桜が蕾を付け始めるこの季節。隼人は落ち着かない気持ちでいた。それは花怜がいつ消えてもおかしくない時期になってしまったからだ。この日はいつもの公園のベンチに座っていた。
「風が気持ちいいね」
「もう…春になるんだもんな」
　雪もすっかり溶けて、暖かな風が二人を優しく包みこむ。
「そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど」
　花怜がウトウトしていた隼人に尋ねる。
「あの日、どうして私に声をかけてくれたの？」
　その一言で夢うつつだった意識が元に戻る。
　あの日というのは、花怜と初めて出会った一年前の日のことだろう。
「うーん、どうしてだろうな」
　一年も経つと、やはりその時感じた思いも風化していくようだ。何だか無性に淋しさを感じた。
「まあ、あまり見かけない不思議な人がいるなーって思ったから…だと思う」
「へぇー？そんなに私、不思議な雰囲気出てたんだ」
　不思議ちゃんは私のキャラに合わないと思うんだけどなーなんて呟いている花怜の横顔をじっと見つめる。
「え？私の顔になんか付いてる？」
「いやそうじゃなくて…」
「もう、変なの」
　そう言って花怜は柔らかな笑みを浮かべる。
「…もしかしたら、出会ったあの日から俺は惹かれてたのかもしれないな」
　花怜の頬が桜のように薄ピンク色に染まっていく。
「ねー隼人くん、それ聞こえてるんだけど」
「え、バレなさそうなボリュームで言ったのにな…」
　そう言って二人で笑い合う。
「ふわぁ〜、やっぱこういう季節って眠くなっちゃうよねー」
　花怜がふと気持ちよさそうな欠伸をした。
「あー分かる。春が来たーって感じする」
「隼人君から共感を貰えたってことで、おやすみー」
「ってホントに寝るのかよ…」
　花怜は隼人の隣でスヤスヤと寝息を立て始めた。その横顔が愛おしかったが、ずっと見ているのも気持ち悪いだろうと思い隼人も目を瞑る。
「…おやすみ、花怜」
　すぐ隣に愛しい人の温もりを感じながら、隼人も眠りについた。

　隼人が目を覚ましたのは夕方だった。やはり春という季節は眠気を誘ってくるらしい。
「あれ…？」
　隼人はベンチに一人で座っていた。隣に感じていた少女の温もりは忽然と消えていた。
「花怜？花怜！？」
　眠気は吹き飛び、立ち上がって周りを捜索する。だが、花怜が見つかることはなかった。
「うぅ…うわああああッ！」
　今の隼人は、声にならない声で咽び泣くことしかできなかった。
　別れの言葉も感謝の気持ちも何一つ伝えられないまま、花怜はあるべき場所へ還っていった。その事実は隼人の心を打ち砕くには十分すぎた。