大きな壁を感じ、虚しく思った。
そういわれた3人のようすを見ていると、一番最初に口を開いたのは綾だった。
「親友なので、そんなことはできません」
「俺もできません」
「うちもできません!」
続けて湊斗と羽歌が言う。
言い返された先生は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの感情の読み取れない表情に戻り言った。
「そうですか」
そのまま先生は去っていった。
僕は悔しかった。僕のせいでみんなが嫌な思いをしたような気がしたからだ。
3人は、気にしていない様子だったが、僕はずっとモヤモヤした気持ちだった。
家に帰って教科書を開いてみた。
僕も3人の横に堂々と並んで歩ける存在になりたかったからだ。
前々から薄々感じていた。みんなは素晴らしい才能があるのに、僕だけ無能だと。
それが、加藤先生のカースト表でより明らかなものとなり、3人の横に並ぶのが恥ずかしくなった。勝手に、4人の輪の中に入りづらくなった。
一度、今日の数学の復習をしてみたが、全然わからなかった。
今日の授業の内容がそもそのあまり理解できなかったので、復習しようと思ったのだが、ノートと教科書を照らし合わせてもわからない言葉が多すぎる。
そこで、わからない言葉に線を引き、明日、3人の中で一番頭の良い、綾に聞くことにした。
綾は丁寧に説明してくれたが、全然わからなかった。
「ごめん、わからない言葉が多すぎて......」
正直に綾にそう述べると、
「大幹はもしかしたら基礎が固まっていないのかも。少し戻ってわかるところから始めたらいいかも」
と教えてくれた。
家に帰ってから、早速、中学1年生の教科書を開いてみたが、全然わからなかった。
小学6年生、5年生、と遡ると4年生でやっとわかる内容が出てきた。
その日は4年生の内容をざっと復習してから、5年生の教科書を開いた。
すると、理解できる単語が多くなっていた。
その調子で毎日コツコツ続けていた。
しかし、低レベルの勉強しかしていなかった僕のテストの点数は上がらなかった。
「大幹~!何点やった?」
羽歌が聞いてきた。
「23点!」
いつも通り気にしていない様子で答えた。
「羽歌は?」
聞き返すと、躊躇いながら
「12点」
と答えた。
二人とも、点数が低すぎるとは言え、いつも同じくらいの点数だったが、今回は僕の方が11点も点数が高くて驚いた。
羽歌は僕が羽歌よりも点数が高いことを知り、ターゲットを湊斗に変えた。
「湊斗、何点やった?」
「15」
呟くように答える湊斗。すると、羽歌の声がパーっと明るくなり、
「仲間やん、湊斗!」
っと言った。
「はぁ?3点も違うだろ」
「3点なんて誤差レベルやで。でもな、大幹、23点も取ってんで。仲間やと思ってたのにな」
少し冗談めかして落ち込む羽歌の言葉に嬉しくなった。
僕も少しは成長したんだ。
少しばかり、浮かれていると、放課後、1人になったタイミングで加藤先生に忠告を受けた。
「桜間さん、あまりA軍の子と絡まないでください。あの子たちは価値のある人間です。しかし、君はC軍の価値のない人間です。今回のテストも赤点だったそうですね。A軍に悪い影響を与えないでください」
「……」
僕は悔しくて返事をしなかった。
「桜間さん、返事は?」
そう言われたけど、無視した。
「はぁ、挨拶もできないC軍は無能のなかでもさらに無能ですね。A軍になりたいのなら、挨拶から始めることをオススメしますよ」
嫌味だ。本当にムカつく。でも、C軍の僕はA軍のみんなみたいに反論できない。
「悔しければ、Aになって私を見返してください」
僕はその一言で火が付いた。
「先生」
「なんですか」
「僕は必ず、先生を見返します」
先生はニヤリと笑って言った。
「頑張ってください。応援はしていますよ」
先生は嫌味っぽく言わなかった。でも、本当に心から思ってるわけではなさそうだった。
相変わらず先生は読めない人だった。
僕は次のテストまで毎日コツコツ勉強した。
小学4年生の範囲から。だからか、テストの範囲は全然勉強できなかった。
前のテストは数学だけだったが、今回は5教科全てだ。
時間がいくらあってもたりなかった。
結果は全て30点台前半。
それでも、前よりはかなり良い結果だ。
「うわっ、大幹、また点数上がってるやん」
「え、スゲ~。30点台ばっかだ」
「最近、勉強頑張ってたもんね」
