【美少女ラーメン】

 怪談作家としてホラー漫画の原作や短編小説を書くようになって、もう10年になる。

 今回、出版社のT社からの依頼で、都市伝説を扱った小説を書くことになった。

「口裂け女みたいな、手垢の付いたものじゃないものをお願いしますよ」

 担当のB氏からそう依頼された。
 

(ICレコーダー再生)

「そんなこと言われても、ネットに上がっている都市伝説で面白そうなものは、みんなもう手を付けられていますよ」

「知ってますか? 秋葉原に美少女ラーメンというラーメン屋があるらしいんです」

「秋葉原で美少女ラーメン? いかにもありそうですね。メイド喫茶のラーメン屋版みたいなところでしょう?」

「それがね、かなりヤバいことをやっているという噂なんですよ」

「ヤバいこと? 店員の美少女たちにウリでもやらせているんですか?」

「もっとヤバいことらしいですよ。警察沙汰になってもおかしくないような。まあ、調べてみてくださいよ。もしウソだったら都市伝説として紹介すればいいじゃないですか」

「ヤバいことをやっているのが、本当だったらどうするんですか?」

「そうですねぇ……まあ、それならとうの昔に警察沙汰になって、マスコミにも取り上げられているでしょから。ただのメイドのラーメン屋でしょう。このネタは、都市伝説ということで適当に脚色して書いてくださいよ」


 私はB氏と別れると、友人で警視庁記者クラブに詰めているGに連絡を取った。“警察沙汰”ということで、彼なら何か知っているかもと思ったからだ。
 
 結果は“当たり”だった。

 以下、Gの話だ(ICレコーダー再生)。


「秋葉原駅の電気街口から大通りを渡って、三角形の土地に店がひしめき合っているエリアがあるよ。そこの雑居ビルの××ビルの地下1階に美少女ラーメンがある。1階の表には看板もないから分かりにくい。中は明るくて喫茶店みたいな感じらしい。で、そこには美少女たちが数名いて、ラーメンを作ったり運んだりしているらしい。らしいというのは、俺は行ったことないんだ。行く前に、なぜか上から待ったがかかってさ。
 で、1週間ぐらい前、100歳のじいさんが、その店を訪ねた。最初はおとなしくラーメンを啜っていたんだが、急にテーブルにあったフォークを振り回して暴れ出したらしいんだ。で、じいさんは他の客に取り押さえられて、駆け付けた警察官に突き出された。じいさんはパトカーに乗せられたんだけど、警察署に着く前に、死んじゃったんだ。急性心不全だったらしいよ。そう、結局、なんでじいさんが騒ぎを起こしたのか分からないままなんだ。で、俺はこのネタを記事にしようとしたんだよ。面白いだろう? 美少女ラーメンと100歳のじいさん。異色の組み合わせだから。でもね、キャップから取材中止のご指示が出てジ・エンド。警察の方から圧力がかかったらしいね。で、じいさんが騒いだ理由は分からないまま、この事件は終了さ。あの店、そんなことがあったのに、じいさんが逮捕された後、普通に営業を続けたらしいよ。いったいどういう店なんだろうね」


 なぜ100歳のじいさんは、いきなり店内で騒ぎを起こしたのか? なぜ取材中止になったのか? どうして店は事件発生後も普通に営業を続けたのか? ――私はGに会った後、その足で秋葉原に向かった。


 『美少女ラーメン』の店を見つけるのに、たっぷり1時間掛かった。

 地下1階にある店ということで、すぐに見つかると思っていたが、1階の入り口はアルミ製のドアになっていて、ドアには何の表示もない。見つかるわけないのだ。近所の人に聞き込んでやっと見つけた。

 薄暗い階段を降りると、真正面に木製のドアがあり、やっとそのドアに丸っこい文字で『美少女ラーメン』と書かれたプレートがあった。

 ドアを開けると、店内は明るくて、10人ほどが座れるカウンター席と二人掛けの席が4つ見えた。客は3人いた。全員が男で、20代くらいのサラリーマン風の男と、50代と60代くらいの私服姿の男たちだった。全員が、どことなく品があった。いわゆるオタクではないと思われた。

