かつて、子どもたちに夢を見せ、笑顔で溢れていた楽園は変わり果てた。
 廃れた楽園の塔の上、大きな帽子にとんがり靴の男が1人。
 最後の言葉を呟き、笑った。
 そして、昇る朝日から逃げるように、夜に消えた。

***

 「ようこそ!廃遊園地ツアーへ!」

 どこまでも続く青く広い空に高く昇る入道雲。
 夏特有の空気に、人々の興奮は止まるところを知らない。

 「え~超楽しみなんだけど!」
 「すっごいワクワクするね!」
 「廃墟マニアにとっちゃ夢みたいな体験だよな!」

 約30年前。
 K県の遊園地“ファントムランド”は、日本有数のレジャー施設として子ども連れを中心に絶大な人気を誇っていた。
 ヨーロッパの城や街並みを模したアトラクションは、多くの子ども達に夢を与えた。
 しかし、経営者側の事情で突如廃業になることが決まり、別れを惜しまれながら楽園としての役目を終えた。
 かつての駐車場の入り口は完全に閉鎖され、敷地内に立ち入ることはできない。
 ただ、当時の来園者によってその熱狂っぷりは語り継がれ、ネット上に出回った最盛期の画像は、廃墟マニアを中心に人々を魅了し続けている。

 「ごきげんよう皆様。お暑い中、古の楽園に足を運んでくださりありがとうございます」

 先端が2つに分かれた大きな帽子に、左右で色の違う服に、とんがり帽子。
 表情も分からぬほどの厚化粧。
 紛れもない、道化師が姿を現した。
 滑稽な衣装に反して、所作ひとつひとつに品があり美しい。

 「すげえ!めちゃくちゃリアルじゃん!」
 「クオリティたっか!」
 「ピエロっていったらやっぱこの見た目だよね~」

 客らはより一層盛り上がる。

 「あらあらお客様。何故私が仮装しているかのようなことをおっしゃっているのです?私はずっとここでお客様を笑わせてきた、本物の道化師ですよ」

 道化師の言葉に客らがどっと笑った。

 「いやいや何言ってんすかお兄さん。んなのいるわけないじゃないっすか」
 「そうだよ。だってここ潰れたの数十年前だぜ?そん時から働いてて今その若さはありえないって」
 「さっすがみんなを笑わせるのがお上手ですね」
 「いえ、私嘘は申し上げておりませんよ。ずっとここにいるのです」
 
 道化師が訴えかけるような動作をすると客らはさらに笑い始めた。

 「ちょっとジョークはもう十分ですよ!」
 「ここにずっといるって、何、お兄さん不死身説ある感じですか?」
 「やっぱプロは違いますねえ」

 道化師は一瞬困ったように首をかしげる動きをした後、

 「うーん。信じてもらえないみたいですが...皆様が笑ってくださればそれでいいのです」

 と朗らかに笑った。
 ツアーに出発しますよ、という道化師の声に彼らはわくわくしながら進み始めた。

 「さあ、入り口を入ると両手に花壇が見えますね。ここ、かつては色とりどりの美しい薔薇が植わっていたんです。ここからあちらの方までずっと。それはそれは綺麗で夢のような空間だったんですから」

 カメラのシャッターを切る音があちこちで上がる。
 道化師の巧みな話術も相まってすっかりこの世界に夢中になっているようだ。

 「さあ続いては...」
 「もうちょっと写真撮らせてください!」
 「もう少しじっくり見たい!」

***

 俺が何を言ったって無駄なのだ。
 俺が必死になればなるほど、あいつらは。 
 ただ、そのきっかけを作ったのは自分自身なのかもしれない。
 もしかしたら、あいつらの気まぐれなのかもしれない。
 でもきっと、これが俺が受け入れるべき運命なのだろう。
 これがー。

