私のかつて働いてた会社の同期である男性社員Yさんについての話です。

 Yさんはやせ型で猫背、どこかおどおどして頼りない印象で負のオーラを感じました。同期なので仲良くしたかったですが、こっちまでYさんの持つ負のオーラを浴びてしまいそうなので距離を置いてました。仕事内容はパソコンに商品のデーターを入力する簡単なものでしたが、Yさんはいつもミスをしていて上司をよくイラつかせてました。

 上司は三十代前半の男性で、スポーツマンのような体格で威圧感がある人でした。一言でいうと過剰な自信家タイプです。なのでYさんのような弱そうな人は嫌いなのでしょう。最初のうちは昼食に特盛の牛丼やらラーメンなどをYさんに奢って食べさせていました。上司としてはそれがYさんの為だと思っていたのでしょう。私も何度か同席したことがあるんですが、いつもYさんは半分も食べずに残していました。それで上司も二週間であきらめYさんを昼食に誘わなくなりました。それから上司はYさんに対し嫌がらせをするようにになりました。
 
 Yさんの机を強く叩いたり、不必要に肩を組んだり、Yさんを一時間以上立たせたりなどをしていました。正直会社の空気が悪くなるので、Yさんには辞めてもらいたかったです。

 ある日からYさんは溜息をよく吐くようになりました。私はとなりの席だったのでそれを聞くのがしんどかったです。本当に文字通り空気が悪くなります。上司もYさんの溜息には気づいていたのでしょうね。Yさんがいつもより強い溜息を吐いたのです。
 
 それは「ハァ~」と声が漏れていました。それに上司は堪忍袋の緒が切れたのでしょう。机をバンと叩いて、「溜息を吐くな!飲み込め!!」と言ったのです。Yさんはあろうことか、次に吐こうとした溜息を「ごくん」と飲み込んだのです。あまりにも異様な光景に私は気持ち悪く吐きそうになりその日の昼食は喉が通りませんでした。。それから上司のYさんに対する嫌がらせは加速しました。 

 Yさんが挨拶をしても大きく舌打ちをしたり、Yさんのパソコンにエロ動画を再生させたり、コピー用紙をまるめて頻繁に頭を叩いたりしていました。

それでもYさんは逆らう事をせず、溜息を飲み込み続けました。でもある日、飲み込めず溜息を吐いてしまったことがありました。それに上司は切れて、カバンからバリカンを取り出しYさんの頭をバリカンで剃りました。Yさんの身体は震えているように見えました。その後上司は訳の分からないことを言っていました。「生意気に十円ハゲ作ってんじゃねぇよ脳無しが、あとバリカンに合わせて震えてて面白かったからそこを頑張れ!」バリカンで剃ったYさんの髪が私の肩に触れた時は本当に私は厭な気持になりました。

 もう私も我慢の限界だったので、上司に頼んで席を替えるよう頼みました。それに上司は「お前の意見はごもっともだ」と返事をしました。
私が次の日来てみると、Yさんの机は隅っこの段ボールのみかん箱になってました。与えられた仕事もただ紙を二つに折るだけのものでした。私は気になったので上司に聞いてみたんです。
「その紙何に使うんですか?」
「いらないから捨てるよ」
Yさんの何百枚も折った紙をもらった状態のままゴミ箱に上司は入れていました。入社して一年経たないころでした。

 そんな中、Yさんに変化が訪れました。もう声も出さなくなってましたがこの日は違いました。
「おはようございます」と小さく頼りなくありましたが久しぶりにYさんの声を聞いた気がします。しかも変化はそれだけではありませんでした。見た目が少し太っていたのです。これを上司は良く思ったらしく「やっと分かってくれたか」とそのようなことを言ってました。Yさんも口角が上がっていたように感じました。ただ、昨日まであんなにヒョロヒョロで痩せていたのに、いきなり太るものかと疑問に思いなんだか不気味に感じました。それからYさんのみかん箱にパソコンが置かれ、私たちと同じ仕事になったのですが、いくら見た目が変わろうとも仕事のミスは相変わらずでした。次第に上司は怒り、結局パソコンも取り上げられました。この日もYさんは溜息を飲み込んでいました。


 次の日です。たった一日後の出来事なんですが、またYさんに変化がありました。また少し太っていたのです。これで標準体型ではあるんですが、こうも人が変わるものなのでしょうか?上司も見た目の変化には喜んでいるようですが、もう期待はしてはいませんでした。この日もYさんは溜息を飲み込んでいました。

 次の日です。またYさんは太っていました。もうぽっちゃりです。ほっぺもやわらかそうで、指も太くなってました。この日始めて上司はYさんを「デブ」と呼んでました。この日も溜息を飲み込んでいました。

 次の日です。またYさんは太っていました。もう巨漢です。丸いです。上司ももはやその体系に怒ってました。「豚」とか「風船」とか言ってました。でもYさんの表情はどこかほっこりしていました。なんだか楽しそうにも見えてどこか浮足たっていたように感じました。この日も溜息を飲み込みました。
 
 次の日です。Yさんは会社にこなかったのです。電話をかけてもつながらず、上司はブチ切れてました。Yさんのみかん箱を踏んだり蹴ったりしてました。
そしてみんなに聞かせるように大きな声でこう言いました。
「あいつ飛びやがった!」

 私は、それがきっかけでこの会社をやめることにしました。今はYさんのような人や上司のようなパワハラをする人もいない会社で楽しく仕事しています。
それにしても今頃Yさんはどこで何をしているんだろう。ふと空を見上げながら私は時々思います。