地方史誌掲載 「楔螺の俗信について 三」多賀実喜男
     
 前項(第七号)に於いて、楔螺の俗信に就て現在伝はれている実態を調査し、土地との関係を明かにする事は出来ないだろうかと考えた。本稿に於いては「楔螺の林に入ることを禁ずる」といふ内容の俗信発生について考えたい。話を進める順序として、まづ「林へ入る」事を主とした類例を挙げる。

○林に生えているものをなんでも食べると体が木になつて林へ還る。(一三、男)
○いなくなつた我が子を探しに来た母親が、しばらくしておのれを娘とおもふようになつてものを食ふこともなくなつた。その後行方が  知れなくなつた。(二一、女)
○草木が人を食ふといふ。(九、女)
○林に落ちていた木の実を拾い集めて売らんとしたわらべの手足に木の実が生えた。以降林に入る者がなくなつた。(四五、女)
○この林にて死した鳥獣、皆土に還らず草木となるといふ。(四二、男)

 次に「禁足地となつた理由」の例を挙げる。但しこれは中々知る者が無かつた。

○昔飢饉のあつた時、大木のうろに子供が捨てられた。そのうち見たことのない実や茸が生え、それを食すと捨てた子供に会へるとある者は有難がつたが、殆どの者はおそれて一層避けるようになつた。(五九、女)

 これらの例を見ると、林に入つた者は心身に異常をきたすと思はれていたようである。また、切掛として林に自生する物を口にするといふ話が見受けられる。尚、これらの俗信を知る者が少ないことが目下の問題といへる。飢饉の記憶の薄れると共に伝へられることが無くなつたといふ話もあつた。
 他の地域でも飢饉による被害があつたはずであるが、楔螺の俗信と類似した型の話は未だ見受けられず、更なる調査が必要である。