 美少女たちは5人いた。全員がメイド服姿で年は20代前後か。さすがに美少女を売りにしているだけあって、全員が可愛かった。まるでAKBや乃木坂から連れてきたような子ばかりだった。

 店内はごちゃごちゃした感じはなく、きちんと整理整頓されており、人形やポスター、グッズのようなものが置いてなかった。

 ただ――その代わり、カウンターの後ろには大きなガラス張りの水槽が2つ並んでおり、中にはマイクロ水着姿の美少女が体操座りをして、首から上を水面から出して、微笑んでいた。水槽の下部には蛇口が付いていて、そこから調理に使う水を取り出していたのだ。

 さらに、レジ前には『美少女の塩』が売られていた。お清め塩ぐらいの小袋で1つ5000円。横に置いてあるタブレットには塩の製造方法の動画が表示されていた。

 マイクロ水着を着た美少女が、1リットルのペットボトルのミネラルウォーターを飲み干すと、日焼けサロンにあるような日焼けマシンに横たわり、汗をかく。その汗は装置の下にある三角フラスコに集められ、それがさらに蒸発皿に移し替えられて、水分を飛ばして残ったものが、『美少女の塩』となるのだ。

 他に美少女が流した涙をその場で取って小瓶に詰めた『美少女の涙』、2000円、セーラー服姿の美少女のイラストが描かれた海苔、2枚セットで2000円、美少女が作った『美少女チャーシュー』、3枚3000円が並んでいた。

 美少女チャーシューの隣には美少女のイラストの焼き印が押された高級桃チャーシューの写真があったが、入荷待ちのメモがあった。これは桃を食べさせた豚で作ったチャーシューで、値段は時価とのこと。訊くのが怖い!。

 メニュー表を見た。普通のチャーシュー2枚、海苔、ネギの載った『美少女ラーメン』が8000円、海苔がプラスされた『美少女の海苔ラーメン』が9000円、チャーシューが5枚載った『美少女チャーシュー麺』が1万2千円。通常のラーメンのほぼ10倍だ。

 他にもサイドメニューとして、美少女の顔が描かれた味玉、1個1000円、美少女の顔のイラストが描かれたナルト、1枚500円があった。

 私は『メイ』と書かれたネームプレートを付けた、ツインテールがよく似合う、めるる似の美少女に、シンプルな『美少女ラーメン』を注文した。

 5分ほどしてラーメンが運ばれてきた。澄んだスープで鶏ガラ醤油味。コクがあり飽きの来ないまた食べたくなる味だった。チャーシューは手作りで、これもたれがよく染みていて柔らかくて、美味しかった。

 ただ、やっぱり高い! 8000円はラーメンの値段としては異常だ。まあ、好きなやつにはそれ相応の値段なんだろうが。

 私は店長のミキ、年は20代前半かな、彼女に名刺を渡して取材のためにやって来たことを告げ、騒ぎを起こした老人のことを尋ねた。


 これが店長のミキの話だ(ICレコーダー再生)――

「あのおじいさん、背広を着てやって来たんですよ。100歳の誕生日に特別なものを食べたいって。チャーシュー?を注文していました。ちょうど高級桃チャーシューが1枚あったから、オーナーの指示でお誕生日記念にサービスで出したんですよ。喜んでましたね。で、最初はおじいさん、「美少女さんたちのダシがよく利いている。うまいねぇ」なんてエロいことを言ってたんですが、しばらくすると急にテーブルにあったフォークをぶんぶん振り回して、『店長を呼べ!!』って叫ぶんです。私が行くと、『オーナーは誰だ! 誰がこんなもの作らせた!!』って、そりゃコワかったですよ。幸い、他のお客さんたちが取り押さえてくれて。駆け付けた警察に引き渡したんです。……あのおじいちゃん、パトカーの中で亡くなったそうですね? 人生のラストがパトカーの中だなんて、最悪ですよね。……私たちですか? みんな新宿や渋谷、あと大阪、福岡でスカウトされて、ここでバイトとして働いています。バイトだけど寮があるんですよ。今日のスタッフは、麺担当のリコちゃん、スープとホール担当のメイちゃん、具材担当のマキちゃん、ホールスタッフのケイちゃん、そして私の5人です。……オーナーですか? 実は会った人はいないんです。いつもリモートで話をして、それも相手はクマのアバターですよ。『こんな商売をしているから、顔出ししたくない』って」

