顎をくっと持ち上げられ、強制的に月読様の方を向かされる。月夜に照らされた月読様はとても幻想的で、息を飲むほど美しい。星空のような瞳に吸い込まれそうになる。

「私が愛しているのは喜与だけだ。これまでも、これからも、お主だけしか愛さぬ」

「……!」

「信じておらぬのか?」

「だって、神様はとても長生きなのでしょう? 私と過ごす時間など、ほんの少しではないですか」

「そうだな。喜与との時間は神にとっては泡沫やもしれぬ。だが私は泡沫などにするつもりはない。愛おしさを教えてくれたのはお主だろう。一生大切にしたいのだ」

優しげな眼差しがふんわりと、そしてしっかりと私を包み込んだ。愛おしさが溢れて胸が張り裂けそうになる。ぼやけでゆく視界を月読様の胸に押しつけた。ふわりと鼻をかすめる白檀の香りは、大好きな月読様の香り。優しく抱きしめてくれる温もりに、体を預ける。

「……満月のことも愛してください」

「喜与は我儘だ」

「月読様にしか我儘は言いません」

「それでよい。満月のことも愛しているが、何があろうとも一番は喜与だということを覚えておいてくれ」

「はい。……嬉しいです」

月読様がしなやかに右手を伸ばすと藍色の空に星が流れた。こぼれ落ちそうなくらいに瞬く星たちは、まるで私たちに祝福の光をくれるように、キラキラと眩く揺れる。そんな幻想的な光景を、月読様と二人、鳥居の上に座って眺める。なんて贅沢な時間なのだろう。

月読様の伸ばした右手に、どこかから飛んできたカラスが一羽しなやかに止まる。艶々とした毛並みのカラスは「月読様」と声を発した。

「カラスがしゃべった?!」

「ほう、我の声が聞こえるのか。やはりうさぎの言っていたことは本当だったのだな」

「うさぎって、出雲のうさぎですか?」

「喜与、この者は八咫烏(やたがらす)だ。重要な言伝(ことづて)があるときに飛んでくる」

「重要な言伝?」

きょとんと首を傾げる私とは対照的に、月読様は顔を険しくする。そしておもむろに私の手を握った。