3人は口々に褒めてくれた。
いつもより高い点数、みんなに褒められた点数、もちろんすっごく嬉しいけどまだまだ満足できない。これじゃ加藤先生を見返せない。
僕は勉強し続けた。
大好きなゲームの時間を削って、前まで朝7時起きだったのに、6時に起きて朝から勉強。帰ってからもずっと勉強。遊んだり、サボったりした日は次の日、それを取り返すように勉強。
夏休みだって、毎日のように朝から晩まで勉強した。
受験生並みの勉強量を毎日こなしていた。
次のテストのテスト返し。かなり手ごたえはあったのでせめて前よりも良い点が取りたい、と思い、ゆっくり点数を見る。
「やった、全部50点台だ」
心のそこから嬉しさが込み上げてきて、今すぐ飛び跳ねたくなった。
誇れる点数でないと知りながら、前より約20点もアップしたので見せびらかせたかった。
羽歌と湊斗と綾に見せようとした。
綾は純粋に喜んでくれたが、湊斗と羽歌は点数が悪すぎたのか、
「前までは一緒くらいだったのに、裏切り者~」
「仲間だと思ってたのに」
なんて言われた。
それでも僕はC軍だった。
B軍、A軍に上がる基準が分からない僕は、ただひたすらに勉強するしかない。
前回よりももっと、もっと、たくさん勉強しようと頑張った。
両親にも逆に心配されるくらいに、毎日毎日勉強をした。
それでも次のテストの結果は変わらず50点台だった。
あんなに努力したのに報われなかった。
悔しかった。
その1週間後、終業式が行われた。生徒会役員である綾は全校生徒(と言っても100人程度)の前で話した。
堂々とした立ち振る舞い、聞きやすくハキハキした優しいトーンの声、その全てが全校生徒を魅了するものだった。
綾は本当にすごい。
改めて、綾と僕との差を感じた。
やっぱり僕はA軍にはなれない、そう悟った。
それでも、ただ加藤先生を見返したかった。
冬休み中、羽歌のピアノのコンクールを見に来ないかと誘われた。
僕、綾、湊斗の3人で都会の大きなコンサートホールで行われた羽歌の演奏を聴きに行った。
素人でもわかるくらい、ほかの人と比べて羽歌の演奏は上手かった。
羽歌は3歳ごろ、ピアノを演奏していた。
羽歌を有名なピアニストにするのが羽歌の母の夢らしい。
関西から両親の離婚を機に、1年半前に引っ越してきた羽歌。
このピアノ教室のない村から、週に3回、街に行って先生からピアノを教わっているらしい。
羽歌はもちろん1位で県大会に出場することが決まった。
「どうやった?」
普段の元気で乱暴な性格からは考えられないような美しい青のワンピースを見に身を包んで、でもいつも通りの口調で僕らに聞いた。
「すごく良かったよ」
「羽歌のが一番聞いてて心地よかった」
「羽歌の演奏が一番好きだった」
僕らは本当にお世辞抜きの正直な感想を述べた。
いつもなら調子に乗って「やろ?」なんて言いそうなところを、ピアノに関してはストイックなのか
「え?ほんまに?1か所ミスってんけどな」
なんて言ってなかった。
正直、素人の僕らじゃ当然言われても分からないような小さなミスなんだろう。
こういう、ストイックなところに、ピアノの上手さに、また羽歌と僕の間に、壁を感じた。
冬休み開けてすぐ、湊斗のサッカーの試合に見に行った。
湊斗がは2回ほどゴールを決めた。ほとんど交代なくずっと出場し続けていた。
湊斗は、このサッカーチームのエースだった。
心の底から楽しそうにプレーしていた。
結果は圧勝。
試合終了後、僕ら3人は湊斗のところへ行った。
羽歌は湊とを見つけると、タタタタ、と走りすぐに話出した。
羽歌はわりと感情任せに話す人だからだ。
「めっちゃ良かったで!ゴール2回も決めて。ほんまにすごかった!」
「ありがとう」
この急に喋る羽歌に慣れた湊斗は普通に返した。
僕らも続けて感想を言う。
「勝ち、おめでとう。シュート、すごかったね」
「湊斗、めっちゃうまかった。コートに居る誰よりも上手だった」
「ありがとう」
クールな湊斗は返事を一言だけ残し、チームメイトに駆け寄った。
湊斗の活躍ぶりを見て、湊斗にも壁を感じた。
この冬の短い期間でみんなが頑張っているところを見てきた。
僕もみんなと肩を並べて堂々と歩けるよう、必死に勉強した。
それでも点数はあまり変わらず50点台のままだった。
本当に悔しかった。
2年生のテストはこれで終わりだった。
悲しかった、悔しかった。
放課後、テストの点数を見ながら悔し涙を浮かべる僕のもとに加藤先生が来て、言った。
