「大丈夫か?」

「はい、嬉しくて泣いているのです。こんなに幸せなことがあるのですね」

「私もとても満たされた気持ちだ」

何度も口づけを交わす。
喜与は「嬉しい」と呟きながら、綺麗な涙を流した。

「……一生のお願いを聞いてくださってありがとうございます。これで私はまた伴藤の嫁に戻ります」

「それでいいのか?」

「それでいいのです。だって私と月読様は住む世界が違うんですから」

はっきりと線引きをしていたのは喜与の方だった。喜与は伴藤の嫁に戻ることを条件に、私に一生のお願いをと申し出たのだ。その強い意志に、抗うことなどできない。神は人に干渉してはならない。そうだったはずだろう。

私に、喜与を引き留めることなどできないのだ。

「送っていこう」

喜与を抱えて空を飛んだ。
ぎゅうっと首に手をまわした喜与が耳元で囁く。

「月読様、ありがとうございます」

「お主に子ができるよう祈っておる」

「はい」

それは私の本心かどうか、わからなかった。
ただ、これから喜与が幸せでいられることを、心の底から祈っていた。

そしてそれから、喜与は名月神社に来ることはなかった。約束通り伴藤の嫁に戻ったのだ。それを納得していたはずなのに、どういうわけか心にぽっかり穴が空いたようだった。

鳥居の上で、一人星を眺める。
当たり前の世界だったものが、当たり前ではなくなる。

「これが、寂しいということか――」

今さら気づいたところで、遅いのだ。
喜与に出会う前は、寂しいなどと思ったことなどなかったのに。