石段を登りきって鳥居をくぐると、すっと空気が変わった気がした。雨上がりのじめっとしたまとわりがなくなり、名月神社の澄んだ空気が体を浄化していくよう。

「――喜与」

すっと耳に届く透き通った声。

「月読さ――むぐっ」

振り向きざまに突然口を押さえられ、何事かと目を見開いた。

「お主、つけられておるぞ」

「え?」

「伴藤の者か?」

「ど、どうしましょう」

急に心臓がドッドッと激しく脈を打ち、手が震える。月読様と会っているところを見られたら、何と答えればいいのだろう。

月読様は私の震える手を両手で包むように握った。

「大丈夫だ。私の姿は喜与以外には見えぬ。お主はただ参拝客として祈っていけばよい」

「はい……」

「何もしてやれず、すまぬ」

「いいえ、いいえ。大丈夫です。あの、月読様。私が手を合わせている間、私のお腹に手を当てていただけませんか? 子を感じていただきたいのです」

「ああ、わかった」

私は拝殿の前まで進む。
パンパンと手を打って、目を閉じた。
月読様は私を後ろから抱きしめるように、お腹に手を当ててくれる。

どうか子の生命を感じ取ってほしい。
そればかりを祈っていた。

「帰ります」

「ああ、気をつけてな」

「……一目、お会いできてよかった」

「私もだ」

月読様はふわりと抱きしめてくれた。できることなら私も抱きしめ返したかった。

石段の下まで月読様は送ってくれた。伴藤の者が出てくることはなかったけれど、月読様が嘘をついているとは到底思えない。どこかに潜んで私のことを監視しているのだろう。

もしかして、今までも?
いや、そんなことはない。それならば必ず罵倒されていたはずだ。大丈夫、落ち着いて。

カタカタ震える手をぎゅうっと握りしめる。屋敷に戻ってすぐに布団に入った。気が気じゃなく朝まで眠れることはなかったけれど、誰かに叩き起こされることもなかった。だから少し安心していたのだけれど……