
-本日はインタビューよろしくお願いいたします。-
こちらこそよろしくお願いいたします。
-さっそくですが、あの日あなたが体験したことをお聞かせください-
はい。あれは夏の日の出来事で、
その日はいつになく猛暑日でした。
テレビでもネットでも熱中症の注意喚起をされているような日でいつも通りどこにも行かずにクーラーの効いた部屋で過ごそうと思っていました。
お昼を過ぎた頃だったかな、
確か家に食べるものがなくなったとかで
外に出ることにしたんです。
お恥ずかしい話ですが、自炊は苦手だったもので。
気がついたら冷蔵庫がすっからかんなんてことも
日常茶飯事でした。
それで、コンビニにでも行こうと家を出たんです。
Tシャツと短パンでできる限り涼しい服で出たのに
それでも全然暑くて、セミの声がうるさい日でした。
遠くに見える景色は陽炎で揺らいでいて、
ランドセルを背負った小学生が歩いていたので…
その時で三時ぐらいですかね。
コンビニに着いて数日は待つ量のカップ麺を買って、
ついでに帰りながら食べようって
アイスなんかも買っちゃって、
コンビニを出て家まで歩いてたんです。
買い食いしながら帰るなんて
小学生ぶりだなぁなんて思ったりして。
そこで魔が刺したんです。
せっかく外に出たんだし行ったことない場所に行ってみようって。自暴自棄気味だったのもありました。その時の私の持ち物はすっからかんの財布、カップ麺と食べかけのアイス、スマホと家の鍵ぐらいでした。今思えば、一度家に帰ってから行けば良かった話なんです。そうすれば大量のカップ麺もアイスのゴミも家に置いてこられましたし、スマホの充電だって少しは残っていたかも知れません。あの時は、思いつきのまま無鉄砲に行動する快感に抗えなかったんです。そのまま家への道から左に曲がって、行ったことのない道をめちゃくちゃに歩きました。何度か見覚えのある道に出ることもありましたが、その時はわざと見覚えのなさそうな道に入って行きました。しばらくそんなことを続けた頃、
公園に出たんです。見覚えのない道の、見覚えのない公園。その時の私が望んだものです。
確か戸外公園とかいう名前でした。
ブランコと滑り台、跨って遊ぶ動物の遊具、
あとはベンチがあるぐらいの質素な公園でした。
久々の自由に舞い上がっていた私はベンチにカップ麺を置いて、遊具で遊んでみることにしたんです。
よく考えなくてもわかりますが、不審者ですね。
まず跨って遊ぶ遊具に乗ってビヨンビヨンしてました。
今まではデスクワークしかしていなかった私の体幹には
思いの外キツかったのと、その時に咥えていたアイスの棒に喉を突かれてえずいちゃって…自分でも最低だと思うのですが頭に来て棒を投げ捨ててそのまま滑り台に行きました。一番上に登った時、
そこから見える夕焼けが綺麗だったのを覚えてます。
そこから何回か滑ってみて、
最後にブランコに向かいました。
私がブランコに座った時にはもう日は暮れかけでしたが夢中でブランコを漕いでました。
セミの声が鈴虫の声に変わった頃ぐらいかな、
私は満足して立ち上がったんです。
その時にはもう周りは真っ暗で、
スマホのライトで周囲を照らしてブランコから立ち上がろうとすると、突然視界が真っ暗になりました。
ちゃんと考えたらわかるのですが、
スマホの充電が切れたんです。
だけど、その時の私は理解できずにパニックになって握っていたスマホだけ持って走り出しました。
昼間に通った時は気付いてなかったんですが、
そのあたりは街灯がなくて、夜になったら真っ暗でした。しばらく走っていてもあたりは真っ暗なんです。
おかしいじゃないですか。街灯がないだけならまだしも、家の明かりさえついていないなんて。
徒歩で来たといっても昼間の私は結構な距離を歩いていました。
運動なんてほとんどしない私が走りきれる距離じゃありません。足は悲鳴をあげていましたが、
恐怖が勝ってそのまま走り続けました。
なんとか家に着いて鍵を掛けて、
倒れ込むように意識を失ってそのまま次の日の昼ごろまで寝て、上司からの電話で起こされました。
あの日に体験したことはこんな感じですかね。
-ありがとうございます。では、その後のことをお聞かせください。-
わかりました。慌てて電話先の上司に謝罪して、
ぐちゃぐちゃの体を洗い流そうとシャワーを浴びて、
そのまま髪を乾かしてスーツを着て、
家の扉を開けたんです。
急いで会社に向かって直接謝罪しようと上司の元に向かいました。上司に会うなり頭を下げると十数秒経つ頃になっても上司は何も言いませんでした。
数年目にもなって寝坊なんて取り返しのつかないことをした、と汗が止まらなくなっていると、
やっと上司の声が聞こえました。
ええと…君は誰だね…?
私が顔を上げると、上司は明らかに恐怖していました。
そこで違和感に気がついたんです。
私はずいぶん前にクビを言い渡されていました。
しかも私がたった今謝った上司であるはずの人は、
記憶のどこを探しても見覚えがないのです。
上司どころか今日見てきたほとんどのものに、
私は見覚えがなかったんです。
家も、街も、動物も、空も、
何もかもが、私が知っている世界は違っていました。
警備員のような人型の生物に取り押さえられて、
そのままこの病院に来て、そのままです。
たぶん、あなたは刑事のようなものなんですね?
-…いえ、ただのインタビュアーです。-
そうですか。なら一つ教えて欲しいのですが、
この世界は、今までずっとこうだったのですか?
建物はぐにゃぐにゃに歪んで、人は醜悪な形をしていて、空はずっと赤く染まっている。
私は別の世界に来てしまったのでしょうか?
それか、私の方がおかしくなったのですか?
教えてください教えてください教えてください
-インタビューを終了します。-
待って、行かないで。
私は、私の故郷は、どこへ