「努力が必ず報われるとは限らない」
冷たく突き放すような一言に僕はムカついた。
「僕はA軍になれないっていうんですか?」
「そんなことはない。だた、努力は必ず報われる、とは限らない。努力は才能に勝てる。でも才能のあるやつが努力したらどうなるだろうか。もう努力だけの奴は勝てない。その例が梅沢、桃谷、李原だ。誰も結果しか見ない。過程なんて評価された奴のしか見ない。だから、君がどれだけ努力しようと結果が出なければその努力を認めてくれる人は少ない」
「才能がない僕は、誰にも認められないんですか?」
「いや、君には努力し続ける才能がある。必死に努力して、目標を絶対に達成しよう、という強い意志が感じられる」
「え?」
「君は努力し続けろ。今は報われなくても、いつかきっと君の努力が役に立つ日がくる」
僕は先生の言葉に号泣した。
僕は、努力し続ける。
きっと、3年生では先生を見返す。
そう言われたのは中学2年生になった4月だった。
僕たちがちょうど中学2年生にあがるころ、前の担任だった小泉先生が産休、育休した。
小泉先生の代わりに、この村の1クラスしかない小さな中学校にやってきたのが冒頭のセリフを述べた加藤忠正先生だった。
この小さな村に広がる噂によれば、加藤先生は都会の大きな中学校に勤めていたが問題を起こして飛ばされたらしい。
「このクラスでは下の者は上の者に従え。これが社会の構図だ」
そう言いながら加藤先生は教室の後ろの掲示板にピラミッドのカースト表とクラス全員のネームプレートをカースト表の外に貼った。
「このクラスのトップはA軍。一番価値のある人間だ。そして真ん中はB軍。平凡な奴らだ。最後にC軍。一番価値のない人間だ」
そう言って、1人の生徒をA軍に置いた。
「例えばこの梅沢綾のように、生徒会役員として実績を残している、とかな」
梅沢綾は2年生で唯一の生徒会役員だった。そして僕の幼馴染で親友でもある。
「この1週間、みんなの様子を見て、カースト表の初期状態を完成させる」
そう言ったとき、みんながゾっとした。
この村では、ほとんど全員が幼いころからの知り合いで、仲間意識が強かった。
そのチームを加藤先生はどんどん崩していく。
「それでは、委員会決めを行う」
クラスのメンバーは一年生のころから変わっていないので、委員会に入るメンバーはほとんど同じ、だと思っていた。
みんな価値のある人間になるために、必死に委員会に入ろうとする。
結局、ほとんど同じメンバーになったが。
クラスのリーダー的存在になる代表委員はA軍、それ以外の委員会に入った人たちはB軍にネームカードが貼られた。
加藤先生が来てから1週間がたち、カースト表が完成した。
生徒会役員の綾、サッカーの市選抜に選ばれた桃谷湊斗、ピアノで全国大会まで進んだ李原羽歌、僕の仲の親友である3人はみんなA軍だった。
勉強、運動、芸術、音楽、その他もろもろ、全てにセンスのない僕は仲良し4人組の中で唯一のC軍、価値のない人間だった。
C軍は毎日、掃除をしなくてはいけなかった。
A軍は掃除をする必要はなかった。
だから、部活動オフ日には4人で帰るために、みんなを待たせてしまう。
5月のゴールデンウィークが終わったころ、いつものようにみんなが僕を待っていたとき、加藤先生に言われた。
「君たち、C軍の生徒にかまっている暇があるなら自分の才能を伸ばしなさい」
先生のその言葉に、A軍とC軍の間に大きな壁を感じ、虚しく思った。
そういわれた3人のようすを見ていると、一番最初に口を開いたのは綾だった。
「親友なので、そんなことはできません」
「俺もできません」
「うちもできません!」
続けて湊斗と羽歌が言う。
言い返された先生は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの感情の読み取れない表情に戻り言った。
「そうですか」
そのまま先生は去っていった。
僕は悔しかった。僕のせいでみんなが嫌な思いをしたような気がしたからだ。
3人は、気にしていない様子だったが、僕はずっとモヤモヤした気持ちだった。
家に帰って教科書を開いてみた。
僕も3人の横に堂々と並んで歩ける存在になりたかったからだ。
前々から薄々感じていた。みんなは素晴らしい才能があるのに、僕だけ無能だと。
それが、加藤先生のカースト表でより明らかなものとなり、3人の横に並ぶのが恥ずかしくなった。勝手に、4人の輪の中に入りづらくなった。
