ふいに喜与がくすりと笑った。

「……何か可笑しいか?」

「はい、怒ってくれることも綺麗だって言ってくれることも、全部可笑しくて嬉しいです」

「喜与は綺麗だよ、とても」

ああ、本当に。綺麗で可愛くて、愛おしい。大きな瞳は水気を含んで潤っている。触れた頬の柔らかさに、吸い込まれそうだ。
喜与と視線が交わる。

もっと触れたい――

引き寄せられるように近づいて、唇が重なった。
気持ちが高ぶって、止められなくなりそうだ。

喜与の瞳がゆっくりと弧を描く。

「月読様……」

「すまぬ」

「謝らないで。どうかこのまま私を抱いてくださいませんか」

「だが、喜与……」

「私は月読様とのお子がほしいです」

息をのんだ。神は人に干渉してはならない。それが当たり前のことで、干渉することなどあるはずがないと信じて疑わなかった。それなのに、その決まりを自ら破ってしまったのだ。これではいけないと、自分を戒める。けれどそれ以上に気持ちが込み上げてきてしまう。感情の制御がきかない。

「喜与と私は生きている世界が違うのだ。これ以上お主を愛すると、取り返しがつかなくなってしまう」

「愛してくれているのですか?」

「ああ、愛しているよ。愛しているに決まっていよう」

そうか。ずっと愛おしいと思っていた気持ちの正体が、はっきりとした。ぽろりと化けの皮が剥がれてしまった。私は喜与を愛している。もうずっと前から、愛してしまっていたのだ。

「月読様が神様だと言うのなら、喜与の一生のお願いを聞いてください」

喜与がしがみついてくるが、私はその手をそうっと離した。葛藤が渦巻く。喜与のことを愛してはいるが、愛しているからといって感情のままに突き進めようか。私は神で、喜与は人なのだ。

「早まるな。後悔することになる」

「なぜですか?」

「……神と人は時の流れが違う。人は百年と生きられない。だが神にとっての百年は、大したことではない。容姿もそう変わらぬであろうよ」

「それは……私がおばあさんになったら月読様が後悔するという意味ですか?」

「捻くれた考え方をするな。お主だけ年を取っていくように感じてしまうだろうということだ。それに、私のことが見える人間は喜与だけだ」

そんな住む世界が違う者同士が、一緒になれるはずがない。
そんな夢物語があるはずがない。