 帰りにミキが「お土産に」と、美少女の塩を一袋くれた。

 店の外に出て、私は袋を開けて指先に塩を付けて舐めてみた。

 普通の塩より、マイルドな辛さだった。塩化ナトリウム以外に“色々なもの”が混じっているからだろう。

 ふと、目を上げると、目の前のパソコン屋の店員のお兄ちゃんが、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。私はすぐにその場を立ち去った。


 帰りに別の取材で新宿に寄り、トー横へ行った。トー横とは『新宿東宝ビルの横』を略したもので、そこの路地裏に若者たちがたむろしている。そこで問題になっているオーバードーズの取材をするためだ。

 オーバードーズはODと呼ばれ、風邪薬、咳止め、鎮痛薬を大量に飲むことにより、眠気や疲労感がなくなったり、気分が落ち着いたり高揚したりすることがあるが、依存症になったり、急性中毒で死亡することがある危険な行為だ。

 トー横の路地裏にあるビルの壁には、行方不明者を探す張り紙が何枚も貼ってあった。

 顔写真を見て驚いた! 美少女ラーメンの?担当のスタッフのリコの顔があったから。

 制服姿でカメラに向かってピースをしていた。名前は橋本麻衣、年はいなくなった時が18歳。今なら25歳だ。

 私はすぐに秋葉原に戻った。


 これがリコの話だ(ICレコーダー再生)――

「……またその話ですか? たまに来るんですよ、あのトー横の写真を見た人が。あれ、私じゃありません。確かに歌舞伎町でスカウトされましたけど。この前、あの子の母親が訪ねてきましたが、私を見るなり「年が合わない」と言って帰りました。私は今、18歳だけど、彼女は今なら25歳ですからね。……私の本名ですか? 個人情報になるんで言えません。こういうお仕事ですから本名は言えないんです……」


 リコがうそをついているようには思えなかったが、トー横で見た写真の娘とよく似ている。

 他の子はどうなんだろうか? 彼女たちは新宿や渋谷、大阪、福岡でスカウトされたとミキが言っていた。

 早速、ネットで若い女性の行方不明者を検索してみた。

 あった!

 大阪のとあるビルの壁に、『この子を探しています』と書かれた張り紙があり、使われている学生証の顔写真は、美少女ラーメンのホールとスープ担当のメイにそっくりだった。本名は吉沢穂香。ただ、奇妙なのが、いなくなったのは10年前、その時の年齢が18歳。現在、28歳ということになるが、どう見てもメイは17,8歳だ。

 福岡では、とある町内の掲示板に探し人の張り紙があった。そこの写真の子は、具材担当のマキによく似ていた。本名は金井理沙。ただ、いなくなったのが今から13年前で、当時18歳。現在、31歳だ。どう見てもマキは31歳には見えない。

 これはいったいどういうことなのだろうか?

 たぶん、彼女たちに訊いても、リコと同じ反応をするだろう。よく似てはいるが、年齢が合わない。

 なら別人か? だが3人もそろって顔はよく似ているが年齢だけが合わないという、そんな偶然があるだろうか? 

 急に騒ぎ出し亡くなった100歳の老人、その事件を隠ぺいしようとする“何者か”の存在、行方不明者で構成されたラーメン屋のスタッフ……

 あのラーメン屋には、なにかとんでもない秘密がある。

 私は美少女ラーメンと同じ一角にある小さな居酒屋に飲みに行き、カウンター越しに店主と話して、美少女ラーメンについて知っていることを聞いた。


 これが店主の話だ(ICレコーダー再生)――

「あの店はね、訳アリ物件でずっと借り手がつかなかったんだよ。なんでも女の子が監禁されていたみたいでさ。ラーメン屋ができたのは1年前ぐらいかな。客は美少女マニアと、あと金持ちや偉い人たちも来ているって噂だよ。俳優も来ているらしいよ。……スタッフの女の子かい? そういえば、1か月ぐらい前、ケイって子がオーバードーズで死んじゃったって噂だけど。えっ、生きてる? マジで? おっかしいなぁ」