***

 「皆様。ここまでお疲れ様でした。園内広いですからね。さぞお腹も空いていることでしょう。お昼ご飯をご用意しておりますので、こちらの館にお入りください」

 白を基調とした洗練されたデザインの屋敷だが、壁にはツタが伸び、絡み合っている。
 中に入るとまず、大きなシャンデリアが目に飛び込んでくる。
 圧倒されつつ辺りを見ると、豪華絢爛な調度品に囲まれていることに気づき、彼らはくらくらと目眩がするような感覚に襲われるのだ。
 案内された部屋には、白いテーブルクロスを敷いた机があり、その上に肉や野菜、スープ、パン、果物...と何とも豪勢な料理が並んでいた。

 「え、ちょっと待って信じらんない!」
 「こんな豪華なの見たことねえよ!」
 「最高じゃん!これSNSに上げたら絶対話題になるよこれ!」

 客らは口々に驚きや喜びの声を上げる。
 
 「さあさあどうぞ。温かいうちに召し上がってください」

 いただきまーす、と言いながら料理に手を伸ばし貪る。
 その料理の何と美味なことか。
 目をきらめかせ、頬を上気させた彼らは、

 「美味しすぎる...こんなの食べたことない...」
 「お肉超柔らかいし、このパンにもめっちゃ合う...」
 「最後の晩餐って言われても俺文句なしだわ。もう最後でいいぐらいだよ人生」
 「ああ...そのことならご心配なく」

 道化師の呟きに賑やかだった空気が一瞬で静かになる。
 道化師はキョロキョロと辺りを見回し、慌てたような口ぶりで、

 「失礼いたしました。ついついクセでジョークを返してしまうのです。驚かせてしまい申し訳ございません。さあ、お食事の続きを」

 と謝り、食事を促す。
 再び和やかな空気が会場に流れ始めた。

 「なんだあ。びっくりしちゃったじゃん」
 「ピエロさんブラックジョークはよくないっすよ~」
 「もう本当に失礼しました。お詫びといってはなんですが、素敵な映画を皆様にご提供いたします。是非お楽しみください」
 
 そう言うと前のスクリーンを下ろし、電気を消して映像を流し始めた。
 初めに映し出されたのは学校の体育館と思われる場所と数人の少年の姿だった。



 「...ほんっとそうだよな~。ってところで、じゃあ今からコイツが一発芸やってくれま~す!ちゅうも~く!ハイ3・2・1...」

 リーダー格であろう少年がカウントダウンを始め、1人の少年を立たせる。
 立たされた少年が、数年前に流行していたお笑い芸人のモノマネをした。
 静まり返る空気。
 ぽつんと立ち尽くす少年、
 え、と慌てて周囲を見回すと、彼らは示し合わせたかのように同時に笑い始めた。

 「あははははっ!意外におもしれーじゃんかお前。ほんとはみんなでシカトするつもりだったんだけどな~。想定外だわ」
 「オロオロし始めてマジおもろかったわ。どんだけ小心者なんだよ」



 抱腹絶倒するリーダー格の少年の顔がはっきりとスクリーンに映し出された。

「...それ俺じゃねーかよ...!どういうことだよ」 

 ツアーに参加している客の中で一際目立っている若い男が立ち上がり、画面を呆然と見つめている。
 辺りがざわつき始める。

 「え...どういうこと...?あの人の映像勝手に使ったってこと...?」
 「俺こんな動画知らねーよ!これ高校ん時のだし、誰も撮影なんかしてなかったし...」
 「もしかして...うちらのもあるってこと...?」

 すると、ここまで沈黙を貫いてきた道化師がおもむろに口を開いた。

 「皆様、どうかお静かになさってください。このままでは楽しいお食事会が...」
 「何言ってんだよ⁉第一お前のせいだろ⁉何でこんな動画持ってんだよ。何が目的だよ。答えろよ!!」

 ジャラジャラとアクセサリーを鳴らしながら道化師の元に詰め寄る。
 道化師の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
 刹那、男の身体が宙に舞った。
 かと思えば地面に叩きつけられた。
 どさりと鈍い音を立てる。
 恐らく人間が立ててはいけないような。

 恐る恐る男の元に近寄る。
 そして男の姿を、いや、男だったナニカの姿を確認した。
 地面に横たわる、男のような形をした傀儡(かいらい)を前に、もう客らに悲鳴を上げる気力はなかった。
 ただただ目の前に広がる光景が夢であることを祈ることしか、彼らにはもはやできないのだ。
 
