「喜与さん、一人でごめんなさいね。そろそろ私も手伝うわ」

恵方詣の支度が一段落したのか、奥様が戻って来た。手にはお盆を持っている。

「奥様、それは?」

「ああ、これは神様への供物のお米とお酒よ。取り替えるために下げてきたの」

「それを神様が食べるんですか?」

「神様に食べていただく意味もあるけれど、神様に力を込めていただいて、それを私たちが食べて神様と繋がるっていう意味があるのよ」

「そうなんですか。神様って実際何を食べているんでしょう?」

「ええ? そんなこと考えたこともなかったわ」

「御節料理、食べますかね?」

「それこそ、月読様に聞いてみたらいいじゃない。喜与さんは月読様と会話できるんでしょう?」

「そうなんですけど……」

「何でそこで躊躇うの?」

「……なんか、聞いてもいいのかなって思って。あまり踏み込むのはよくないかもって」

「ええっ? やだ、なに? 恋する乙女の反応みたいなんですけど?」

とたんにボボッと顔に熱が集まる。そういうことじゃないのだけど、奥様がニヤニヤとからかってくるため、意に反して顔が熱くなっていく。ただ、私は月読様が食事をするのかどうかが知りたかっただけだし、詮索するようなことは聞くなと今までは怒られて過ごしてきてから。でも……。

「……今夜、聞いてみます」

「毎晩お会いしてるの?」

「えっ?」

「ときどき話し声が聞こえるから、そうなのかしらと思って」

「もっ、申し訳ありませんっ」

私は慌てて頭を下げる。気が緩んでいるのかもしれない。私は斉賀家に居候の身なのに、自由に振る舞いすぎた。ご迷惑をかけてはいけないのに。

「これからは静かに過ごしますので、どうぞお許しください」

「えっ? 違うわよ、怒ってないから」

「でも……」

「羨ましいなって思うわ。私は神様を感じることはできるけれど、話すことも姿を見ることもできないもの。どんなお姿をしているのかしら」

「……とても綺麗な方です」

「毎晩会いに来るなんて、よっぽど喜与さんのことが好きなのね」

またしてもカアアッと顔が熱くなった。
月読様が好き。月読様も私のことを好きだと言ってくれる。この気持ちは、月読様に出会うまで知らなかった感情だ。

誰かを愛おしいと思うこと。たとえば満月を愛おしいと思う、この感情は月読様を愛おしいと思う感情と似ているようで少し違う。月読様を思うと、胸がドキドキと騒ぎだしてどうしようもなくなる。