 ケイはホールスタッフで、ラーメンを食べに行ったときに見かけている。明らかにガセネタだ。

 私はネクタイに仕込んだ隠しカメラの録画映像をタブレットで再生してみた。美少女ラーメンを訪ねた時の一部始終が写っているはずだ。

 だが――店長のミキ、麺担当のリコ、ホール&スープ担当のメイ、具材担当のマキは写っていたが、ホール担当のケイの姿はどこにもなかった。

 おかしい、確かにあそこにいたはずだ。具材担当のマキの後ろに立っていたはずなのだ。身長が150cmぐらいで、ボブヘアの美少女が。

 私は幽霊か幻でも見たのだろうか? 

 居酒屋を出るとすぐに、美少女ラーメンを訪ねた。客が十人近くいて美少女スタッフたちが忙しく動き回っていた。

 ちょうどレジにいた店長のミキに確認すると、ケイはもう帰ったとのこと。

 つまり生きているということだ。なのにカメラには写っていない……。

 背筋に冷たいものが走るのが分かった。
 

 自宅のマンションに帰りついて部屋の時計を見ると、午後9時過ぎだった。美少女ラーメンは午前11時から午後8時までなので、もう閉まっているだろう。

 スマホにショートメールが届いていた。


 『ケイはこの世にいない。 ミキ』

 
 次に届いたメールにはケイの自宅の住所が書いてあり、『ケイのことを調べて』とあった。

 どういうことだろうか?

 店を訪ねた時、ミキはケイはいると言った。なのにメールでは死んでいるという。

 翌日は日曜だ。親は家にいるだろう。午前中に訪ねるために、今夜は早く寝ることにした。


 翌朝――

 東京都世田谷区S町のケイの自宅を訪ねた。そこは古い一軒家だった。

 出迎えたのは小柄な父親だった。「お嬢さんのことで」と言うと、部屋に通された。母親が不在なのか、父親がお茶を出してくれた。


 これがケイの父親の話だ(ICレコーダー再生)――

「娘は1か月前に薬の過剰摂取、オーバードーズというんですか、それで亡くなりました。
職場の寮でですよ。年は18でした。職場は秋葉原にあるお店だと聞いています。接客をしていると。……葬式とかはやってないんですよ。実は娘の遺言で遺体は大学病院に献体したんです。戻って来るのに数年かかるそうです。……店で娘を見かけた? 何かの見間違いでしょう。それか似た人か。……母親ですか? その~お恥ずかしい話なんですが、私のDVが原因で半年ぐらい前に出ていきました。娘も家にいるのが嫌でよく家出していました。……捜索願い? いえ、出したことないです。見つかってもすぐ出て行くの分かっていましたから。そのうち、秋葉原であの寮付きの仕事を見つけて、出ていきました。スカウトされたとか言っていましたけどね。まあ、見た目は可愛かったからね。でもまさかオーバードーズで死ぬなんて。あれって精神的に追い込まれている子がやるんでしょう? 仕事が見つかって家を出て行ったのに、なんでそんなことになったんでしょうね……」


 やっぱりケイは死んでいた。ということは、店で見かけたのはやっぱり……。

 ケイの実家を後にすると、またミキからショートメールが届いた。


 『秋葉原のシールドカフェに20:00に来てください』


 シールドカフェは秋葉原駅の昭和通り口を出て3分ほどのところにあった。地下1階にあり、入り口に『この店では全ての電波が入りません』と表示してあった。だから“シールドカフェ”か。