 「私、人を馬鹿にして笑う人間が嫌いなもので。こちらのお客様は立ち場の弱い者を小突き回しては笑うという行為を幾度となく繰り返されていたようですので、妥当な判断だったかと」

 道化師がゆっくりと振り返った。
 
 「次はどなたにいたしましょうか」

 目を瞑り耳を塞ぐ彼らのことなど気にも留めず、次々と映像を流す。
 彼を止めることができる者はもう誰もいなかった。



 ーどれほど時間が経っただろうか。
 いや、実際には30分も経っていないが、恐らくそう言われても誰も信じられないだろう。
 白で統一された上品な空間の至るところに横たわる十数体の傀儡(かいらい)
 不気味に響く靴の音。
 
 「さて。残りは1人ですか。夏の思い出の大切な1ページを奪ってしまい申し訳ございません。許されないこととは分かっています。私を恨むのは当然のこと...」
 「あなたはどうしてこんなことをしているんですか...?」

 残された1人は、高校生ぐらいの少女だった。

 「人を馬鹿にして笑う人間を1人でも減らしたいのです」
 「私たちの存在を消しても変わらないんじゃないですか?」
 「...それでもいいのです。目障りな存在をこの手で消すことができれば、私にとっては意味があるのです」
 「...いいんですか?ほんとにそれで」

 怯えながらも道化師を見据える真っすぐな瞳に、道化師が初めて動揺の色を見せた。

 「あ、あなたは笑われる側の人間じゃないからそのようなことを言えるんですよ。あなただって人を傷つけているのです」

 畳みかけるように話し、最後の映像を流し始めた。
 映し出されたのは、教室でおしゃべりに興じる少女達の姿だった。



 「てかもううちら3年だけど、どこの高校受けるか決めた?」
 「私は家の近くのところかな~」
 「あたしはお姉ちゃんが通ってるところだな。音楽系のコースがあるから」

 各々が志望校について語る。

 「あんたはどこ行くつもり?」

 話を振られたのは、垢抜けていて気の強そうな他の少女達とは対称的で、まだあどけなさの残る優しそうな少女だった。

 「うーん...今のままじゃ無理だけど、チャレンジしてみようかなって思ってる高校があって...」

 どこどこ?と問われた少女は、周囲に聞こえないくらいの声で学校名を答えた。

 「え~!!あんたあの高校受けんの⁉学年でも上位の人しか入れないあそこ⁉駅の近くの!」

 グループ内の1人の大きな声にクラス中が注目する。
 あちこちからヒソヒソ声が上がる。

 「え、あの子があの進学校受けるの?」
 「去年学年2位の先輩でもダメだったらしいぜ」

 学校名こそ言っていないものの、それでも特定できるほど有名な進学校なのだ。

 「ちょ、ちょっと...」
 「ごめんってば~。ちょっとびっくりしちゃったんだもん」

 だから許して、と言う少女の整った唇の端は吊り上がっている。
 恐らく大声を出したのはわざとだろう。

 「...あはは。いいよ全然、だよね~。私が受けるなんて言ったらびっくりしちゃうよね。ごめんごめん」
 「ほんとだよ。てかいじられキャラは大人しく普通の高校行きなって」
 「ねえ?進学校なんか行ったら浮くよあんたは」
 「自己紹介から何かやらかすんじゃない?」

 こうやって前出て~...と少女のモノマネをしてみんなでゲラゲラと笑う。
 ネタにされた張本人も楽しそうに笑っていた。



 「心当たり、ありますよね?」

 少女は無言で頷く。

 「あなたは彼女と同じグループで、直接何か言ったわけではないものの、一緒に笑っていましたね?」

 再び頷き、そして閉ざしていた口を開いた。

 「今のだけじゃなくて、やりすぎるかなって思うこと何回かあったから、あの子に聞いたんです。大丈夫?って。そしたら、
『大丈夫。私いじられキャラだから。みんなにいじってもらえるの楽しいんだよね。あの子達も笑ってくれるし』ってあの子笑ってたんです。いつも笑ってるから大丈夫なんだなって思って」