一度、今日の数学の復習をしてみたが、全然わからなかった。
今日の授業の内容がそもそのあまり理解できなかったので、復習しようと思ったのだが、ノートと教科書を照らし合わせてもわからない言葉が多すぎる。
そこで、わからない言葉に線を引き、明日、3人の中で一番頭の良い、綾に聞くことにした。
綾は丁寧に説明してくれたが、全然わからなかった。
「ごめん、わからない言葉が多すぎて......」
正直に綾にそう述べると、
「大幹はもしかしたら基礎が固まっていないのかも。少し戻ってわかるところから始めたらいいかも」
と教えてくれた。
家に帰ってから、早速、中学1年生の教科書を開いてみたが、全然わからなかった。
小学6年生、5年生、と遡ると4年生でやっとわかる内容が出てきた。
その日は4年生の内容をざっと復習してから、5年生の教科書を開いた。
すると、理解できる単語が多くなっていた。
その調子で毎日コツコツ続けていた。
しかし、低レベルの勉強しかしていなかった僕のテストの点数は上がらなかった。
「大幹~!何点やった?」
羽歌が聞いてきた。
「23点!」
いつも通り気にしていない様子で答えた。
「羽歌は?」
聞き返すと、躊躇いながら
「12点」
と答えた。
二人とも、点数が低すぎるとは言え、いつも同じくらいの点数だったが、今回は僕の方が11点も点数が高くて驚いた。
羽歌は僕が羽歌よりも点数が高いことを知り、ターゲットを湊斗に変えた。
「湊斗、何点やった?」
「15」
呟くように答える湊斗。すると、羽歌の声がパーっと明るくなり、
「仲間やん、湊斗!」
っと言った。
「はぁ?3点も違うだろ」
「3点なんて誤差レベルやで。でもな、大幹、23点も取ってんで。仲間やと思ってたのにな」
少し冗談めかして落ち込む羽歌の言葉に嬉しくなった。
僕も少しは成長したんだ。
少しばかり、浮かれていると、放課後、1人になったタイミングで加藤先生に忠告を受けた。
「桜間さん、あまりA軍の子と絡まないでください。あの子たちは価値のある人間です。しかし、君はC軍の価値のない人間です。今回のテストも赤点だったそうですね。A軍に悪い影響を与えないでください」
「……」
僕は悔しくて返事をしなかった。
「桜間さん、返事は?」
そう言われたけど、無視した。
「はぁ、挨拶もできないC軍は無能のなかでもさらに無能ですね。A軍になりたいのなら、挨拶から始めることをオススメしますよ」
嫌味だ。本当にムカつく。でも、C軍の僕はA軍のみんなみたいに反論できない。
「悔しければ、Aになって私を見返してください」
僕はその一言で火が付いた。
「先生」
「なんですか」
「僕は必ず、先生を見返します」
先生はニヤリと笑って言った。
「頑張ってください。応援はしていますよ」
先生は嫌味っぽく言わなかった。でも、本当に心から思ってるわけではなさそうだった。
相変わらず先生は読めない人だった。
僕は次のテストまで毎日コツコツ勉強した。
小学4年生の範囲から。だからか、テストの範囲は全然勉強できなかった。
前のテストは数学だけだったが、今回は5教科全てだ。
時間がいくらあってもたりなかった。
結果は全て30点台前半。
それでも、前よりはかなり良い結果だ。
「うわっ、大幹、また点数上がってるやん」
「え、スゲ~。30点台ばっかだ」
「最近、勉強頑張ってたもんね」
3人は口々に褒めてくれた。
いつもより高い点数、みんなに褒められた点数、もちろんすっごく嬉しいけどまだまだ満足できない。これじゃ加藤先生を見返せない。
僕は勉強し続けた。
大好きなゲームの時間を削って、前まで朝7時起きだったのに、6時に起きて朝から勉強。帰ってからもずっと勉強。遊んだり、サボったりした日は次の日、それを取り返すように勉強。
夏休みだって、毎日のように朝から晩まで勉強した。
受験生並みの勉強量を毎日こなしていた。
次のテストのテスト返し。かなり手ごたえはあったのでせめて前よりも良い点が取りたい、と思い、ゆっくり点数を見る。
「やった、全部50点台だ」
心のそこから嬉しさが込み上げてきて、今すぐ飛び跳ねたくなった。
誇れる点数でないと知りながら、前より約20点もアップしたので見せびらかせたかった。
羽歌と湊斗と綾に見せようとした。
綾は純粋に喜んでくれたが、湊斗と羽歌は点数が悪すぎたのか、