 中は薄暗くて落ち着いた雰囲気だった。奥行きがあり、けっこう広かった。

 奥の席に、ジーパン&トレーナーというラフな姿のミキがいた。


 これが、ICレコーダーに録音した彼女との会話だ――

(ICレコーダー再生)
「このカフェ、電波が届かないから都合がいいんです」

「監視でもされているの?」

「スマホを持たされているんですが、盗聴されるかもしれないから」

「盗聴? 誰に?」

「私の雇い主です。つまりあの店のオーナーまたは組織の人たち」

「組織?? 話が見えないんだけど」

「あの店ね、ずっと前から抗加齢実験、つまりアンチエイジングの実験をやっているの」

「いつまでも若々しくというあれ? あんな狭いところでかい?」

「実験施設は別のところにあるわ。あの店はその末端施設って聞いてる。結果を提供するところとか言ってた、オーナーが」

「で、アンチエイジングの実験をやっていることが、何か問題なの?」

「アンチエイジングどころか、若返りの実験もやっているの。だからリコちゃんたち、みんな20代後半や30代なのに18ぐらいに見えるでしょう」

「マジか!」

「あの人たち、だいぶ前に、東京や大阪、福岡から連れてこられたのよ。実験台にするためにね。予め、いなくなっても問題が発生しない子をピックアップしてね。で、若返りした副作用で、昔のこと、連れて来られた頃のこと、全部忘れてるの。それをいいことにオーナーがうその履歴を植え付けたわけ」

「それで、うそをついているように見えなかったのか。ケイさんも実験のため、連れて来られたの?」

「うん、半年ぐらい前にね。でも、ものすごいオーバードーズをやって死んじゃったってオーナーから聞いた。自殺だろうって」

「その後、幽霊としてあの店に現れるようになった……」

「視える子によると、地縛霊になってるんだって。でもおかしいでしょう? 地縛霊って自分が死んだことに納得できてない時に現れるんでしょう。自殺なら現れないはずよね?」

「まあ、自殺でも地縛霊になることあるらしいよ」

「それでもさ、毎日、当たり前のように現れるの。なにか私たちに伝えたいことがあるのよ」

「何を伝えたいのか……? ちなみに、みんな彼女が生きている人として接しているよね? なんで?」

「そうしないと、呪われるの。体調が悪くなるの」

「なるほど。……ケイさんが伝えたいことか、なにかなぁ」

「私、ケイちゃんは殺されたんじゃないかと思ってる」

「殺された? なぜ?」

「それは分からない。でも殺されたから自分の死に納得できない、あるいは殺されたことを私たちに伝えたくて、現れているんじゃないかと思うの。だからケイの死の真相を調べてもらいたいの。知っていることは何でも教えるから」

「じゃあ、君のことをもっと教えてもらえる? 君はあの店では店長だけど、その組織とやらではどういうポジションなの?」

「ただの現場の管理人みたいな。大まかなことしか教えてもらってないの。アンチエイジングや若返りの実験をやってるとか。まあ、それだけでも十分に怪しいけど」

「それって、違法ぽいよね。でも警察が入ることもマスコミが報道することもない。あのじいさんの時のように、店でトラブルがあっても、圧力が掛かって報道されない。バックにかなりの大物がいる気がする」

「でしょうね。店に来ている客には政治家や財界人のVIPがけっこういるし」

「みんな若返るために来てるのかい? そういえば、年の割にずいぶん若く見える政治家が時々いるな。でもおかしいな、そんなことが出来るなら、一般客が殺到するだろう」

「美少女好きの一般客には、アンチエイジングの作用のないラーメンを出しているの」

「どうやって分けているの?」

「チャーシューよ。VIPには美少女の焼き印の入った高級桃チャーシューを提供するわけ。1枚100~200万円するけどね。あのおじいさんにプレゼントしたのは、100歳のお年寄りに効果があるか見たかったんじゃないかしら」

「チャーシューに若返りの作用があるわけか。でも厚生労働省の認可なんか受けてないよね?」

「もちろんよ。だから何か後ろめたいことをやっているのよ。それを知って、ケイは殺されたのかも」

「自殺に見せかけて殺されたか……」

「ケイは確かにオーバードーズをやっていた時期もあった。家庭が滅茶苦茶だった影響でね。でも私と約束したの。二度とオーバードーズはやらないって。なのにそれで自殺するなんてあり得ない!」