 映像が再開した。
 グループみんなで少女をネタにして笑っている先程の場面だ。
 いじられている少女の顔が拡大される。
 道化師の横で映像を見ていた少女は息を吞んだ。
 道化師が静かな声で問う。

 「あなたはこれでも...そう思いますか」

 スクリーンに映る彼女の顔は引き攣っていた。
 その目には、悲しみや怒りを通り越して諦めの色が宿っているようにも見える。
 しかし、その直後の場面では少女の言う通り、楽しそうに笑う彼女の姿が確認できた。

 「...私気づきませんでした。あの子があんなにつらそうな顔してたなんて...」
 
 力なくしゃがみ込む少女を横目に、道化師が右手を上げる。

 「待ってください!あの子に...きちんと謝罪させてください!」

 涙を滲ませながら懇願する少女に一瞬たじろいだ。
 が、

 「...そんなの口だけに決まっています。人の心はそんなに簡単に変わらないのです」

 そう言い指を鳴らした。
 無慈悲な乾いた音と重く鈍い音が重なり合い、不協和音を奏でる。
 少女の傀儡(かいらい)が足元に横たわるのを確認した後、道化師は呟いた。

 「...これでよかったのでしょうか」

***

 俺がしたことは正しかったのだろうか。
 また答えのない問いを生んでしまったのだろうか。 
 学生時代はあの少女のように、いじられてばかりだった。
 笑わせるのは好きだったし、周りが楽しそうにするのが嬉しかった。
 だから道化師として働くことを決めたんだろう。
 でもやはり、心のどこかには虚しさがあった。
 俺が必死になればなるほど、周りは笑いのネタにして冷やかしてくる。
 悔しかった。
 俺がピエロじゃなく、アルルカンだったなら。
 何度もそう思った。
 同じ道化役でも性質は全く違う。
 ずる賢く、物語を引っ搔き回すアルルカンと、純粋で、みんなを笑わせながらも心の底に悲しみを持つピエロ。
 アルルカンのように要領よくやれたら。
 ピエロの自分を恨んだ。
 だけど俺はこう言い聞かせて日々を乗り切った。

 「みんなが笑ってくれればそれでいい」

***

 傀儡(かいらい)に囲まれ、1人立ち尽くす道化師。

 「皆様、私の勝手な都合で怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません。最後は穏やかに送り届けますので、ご安心を」

 道化師が手で合図すると、傀儡(かいらい)が起き上がる。
 一例に並ばせ、右手を上げる。
  
 「それでは、お疲れ様でした。あちらで幸せに過ごせることをお祈り申し上げます」

 再び右指を鳴らした。
 その時、目を疑うような光景が広がった。
 彼らが笑い始めたのだ。
 笑いながら、灰になっていった。
 道化師を、道を誤った道化師を嘲るかのように笑って崩れ去った。

***

 かつて、子どもたちに夢を見せ、笑顔で溢れていた楽園の塔の上に男が1人。
 道化師風の滑稽な衣装に反して、神妙な面持ちで街を見下ろす。
 厚化粧をしていない彼の顔は優しげで、でもどこか寂しそうだった。

 「結局笑われ役だったのですね。はは、何て滑稽なんでしょう」

 最期の言葉を呟き、嗤った。
 そして、昇る朝日から逃げるように、夜に消えた。

***

あるるかん @Douke4
『もう無理して笑うのつらい』
 ネット上に溢れかえる投稿。
 今日も数え切れないほどの道化師達が助けを求めている。
 いつも元気なあの人も、笑顔の素敵なあの人も、もしかしたらあなた自身も道化師かもしれない。
 笑顔やジョーク(たてまえ)に惑わされないよう|

〈入力内容を破棄しますか?〉
【はい】←
【いいえ】



〈新規作成〉
あるるかん @Douke4
 今日もめっちゃ楽しかった~。毎日ほんと楽しすぎる。いつも愛のあるイジリをありがとう友よ!笑|

【Enter】←



ーENDー