「前までは一緒くらいだったのに、裏切り者~」
「仲間だと思ってたのに」
なんて言われた。
それでも僕はC軍だった。
B軍、A軍に上がる基準が分からない僕は、ただひたすらに勉強するしかない。
前回よりももっと、もっと、たくさん勉強しようと頑張った。
両親にも逆に心配されるくらいに、毎日毎日勉強をした。
それでも次のテストの結果は変わらず50点台だった。
あんなに努力したのに報われなかった。
悔しかった。
その1週間後、終業式が行われた。生徒会役員である綾は全校生徒(と言っても100人程度)の前で話した。
堂々とした立ち振る舞い、聞きやすくハキハキした優しいトーンの声、その全てが全校生徒を魅了するものだった。
綾は本当にすごい。
改めて、綾と僕との差を感じた。
やっぱり僕はA軍にはなれない、そう悟った。
それでも、ただ加藤先生を見返したかった。
冬休み中、羽歌のピアノのコンクールを見に来ないかと誘われた。
僕、綾、湊斗の3人で都会の大きなコンサートホールで行われた羽歌の演奏を聴きに行った。
素人でもわかるくらい、ほかの人と比べて羽歌の演奏は上手かった。
羽歌は3歳ごろ、ピアノを演奏していた。
羽歌を有名なピアニストにするのが羽歌の母の夢らしい。
関西から両親の離婚を機に、1年半前に引っ越してきた羽歌。
このピアノ教室のない村から、週に3回、街に行って先生からピアノを教わっているらしい。
羽歌はもちろん1位で県大会に出場することが決まった。
「どうやった?」
普段の元気で乱暴な性格からは考えられないような美しい青のワンピースを見に身を包んで、でもいつも通りの口調で僕らに聞いた。
「すごく良かったよ」
「羽歌のが一番聞いてて心地よかった」
「羽歌の演奏が一番好きだった」
僕らは本当にお世辞抜きの正直な感想を述べた。
いつもなら調子に乗って「やろ?」なんて言いそうなところを、ピアノに関してはストイックなのか
「え?ほんまに?1か所ミスってんけどな」
なんて言ってなかった。
正直、素人の僕らじゃ当然言われても分からないような小さなミスなんだろう。
こういう、ストイックなところに、ピアノの上手さに、また羽歌と僕の間に、壁を感じた。
冬休み開けてすぐ、湊斗のサッカーの試合に見に行った。
湊斗がは2回ほどゴールを決めた。ほとんど交代なくずっと出場し続けていた。
湊斗は、このサッカーチームのエースだった。
心の底から楽しそうにプレーしていた。
結果は圧勝。
試合終了後、僕ら3人は湊斗のところへ行った。
羽歌は湊とを見つけると、タタタタ、と走りすぐに話出した。
羽歌はわりと感情任せに話す人だからだ。
「めっちゃ良かったで!ゴール2回も決めて。ほんまにすごかった!」
「ありがとう」
この急に喋る羽歌に慣れた湊斗は普通に返した。
僕らも続けて感想を言う。
「勝ち、おめでとう。シュート、すごかったね」
「湊斗、めっちゃうまかった。コートに居る誰よりも上手だった」
「ありがとう」
クールな湊斗は返事を一言だけ残し、チームメイトに駆け寄った。
湊斗の活躍ぶりを見て、湊斗にも壁を感じた。
この冬の短い期間でみんなが頑張っているところを見てきた。
僕もみんなと肩を並べて堂々と歩けるよう、必死に勉強した。
それでも点数はあまり変わらず50点台のままだった。
本当に悔しかった。
2年生のテストはこれで終わりだった。
悲しかった、悔しかった。
放課後、テストの点数を見ながら悔し涙を浮かべる僕のもとに加藤先生が来て、言った。
「努力が必ず報われるとは限らない」
冷たく突き放すような一言に僕はムカついた。
「僕はA軍になれないっていうんですか?」
「そんなことはない。だた、努力は必ず報われる、とは限らない。努力は才能に勝てる。でも才能のあるやつが努力したらどうなるだろうか。もう努力だけの奴は勝てない。その例が梅沢、桃谷、李原だ。誰も結果しか見ない。過程なんて評価された奴のしか見ない。だから、君がどれだけ努力しようと結果が出なければその努力を認めてくれる人は少ない」
「才能がない僕は、誰にも認められないんですか?」
「いや、君には努力し続ける才能がある。必死に努力して、目標を絶対に達成しよう、という強い意志が感じられる」
「え?」
「君は努力し続けろ。今は報われなくても、いつかきっと君の努力が役に立つ日がくる」
僕は先生の言葉に号泣した。
僕は、努力し続ける。
きっと、3年生では先生を見返す。


