サミー一嶋『暗がりと山~実体験の怖い話』より引用

 都内在住の会社員であるNさんは、心霊スポット巡りを密かな趣味としていた。
 繁忙期を抜けたある夏の夜のこと、Nさんは学生時代からの友人を誘い、一緒に郊外にある心霊スポットへ向かった。
 そこは最近ネット上に噂が上がるようになった場所で、朽ち果てた民家が一軒、森の中に佇んでいるのだそうだ。
 怪しい光を見た、廃屋に入ると呪われる、実際に行方不明になった人がいるなど、様々な噂があったが、Nさんも友人も、全く信じてはいなかったそうだ。

 舗装された道路が途切れ、立ち入り禁止の看板が立てられている細い道の前で車を止める。ネット上に上がっていた写真と同じ光景だった。
 いけないことだというのはわかっていたが、二人は看板の前を通り過ぎ、懐中電灯を手に森の中へ入っていったそうだ。
しばらく歩くと、いまにも崩れ落ちそうな平屋が目の前に現れた。壁はツタのような植物に覆われ、トタン屋根はすっかり塗装がはげてしまっているようだった。

 少し先を歩いていた友人が立ち止まってNさんを振り返る。
「建物、本当にあったんだな」
 Nさんは話しかけたが、どうも友人の様子がおかしい。
 青ざめた顔で、
「いまなんか喋ったか?」
 そう問いかけてきた。
「だから、本当にあったんだなって・・・・・・」
「そうじゃない、その前だよ!」
 小声で、しかしかなりの剣幕で話す友人を見て、Nさんも次第に恐ろしく感じてきた。
 どうやら、自分たち以外の声が聞こえたと言うことらしい。
 二人が黙り込んだその瞬間、
「と・・・・・・・・・・・・か・・・・・・・・・・・・とめ・・・・・・」
 と、しわがれた老人のような声が、今度はNさんの耳にもはっきりと聞こえてきた。
 声がしたのは廃屋の方向だった。目を向けると、懐中電灯の光の輪の端に、動くものがあった。

 それは、地面に足を擦りながらこちらに歩を進めるお爺さん、のようだった。木の皮が張り付いたような腕や、腰が曲がっている様子からそう判断したという。曖昧な言い方になってしまっているのは、その人物が紙で出来たお面を被っていたからだ。幼稚園のお遊戯会で使うような、画用紙の端に穴を開け、輪ゴムを引っかけて作る簡素なお面。その表面には女性の顔と見受けられる絵が描かれていた。
 異様な光景に凍り付く二人、だが次の瞬間、一目散に元来た道を全力で走り出した。老人の後ろから、同じ絵が描かれたお面を被った四、五人の男女が歩いてくるのが見えたからだ。

「今考えても、あのときすぐに戻ったのはいい判断だったと思います」
 Nさんはそう言った。
「だって、僕たちの乗ってきた車の横にも同じお面を被った子どもがいて、釘のような物を一生懸命、車のタイヤに刺そうとしてたんですよ」

 興奮して話すNさんを見ながら、そもそも立ち入り禁止の場所に入らなければそんな目には遭わなかったのではないかと、筆者は思わずにはいられなかった。