「分かったよ。ケイさんの死の真相を調べてみるよ」

「ありがとう。それが分かったら、私、ケイの墓に手を合わせに行くわ。それともう1つ、あの店の秘密を教えてあげる」

「なに?」

「水槽の女の子たちね、二人ともアンドロイド。ロボットよ」

「ウソだろう! 人間そっくりだったけど」

「生身の人間をあんなところに長時間、浸けていたらふやけちゃうわよ」

「確かにそうだね」

「じゃあ、よろしくね。あの店にはもう来ない方がいいわよ。あなた、目を付けられているみたいだから」


 そう言ってミキは席を立った。
 
 ミキのいた席の斜め後ろに、30歳前後の中太りのいかにもオタクっぽい男がいる。
 
 この男、私が秋葉原駅を出たころからずっと私のことを尾行している。
 
 “組織”とやらが、私に関心を抱き始めた証拠だ。
 
 とりあえず、一旦、秋葉原からは離れて、店で騒いだ老人のことを調べることにした。


 騒いだ老人の名は吉田健吉、相模原市にある老人ホームに10年前から入所していた。
 
 緑に囲まれたホームを訪ねると、応対した職員に、「後世に残すため、第二次世界大戦に従軍した人の体験談を集めています。吉田さんには取材OKと言われたのでやって来たのですが」と言うと、吉田さんが亡くなったことを告げられ、身寄りが全くないので、役に立ちそうな資料類は持って行っていいと言われた。

 吉田さんのホームでの評判はよく、温和な性格で騒ぎを起こしたことは一度もなかったらしい。第二次世界大戦の時は、陸軍にいて、南方戦線で死線を彷徨ったらしい。戦後は大手の商事会社で働き、結婚後は子供が二人できた。ところが東日本大震災で、家族、近くにいた兄弟や親せきを一度に失い、一人になってしまった。その後、知り合いのつてで、この老人ホームに入ったとのこと。

 個室のクローゼット内にあったダンボール箱を開けると、染みだらけ古いノートがあった。日記だった。日付は昭和20年1月からで、南方戦線で戦っていた頃の記録だった。戦いの記録と言うより、どうやって食いつないだかがメインの記録だった。そこに書いてあったある文章を読んで、震えが止まらなくなった。


           『亡クナッタ 同胞ノ 肉ヲ 食ラウ』

 
 いわゆる人肉食いだ。吉田さんは飢餓状態が極まって、亡くなった仲間の肉を食べたのだ。

 その時、私の頭の中で、今までバラバラに散らばっていたピースが一瞬でまとまった。

 とても恐ろしい仮説だった。
 

           『美少女ラーメンでは人肉を提供している』

 
 美少女ラーメンを訪れた吉田さんは、100歳になった記念に、美少女の焼き印が押された、特別製のチャーシューを提供された。実はそれは人肉から作ったものだったのだ。

 人肉を食べたことのある吉田さんは、自分の食べたものの正体が分かり、激怒した。その影響で、急性心不全を起こして死亡した……。

 では人肉の出処は? どこで調達したのか?

 私は再びある人物のもとを訪ねた。



 関東にある全ての大学病院を当たったが、今年になって十代の少女の献体があった病院はなかった。

 この事実はケイの父親に告げると、彼は「ひゃく……」と言って口ごもった。


 以下、父親との会話だ(ICレコーダー再生)。

「お父さん、もしかしたら、娘さんのご遺体を百万円で売ったんじゃないんですか?」

「…………」

「人が死ぬと、通常の処理で費用が数十万円かかります。これが全部、向こう持ちの上、百万円ももらえるとしたら? あなたはどうしますか?」

「大学病院での献体に使うって言うから……。若い人の献体は極めて少ないから、謝礼として百万くれるっていうから……。実は競馬で負け続けて借金があったんです……。娘は、娘の遺体はどこに行ったんでしょうか?」

「さあ、それはこれから調べます」
 

 ケイの遺体がどうなったか、私の仮説を目の前の父親には言えなかった。


 私の仮説――

 ケイの遺体はミキの言っていた“組織”が100万円で買い取ったのだろう。

 ネットで調べた情報によると、若い、特に10代の女の子の遺体はとても“需要”があるらしい。遺体と交わる死姦に使われた場合、“客”は数十万円も払うらしい。数人、客を取らせれば父親に払った費用などすぐに回収できる。

 そして、いよいよその肉を使ってアンチエイジング剤を作るのだ。詳細は不明だが、それは高級桃チャーシューの形で提供される。

 連絡を受けたVIPは店を訪れ、美少女の焼き印の入った高級桃チャーシューがのせられた美少女ラーメンを食べ、若返るという流れだ。時々、わけのわからないことを言う政治家がいるが、それは副作用のせいかもしれない。 

 ただ、これらは全て推測だ。証拠は何もない。

 実験施設を見つければ動かぬ証拠となる。ネットで何日間も調べた結果、F県にあるEという食肉加工センターが浮上した。美少女ラーメンのチャーシューは、自家製とパッケージに書いてあり、製造元の住所は美少女ラーメンの店の住所となっていたが、ネットで肉の仕入れ先を調べると、Eである可能性が出て来た。

 現地に行ってみると、確かに平屋建ての中規模の工場があり、明かりも点いていて稼働しているのは確かだったが、3日間見張っていても、搬出用のトラックが全く来なかった。これは明らかにおかしい。代わりに怪しい黒いワゴン車や青ナンバーの車、すなわち外交官ナンバーの車が出入りしていた。

 限りなく“クロ”に近い施設だった。私は事件の核心に迫っているのが肌で分かった。


 東京の自宅に戻る途中で、スマホにいくつかメールが届いた。

 どれも出版社からで、契約終了、連載終了の連絡だった。担当者に連絡すると、みんな、「上からの指示」と言った。

 こうなったら意地だ。とことんまで調べてみることにした。

 秋葉原に寄ると隠しカメラを購入、美少女ラーメンの出入り口が写るようにカメラをセットした。

 それから1か月後、画像をチェックすると、オヤジたち以外に、身なりのいい中年から初老の女性が一人でやって来ていることが分かった。

 その中には女優のYやN、Aがいた。実年齢は80代のはずなのに、どう見ても50~60代だ。というか、ここ数年、年を取るどころか若返っている。

 当然、彼女たち、このラーメン屋の秘密、つまりチャーシューが何の肉か知らないだろう。ここのラーメンを食べると若返るということだけを聞いて、来ているのだろう。

 ではオヤジたちはどうか? 多くのオヤジたちは肉の出処を知らないだろう。ただ、ごく一部のオヤジたちは、ネットでこう呟いている。

 
             『あのチャーシュー、同じ味だ』


 彼らはどこの肉と比較して言っているのだろうか?


 気になっていることがある。

 最近、売れていない地下アイドルグループのメンバーが、急に姿を消すケースがあり、彼女たちは決まって、『スカウトされた』と言い残しているのだ。

 10代の行方不明者は毎年1万人以上。ほとんどは見つかっているが、行方不明のままの子もいる。どこにいるのか? 彼女たちの無事を祈るばかりだ。


                           *              *                *


 都市伝説発掘Vチューバ―・ミキりんのチャンネルより――

(美少女のアバターが登場)

「こんにちは、ミキりんです! 主にネット上にある面白そうな都市伝説を発掘して、みなさまに紹介しています!

 今回の美少女ラーメンの都市伝説、いかがでしたか? アキバで美少女ラーメン、いかにもありそうですよね。

 この動画を見つけた時、おじさんがカメラの前で延々しゃべっているだけなので、5分で切ろうかと思ったんですが、最後まで見ちゃいましたよ。

 美少女ラーメン、ネットで調べてみたんですが、ヒットはしませんでした。

 ただ、アキバはメッチャ怪しいトコロです。ビルの地下でひっそりと営業していてもおかしくありません。

 そこで売られている美少女の塩なんて、本当にありそうですよね? いや、マジでどっかで売ってるんじゃないですかね。

 ちなみに、ビデオでおじさんが言っていた場所、行ってみましたが、アルミ製のドア、ありました! でもしっかりと鍵が掛かっていて、『テナント募集』の張り紙が貼ってありましたよ。

 みなさん、もし、美少女ラーメンの店を見つけたら、ぜひぜひぜひ、ご連絡下さ~い!

 動画を付けてくれたらうれしいな。

 ただし、自己責任でね。

 じゃあまた!!」


 2025年1月×日現在、ミキりんのチャンネルは配信停止になっている。

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